あんべ光俊

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
ナビゲーションに移動 検索に移動
あんべ 光俊
あんべ みつとし
出生名 安部 光俊
生誕 (1953-09-16) 1953年9月16日(65歳)
出身地 日本の旗 日本岩手県釜石市
学歴 早稲田大学社会科学部卒業
ジャンル J-POP映画音楽劇伴
職業 シンガーソングライター
音楽プロデューサー
担当楽器 ボーカル
ギター
活動期間 1978年- (歌手作曲家
レーベル 東芝EMI
NEWS
ポリドール
ソニー・ミュージック
ひょうたん
FFA
日本クラウン
徳間ジャパン
イーハトーブウィンズ・コミュニケーションズ
事務所 イーハトーブウィンズ
共同作業者 武藤敏史・小田和正鈴木康博
清水仁大間ジロー松尾一彦
公式サイト イーハトーブ・ウインズ
宮沢賢治

あんべ 光俊(あんべ みつとし、Mitsutoshi Ambe 1953年9月16日 - )は、日本シンガーソングライター音楽プロデューサー脚本家レコードレーベルオーナーラジオ・パーソナリティである。岩手県釜石市出身。

1978年に「風は知っている」で歌手デビュー。代表曲に「遠野物語」「星の旅」「君が好き」「イーハトーヴの風」があり、坂本九「夜のしずく」、オフコース「一億の夜を越えて」、時任三郎「LONG RUN」などの提供曲で知られる。また、映画音楽などの劇伴岩手県立大学などの校歌を制作している。音楽支援イベントへの取り組みも熱心で、2001年に『とっておきの音楽祭-障害のある人とともにある音楽祭-』を仙台市で開始し、全国18か所へ展開している。2011年東日本大震災を契機に、東北地方ゆかりのアーティストとともにチャリティアルバム『とうほくLOVE』を制作し、支援ライブを展開。2017年の熊本地震後にも同様に楽曲制作、支援ライブ『くまもとLOVE』を仙台で行っている。

岩手県遠野市、釜石市、花巻市沖縄県那覇市の民間大使。IBC岩手放送「あんべ光俊・人の森を旅する道」ラジオ・パーソナリティを務めている。

来歴[編集]

幼少時代[編集]

1953(昭和28)年

9月16日岩手県の中央部、遠野市から太平洋側の街、釜石市に向かう途中の鉱山の町、大橋(現・同市甲子町)に、釜石鉱山で働く父・俊雄、母・京の4男1女の末っ子として生まれる。釜石市大橋は、世界遺産「明治日本の産業革命遺産 製鉄・製鋼、造船、石炭産業」の構成資産となっている高炉跡がある「橋野鉱山」よりも一年早い1857(安政4)年に日本で初めて洋式高炉出銑に成功。鉱山から鉄鉱石に代わって産出されるミネラルウォーター「仙人秘水」が人気となっている。

両親は遠野市出身のため、墓参りによく訪れる夏の緑滴る風景は印象深いものであった。 父親の話によれば、幼少時は相撲を取ったり活発で、読み書きを誰が教えるわけでもないのに大言海を熟読するなど、神童と近所の評判に上るほどだったが、5歳のある日、高熱に倒れて普通の子供になったとのことである。

音楽との最初の出会いは父の弾く三味線と民謡であった。父により自らが果たせなかった民謡歌手になる夢を託されて特訓されたが、声が子供ながらハスキーなためにレッスン中止を余儀なくされる。プレッシャーから解き放たれるや否や山に行って砦を作ったり、橇遊びで泥まみれになるなど存分に羽を伸ばした反面、期待に応えられない胸中は、父から烙印を押されたようで少々複雑でもあった。

1959年

4月、鉱山が経営する私立釜石鉱山学園小学校に入学する。鉱山学園は、宮沢賢治の描く「風の又三郎」の学校のモデルともされ、教育面では森信三の実践主義を取り入れ、環境面ではスチーム暖房や完全給食など岩手県内において先駆的存在の学校であった。

