売買

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売買(ばいばい)とは、当事者の一方(売主)が目的物の財産権を相手方(買主)に移転し、相手方(買主)がこれに対してその代金を支払うことを内容とする契約である。日本の民法では典型契約の一種とされる(555条)。

  • 日本の民法は、以下で条数のみ記載する。

概説

売買の意義

民法に規定する売買は、当事者の一方がある財産権を相手方に移転することを約し、相手方がこれに対してその代金を支払うことを約することによって成り立つ双務諾成有償の契約である(555条)。

売買は贈与交換と同じく権利移転型契約(譲渡契約)に分類される[1][2]。贈与が無償契約・片務契約の典型であるのに対し、売買は有償契約・双務契約の典型である[3][4]

貨幣経済の発達した今日、売買は物資の配分あるいは商品の流通を担う最も重要な契約類型とされる[5]。売買と交換の関係であるが、講学上、典型契約としての交換(586条)を狭義の交換とし、売買契約など広く財産権の移転を内容とする取引一般を指して広義の交換と概念づけることもある[6]。歴史的にみると交換という形態は広く商品経済の発達以前から存在したが、貨幣経済の発達の結果、その中から物に対する貨幣の交換という取引形態が分化し独立したものが売買であると理解されている[7]

売買の性質

  • 双務契約
売買契約は双務契約であり同時履行の抗弁権(533条)や危険負担(434条以下)の適用がある。
  • 諾成契約
売買は原則として諾成契約である。ただし、法律上の例外もある(会計法第29条の8など)[8]
  • 有償契約
売買は典型的な有償契約であり[9]。民法の売買の規定は、売買以外の有償契約についても原則として準用される(559条)。

他人物売買の問題

他人の所有物を売買の目的とする契約を他人物売買といい、フランス民法旧民法はこれを無効とするが、ドイツ民法や日本の民法はこれを有効とする(560条[10]。売買は直接には債権債務関係を生じさせる債権契約であり、他人に財産権が帰属していることは財産権移転の時期を制限する財産権移転の障害となる特段の事情にすぎないからである。売買契約時に他人の物でも、約束の期日(履行期)までに売主が他人から所有権を取得すればよい。この所有権取得のときに、財産権移転の障害となる特段の事情が解消したことになり、所有権は買主に移転することになる。 もし、売主が所有権を取得できず、買主に所有権を移転できなかった場合は、債務不履行責任(415条)または担保責任561条~564条)の問題となる。

  • 売主が契約の時においてその売却した権利が自己に属しないことを知らなかった場合において、その権利を取得して買主に移転することができないときは、売主は、損害を賠償して、契約の解除をすることができる(562条1項)。
  • 買主が契約の時においてその買い受けた権利が売主に属しないことを知っていたときは、売主は、買主に対し、単にその売却した権利を移転することができない旨を通知して、契約の解除をすることができる(562条2項)。
  • 売買の目的である権利の一部が他人に属することにより、売主がこれを買主に移転することができないときは、買主は、その不足する部分の割合に応じて代金の減額を請求することができる(563条1項)。
  • 残存する部分のみであれば買主がこれを買い受けなかったときは、善意の買主は、契約の解除をすることができる(563条2項)。

現実売買の問題

日常生活でお店でものを買う場合のように、契約の成立と物の引渡し・代金支払が同時に行われるものを現実売買という。民法の売買の規定は、当事者の合意による契約の成立後に債務を履行することを予定していることから、現実売買に民法の売買契約の規定の適用があるか争いがある。現実売買の法的構成については物権契約説(現実売買を所有権移転を目的とする物権契約とみる説)と債権契約説(通説。基本的には通常の売買契約と同じとし、債権契約が行われ直ちにそれが履行されているとみる説)があるが、両者の結論としての差異は大きくないとされる[11]。なお、573条のように現実売買には適用の余地のない規定もある[12]

売買の成立

最低限の要素として、売買の目的物および代金額又はその決定方法が定まっていることが必要である。

売買契約を締結することを、売主から見て「売る」又は「売り付ける」(名詞形は「売付け」)といい、買主から見て「買う」又は「買い付ける」(名詞形は「買付け」)という。売買契約を締結してそれに基づく引渡しを行うことを、売主から見て「売り渡す」(名詞形は「売渡し」)といい、買主から見て「買い受ける」(名詞形は「買受け」)という。

