うたかたの記

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うたかたの記』(うたかたのき)は、森鴎外の短編小説。1890年明治23年)、雑誌『しがらみ草紙』に発表。1892年(明治25年)7月、作品集『美奈和集(水沫集)』に『舞姫』『文づかひ』とともに収録。2作品とともに森鴎外のドイツ三部作の一部を為す。

あらすじ[編集]

ドイツバイエルン王国の首都ミュンヘン。日本画学生の巨勢は、以前ドレスデンで一目ぼれをした花売り娘のマリー・ハンスルと再会する。巨勢はマリーの面影が忘れられず、自作のローレライのモデルとしていた。マリーはいきなり巨勢に接吻する。驚く巨勢に、同行していた友人のエキステルが彼女は美術学校のモデルだが狂っていると教える。

巨勢は、自分のアトリエにマリーを呼び彼女への熱い思いを伝える。話をする内に、マリーには高名な画家の父ステインベルグと彼女と同名の美しい母親がいたことがわかる。母はバイエルン国王ルードヴィヒ2世に懸想されていた。父は国王の毒牙から妻を守って死に、母も悲しみのあまり後を追うようにして死ぬ。孤児となったマリーはアルプス近くのスタルンベルヒ湖の漁師ハンスル家に引き取られたことがわかる。

マリーは、父のように美術を学ぶためモデルとなっているが、誘惑の多い都会で身を守るためにわざと狂った振りをしていると明かす。

マリーに誘われるまま巨勢はスタインベルヒ湖に向かう。愛を確認した二人は、雨の湖の周囲を散策し船で遊ぶ。村外れの岸辺に漕ぎ寄せると、母マリーの想い止みがたく狂人となっていた国王がいた。国王は、マリーの姿に母の幻影を見て彼女に襲いかかる。マリーは恐怖のあまり湖に没する。国王も止めようとした侍医グッデンもろとも湖に沈む。

巨勢はマリーを助けるが、杭に胸を打ったのがもとで死んでしまう。国王の葬儀の日、心配したエキステルが巨勢のアトリエを訪問すると、彼は憔悴しきってローレライの絵の前に跪いていた。

概説[編集]

鴎外初期の流麗な文語体で書かれた悲恋物語であるが、『舞姫』では主人公が日本人留学生なのに対して、『うたかたの記』はマリー・ハンスルという美しいモデルであり、日本人巨勢は狂言廻し的な役割になっている。なお、巨勢のモデルはドイツ・ミュンヘン留学時代の友人である画学生原田直次郎とされ、ヒロインのマリーは原田の愛人の名前から取っている。

この物語のもう一人の重要人物、バイエルン国王ルードヴィヒ2世はルキノ・ヴィスコンティの映画『ルートヴィヒ』にも取り上げられ、大作曲家リヒャルト・ワーグナーのパトロンとしてあるいはノイシュヴァンシュタイン城の造営でも知られているが、1886年の王の水死事故は、鴎外の『独逸日記』に記されている。当時鴎外はミュンヘン大学に在籍していた。

本作について芸術に狂う巨勢、わざと狂った振りをするマリー、思慕の念から本当に狂ったルードヴィヒ2世と、3通りの「狂気」(三狂)を描いたものとする説がある[1]

脚注[編集]

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  1. ^ 『舞姫・山椒大夫他4編』(旺文社文庫)解説

外部リンク[編集]