1964年

小学校高学年には山遊びを卒業して野球に夢中であった。ある日、ガットギターと出会う。それは映画「禁じられた遊び」のサウンドトラックをきっかけに起こった1960年代クラシックギターブームで、姉の悦子が自ら習おうとして買ってきたものだった。

1965年

4月、私立釜石鉱山学園中学校に入学する。2年時に学園が釜石市立大橋中学校に、3年時に釜石市立西中学校に移管され、卒業する。

1968年

4月、岩手県立釜石南高等学校(現・岩手県立釜石高等学校)に入学する。

青年時代・バンド「飛行船」デビュー[編集]

1971年

4月、早稲田大学社会科学部に入学する。

1974(昭和49)年

大学在学中にクラスメートの萩原茂(はぎわらしげる)ベース)、小野寺進(おのでらすすむ)キーボード)、小島光浩(こじまみつひろ)ドラム)との四人組のグループ「飛行船」を結成する。自主制作したシングル「しょうよう歌」で、翌年、フィリップスよりデビューする。

1977(昭和52)年

5月、1st.アルバム『風の時刻表』をリリースする。7月、安部光俊&飛行船名義でシングル「青春の踏切で / 花嫁泥棒」をリリースするが、ほどなくバンド・飛行船が解散する。 アマチュアに戻っても諦めることなく作曲し、谷村新司DJを務めていたニッポン放送「ライオン・フォーク・ビレッジ」に自作を録音したカセットテープを応募。記念すべき第100回の「フォーク・ビレッジ・オリジナル曲」に、応募作150曲の中から選ばれている。

ソロ・デビュー[編集]

1978(昭和53)年

5月、東芝EMIより安部光俊として、「風は知っている」でソロ・デビューする。9月、坂本九に「夜のしずく」を提供する。12月、デビューアルバム『碧空と海のすき間から』にバンド時代に発表した「遠野物語」のソロ・バージョンを収録する。以降、ディレクター・武藤敏史とオフコースの組み合わせでアルバム制作を行う[1]

1979(昭和54)年

デビューアルバムよりリカットしたシングル「星の旅」をリリースする。

1980(昭和55)年

11月、オフコースに「一億の夜を越えて」を作詞提供する。

1992(平成4)年

9月、ソニー・ミュージック・エンタテイメントよりあんべ光俊として、シングル「イーハトーヴの風」をリリース。10月、6年ぶりのアルバム『夢の扉』をリリースする。

1994(平成6)年

7月、時任三郎に「LONG RUN」(映画『男ともだち』主題歌。)を提供する。

2001年

とっておきの音楽祭-障害のある人とともにある音楽祭-』を仙台市で開始し、以降全国18か所へ展開する。

2011年

東日本大震災を契機に、箭内道彦佐藤竹善東北地方ゆかりのアーティストとともにチャリティアルバム『とうほくLOVE』を制作し、支援ライブを展開。

2017年

熊本地震後は、チャリティソング「予定〜熊本に帰ったら〜」「くまもとで愛ましょう」を制作し、支援ライブ『くまもとLOVE』を仙台で行っている。岩手県の「銀河系いわて大使」(現・「希望王国いわて文化大使[2]」)に任命される。 岩手県花巻市の「花巻イーハトーブ大使」、遠野市の「民話のふるさと遠野大使[3]」、釜石市の「釜石応援大使」、沖縄県那覇市の「那覇市観光大使」でもある。

ディスコグラフィ[編集]

シングル[編集]