目的物

売買の目的物は譲渡性のある財産である[13]。不動産や動産がイメージしやすいが、他にも、用益物権債権知的財産権なども目的とすることができる。

さらに、電気の「売買」など、財産権の移転を伴わないサービス提供型の契約であっても、売買契約と同様に扱われるものもある。

代金額

代金額は当事者間で定めるべきものであるが、暴利行為など公序良俗に反する場合は無効となる[14]

代金は現在貨幣として通用するものによって支払われる必要があり、そうではない小判などによるときは売買ではなく交換となる(通説)[15]

売買の一方の予約

売買の一方の予約は相手方が売買を完結する意思を表示した時から売買の効力を生ずる(556条1項)。この意思表示について期間を定めなかったときは、予約者は相手方に対して、相当の期間を定め、その期間内に売買を完結するかどうかを確答すべき旨の催告をすることができる(556条2項前段)。この場合において、相手方がその期間内に確答をしないときは売買の一方の予約は効力を失う(556条2項後段)。

手付

売買契約締結時に手付が交わされることがある。手付とは、不動産などの高価な物件の売買をする場合、契約締結の際に、買主から売主に対し、金銭などを交付することにより成立する契約のことをいう。手付は売買契約に付随して締結される契約(従たる契約)で、主たる契約である売買契約が諾成契約であるのに対して手付は要物契約である。

  • 証約手付
買主において、代金総額の一部を売主に交付するという手付である。これは、売買契約書以外の証拠を残すという趣旨で行われる。手付のなかでは基本的な手付である。
  • 違約手付
    相手方当事者に債務不履行があった場合に、被害を受けた当事者において、没収できるという趣旨で交付される手付である。この違約手付は、没収された金銭等のほか、さらに損害賠償を請求できるかという見地から、次の2つに分けられる。
    • 違約罰としての違約手付
    没収された手付は、単なる「違約罰」に過ぎず、その没収額でも損害がまかないきれない場合には、被害を受けた当事者において、さらに損害賠償を請求することを許すというもの。
    • 損害賠償の予定としての違約手付
    仮に被害を受けた当事者において没収額を上回る損害があったとしても、授受された手付の金額の範囲内で処理するものとし、それ以上の損害賠償の請求を許さないとするもの。
  • 解約手付
債務不履行などの特段の原因がなくとも、相手方が履行に着手する前であれば、買主においては、渡した金銭等の全額を放棄するだけで、売主においては、受け取った金銭等の倍額を返還するだけで売買契約を解除できるという趣旨をもった手付である(557条)。履行の着手の意味については争いがあるが、判例は、客観的に外部から認識しうるような形で履行行為の一部をなし、又は履行の提供をするために欠くことのできない前提行為をした場合を指すとしている。

売買契約に関する費用

売買契約に関する費用は当事者双方が等しい割合で負担する(558条)。通常、契約書・公正証書作成費用、印紙代、目的物鑑定費用などが売買契約に関する費用とされる[16]。この規定は売買のみならず、契約一般に関しての契約費用の原則を定めるものと位置づけられている[17]。なお、本条と485条(弁済の費用については原則として債務者が負担する)との関係に注意を要し、通常、不動産移転登記費用や荷造費・運送費などは弁済費用とみられるが、両者の区別はつきにくい場合もある[18][19]

売買と法規制

一定の売買につき法律上の規制が設けられている場合がある[20]

  • 目的物の流通に関する規制
例として農地法国土利用計画法による規制など。
  • 代金に関する規制
例として物価統制令農産物価格安定法による規制など。
  • 取引方法に関する規制
例として独占禁止法不正競争防止法特定商取引法消費者契約法など。
  • 消費者保護に関する規制
消費者契約法、特定商取引法、宅地建物取引業法不当景品類及び不当表示防止法など

