ルネサスエレクトロニクス

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ルネサスエレクトロニクス株式会社
Renesas Electronics Corporation
ロゴ
種類 株式会社
市場情報
東証1部 6723
2003年7月24日上場
略称 ルネサス
本社所在地 日本の旗 日本
135-0061
東京都江東区豊洲三丁目2番24号
設立 2002年11月1日
業種 電気機器
法人番号 8020001075701 ウィキデータを編集
事業内容 半導体製品研究開発製造販売サービス
代表者 柴田英利(代表取締役社長兼CEO)
資本金 290億円(2020年12月末)
発行済株式総数 1,731,896,409株(2020年12月末)
売上高 連結7,156億73百万円
(2020年12月期)
営業利益 連結651億42百万円
(2020年12月期)
純利益 連結457億26百万円
(2020年12月期)
従業員数 連結18,753名(2020年12月末)
決算期 12月31日
主要株主
外部リンク ルネサスエレクトロニクス
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ルネサスエレクトロニクス株式会社[注 1]英語: Renesas Electronics Corporation)は、東京都江東区に本社を置く大手半導体メーカー。三菱電機および日立製作所から分社化していたルネサス テクノロジと、NECから分社化していたNECエレクトロニクスの経営統合によって、2010年4月に設立された。社名の『Renesas』は、あらゆるシステムに組み込まれることで世の中の先進化を実現していく真の半導体のメーカー(「Renaissance Semiconductor for Advanced Solutions」)を標榜して名付けられた。

概要[編集]

ルネサスの主力工場である那珂事業所(2012年、国土地理院撮影)。中央の四角い棟が、2021年時点でロジック向け日本国内最先端の40nmプロセスを抱えるN3棟である
ルネサスR8Jマイコン。ルネサスの安くてパワフルなマイコンは、身近な家電にもいくつも搭載されている。車載電装品など小売価格が100万円を超える製品でも、単価わずか数十円から数百円のマイコンが無いと製造できない

2021年現在、世界半導体売上高ランキングで19位、日本国内の半導体売上高ランキングではキオクシアソニーセミコンダクタソリューションズに次ぐ3位の規模を持つ[2]。車載半導体市場シェアランキングではオランダのNXPセミコンダクターズ、ドイツのインフィニオンに次ぐ3位として車載BIG3の一角を占め、特に車載マイコンでは世界シェアの3割を握る1位である。汎用マイコンでもマイクロチップ・テクノロジーSTマイクロに次ぐ世界シェア3位であり、車載と汎用を合わせたマイコンの世界シェアはNXPに次ぐ世界2位(17%)である[3]

レガシー半導体(旧世代の半導体)に強みを持つが、ラインナップは統合後にかなり集約されている。2010年のNEC統合直後には、三菱・日立・NECといずれも世界を代表するマイコンメーカーであった3社の統合前の全てのレガシーを引き継いでいたが、主力マイコンであったSuperH(SHファミリ)を含め、多くが統合直後より新世代マイコンに置き換えられ、一部はロチェスターエレクトロニクスに移管された。2021年現在はNEC 78Kファミリの系譜を次ぐ(さらに言うとZ80の系譜を次ぐ)親しみ深いアーキテクチャで低価格・低消費電力な8ビット/16ビットマイコンの「RL78ファミリ」、ルネサス独自のCISCプロセッサコアによる高性能・低価格・信頼性で競合他社のARMコアに立ち向かう32ビットマイコンの「RXファミリ」、NEC V850ファミリの系譜を次ぐ車載向けマイコンの「RH850ファミリ」、カーナビ用SoCとして世界シェア過半を占めた「SH-Navi」の系譜を次ぐハイエンド車載SoCの「R-Car」が主力商品だが、車載業界には2014年にNVIDIAソニーセミコン(いずれも2014年当時はゲーム機用チップが主力だったメーカー)など異業種が殴り込みをかけるなど慌ただしく、2019年に「RAファミリ」を発表してARMビジネスに本格参入したり、2020年には次世代ASSP(特定応用向け汎用品)にRISC-Vの採用を表明するなど、新たな動きがある。ARMの時代となった2010年代以降も、顧客が使い続ける限りはSHコアを載せ続けることを表明していたが、自動運転時代を見据えた2015年リリースの「R-Car H3」でARMコアに置き換わった。

2021年現在、日本国内に前工程を担当する6工場(那珂工場、川尻工場、西条工場、高崎工場、滋賀工場、山口工場)と、後工程を担当する3工場(米沢工場、大分工場、錦工場)を抱える。また、東京都小平市に武蔵事業所がある。130-90nm世代のマイコンが主力だが、那珂工場ではロジック向けとしては国内最先端である40nmプロセスのLSIを製造している。ルネサス那珂工場では、トレセンティ(UMCと日立の合弁会社、ラテン語で「300」を意味する「Trecenti」に由来)時代の2001年3月に、日立LSI製造本部N3棟(現・ルネサス那珂工場N3棟)において、世界初となる300mmウェハの量産に成功した。2008年には、当時半導体プロセス微細化の世界最先端だったパナソニックに1年遅れで45nm/40nm世代に到達し、鶴岡工場(ルネサス山形セミコンダクタ、現・ソニーセミコンダクタ山形テクノロジーセンター)において、High-κ絶縁体を用いた40nmプロセスによるシステムLSIの量産が開始された。2009年にはパナソニックとの共同開発により、ルネサス那珂工場にて世界初となる32nmプロセスの開発ラインを稼働させたが[4]、当時経営が悪化していたルネサスは固定費削減のために45/40nm世代で微細化を打ち切ることを2010年に発表し、32nm/28nm以降の生産はTSMC(台湾の新竹科学工業園区にあるFAB)に委託している。なお、2010年にはパナソニック魚津工場(現・タワーパートナーズセミコンダクター魚津工場)において、ルネサスとパナソニックの共同開発による世界初の32nmプロセスの量産ラインが稼働し、国内最先端の工場としてパナソニックの家電用LSIである「UniPhier」の製造を行っていたが、パナソニックの家電統合プラットフォーム「UniPhier」構想の失敗によって魚津工場は2014年にタワージャズに売却され、タワージャズの45nmラインに置き換わったため、ルネサス那珂工場N3棟の40nmラインが再び国内最先端となった(パナソニック時代は自社向けになるべく最先端のプロセスが必要だったのとは違い、車載工場として生き残る道を選んだ場合はなるべく安価なレガシープロセスが使用される。タワー魚津工場も、2017年現在の主力は65nmである。40nm/45nm世代以前のレガシープロセスでも本来なら国内の小規模工場よりスケールメリットのあるTSMCの巨大工場で作った方が安いため、その多くを外注している[5])。

那珂工場で製造されたSH-4プロセッサと、川尻工場で製造されたPowerVR2グラフィックプロセッサを搭載したゲーム機、セガ・ドリームキャスト(1998年発売)。ルネサスは2000年代にドリキャスのアーキテクチャを流用したSH-Mobileプラットフォームによって国内携帯市場で成功したが、スマホ時代にシフトできず、2013年に携帯用SoCから撤退
NECエレクトロニクス鶴岡工場(当時)で製造されたHollywoodプロセッサを搭載したゲーム機、Nintendo Wii(2006年発売)。同じく鶴岡工場製造のXenosプロセッサを搭載したMicrosoft Xbox 360(2005年発売)とともに、ルネサス(旧・NECエレ)のSoCを搭載したゲーム機が世界中で何億台と売れた時代もあったが、Wii U(2012年発売)を最後にゲーム機用SoCから撤退。車載以外の全てのSoCから撤退し、車載に依存するようになった

