かわいさ

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ヒト子供の顔には大人に養育的な行動を誘発させる独特な特徴がある。このような身体的特徴(戦略的造形)はヒトに限らず、他の動物の幼体においても同様であることが珍しくない。

かわいさ(Cuteness)とは、ある事物に対して「かわいい」と感じる鍵刺激因子性質概念美学。類語として「かわいげ」「かわいらしさ」「いとおしさ」「愛くるしさ」などがある。

概要[編集]

年齢別のヒトの頭部。成長に伴い上顎と下顎のサイズが著しく変化している。
ベビースキーマは生身の幼児だけでなく、サンリオハローキティーをはじめ、胴体に比べて頭部が異常に大きいちびキャラぬいぐるみなど天然には存在しない人工物にも感じ取れる[1]
アニメ調の可愛らしい絵柄で性的に表現された萌え系の美少女キャラクター

動物行動学者のコンラート・ローレンツ1943年に『可能な経験の生得的形態(経験できることには生まれつき決まった形がある)』という論文を発表した[2]。ここで提唱されたベビースキーマドイツ語版という概念は科学的理論体系に基づき、幼児のかわいさを論理的に考察したもので「かわいい」研究の出発点となった[3]

これは「幼い動物の身体的特徴をかわいいと感じるのは本能である」という動物行動学の発想に基づいた概念であり、乳幼児が自分自身を「かわいく」見せることで保護者の養育反応を喚起させる身体的特徴を指している。

また、ベビースキーマは本来の生物学的な領域以外にデザインや産業の分野でも絶大な効果があり、特に有名な例が日本の漫画アニメなどのポップカルチャーおたく文化)である。たとえばキャラクターの「無垢さ」「従順さ」「幼さ」を演出・強調するために、しばしば

  • 身体に比して大きな頭と小さな鼻
  • 顔の中央よりやや下に位置する大きな眼
  • 突き出た額
  • 短くてふとい四肢
  • やわらかい体表面
  • 丸みをもつ豊頬
  • 全体に丸みのある体型
  • ぎこちない動き

などベビースキーマの特徴[4][5]が多用される(こうした天然に存在しないが見る者に大きな反応を引き起こすものを「超正常刺激」と呼ぶ)。このような超正常刺激を呼び起こすキャラクターデザインサブカルチャーに留まらず、ゆるキャラ萌えキャラ[6]など日本社会のあらゆる分野に広がっている美的感覚であり、総じて「かわいい」「萌え」「尊い」などの日本語で形容・表現されている。

なお、男性文化において「かわいさ」を主軸とする「萌え」の元祖的作品は、1980年代前半のコミックマーケットで顕著に現れた。これは吾妻ひでおらによる日本初の男性向けエロ同人誌『シベール』(1979年)や宮崎駿監督作品『ルパン三世 カリオストロの城』(同)を端緒とする「ロリコンブーム」の中で「おたく」の登場とも相まって表れた文化現象である。そしてこの現在にも連綿と受け継がれている萌え文化のルーツこそ、当時の三流劇画ブーム(=マチズモ)に対する「フラジャリティ」の復権として起こった、一種のオルタナティヴな表現運動/カウンターカルチャー(=80年安保)であったといえる。

「かわいさ」を感じる対象・因子・関係性[編集]

かわいさを構成する要素。図からも分かるように、かわいさを醸し出す要素には相矛盾する要素が含まれており、かわいいものは我々との共感やコミュニケーションに失敗していることが多い[7]
巫女装束ウィキペたんおたく文化における巫女少女は超俗的なかわいさを表現するイメージのひとつである[8]
かわいさとグロテスクが共存する「キモかわいい」のイメージ

「かわいさ」を感じさせ、大人の庇護を喚起するものは、マチズモ(男らしさ)とは対極的な存在であるといえる。美術評論家松井みどりは「かわいい」という感情の発露について「無作法で非生産的な行動、すなわち合理性と能率を旨とする『大人社会』の規範から逸脱した行動に対して、相手が『弱く』『未熟な』ために許し、保護してあげるという慈しみの視点から発せられる」と推察している[9]

このような「かわいさ」を喚起させる特徴としては、親しみやすくて身近なもの[10]以外にフラジャイル(かわいそう)なものも多い。たとえば「壊れやすい」「頼りない」「小さい」「幼い」「か弱い」「遅い」「軽い」「緩んだ」「繊細」「臆病」「未成熟」「不完全」「歪んだ」「病んだ」「儚い」[11]といった世の中から逸脱(=超俗)して社会との調和を喪失したネガティブなもの[8]も「かわいい」の範疇に含まれる。