飛行船
  1. しょうよう歌 / 白夜(1974年、自主制作)
  2. しょうよう歌 / 大和めぐり(1975年、フィリップス)
  3. 遠野物語(1976年8月、東芝EMI)
  4. ロンリー・ボーイ(1976年11月、東芝EMI)
  5. 悲しみのイエスタデイ(1977年3月、東芝EMI)
  6. 青春の踏切で(1977年7月、東芝EMI)
安部光俊
  1. 風は知っている(1978年5月、東芝EMI)
  2. 俺(1979年4月、東芝EMI)
  3. 甘い夜(1978年10月、東芝EMI)
ほか。
あんべ光俊
  1. イーハトーブの風(1992年9月、ソニー・ミュージック・エンタテイメント)
  2. 風のモント(1998年7月、ひょうたん)
  3. 天空アルテイ(2002年11月、コロンビアミュージックエンタテイメント)
ほか。

アルバム[編集]

飛行船
  1. 風の時刻表 (1977.05. 東芝EMI)
安部光俊
  1. 碧空と海のすき間から (1978.12. 東芝EMI)
  2. オリンポスの果実 (1980.04. 東芝EMI)
  3. Born to be Wild (1981.06. 東芝EMI)
  4. HEARTS (1983.08. ニューズ)
  5. リアルファンタジー (1984.06. ニューズ)
  6. スティールタウン (1985.10. ポリドール)
  7. ファイティングロード (1986.05. ポリドール)
あんべ光俊
  1. 夢の扉 (1992.10. SONY RECORDS)
  2. 遠き風の声 (1995.11. ひょうたん。)
  3. JALANの風 (2000.09. FFA)
  4. そこに咲く花のように (2005.09. 日本クラウン)
  5. イーハトーブタイム (2007.08. 徳間ジャパンコミュニケーションズ)
  6. きみといた時間 (2010.04. イーハトーブウインズ・コミュニケーション)
  7. トビウオ / TOBIWOW (2014.11. イーハトーブウインズ・コミュニケーション)

DVD[編集]

  1. ライブ・イーハトーヴタイム (2007.08. 徳間ジャパンコミュニケーションズ)

CD BOX[編集]

  1. あんべ光俊 Album Collection BoxI (2007.04. イーハトーブウインズ・コミュニケーション)
    • 収録アルバム ・風の時刻表 / 飛行船 ・碧空と海のすき間から ・オリンポスの果実 ・Born to be Wild ・HEARTS
  2. あんべ光俊 Album Collection BoxⅡ (2008.03. イーハトーブウインズ・コミュニケーション)
    • 収録アルバム ・リアルファンタジー ・スティールタウン ・ファイティングロード ・遠き風の声 ・夢の扉

校歌[編集]

メディア[編集]

ラジオ[編集]

現在の担当番組
過去の担当番組
  • あんべ光俊ギルドハウス (RABラジオ ABSラジオ IBCラジオ  TBCラジオ)  制作 / IBCラジオ
  • あんべ光俊365日のラブソング(Date fm)制作 / Date fm GIP
  • あんべ光俊スターライトエクスプレス(Date fm)制作 / Date fm GIP

ボランティア活動[編集]

とっておきの音楽祭[編集]

[ヘルプ]

2001年みやぎ国体と同時開催の第1回全国障害者スポーツ大会みやぎ大会に合わせて文化面のバリアフリーイベント「とっておきの音楽祭-障害のある人とともにある音楽祭-』」を仙台で開催することになり、前年に仙台移住したあんべもプロデューサーの一人として参加、テーマソング「オハイエ」や第1回から3回までのフィナーレをプロデュースした。音楽祭は熊本市盛岡市町田市など全国18箇所以上に広がり、2016年の仙台での音楽祭動員数は27万人に達している。その後相談役として、また出演者としての関わりのほか、広報宣伝役として全国各地への音楽祭普及に務めている。

東日本大震災復興支援活動[編集]

  1. 希望王国いわて文化大使(岩手県
  2. 那覇市観光大使(沖縄県那覇市
  3. 民話の里ふるさと遠野大使(岩手県遠野市
  4. 釜石応援大使(岩手県釜石市
  5. 花巻イーハトーブ大使(岩手県花巻市

脚注[編集]

[ヘルプ]

関連項目[編集]

外部リンク[編集]