ソニーセミコンと同様、最小限のファブのみを抱える「ファブライト」(工場軽量化)戦略を取っている。2019年現在で国内半導体1位のキオクシアが、メモリ向けとしては国内最先端にして世界最先端プロセスである四日市工場に1兆円規模の投資を行って10nm世代以降にもキャッチアップしているのと比較すると、数百億円規模の投資でルネサスが使い回している40nm以前の世代で構築したプロセスは「レガシープロセス」に相当するが、車載業界では90nm以前の成熟した安価なプロセスを用いることが多く、40nm以降をGLOBALFOUNDRIES(主にドレスデン工場)に委託しているインフィニオンを始め、2010年代以降の大手車載メーカーはほぼ同様の戦略を取っている。メモリ部門をキマンダ(後にマイクロンに買収)として切り離したインフィニオンも、メモリ部門をエルピーダ(後にマイクロンに買収)として切り離したNEC日立と同様、先端プロセス開発の為にファブに莫大な投資を必要とするメモリ部門を切り離し、最小限の投資だけで済むレガシーなファブのみを抱える「ファブライト」戦略を取ることで、車載大手として2020年代まで生き残ることに成功した。ただし、インフィニオンやソニーセミコンは、自社工場に1000億円規模の投資を行い、生産を拡充して売上高を年々と伸ばしている(2021年に稼働したインフィニオン フィラッハ工場の300mmライン、2021年に稼働したソニー長崎TEC Fab5など)。それでも、かつてルネサスのパートナーであったパナソニックが家電などの民生用機器向けLSIから撤退した後、車載・産業向けへの転進に失敗して2020年に全ての半導体事業から撤退するに至ったのとは違い、ルネサスはゲーム機や携帯電話などの民生用機器から撤退した後、トヨタグループなどの自動車メーカーとの結びつきを強め、ADAS(先進運転支援システム)時代にも対応した次世代の車載プラットフォームを提供することで、半導体大手として生き残った。

2020年にルネサスのCASEプラットホームの採用を表明した、中国第一汽車集団の主力ブランド、紅旗。2017年現在、ルネサスの車載半導体はトヨタをはじめとする日本メーカー向けが6割を占める[6]が、2010年代後半より中国やインドのメーカーとの協業を行うなど、グローバル化を進めている

2010年代前半まで毎年1000億円規模の赤字を出しており、日立製作所が半導体部門と同様の経緯で2000年代に切り離したディスプレイ部門を源流とするジャパンディスプレイ社とともに、官製再編「日の丸」企業の失敗例とみなされていた時期もあったが、リストラに次ぐリストラで2014年に黒字化し、2021年現在まで順調な経営を維持している[7]。2021年現在でルネサスの主力である那珂工場N3棟は2001年の稼働であり、2021年時点でも稼働当時の設備を使っており[8]2021年3月に出火するなど、設備投資と従業員数を絞りすぎるあまりに設備の老朽化と安全検査に関する技能不足も指摘されている[9](2021年に出火した那珂工場N3棟の復旧に際して、中古装置の確保に自動車メーカーを中心とする日本の産業界が尽力した逸話がある[10])。その代わり、2017年にインターシル社を約3200億円で買収、2019年にIDT社を約7330億円で買収するなど、2017年から2019年にかけて、海外メーカーの買収に計1兆円を費やしており、国内工場の拡充に投資するのではなく、海外メーカー(ファブレス)を買収してグローバル化する戦略を取っている[11]。結果として、2010年当時は売上高1兆円を超えるマイコン業界ダントツだったルネサスは、2020年現在では売上高7000億円となってインフィニオンやソニーセミコンに売上を抜かれてしまったが、インドや中国企業のOEMを勝ち取るなど、グローバル企業への変身に成功している。2017年にはインドのEV大手のマヒンドラと提携。2020年には中国第一汽車集団紅旗向けのインテリジェント運転開発プラットフォームを開発するため、一汽集団とともに吉林省長春市にインテリジェント運転開発プラットフォーム共同研究所を設立。

日本だけでなく世界中の自動車メーカーにルネサスの製品が使われているが、特にトヨタグループと強い関係がある。トヨタのティア1(1次下請け)であるデンソーと産業ピラミッドの頂点であるトヨタ自動車株式会社がルネサスの株主をしており、ルネサスはトヨタのティア2(2次下請け)かティア3(3次下請け)として、車載マイコン世界一位にも関わらず長らく弱い立場にあったが、2020年のコロナ禍における「巣ごもり需要」の増加による半導体不足を契機として、2021年1月には車載マイコンの値上げに踏み切り[12]、さらに2021年4月には那珂工場の出火による出荷停止を契機として、これまでジャストインタイム(「メーカーは在庫を持たないので、メーカーが発注したら下請けは数時間から数日以内に納入しろ」と言うシステム)を要求して来た自動車メーカーに対して「半年前の確定受注」を申し渡した[13]。また2018年にはアナログ半導体のIDT社を買収、2021年にはDialog社を買収するなど、ルネサスと同業でありながら遥かに収益力の高いテキサス・インスツルメンツを目標として[14]、トヨタの下請けの下請けからの脱却と非車載向けの強化(特にアナログ半導体の強化)を進めている。

一方で、トヨタもルネサスに依存しており、自動車が売れているのにルネサスの工場が停止するとトヨタの工場も停止する。この理由として、トヨタは在庫を持たない「ジャストインタイム」方式を取っている、またティア1でサプライヤーを分散させてもティア2・ティア3がほぼ同じサプライヤーから調達している「たる型」の下請け構造となっている、コストの問題から「分散生産」をせずにパーツを特定の工場で製造している、などが挙げられている[15]。トヨタは特定のサプライヤー(デンソーアイシン精機)への依存を避けるため、2000年代以降に下請けを分散させる方針を取っていたが、2011年の東日本大震災で那珂工場が被災した際、ほぼすべてのサプライヤーが2次下請けであるルネサスの那珂工場からECUを調達していたことが判明し、問題となった[16]。これは2016年時点でも解消されておらず、2016年に熊本地震で川尻工場が被災したために再びトヨタの工場が休止した[17]。ただし、海外でも「Kanban」として知られるトヨタ生産方式は世界の自動車業界の標準であり、ルネサスと日本の自動車業界だけが特殊と言うわけでは無いため、2020年から2021年にかけてのコロナ禍における半導体不足の状況下で、2021年2月にNXPとインフィニオンのオースティン工場がテキサス寒波による停電で停止し、同年3月にルネサス那珂工場が火災で停止した際は、世界のほぼ全ての自動車工場が稼働を停止した[18]

なお、ルネサスの工場が停止するとトヨタや他の自動車メーカーのみならず日本国の経済にも影響を与えるため、ルネサスの工場が停止した際は自動車メーカーからも数千人規模の支援が入り、2011年の東日本大震災で壁が倒壊するなど甚大な被害を受けた那珂工場は3か月で、2016年に熊本地震で機材が損壊した川尻工場は1週間で復旧した。2021年2月の福島県沖地震で停止し、同年3月に火災で再び停止した那珂工場の復旧には経済産業省からも支援が入り[19]、24時間体制で復旧に当たったことにより、火災で真っ黒になったクリーンルームが1か月で復旧した。2021年に那珂工場が出火した後の復旧に関する日経の調査によると、ルネサスが本社を構える東京都江東区から那珂工場に派遣された応援よりも、愛知県豊田市(トヨタ)、神奈川県厚木市(日産)、大阪府池田市(ダイハツ)から派遣された応援の方が多く、特に愛知県からは圧倒的な人員が投入された[20]。これがそのまま2021年時点のルネサスの、自動車メーカー各社のサプライチェーン(供給網)への影響力の甚大さを表しているとしている。

