えびの地震
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えびの地震 | |
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地震の震央の位置を示した地図 | |
本震 | |
発生日 | 1968年(昭和43年)2月21日 |
発生時刻 | 10時44分50秒 (JST) |
震央 |
日本 宮崎県えびの町 北緯32度02.0分 東経130度45.3分(北緯32度2分 東経130度45.3分 / 北緯32.033度 東経130.7550度) |
震源の深さ | 0 km |
規模 | 気象庁マグニチュード(Mj)6.1/モーメントマグニチュード(Mw)6.2[1] |
最大震度 | 震度6:宮崎県えびの町真幸 |
地震の種類 | 内陸地殻内地震 |
前震 | |
最大前震 | 2月21日08時51分39秒 (JST) Mj5.7 最大震度5 |
余震 | |
回数 | M5以上が3回、M4以上が31回 |
最大余震 | 2月22日19時19分05秒 (JST) Mj5.6 最大震度4 |
被害 | |
死傷者数 | 死者3名 負傷者44名 |
被害地域 | 主に宮崎県、熊本県、鹿児島県。 |
プロジェクト:地球科学 プロジェクト:災害 |
えびの地震(えびのじしん)は、1968年(昭和43年)2月21日10時44分50秒、宮崎県と鹿児島県境の韓国岳の北西15km付近(北緯32度1分、東経130度43分)を震源として発生したM6.1の地震。えびの町(現:えびの市)の真幸地区では、震度6を観測した。
概要
[編集]1968年(昭和43年)2月21日8時51分37秒に震度5 (M5.7)、また、翌2月22日19時19分05秒にも同じく震度5 (M5.6)を記録している。気象庁では、21日午前10時45分の地震をえびの地震と命名し、8時51分の揺れは前震、翌日の22日19時19分の揺れは余震とした。3月25日以降活動は再活発化した[3]群発地震であると考えられる。
- 21日8時51分発生の前震から翌月3月25日1時21分発生の余震(えびので震度5ないし震度6[4])まで、震度5以上の地震が5回発生し、その内の4回の地震では被害を生じた。
- 揺れはほぼ九州全域で観測され、被害は宮崎県、熊本県、鹿児島県の3県におよび、特に真幸地区と鹿児島県姶良郡吉松町(現・湧水町吉松地区)の被害が大きかった。
- 土地柄、シラス崩壊による被害が多かった。
- 被害状況は死者3名、負傷者44名、全壊498戸、半壊1,278戸、一部損壊4,866戸。この他にも鉄道、道路などが分断、橋の損壊、耕地の埋没も見られた。
- 地震によって弱くなった地盤は、1972年昭和47年7月豪雨の集中豪雨により崩壊し被害を生じた[5]。
各地の震度
[編集]震度4以上の揺れを観測した地点は以下の通り。[6]
震度 | 都道府県 | 観測所 |
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6 | 宮崎県 | えびの |
5 | 熊本県 | 人吉 |
4 | 宮崎県 | 延岡・宮崎・油津 |
鹿児島県 | 枕崎・阿久根・宮之城通報所 |
出典
[編集]- えびの地震 - 国土交通省 九州地方整備局
脚注
[編集]- ^ “M 6.2 - Kyushu, Japan”. アメリカ地質調査所 (2015年5月13日). 2017年6月3日閲覧。
- ^ 震度データベース検索
- ^ 渡辺邦彦:えびの地震に関する2, 3の考察 地震 第2輯 1970年 23巻 1号 p.32-40 , doi:10.4294/zisin1948.23.1_32
- ^ 九州全域に地震 えびのは烈震『朝日新聞』1968年(昭和43年)3月25日朝刊 12版 15面
- ^ 中村浩之、「昭和47年7月災害の全国概況」 『地すべり』 1973年 9巻 3号 p.27a-28, doi:10.3313/jls1964.9.3_27a
- ^ https://www.data.jma.go.jp/svd/eqdb/data/shindo/Event.php?ID=105902
関連項目
[編集]外部リンク
[編集]- えびの吉松地区地震観測(国立防災科学技術センター) (PDF) 地震予知連絡会 会報 第1巻
- 宮崎県の地震活動の特徴 地震調査研究推進本部