宮元健次は「かわいい」という不完全で未熟なものに惹かれる日本特有の美意識が、世界中で注目されるようになった理由を「ひと言でいえば、それは20世紀社会の経済的発展に対するアンチテーゼといえるだろう。『かわいい』は、成長や成熟を否定する美意識である」と、モラトリアムの文脈でまとめている[12][13]

ちなみに「かわいい」という日本語は、目上の者[14]が目下の者へ「不憫だ」「あわれだ」「気の毒だ」など憐憫・慈悲・慰撫の感情を抱くさまに由来している[15]。この意味を受け継いだ派生語に「かわいそう」がある。

「かわいい」と「かわいそう」[編集]

大塚英志は「かわいい」と「かわいそう」が表裏一体であるとして次のように論じている。

それにしてもなぜ〈かわいい〉と〈かわいそう〉が同義なのだろう。本書の中でぼくは〈かわいい〉ものに囲まれた勉強部屋や少女雑貨の店が、外界から遮断された自閉的空間であることをくり返し指摘してきた。つまり、〈かわいい〉というのは、少女たちを現実あるいは外の世界から保護するバリヤーの役目なのである。〈かわいい〉私は〈かわいい〉空間でしか生きることができない。つまり〈私〉とは、「痛々しくて見るに耐えない」存在である。〈かわいい〉が少女の自己像を表現するキーワードである以上、そこに〈かわいそう〉が一体化することはむしろ当然のことだったのである。〈かわいい〉小宇宙の住人である〈私〉はとても〈かわいそう〉である。それが「ぼのぼの」世界であり、メディアが切りとって見せた昭和天皇のほんとうの意味だったのだといえる。 — 大塚英志『少女民族学―世紀末の神話をつむぐ「巫女の末裔」』光文社 pp.246-247より抜粋 1989年

ここで大塚は、昭和天皇が病に臥した時、御見舞いの記帳に「制服姿の少女たちが列を作った」という一見して非常に奇異な現象を例に取り上げた。いわく「少女たちが老人(=かわいいおじいちゃん)の中に〈無垢にしてか弱い〉という“自分たちと重なり合う同質のイメージ”(少女の自己像)を見いだしていたのではないか」という推測である。また大塚は「昭和天皇」に近い類例として「かわいそうなシマリスくん」(いがらしみきお漫画ぼのぼの』に登場する「いぢめる?」が口癖のいじめられっ子キャラ)の人気を同列に挙げている[16][17]

かわいさの類型と構造[編集]

北海道教育大学教育学部准教授の宮﨑拓弥は、かわいさを喚起する因子を次の4つに分類している[18]

宮崎によると、かわいさを喚起する因子は男女ともに同じ傾向があり、同分類は男女を区別せずに統一して適用できるものと考えられている[18]

支配―被支配の関係[編集]

相手を未熟なものとして愛玩物的に可愛がり、保護する行動についてイーフー・トゥアンは著書『愛と支配の博物誌―ペットの王宮・奇型の庭園』(工作舎, 1988年)で、相手の自分への依存を強調することによって、他者を意のままにしたいという「支配の欲望」に直結するものであると指摘している[20]

これに関して明星大学教育学部教授の西村美香「支配欲(もしくは庇護欲)」「ご都合主義的政治的用語」「商業的うまみ」の3つが要素が現在的な「かわいい」という言葉に含まれていると指摘し、「かわいい」という言葉が持つ「支配―被支配の関係」に関して次のように述べている。

例えば、不憫なゆえにかわいいとか、気持ち悪くてみなに相手にされなくてかわいいとか、いわば上から目線の支配的な心情がそこに見え隠れする。(中略)それは対象物をまるで所有物のように自分の配下に置き、上から見下すかのような感情ですらある。そして「かわいい」はそれを言われたものは、そこに上から目線や、見下した(ときには馬鹿にしているような)感情を読み取りながらも、「かわいい」が本質的には褒め言葉であるため、言われて居心地の悪さを感じることはあっても侮辱していると怒るほどのものではないと言われるままにひきさがる。苦々しく思いながらもひきさがらずをえないのである。この状況は、白黒をはっきりつけたがらない、ときには奥ゆかしくそしてまわりくどい、人間関係を円滑に進めようとする日本人の心情にぴったりなまさに日本的思考である。「かわいい」と言っていればとりあえずその場は何とかなる。「かわいい」をもちだすことでその場をなごませ、「かわいい」と言われることで小さき弱者に自分を位置づけ危機を回避することができるのである — 西村美香「かわいい論試論」明星大学人文学部『明星大学研究紀要人文学部』51号, pp.134-135, 2015年