2021年現在、ルネサスの製品の用途はほぼ全て組込用(うち6割[21]が車載用)であり、リテール(小売)市場にはほとんど流通していないが、一般ユーザー向けのリテール市場を活性化するため、2012年4月に「がじぇっとるねさすプロジェクト」(通称「がじぇるね」)がスタートした。2010年頃からのメイカーズムーブメントに乗る形で、ガジェット(小型電子機器)の製作に興味がある初心者から玄人に向けて、ルネサスのマイコンを使った電子工作ボードや開発環境を提供する、「アイデアとエレクトロニクスをつなげるプロジェクト」である。若松通商秋月電子通商などと協力し、Arduinoとピン互換性があるルネサスの国産マイコンボードが実店舗でも通販サイトでも販売中で、公式コミュニティサイトの「がじぇっとるねさすコミュニティ」でサポートも行っている。女子大生が扱うことを念頭に置いて、ピンク色のマイコンボードを提供しており、オンラインの開発ツールを使うことで、初心者でも10分でLEDをチカチカさせることができるとのこと[22]

沿革[編集]

日立と三菱の半導体部門を統合し、ルネサス テクノロジの発足(2003年)[編集]

日立製作所のSHマイコンを採用したゲーム機セガサターン(1994年発売)。高性能・低消費電力なSHマイコンは、ゲーム機を筆頭として1990年代から2000年代にかけて広範囲な組込機器に採用されたが、2000年代以降は次第にARMに市場を侵食されていった
ルネサスのSH-naviを採用したカーナビ、パナソニック「Strada」。スマホ時代の到来とともに国内携帯市場をも失い、最終的に車載情報機器(カーナビ)専用マイコンとなったSHマイコンだが、東日本大震災(2011年)による出荷停止がとどめとなり、車載用としてもARMコアに置き替えられてディスコンになった

1980年代後半のバブル時代には売上高7兆円を超える世界最大の電機メーカーだった日立製作所は、1990年代にはコンピュータと半導体に力を入れることによってバブル時代を上回る売上高を誇ったが、半導体市場は不安定で、1996年より半導体価格の下落によって業績が悪化し、1998年にはDRAM市況の悪化によってついに史上初の赤字に転落する。そのため、1999年には半導体メモリ部門を切り離し、NECのメモリ部門と統合させて「NEC日立メモリ(後のエルピーダメモリ、現・マイクロン・ジャパン)」を設立した。その後、2001年度に再び赤字に転落したため、2002年に再び半導体事業を再編。DRAM以外の半導体部門(システムLSI、マイコン、DRAM以外のメモリなど)も切り離し、規模で勝負するために三菱電機のマイコン部門と統合させ、新たな半導体会社を設立する協議を始めた。また同年、三菱のDRAM部門をエルピーダに統合した。

2003年4月に日立と三菱の半導体部門(電力制御用半導体を除く)を分社・統合し、ルネサス テクノロジが設立された。ルネサスが発足した2003年度の売上高は約79億ドル(約7000億円)となり、半導体売上高でそれまで国内1位であった東芝を上回って日本1位、世界半導体売上高ランキングではインテル・サムスンに次ぐ世界3位につけた。

旧ルネサス時代はSHマイコンで非常に成功した。SHプロセッサは元々日立時代の1992年より展開していたものだが、1994年発売のゲーム機・セガサターンに採用されて1000万個単位で量産され、SHアーキテクチャのCPUは世界で日立製作所武蔵工場でしか生産していないにもかかわらず、1996年には組み込み向けRISC CPUとして世界第2位の出荷量を誇った。日立系の主力工場であったルネサス那珂工場は、1994年発売のゲーム機・セガサターン用のSHプロセッサを量産するなど日立のマイコン製造の拠点であった日立製作所武蔵工場の機能が1998年に移転されたもので、1998年発売のゲーム機・セガドリームキャストにもSHマイコンを提供した。セガサターンとドリームキャストは競合機に比べると揮わなかったが、SHコア自体は1990年代にカプコン CPシステムIII(1996年、SH-2)、カネコ スーパーカネコノバシステム(1996年、SH-2)、セガ NAOMI(1998年、SH-4)などの業務用ゲーム基板に使われた後、2000年代にはSoCとして様々な民生製品に採用され、最初期の組込用32ビットCPUとしてNEC V850と並ぶ成功を収めた。

SHマイコンをコアとする主な製品は、SH-3またはSH-4をコアとする高性能な携帯電話向けのメディアプロセッサである「SH-mobile」、SH-1またはSH-2をコアとする省電力なイーサネットコントローラで家電などに搭載された「SH-Ether」といったASSP(特定応用向け汎用品)、車載情報機器向けのSoCである「SH-Navi」であった。

2002年頃より携帯電話のマルチメディア対応に伴い、通信や通話を処理するための「ベースバンドプロセッサ」に加えて動画を表示したりJavaアプリを動かすための「アプリケーションプロセッサ」が必要とされるようになり、その用途でゲーム機に匹敵するマルチメディア処理能力を持つSHマイコンが各社の携帯電話に搭載されるようになった。SH-Mobileを搭載した最初期の携帯電話として、日立製作所が2002年に発売したA5303Hが挙げられる。特に2004年リリースの「SH-mobile3」では、PowerVR2グラフィックコアに加えてドリームキャスト向けに開発されたスプリットトランザクションバスを搭載しており、2000年10月にセガが発表した「ワンチップドリームキャスト」にかなり近い構成となっている。

SHマイコンは車載情報機器向けでも大いに普及した。NECエレと統合された2010年当時、カーナビが車載SoCの主要な応用だったが、ルネサスが2005年より展開を開始したカーナビ向けSoC「SH-Navi」のシェアは国内で97%、海外で57%と圧倒的だった[23]

ただしSHマイコンは、それ以外の分野では次第にARMにシェアを奪われていった。たとえばPDAハンドヘルドPCなどの携帯情報機器の分野では、高性能かつ低消費電力と言うSHアーキテクチャの強みから、2000年頃までは日立製作所のPERSONAシリーズだけでなく、HP JornadaシリーズやCOMPAQ AEROシリーズなど海外でも少なくない製品で採用されていたものの、2000年代に入ると完全にARMに市場を奪われてしまった。その背景として、ARMやMIPSは製造部門を持たないことから、IPを各社に広くライセンスできるのとは違い、SHアーキテクチャを開発する日立製作所/ルネサスは製造部門を抱えていることから、SHアーキテクチャのマイコンは「自社での製造」に力点を置かざるを得ないという弱みがあった[24]。2001年の時点で、組み込みにおけるSHマイコンのシェアは6.8%と、組み込みで70%近いシェアを占めるARMに対して大きく差を付けられていた[25]。この状況を変えるべく、2001年には日立製作所とSH-5アーキテクチャを共同開発していたSTマイクロとの合弁により、IPライセンシングの専業企業である「SuperH,Inc.」を設立。日立本体から独立した企業から、日立の競合他社にSHコアのIPをライセンシングすることで、SHマイコンを広く普及させるという方針を取ったが、うまくいかず、SuperH,Inc.は2004年にルネサス本体に吸収された。(結局SHマイコンが製造終了になる2015年まで、ルネサス那珂工場がSHマイコンを製造する世界唯一の工場であり続けた。当時のルネサス半導体部門トップであった馬場志朗も、2012年に回想して「残念ながら遅きに失した」と後悔を述べている[26]が、一方で、CPUのIP(MC6800)のライセンス先である日立と熾烈な訴訟合戦を繰り広げ、日立が独自コアであるSHマイコンを開発する原因となったモトローラ社も、2000年代には自社コアを捨ててARMコアを採用するに至ったことを述べている)

