シネマトグラフ

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
ナビゲーションに移動 検索に移動
1896年ドイツでのシネマトグラフ公開のポスター

シネマトグラフcinématographe)は映写機としても、また映画作品の開発にも使用されたオールインワンのカメラ1890年代に発明された。

発明者の身元について多くの議論がある。1892年2月12日フランスの発明家レオン・ボウリーが『Cinématographe Léon Bouly』として特許を取得したとする主張が存在する。彼らの主張によれば、ボウリーは翌年、収入の不足のため、特許のための料金を支払うことができず、リュミエール兄弟が特許を買収した。

しかし、一般的には、ルイ・リュミエールがシネマトグラフのアイディアを概念化し、リュミエール兄弟双方が特許を共有したとする。1894年に、彼らによる最初の映画『工場の出口』が制作された。この映画は1895年9月28日フランスラ・シオタにある世界で最も古い映画館ル・エデンにて公開された。

最初のシネマトグラフによるフィルムの商業公開は1895年12月28日パリで行われた。これはリュミエール兄弟が開催した。

ロベール・ロヨウ・ベアードセシル・レイジョルジュ・ドムニーアルフレッド・レンチらによって、いくつかのシネマトグラフの翻案が開発された。

初期の映画史に関する議論は、しばしば、映画とその技術と同様にパブリシティショウビジネスの開拓者であるリュミエール兄弟に起因するとされる「シネマトグラフの発明」に関する言及が穴だらけになっていることがある。リュミエール兄弟によるシネマトグラフは映画史における注目すべき発展であるが、カメラは「最初のもの」に対する所有権を望む多くの発明家によって平行して計画・設計されていた。

外部リンク