また西村は「かわいい」を濫用し、自己にも「かわいい」を適合させる「すでに幼くも小さくもない大人の女性」について「誰かの庇護の元に入り、その誰かに依存して、したたかに生きてゆく戦略」と指摘しており、逆に「成熟しきって老いて醜くなった女性」が周囲から邪険にされず、老後の面倒を見てもらうには「かわいいおばあちゃん[21]となって少しでも好かれるぐらいしか生存戦略はないのかもしれないと推察している[22]

かわいさの発信側と受容側の関係性[編集]

大阪大学大学院人間科学研究科教授の入戸野宏は、土居健郎著『「甘え」の構造』(弘文堂, 1971年)を引き合いに「甘え」と「かわいい」という日本人に顕著な2つの感情の類似性を指摘している。たとえばベビースキーマが仮定する考え方は、あくまで被保護者の「かわいさ」は保護者の「鍵刺激=単なる手がかり」に過ぎないという一方向的な関係に終始しているが、ここに他者の愛情を得ようとする「甘え」の視点を被保護者側に取り入れることで「かわいさ」の発信側と受容側の関係性は、双方向的なものとして解釈できるとしている[23]

かわいさ・かわいいに言及したフィクション作品[編集]

かわいい学に関連する書誌情報[編集]

国内外で流通している「かわいい学」は、日本独自の「かわいい」という包括的概念や文化的諸相を、人文社会科学的アプローチで考察した定性的研究が中心となっている。そのため実験心理学神経科学神経美学感性工学的なアプローチから純粋に「かわいさ」に関連する論文や文献資料を渉猟される際は「日本の特殊性を強調したポップカルチャー論」と混合されないよう注意されたい。コンラート・ローレンツベビースキーマドイツ語版に着目した日本の研究者としては前田實子入戸野宏大倉典子らがいる(我が国における「かわいい文化」の概念形成史などは大塚英志増淵宗一四方田犬彦古賀令子らの書籍を参照のこと)。

著作・雑誌[編集]

論文[編集]

脚注[編集]