NECの半導体部門を統合する2010年までには、半導体を単に設計・製造するだけでなく、ソフトウェアを含めた本当の意味でのシステムソリューションを提供する企業へとシフトしていった[27]。2006年より行われた、NTTドコモや複数の携帯電話製造会社との協業によるFOMA向けプラットフォームの供給開始[28]はその最たる例の一つであった。ルネサスとNECエレの統合が開始される2009年当時、家電などデジタル民生向けのソリューションに強みがあったNECエレに対し、ルネサスは携帯電話や自動車向けのソリューションに強みがあった。

2000年代における経営は好調だったが、マイコンは安く買い叩かれるため、例えば2006年度の売上高は9,526億円、営業利益は235億円(売上高営業利益率2.47%)と、1兆円近い売上高に対してほとんど利益が出ていなかった。携帯と車載がルネサスの利益を支えていたが、2008年には世界同時不況(リーマン・ショック)もあって携帯電話向けと自動車向けが共に不調で、2009年3月期には赤字に転落。日立グループに1000億近い赤字をもたらしたため、抜本的な経営体質の強化を図ることになった。

NECの半導体部門を切り離し、NECエレクトロニクスの発足(2002年)[編集]

NINTENDO64(1996年発売)のCPU、NEC VR4300カスタム。このVRシリーズをコアとした家電向けSoCであるEMMAプラットフォームの展開(1998年開始)と、任天堂Wii(2006年発売)向けシステムLSI事業が、赤字に苦しむNECエレの経営を支えた
NECエレの「EMMA」プラットフォームを採用したテレビ、ソニー ブラビア(2005年発売開始)。「EMMA」はテレビのHD化と言う時代の流れに乗ってヒットしたが、NECエレの民生機器部門全体の苦境をカバーするには至らず

1980年代後半のバブル時代には売上高3兆円を超える世界最大の半導体メーカーだったNECは、1991年に半導体ランキングでインテルに抜かれた後も世界半導体ランキング2位をキープしており、1992年にDRAMランキングでサムスンに抜かれた後も世界DRAMランキング2位をキープしていたが、1998年にはDRAMランキングでHyundai(現ハイニックス)とマイクロンにも抜かれて4位となり、DRAM市況の悪化もあって半導体事業の再編を余儀なくされる。1999年には半導体メモリ部門を切り離し、日立のメモリ部門と統合させて「NEC日立メモリ(後のエルピーダメモリ、現・マイクロン・ジャパン)」を設立した。しかしその後もNEC半導体部門の転落は止まらず、2001年度には半導体ランキング7位にまで転落したため、2002年に再び半導体事業を再編。DRAM以外の半導体部門(システムLSI、マイコン、DRAM以外のメモリなど)もNEC本体から切り離すことにした。

2002年11月に日本電気 (NEC) で半導体事業を手がけていた社内カンパニー(NECエレクトロンデバイスカンパニー)を分社・独立し、NECエレクトロニクスが設立された。NECの半導体部門であった時代より、伝統的にコンピュータ向け製品、汎用マイコンおよびASIC(特定用途向け専用LSI)に強く、2000年代においては自動車向けマイコンや、デジタル家電向けLSI等も主力とした。

NECはマイコンとして、1980年代よりIntel 8086互換のVシリーズを展開しており、特にV30は1980年代にNECのパソコンであるPC-9800シリーズに搭載され大ヒットした歴史がある。このV30を初めとする旧世代のVシリーズマイコンを置き換える形で、1990年代に旧世代のVシリーズとは互換性のない新世代マイコンであるV810ファミリ、V830ファミリ、V850ファミリ、VRファミリなどをリリースしていた。V810ファミリはゲーム機向けのCPUで、NEC PC-FXや任天堂 バーチャルボーイなどのゲーム機で採用されたが、いずれのゲーム機も成功しなかったため、V810の系譜は途絶えた。V830シリーズはPDAなどに適したV810/V850よりも高性能なCPUで、NECのワープロ「文豪 JXS300」(1997年発売)などに搭載されていたが、他はあまり採用例が無く、当のNECでも自社のPDAにはV830を採用していなかった。VRファミリはPDAなどに適した高性能なMIPS系CPUで、1996年発売のゲーム機・NINTENDO64に採用されて1000万個単位で量産され、1997年には競合機セガサターンに搭載されたSHマイコンの出荷量を上回り、MIPSアーキテクチャのCPUは組み込み向けRISC CPUとして世界第1位の出荷量を誇った。またPDA向けとしても、NECのPDA「モバイルギア」シリーズのほか、カシオ計算機が2001年に発売したPDA「カシオペア ラジェンダ BE-500」(VR4131)などでも採用されていたが、NECエレの設立前後よりPDA市場をARMアーキテクチャが席巻したため、日立製作所のSHマイコンともどもシェアを失った。このようにV850以外のマイコンはNECエレの設立以前にシェアを失っていたが、一方V850シリーズは、最初期の組込用32ビットCPUとして日立製作所のSHマイコンと並ぶ成功を収めており、2000年代のNECエレ時代においても車載向けとして各社で採用される主力マイコンとなった。

V850を搭載した携帯電話、NEC N504iS(2003年発売)。2000年代初頭までは様々な応用が見られたV850シリーズだが、次第に車載専用マイコンとなった

V850の第1世代は、1991年リリースのV810をベースとして1994年にリリースされた。1990年代当時のNEC Vシリーズ全体においては、組み込みマイコン向けのそこそこな性能のCPUと言う位置づけで、リリース当初はDVDドライブやHDDドライブの駆動用マイコンとして採用されていた。1996年にリリースされたSoC向けのV850Eはエアコンなど様々な電化製品に採用されたが、特にカーオーディオ向けとして成功した。そのため、次第に車載に依存するようになったが、2000年代初頭にはまだ車載以外でも採用例があり、例えばV850EはNECやソニーの携帯電話でも採用されていた。1999年に発売されたV850/SB1はIEBus(NECが策定したカーオーディオ向けの通信方式。NECエレ/ルネサスの登録商標)を内蔵し、V850ファミリの中でも明確にカーオーディオ向けとして設計された。2000年に発売されたV850/SF1ではCAN Bus(Controller Area Networkボッシュの策定した自動車向けの通信方式)を内蔵し、この頃よりV850シリーズは明確に自動車産業をターゲットとするようになった。2002年には0.25μmプロセスで製造された第2世代のV850をリリース。2005年には全ての製品にマスクROMではなくフラッシュメモリを内蔵し「オールフラッシュマイコン」を宣言した0.15μmプロセスの第3世代品をリリース。新生ルネサスとなった2010年にはFlexRay、AUTOSAR、機能安全規格(IEC 61508 SIL 3、ISO 26262 ASIL D)など次世代の車載マイコンとして必要な次世代規格に対応した90nmプロセスの第4世代品をリリースし、多ファミリー展開によって車載を面で制圧するに至った[29]。このようにV850は車載向けマイコンとして非常に成功し、NECエレがほぼ全ての部門で経営の見通しが立たなくなりルネサスと統合することになった2009年3月期においても、車載・FA部門だけは唯一の成長分野であった[30](なお、V850シリーズは新生ルネサスにおいて、2012年にV850をベースとした新世代車載マイコンのRH850へ受け継がれた。)