売買の効力

合意が成立したとき、または予約完結権を行使したとき(556条)に契約の効力が生じる。その効力の具体的内容は以下の通りである。

売主の義務

財産権移転義務

売主は財産権移転義務を負う(555条)。この財産権移転義務は買主に財産権を完全に移転する義務であり、財産権が所有権のように目的物を支配する権利である場合はその目的物の引渡し義務が生じ、また、買主の対抗要件(177条178条第467条)の具備に協力すべき義務や証拠書類等を引き渡す必要がある[21]。このうち所有権移転登記手続に協力すべき義務を所有権移転登記手続債務といい、所有権移転登記手続債権(いわゆる債権的登記請求権のこと)に対応するものである。

そして、引渡しの対象が特定物である場合は、保存義務(第400条)を生じる。保存義務の保存とは、保存行為の保存と同義であり、自然的又は人為的作用により目的物の財産的価値が損なわれないようにすることである。

他人物売買の売主は、その他人から財産権を取得する義務を負う(560条)が、これは上記財産権移転義務に基づくものであり、売主の担保責任とは違う(売主の担保責任の法的性格につき法定責任説に立つことが前提の説明)。

なお、引き渡されていない売買の目的物が果実を生じたときは、その果実は、売主に帰属する(575条1項)。

売主の担保責任

売主は担保責任を負う(第561条以下)

買主の義務

代金支払義務

買主は代金支払義務を負う(555条)。

  • 代金の支払期限
売買の目的物の引渡しについて期限があるときは、代金の支払についても同一の期限を付したものと推定される(573条)。
  • 代金の支払場所
売買の目的物の引渡しと同時に代金を支払うべきときは、その引渡しの場所において支払わなければならない(574条)。
  • 利息支払義務
買主は目的物引渡しの日から利息支払義務も負うことになる。ただし、代金の支払について期限があるときは、その期限が到来するまでは、利息を支払うことを要しない(575条2項)。
  • 代金支払拒絶権
売買の目的について権利を主張する者があるために買主がその買い受けた権利の全部又は一部を失うおそれがあるとき(576条)、または、買い受けた不動産について抵当権・先取特権・質権の登記がある場合については、原則として代金の全部又は一部の支払を拒むことができる(577条)。

受領義務の問題

諸外国には買主の目的物受領義務について定める立法例もあるが日本の民法に明文の規定はない[22]。この点は受領遅滞の本質論において対立点となる[23]

訴訟物・要件事実

訴訟物

売買契約に基づく請求の、民事訴訟における訴訟物は、

  • 売主の請求は、売買契約に基づく代金支払請求権
  • 買主の請求は、売買契約に基づく目的物引渡請求権

である。

請求原因としての要件事実

原告として主張すべき請求原因としての要件事実は、売主・買主ともに、

  • 原告・被告間での売買契約の締結(目的物と代金額)

である。売買契約の要素である目的物の特定と代金額、さらに契約を特定するため、契約日の主張が必要となる。期限(支払日・引渡日)や条件は、契約の付款であるから、被告が請求を拒むための抗弁として主張することになるので、定めがあったとしても、原告としての主張は不要である。

特殊な売買

  • 定期売買
歳暮用の贈答品の売買のように一定の期間内に目的物が引き渡されないと,目的を達することができなくなる売買をいい、催告をすることなく、直ちにその契約の解除をすることができる(542条)。
商人間では、直ちに履行を請求しないときには契約が解除されたものとみなされる(商法525条)。
  • 数量指示売買
目的物の実際に有する数量を確保するため、その一定の面積容積重量、員数または尺度あることを売主が契約において表示し、かつ、この数量を基礎として代金額が定められた売買をいう[24]。数量指示売買に該当するか否かの認定は微妙な場合が多く、たとえば、土地の売買において、単に坪数が表示されていただけの場合や、契約書に「すべて面積は公簿による」という条項があっただけでは当然には数量指示売買とはならない。
買主は、数量が不足していた場合に、不足する部分の割合に応じて代金の減額を請求することができる(565条563条)。

商事売買

商人間の売買を商事売買といい、商法に特則が設けられている。

担保目的の売買

売買は担保目的で利用されることもある(売渡担保)。担保目的による売買は、売買という形式を借りてはいるが、実質的には担保の設定である。通常、このように担保目的ではない本当の意味での売買のことを「真正売買」(true sale)と呼ぶ。