  1. ^ 入戸野宏『「かわいい」のちから 実験で探るその心理』化学同人, 2019年, p.56
  2. ^ Lorenz, K. (1943). Die angeborenen Formen möglicher Erfahrung [The innate forms of potential experience / 可能な経験の生得的形態(経験できることには生まれつき決まった形がある)].
  3. ^ 入戸野宏『「かわいい」のちから 実験で探るその心理』化学同人, 2019年, p.55
  4. ^ インゴ・レンチュラー『美を脳から考える ―芸術への生物学的探検―』新曜社, p.13, 2000年
  5. ^ 入戸野宏, 「かわいさと幼さの関係についての実験心理学的考察 (PDF) 」日本感性工学会・かわいい人工物研究部会・2周年記念シンポジウム(2012年6月2日・芝浦工業大学豊洲キャンパス)資料集, p.7
  6. ^ 超正常刺激の他の例として、アニメで女性を描くときに、胸を大きく、ウエストをくびれさせ、ヒップを大きくすることがあります。女性の性的魅力を誇張して描いていますが、そんな女性はほぼ実在しません。好みは分かれますが、根強い人気があります。特定の特徴の組み合わせが、私たちの感情や行動を引き起こすという典型例です。キャラクターの中には、地方団体や民間団体が作るものもあります。『ゆるキャラ』という言葉は、イラストレーターみうらじゅん氏の造語であり、登録商標です。もともとは、人が入る着ぐるみを指していました。完璧に作りこまれたものではなく、予算の関係で洗練されない手作り感が残るものが多く、微笑(苦笑)を誘います。こういったキャラクターにもベビースキーマは含まれています。中にはそうでないものもありますが、かわいいと感じさせようと作ったものには、必ずベビースキーマが超正常刺激として誇張された形で含まれています」入戸野宏『「かわいい」のちから 実験で探るその心理』化学同人, 2019年, p.57
  7. ^ 椎塚久雄「かわいい感情の構造ー製品の中におけるかわいさとインタラクション」日本感性工学会『感性工学』11巻2号, pp.98-108, 2012年9月
  8. ^ a b 「若い処女の娘を神に仕える巫女にする習俗は、本土の古代にもあった。若い処女の娘には、『俗世間から逸脱している(=超俗)』気配がある。現在のオタク文化でも、若い娘の巫女姿は、もっとも『かわいい』を表現しているイメージのひとつになっている。社会との調和を喪失して社会から逸脱してゆくことは、『超俗』のかたちでもある。『無用者』は、超俗の『聖者』でもある。『かわいい』とは、ひとつの『超俗』『逸脱』のイメージなのだ。『かなし』や『かはゆし』の『か』という音韻には、人間であることの『喪失感』が込められている」山本博通『なぜギャルはすぐに「かわいい」というのか』幻冬舎ルネッサンス新社幻冬舎ルネッサンス新書〉2010年8月 pp.39-40
  9. ^ 松井(1996), p.25
  10. ^ 入戸野(2009), p.24
  11. ^ 永山薫増補 エロマンガ・スタディーズ「快楽装置」としての漫画入門筑摩書房ちくま文庫〉2014年, pp.81-83
  12. ^ 宮元健次『日本の美意識』光文社新書 2008年3月 p.215
  13. ^ 石川(2016), p.23
  14. ^ かわいい」は原則的に目上の者が目下の者に抱く情愛を示す表現である。一方で目下の者から目上の者への情愛を示す際には「いとしい」が用いられた。(入戸野宏「"かわいい"に対する行動科学的アプローチ」『人間科学研究』第4巻、広島大学大学院総合科学研究科、2009年、 19-35頁、 doi:10.15027/29016ISSN 18817688NAID 120001954440
  15. ^ 「“かわいい(かわゆい)”の語源は“かわはゆし”という古語であるといわれる。これは,“顔(かお)映(は)ゆし”の変化した語で,“はずかしい,良心がとがめて顔が赤らむようだ”という意味であった。中世(鎌倉時代から安土桃山時代)には“見るに忍びない”の意から気の毒で不憫という意味で用いられたが,中世後半に,女・子どもなど弱者への憐れみの気持ちから発した情愛の念を示す意が派生した。近世(江戸時代)の後半になると不憫の意は消失して,愛らしいの意のみとなり,さらに愛すべき小さいさまという属性形容詞の用法も出現した。現在は,属性形容詞として考えられることの多い“かわいい”だが,本来は感情形容詞であったことは興味深い」入戸野宏「小講演 “かわいい”の心理生理学」『生理心理学と精神生理学』第32巻第2号、日本生理心理学会、2014年、 53-54頁、 doi:10.5674/jjppp.1410ciISSN 0289-2405NAID 130005072710
  16. ^ 大塚(1989), pp.190-191
  17. ^ 大塚(1989), pp.244-246
  18. ^ a b 宮崎(2019), p.69
  19. ^ 「気味が悪い、醜いということと、『かわいい』こととは、けっして対立するイメージではなく、むしろ重なりあい、互いに牽引し依存しあって成立しているものなのである。これは逆にいえば、あるものが『かわいい』と呼ばれるときには、そのどこかにグロテスクが隠し味としてこっそりと用いられていることを意味している」四方田犬彦『「かわいい」論』筑摩書房〈ちくま新書〉p.80, 2006年
  20. ^ 松井(1996), pp.25-26
  21. ^ 小原一馬「『かわいいおばあちゃん』」稲垣恭子編『子ども・学校・社会―教育と文化の社会学』2006年12月, 世界思想社, pp.156-157
  22. ^ 西村(2015), p.135
  23. ^ 東京大学精神科医であった土居健郎氏は一九五五年頃から、『甘え』という概念を提唱しました。(中略)その後、欧米でも、養育者との親密な関係に着目した愛着(アタッチメント)理論が発展し、このような心理傾向は日本人にかぎらないことが確認されました。人間が潜在的に持っている心理傾向のうち、どれが社会のなかで注目され受容されるようになるかは、文化によって変わるのでしょう。(中略)『甘え』の発想は、ベビースキーマドイツ語版の発想とは異なっています。(…)ベビースキーマ説では、かわいい対象は周囲の注意を引きつけ行動を引き起こすきっかけや手がかりとしてしか考えられていません。一方、『甘え』の発想では、かわいいと思う相手の立場からも状況を見ることができます。つまり、甘えてくる子猫を見たとすれば、自分も誰かに甘えていたことや甘えたい気持ちを思い出すかもしれません。このように、『甘え』の視点を取り入れると、『かわいい』は一方向的なものではなく双方向的として捉えられます」入戸野宏『「かわいい」のちから 実験で探るその心理』化学同人, 2019年, pp.203-204

関連項目[編集]

外部リンク[編集]