1970年代にヒットしたTK-80(1976年)などのマイコンキットを初め、NECのパーソナルコンピュータ事業の源流となったのは同社のマイコン部門であり、NECエレ時代においてもコンピュータ向け製品に強みがあった。パソコンやサーバ向け製品、DVDドライブやプリンタ向け半導体、LCDドライバICなど幅広い分野にシェアがあった。NEC時代の1995年にはインテル社やMicrosoft社などとともにUSB規格策定団体USBインプリメンターズ・フォーラム(USB-IF)を設立しており、NECエレはUSB-IFの創設メンバーとして、インテル社とともにUSB1.0(1996年)からUSB3.0(2008年)にかけてのUSB規格の策定を主導した(2013年策定のUSB3.1 Type-C以降はインテル社とアップル社が主導)。2009年6月には世界初となるUSB 3.0ホストコントローラ「μPD720200」(V850がベース)の出荷を開始するなど、ロードマップに縛られるインテル社よりも新製品をリリースする動きが速く[31]、NECエレはUSBホストコントローラーのリリースに先んじることで、自社製品を広く普及させると同時にUSB規格の普及にも貢献した。

NEC時代の1998年、MIPS系アーキテクチャであるVRシリーズをコアとするSoCの「EMMA(エマ)」をリリース。EMMAはセットトップボックス、デジタルテレビ、DVDレコーダーの3つの領域を1つのチップでカバーする製品で、リリース当初より世界各国のセットトップボックスで採用される成功をおさめ、NECエレ時代を通じて注力製品となった。アナログTV時代のVTR向けの3次元Y/C分離LSI等でも圧倒的なシェアを誇り、従来は複数のチップを必要とした3次元Y/C分離LSIを1チップ化した「μPD64083」を2001年にリリース。レコーダ向け組込LSI市場においては、2005年の時点でMPEG-2エンコーダで市場トップシェアの27%、レコーダ用のバックエンドLSIで20%と高い市場占有率を誇り[32]、2005年には3次元Y/C分離回路やビデオデコーダなどハイビジョンレコーダに必要な全ての機能をEMMAに統合した「EMMA2R-FE」をリリース。「EMMA」プラットフォームの採用によって、10万円を切る低価格な製品もホームサーバー向けの高級機も両方とも実現できることをアピールした。VHS時代からDVD時代へ、SD画質時代からハイビジョン時代へと向かう時代の流れの中、NECエレの「EMMA」プラットフォームは、ソニーが2005年に発売したデジタルハイビジョンテレビの「BRAVIA」などで採用され、2000年代後半におけるデジタル家電向けSoCとしてはパナソニックの「UniPhier」プラットフォームと並ぶ成功を収めた。ただしNECエレの民生機器部門は、ルネサスと統合する2009年までに白物家電やデジカメ向け半導体などが落ち込んできており、EMMA(とWii)の成功は民生機器部門全体の苦境をカバーするほどではなく、2011年の「地デジ」特需の終了後、「EMMA」は「UniPhier」同様に開発終了となった。

ゲーム機用LSIも生産しており、NEC鶴岡工場(山形日本電気)では任天堂ゲームキューブ任天堂WiiマイクロソフトXbox 360等のシステムLSIを製造していた。もともとNEC時代よりPCエンジン(1987年発売)やPC-FX(1994年発売)などのゲーム機の開発を行っており、1996年よりVideoLogic社(現・イマジネーションテクノロジー)のパートナーとしてグラフィックプロセッサのPowerVRを共同開発し、1996年には初代PowerVRプロセッサを搭載したPC向けグラフィックカードの「PC 3D Engine」を発売した。主力工場であったNEC熊本工場(現・ルネサス川尻工場)で量産されたPowerVR2チップは、セガドリームキャスト(1998年発売)などのゲーム機やNEC VideoLogic NEON250(1999年、PowerVR2)などのPC用グラフィックカードで採用された。なおドリームキャストの失敗に伴いNECはGPUの開発から撤退、2000年発表のPowerVR3ではSTマイクロがVideoLogic社の共同開発者となっている。

このように幅広い分野に強みがあったものの、発足直後の2005年から赤字に転落。MCU事業においては好調だったものの、SoC事業においては先端プロセスの開発費負担が重くのしかかり[33]、大幅な赤字を計上していた。2007年度のみは任天堂Wiiの爆発的ヒットによって黒字となったものの、それ以外の年度は大幅な赤字を計上し、ルネサスと統合する2010年まで苦境が続いていた。

2009年当時のNECエレには、売上の規模が1兆円以上で売上高利益率が10%以上ないと生き残ることができないとの認識があり、ルネサスとの統合に舵を切った[34]

旧ルネサスとNECエレを統合し、ルネサス エレクトロニクスの発足(2010年)[編集]

2000年代後半より、半導体市場の競争激化や新興国市場の台頭を受け、NECエレクトロニクスとルネサス テクノロジの業績はともに悪化[35]。2009年3月期の業績は、NECエレクトロニクスが売上高5464億7000万円、営業損失683億5500万円の赤字、ルネサス テクノロジは売上高7027億3900万円、営業損失965億7300万円の赤字となっていた。そのため、両社は規模で勝負するために統合し、新たな半導体会社を設立する協議を2009年より始めた。

2010年4月にルネサス テクノロジはNECエレクトロニクスを存続会社として合併、同時にルネサス エレクトロニクスに商号を変更した。ルネサス エレクトロニクス自体はNEC、日立製作所、三菱電機それぞれの持分法適用対象会社となっていたが、日立製作所、三菱電機はそれぞれロックアップ後は株式を売却する意向を示した。

2010年7月29日、4月1日から数えて100日以内に新ルネサスの方針を具体化するというプロジェクト「100日プロジェクト」の成果を公表。「SoC事業」、「マイコン事業」、「アナログ&パワー事業」に力を入れることと、海外事業の強化を発表した[36]。併せて一部事業の縮小、すなわちリストラと、28nmプロセス以降の先端プロセス製品の量産を外部企業に委託することを発表。2009年10月より那珂事業所に新設した300mmウェハ開発ラインにおいて、パナソニックと共同で32/28nm世代のプロセス技術の共同開発を行っており、量産化の目途もついていたが[37]、2010年に開発は凍結され、ルネサスは45/40nm世代で最先端プロセス品の自社量産から撤退した。

ドコモ陣営6社によるフィーチャーフォン用プロセッサの共同開発( - 2011年)[編集]

ルネサスのフィーチャーフォン用プロセッサ「SH-Mobile」シリーズ最後の製品「SH-Mobile AG5」(2011年リリース)を搭載したシャープ「AQUOS SHOT SH-03D」(2011年発売)。SH-Mobileシリーズは2010年頃までのフィーチャーフォン時代に非常に普及した

