お亀の方
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お亀の方像(清涼院蔵)
お亀の方(おかめのかた、天正元年(1573年) - 寛永19年9月16日(1642年10月9日))は、徳川家康の側室。石清水八幡宮の祀官家・田中氏(紀姓田中氏)の分家である京都正法寺・志水宗清の娘。
経歴[編集]
初めは竹腰正時に嫁ぎ、竹腰正信を生む。夫と死別後、奥勤めに入る。その後石川光元の側室となり光忠を生むが、離縁後の文禄3年(1594年)、22歳の時、家康に見初められ側室に入り、文禄4年(1595年)に仙千代(6歳で夭折)、慶長5年(1600年)、尾張徳川家の祖である五郎太(後の徳川義直)を生む。家康の死後、相応院と名乗り、義直のいる名古屋城で暮らした。