買戻し

売買契約を締結する際に、売主が一定期間内に売買代価と契約費用を返還すれば、目的物を取り戻せる旨を約束することで、解除権を留保した売買である。民法においては、不動産についてだけ買戻しを認めている。

この制度は、不動産に限られること(579条)、代金や期間が法定されていること(580条)、登記しなければならないこと(581条1項)からあまり利用されていない。

不動産の売主は、売買契約と同時にした買戻しの特約により、買主が支払った代金及び契約の費用を返還して、売買の解除をすることができる。この場合において、当事者が別段の意思を表示しなかったときは、不動産の果実と代金の利息とは相殺したものとみなされる。

再売買の予約

売買契約を締結する際に、売主が一定期間内であれば売主は再び買主から目的物を買い取ることができるとするものである。

脚注

  1. ^ 川井健著 『民法概論4 債権各論 補訂版』 有斐閣、2010年12月、109頁
  2. ^ 柚木馨・高木多喜男編著 『新版 注釈民法〈14〉債権5』 有斐閣〈有斐閣コンメンタール〉、1993年3月、2頁
  3. ^ 内田貴著 『民法Ⅱ 第3版 債権各論』 東京大学出版会、2011年2月、111頁
  4. ^ 我妻栄・有泉亨・川井健著 『民法2 債権法 第2版』 勁草書房、2005年4月、268頁
  5. ^ 我妻栄・有泉亨・川井健著 『民法2 債権法 第2版』 勁草書房、2005年4月、273頁
  6. ^ 近江幸治著 『民法講義Ⅴ 契約法 第3版』 成文堂、2006年10月、121頁・163頁
  7. ^ 近江幸治著 『民法講義Ⅴ 契約法 第3版』 成文堂、2006年10月、163頁
  8. ^ 川井健著 『民法概論4 債権各論 補訂版』 有斐閣、2010年12月、124頁
  9. ^ 内田貴著 『民法Ⅱ 第3版 債権各論』 東京大学出版会、2011年2月、111頁
  10. ^ 内田貴著 『民法Ⅱ 第3版 債権各論』 東京大学出版会、2011年2月、122頁
  11. ^ 川井健著 『民法概論4 債権各論 補訂版』 有斐閣、2010年12月、126頁
  12. ^ 内田貴著 『民法Ⅱ 第3版 債権各論』 東京大学出版会、2011年2月、122頁
  13. ^ 川井健著 『民法概論4 債権各論 補訂版』 有斐閣、2010年12月、124-125頁
  14. ^ 柚木馨・高木多喜男編著 『新版 注釈民法〈14〉債権5』 有斐閣〈有斐閣コンメンタール〉、1993年3月、149頁
  15. ^ 柚木馨・高木多喜男編著 『新版 注釈民法〈14〉債権5』 有斐閣〈有斐閣コンメンタール〉、1993年3月、44頁
  16. ^ 川井健著 『民法概論4 債権各論 補訂版』 有斐閣、2010年12月、138頁
  17. ^ 内田貴著 『民法Ⅱ 第3版 債権各論』 東京大学出版会、2011年2月、122頁
  18. ^ 我妻栄・有泉亨・川井健著 『民法2 債権法 第2版』 勁草書房、2005年4月、278-279頁
  19. ^ 内田貴著 『民法Ⅱ 第3版 債権各論』 東京大学出版会、2011年2月、122頁
  20. ^ 川井健著 『民法概論4 債権各論 補訂版』 有斐閣、2010年12月、122-123頁
  21. ^ 我妻栄・有泉亨・川井健著 『民法2 債権法 第2版』 勁草書房、2005年4月、279頁
  22. ^ 我妻栄・有泉亨・川井健著 『民法2 債権法 第2版』 勁草書房、2005年4月、292頁
  23. ^ 我妻栄・有泉亨・川井健著 『民法2 債権法 第2版』 勁草書房、2005年4月、85頁
  24. ^ 最判昭43年8月20日民集22・8・1692

関連項目