2010年頃までのフィーチャーフォン時代は携帯電話用SoCの大手で、マルチメディア対応の高性能なアプリケーションプロセッサとして、ルネサスのSH-Mobileシリーズは少なくとも日本国内ではテキサス・インスツルメンツOMAPと並ぶシェアがあった。

2005年当時は、国内市場のみならず海外市場での採用が半数以上を占めており、SH-Mobileコンソーシアムの加盟企業は世界に200社を超え、2005年のSH-Mobileの出荷台数はドリームキャストの出荷台数を上回る1300万個に達した。後に「ガラパゴスケータイ」と呼ばれる日本国内の携帯市場(ガラケー市場)の最大手キャリアであるNTTドコモに入れ込んだルネサスは、2004年よりドコモと「SH-Mobile G」シリーズを共同開発し、2006年より携帯端末メーカー各社のドコモ向け製品に搭載された[38]。SH-Mobile G1を採用したのはドコモ陣営の3社だけであったが、2007年には出荷台数が早くも1000万個を突破し、ドコモが展開していた3GサービスであるFOMA端末の50%を占める成功を収めた[39]

2007年発表の「SH-Mobile G2」ではルネサス、ドコモに富士通、三菱電機、シャープが加わり、2008年発表の「SH-Mobile G3」ではソニー・エリクソンが加わってドコモ、ルネサス、富士通、三菱電機、シャープ、ソニー・エリクソンの6社共同開発となった。2009年発表の「SH-Mobile G4」ではこの世代で三菱が携帯端末事業から撤退、ソニー・エリクソンが不参加となったため、ドコモ、ルネサス、富士通、シャープの4社共同開発となったが、2010年発表の「SH-Mobile AG5」ではNECとパナソニック モバイルコミュニケーションズが加わり、ドコモ、ルネサス、富士通、NEC、パナソニック モバイルコミュニケーションズ、シャープの6社で次世代ガラケー向けプロセッサを共同開発することとなった[40]

2011年にはガラケー用プロセッサ「SH-Mobile AG5」(1.2GHz)をリリース。2011年当時はスマホの普及が進む中、従来型携帯電話(フィーチャーフォン)の需要も根強いと考えるメーカーも存在し、「SH-Mobile AG5」はガラケー向けプロセッサとして、スマホ用SoC並みの高速性を標榜していた。特にシャープ製「AQUOS SHOT SH-03D」(2011年発売)はタッチパネルを搭載するなどスマホ並みの高機能に加えて、日本人がこれまで慣れ親しんだドコモのサービス「iモード」も使える「全部入りケータイ」を標榜していたが[41]、現実はスマホと言う時代の流れは抑えがたく、出遅れた国内メーカーも2011年以降はスマホ市場に参入し主軸を移したため、「SH-Mobile AG5」は「SH-Mobile」シリーズの最後の製品となった。

「SH-Mobile」シリーズはリリース当初よりベースバンドLSIとアプリケーションプロセッサをワンチップ化していることが特徴であり、利点であったために日本の各社の携帯電話で使われたが、シリーズ最終製品である「SH-Mobile AG5」ではベースバンドプロセッサとしてドコモの開発した「LTE-PF」を使う前提となったため、SH-Mobileシリーズで初めてベースバンドプロセッサ機能を排除しており、ドコモからライセンスを受けたMediaTek製のベースバンドLSIなどをわざわざ別個に搭載する必要があった。そのため、ドコモが海外チップメーカー各社へのライセンスを主導し、そのチップをドコモ陣営の携帯電話メーカー各社が採用することで、これを足掛かりとしてこれまで日本ローカルにとどまっていた日本の携帯電話メーカーの海外展開が可能となり、ドコモ陣営が総じて利益を得るという青写真が2010年時点では想定されていたが[42]、2011年時点では海外でスマホの販売数がフィーチャーフォンの販売数を上回り、フィーチャーフォン市場が急速にしぼみつつあるという状況にあった。国内でも各キャリアの主導でプラットフォームが用意されるのが実情であり、例えばKDDIは当時ガラケー向けプラットフォームとしてはクアルコムと組んでKCP+を展開していたため、ドコモ向けにはSH-mobileを採用したシャープも、同時期のau向けガラケーAQUOS SHOT SH010(2010年発売)ではメインSoCとしてクアルコムのガラケー向けプラットフォーム「MSM7500」を使用していた。

2011年には日本でもスマホの販売数がガラケーの販売数を上回るという最中において、ドコモ・ルネサスと共同でガラケー向けプロセッサを開発していた日本の携帯電話メーカーとルネサスはスマホ市場に出遅れ、海外進出どころか携帯部門を売却して国内市場からも撤退することになった。

スマホ市場に割り込めず、ガラケー時代の終了とともに携帯市場から撤退(2011年)[編集]

ルネサスの最初で最後のスマホ用プロセッサ「R-Mobile APE5R」(2011年リリース)を搭載した京セラのウィルコム/Y!mobile向け製品「DIGNO DUAL WX04K」(2012年リリース)。ソフトバンク向けの京セラ「HONEY BEE SoftBank 101K」にPHS機能を付けたもの

ルネサスがガラケー市場に入れ込んでいた2010年当時、スマホ用SoCではクアルコムが2007年にリリースしたSnapdragonシリーズが市場を制覇していた。

2010年、ルネサスはNECエレを統合するとともに、ノキアのベースバンドプロセッサ事業を買収してモバイル事業を強化した。2010年9月には、旧ルネサスのSH-Mobileに旧NECエレのEMMA-Mobileを組み込んだ汎用品向け(携帯型音楽プレーヤーポータブルナビなど)の「R-Mobile A」と、SH-Mobileに旧ノキアのモデムを組み込んだ携帯電話(フィーチャーフォン)向けの「R-Mobile U」を発表し、従来の「SH-Mobile」シリーズに代わって2011年度よりこの2ライン体制で行くことを表明した(「R-Mobile A」と「R-Mobile U」は結局リリースされなかった)。また、2010年はスマホの普及率が1割を超えて「スマートフォン元年」との観測も出始めた時期であり、従来向け事業の強化のみならず伸長が著しいスマホ向けにも、ローコストなターンキープラットフォームを展開して欧州やアジア市場対応を強化することを表明した[43](ルネサスがフィーチャーフォン時代に行っていた、ルネサスが通信キャリアなどと共同開発したソリューションであるSH-Mobileプラットホームを採用すればどんなローカルメーカーでもすぐにマルチメディア対応の携帯電話を販売できるというシステムがスマホ時代でも通用すると想定されていた)。2010年当時のルネサスは、スマホやフィーチャーフォンなどのモバイル事業を車載と並ぶ中核事業と位置づけており、2010年12月に車載とモバイルを扱う「ルネサスモバイル」を設立した。2010年当時のルネサスにおいては、モバイルと車載で同じSHプロセッサを使うことが想定されていたことから同じ会社に統合されたが、スマホ向けではOSの動作にSH-4Aプロセッサはサポートされず、車載事業は2011年にルネサス本体に移された。

日本のドコモ向けの3G端末市場(ガラケー市場)では成功していたルネサスだが、海外市場ではそれほど成功しておらず、フィーチャーフォンの最盛期である2010年当時においても、世界の携帯電話業界におけるルネサスモバイルの市場シェアは3%だと見積もられていた。2010年当時、携帯電話用半導体業界では23%のシェアを占める1位のクアルコムが既に他を圧倒していたが、LTE(Long Term Evolution)市場はまだメーカーが乱立していて流動的だと見積もられており、特定の顧客から大型発注(例えば携帯電話最大手のノキアなど)があれば情勢が変化する可能性もあった。そのため、ルネサスモバイルは今後数年以内に、LTE市場を端緒として、クアルコムと肩を並べる計画を立てた[44]

2011年、ルネサスはスマホ向けに進出するべく、スマホ・タブレット用のプロセッサの第1弾である「R-Mobile APE5R」を発表した。しかし、スマホでルネサス製SoCを採用する契約であった当時フィーチャーフォン最大手(すなわち携帯電話最大手)のノキアはスマホへの移行に失敗し、急速に経営が悪化したため、ルネサス製品を採用できなくなった[45](ノキアはシンビアンの改修計画が失敗し、2011年にはシンビアンOSを放棄してマイクロソフト社と提携しWindows Phoneに移行、2012年に携帯電話出荷台数世界一位の座から陥落し、Windows Phoneも失敗したために2014年にノキアのケータイブランドをマイクロソフト社に売却して携帯電話事業から撤退)。アプリケーションプロセッサ「R-Mobile APE5R」に各種モデムプラットフォーム(「ルネサスSP2531」など)を組み合わせたモバイルプラットフォーム「MP5225」は、京セラHONEY BEE SoftBank 101K(2012年発売)などごくわずかの採用を得ただけで、ルネサスはスマホ市場に割り込めず、ルネサスモバイルは2012年末時点で450億円の赤字を計上した。2011年にはスマホの普及率が5割を超えるという急な時代の動きの中、2011年後半にスマホに初参入したほとんどの日本の携帯電話メーカーはクアルコムのSnapdragonを採用したが[46]、それでもアップル内製のApple A5プロセッサを採用したiPhone 4Sに全くかなわず、大手通信業者が主導する「護送船団方式」のためにスマホ対応が遅れた日本の携帯メーカーにとどめを刺した[47]

結局、2011年にルネサスは携帯電話の送信機などに使われるパワーアンプICの後工程を担当していた小諸工場(ルネサス東日本セミコンダクタ長野デバイス本部)とパワーアンプ事業を村田製作所に売却(現・小諸村田製作所)。「R-Mobile APE5R」に旧ノキアのベースバンドプロセッサを統合した次世代SoC「MP5232」(2012年第3四半期より量産予定)はリリースされることなく、2013年に残った資産をブロードコムに売却し、ルネサスは携帯事業から撤退した。

なお、2010年代初頭にマイコンがアプリケーションプロセッサへと進化してさらにベースバンドプロセッサと統合される過程で、多くのチップメーカーはSnapdragonシリーズの高性能化についていけなくなり、ルネサス(SHシリーズ)に限らずテキサス・インスツルメンツ(OMAPシリーズ)やSTマイクロ(NovaThorシリーズ、NXPのモバイル/ワイアレス事業を買収した上でエリクソンと組んでチップを開発していたST-Ericsson時代の製品で、ソニー・エリクソンXperiaの海外向け機種の一部で採用していた)なども展開を終了している。

余談であるが、2012年にルネサスはNVIDIA社とモデムチップセットの供給に関して提携しており[48]、例えば異常発熱問題によって訴訟にまで発展した2012年夏発売の富士通のスマホARROWS XF-10Dは、アプリケーションプロセッサとしてNVIDIAのTegra 3を搭載していたが、ベースバンドプロセッサとしてしたルネサスのR8Jを別個に搭載していた。2010年代前半当時のクアルコムの競合他社は、Snapdragonのように複数のチップを1つのSoCに統合できず、チップを個別に実装していたためコストがかかり、しかも発熱も大きく性能を発揮できなかったため、「Snapdragonが品薄で採用できない」などの理由でこれらを採用した製品は動作不良や火傷などトラブルも多かった。ARROWSも2012年秋モデル以降はSnapdragonを採用したことで、NVIDIAのTegraは2014年には車載向けに転進し、2015年に携帯向けから撤退した。

東日本大震災で工場が被災(2011年)[編集]

2011年3月に発生した東日本大震災で、8工場が操業を停止。製品・部品供給先の大手製造業を中心に影響が広がった。特にマイコンやカーナビゲーション用システムLSIの主力拠点の那珂工場(茨城県ひたちなか市)はルネサス最先端工場であるN3棟の壁が倒壊するなど大きな被害を受けたが、トヨタグループを中心とする自動車メーカーから大量の復旧部隊が送り込まれ、6月に入り生産再開した。再開までの間は別の工場での代替生産を行っていたが、9月中旬には那珂工場での生産を含めて供給ベースで震災前の水準に戻した。

TSMCと提携し、生産の外部委託を進める(2012年)[編集]

半導体業界では巨額の設備投資に耐え切れず、生産を外部委託する動きが相次いでいたが、高い信頼性が求められる車載向けなどのマイコンでは、これまで生産の外部委託は難しいと考えられていた。しかし2011年3月の東日本大震災で那珂工場が被災した際、那珂工場でのみ製造されていた車載マイコン(カーナビ用のSH-naviなど)の生産がストップして自動車メーカーの生産が停止するに至ったことによって「一社購買」の危険性が露呈し、自動車業界は車載マイコンを複数工場で生産する「マルチ生産」へと舵を切った[49]

2012年5月、ルネサスは次世代マイコンの製造で台湾の半導体受託製造世界最大手TSMC(台湾積体電路製造)との生産一部委託などの提携を発表した[50]。那珂工場でのみ製造されていた旧世代カーナビ用SoCである「SH-navi」に対し、次世代カーナビ用SoCである「R-car」はTSMCで製造され、委託工場でのマルチ生産が可能となっている。

2012年7月、今後の経営方針として「海外市場および自動車・スマート社会分野への集中」と「強靭な収益構造の構築」を掲げると発表。利益の上がっているマイコン事業及びアナログ&パワー半導体事業に経営資源を集中させるとともに、鶴岡工場 (山形県鶴岡市) など7拠点の譲渡等を検討する考えを示した[51]

ゲーム機用MCUから撤退(2013年)[編集]

ルネサス鶴岡工場(当時)製造のSoCをメインチップとして搭載した任天堂Wii U(2012年発売)。
任天堂Wii Uのメインチップ、ルネサス Espresso(2012年製造)。「JAPAN」と刻印された最後のゲーム機のメインチップで、この世代(40nm)で日本のFABはロジックLSIの最先端プロセスから脱落する

ルネサス鶴岡工場(旧・山形日本電気)は、2008年に300mmウエハ・40nmプロセスのラインを構築し、ロジック向けとしては日本最先端プロセスの工場となった。特に、DRAM混載(eDRAM)のシステムLSIを製造するゲーム機に適した高い技術を持っており、任天堂Wii、マイクロソフトXbox 360のGPUを製造していたほか、2012年発売のゲーム機・任天堂Wii Uにもルネサス鶴岡工場で製造されたLSI(IBM POWER CPUとAMD Radeon GPUを一体化したMCM)が搭載された。しかしWii Uは極度の不振であり、2013年度は販売目標900万台の2%以下である16万台しか売れず、任天堂に依存する鶴岡工場は赤字を垂れ流していた[52]。鶴岡工場は任天堂を出資者としてファウンダリとして独立する話もあった[53]が、2013年に閉鎖され、工場のリストラを進める作田社長の方針に伴い、2014年に競合機であるPS3の半導体チップを製造しているソニーセミコンに売却された。

ルネサスと同じく40/45nm世代で微細化を打ち切った2013年当時のソニーセミコンは、TSMCの28nmプロセスを採用したPS4の発売(2014年)を控え、当時スマホ向けに需要が急増していたCMOSセンサーの製造に力を入れる方針であり、2007年に東芝に売却した長崎工場の300mmライン(当時、東芝とソニーの合弁企業である長崎セミコンダクターマニュファクチャリング敷地内に存在。後に全体をソニーが買収し、現在はソニーセミコン長崎TEC)を2011年に買い戻し、PS3用Cell/B.E.の製造からCMOSセンサーの製造に転用。2014年には車載用CMOSで車載業界にも参入しており、さらなる生産拡大を企図してルネサスから鶴岡工場を買収し、CMOS工場に転用した。鶴岡工場の半導体製造装置はルネサス那珂工場に移設されたが、人材はそのままソニーセミコンが引き取った。

ルネサスがNECエレを統合した2010年から2018年までの8年間にリストラによって売上高を4割も減らし、スマホ向け半導体からも撤退した一方、スマホ時代を見据えて工場を拡充したソニーセミコンはスマホ用CMOSセンサーで世界シェアの過半を抑え、2018年にはルネサスの規模を上回って国内半導体2位となった。

車載以外の全ての民生用SoCから撤退(2013年)[編集]

2010年当時のルネサスのSoC事業は、産業用SoCを担当するSoC第一事業本部と、民生用SoCを担当するSoC第二事業本部に分かれており、それぞれ同程度の売り上げがあった。SoC第二事業本部においては、携帯電話事業(携帯電話機用SoC、携帯電話機用ハイパワーアンプ)、車載情報システム向けSoC、デジタルテレビ用セットトップボックス向けSoCの4つが主な事業であり、それぞれ同程度の売り上げがあった[54]

2010年、NECエレと統合した新生ルネサスは、携帯機器向けの「R-Mobile」、車載情報システム向けの「R-Car」とともに、ホームマルチメディア向けの「R-Home」を発表した。2011年に「R-Mobile」と「R-Car」の第1弾が発表されたが、2012年には民生用機器向けSoCプラットフォーム「R-Home」の第1弾である「R-Home S1」を発表[55]。これで2012年当時の新生ルネサスにおいて、主要な3分野の全てにおいて具体的な製品が揃ったことになった。

「R-Car」はARMをコアとする旧NECエレの車載向けSoC「EMMA Car」を引き継いだものである。2011年当時のルネサスの車載SoC事業は、SHマイコンをコアとする旧ルネサスの「SH-Navi」が過半を占めており、市場シェアは国内で97%、海外で57%と圧倒的であったが、新生ルネサスの次世代車載SoCにおいては、このSH-Naviを打ち切ってEMMAをベースにするという、思い切った事業判断を行った。1990年代後半から2000年代にかけて栄華を誇ったSHマイコンは、2011年時点においてはもはや車載でしか使われておらず、スマートフォンやデジタル家電などの民生用機器とリソースを共有するために、ARM(Cortex-A9)の搭載はもはや必須事項となっていた[56]。またSHマイコンは那珂工場でしか製造できないことから、2011年3月の東日本大震災で那珂工場が被災した際に車載SoCが供給できなくなったのに対し、R-CarはTSMCでの委託製造ができるため、複数の工場で生産する「マルチファブネットワーク」を構築できるという利点もあった。この判断は成功し、ルネサスの車載LSIの世界シェアは2014年時点で7割に達し、2014年には先進運転支援システム(ADAS)対応R-Carの第1世代である「R-Car V2H」をリリースすることができた[57]

「R-Home」も、NECエレのデジタル家電向けLSI「EMMA」を引き継いだものであるが、アーキテクチャは「MIPS32 4KE」から「Cortex-A9」に変更されている。世界初となるデジタル放送受信用のSTB向けSoCとしてNEC時代の1998年に発売された「EMMA」は、DVD・ブルーレイプレーヤー、レコーダー、デジタルテレビなどの機能を1チップで実現するSoCとして非常に広範囲に採用され、2011年2月には累計で1億個を超えるほど普及したが、ルネサス時代の2011年に発売された「EMMA3SE/P」を最後に「R-Home S1」にバトンタッチされた。2012年に発売された「R-Home S1」も、デジタルテレビや家庭用マルチメディアサーバ用として、EMMA時代と同じ月産100万個程度を想定していたが、「R-Home S1」は全く採用例が無く、2013年までに事実上消滅した。

携帯向けの「R-Mobile」は前述の通り失敗しており、ルネサスは携帯向けSoCと家電向けSoCから撤退した。こうしてルネサスは、産業革新機構の傘下となる2013年までに、車載を除くすべての民生用SoCから撤退した。

経営悪化の末、産業革新機構の傘下に(2013年)[編集]

2000年代においては旧ルネサスとNECエレを合わせて毎年数千億円規模の赤字を計上しており(例えば2010年3月期の売上高は1兆1700億円に対して1378億円の赤字)、世界大手半導体メーカーでありながら自動車会社や電機メーカーに買い叩かれる「産業ピラミッドの最下層」[58]と2009年の時点で評されていた。2010年にはNECエレとの統合により、売り上げ1兆円を超える世界最大のマイコンメーカーとなったが、やはり経営状態は良くなかった。

2011年3月期には統合時の公約通り営業黒字を達成したが(なお純利益は1150億2300万円の損失)、2011年3月には東日本大震災で主力の那珂工場が被災したことと、この頃よりスマホの普及で国内携帯電話機(ガラケー)向けチップが不振となり始めたこともあり、経営の見通しが立たなくなった。

2010年の設立時、ルネサスの母体であった日立・三菱・NECの3社から2063億円の支援を受けていたが、2012年10月には合理化資金として日立・三菱・NECの大株主3社と取引銀行からさらに計970億円を調達した[59]。それでも経営の見通しは立たず、そのため、赤尾泰社長(当時)は外資のコールバーグ・クラビス・ロバーツ(KKR、オランダのフィリップスが2006年に経営悪化で切り離したマイコン部門をNXPセミコンダクターズとして立て直した実績がある)への身売り話を進めたが、ルネサスが外資に買収されることで車載マイコンの安定供給に支障をきたしかねないと感じたトヨタが猛反発し、経済産業省に働きかけた結果、「日の丸半導体を守れ」[60]の掛け声の下、ルネサスは2013年に国策投資会社である産業革新機構の傘下となり、産業革新機構トヨタ自動車日産自動車など9社で構成される官民連合から1500億円の支援と引き換えに、事実上国有化された[61][62]

その結果、産業革新機構が持株比率69.16%の筆頭株主となり、ルネサスの母体であるNEC・日立製作所・三菱電機の持株比率はいずれも6 - 9%に低下し主要株主でなくなった[63]

リストラに次ぐリストラで、発足以来初の黒字化(2014年)[編集]

産革の傘下となったルネサスは、2013年10月に「ルネサスを変革する」と題する文書を発表。営業利益率2桁を達成し、確実に収益をあげる企業体質を目指して、各種構造改革から成る「変革プラン」を発表した[64]。これまでルネサスのマイコンをさんざん買い叩いてきた自動車メーカーが株主となったことに対して不安視する声が当初はあったものの[65]、産革から送り込まれた作田久男社長(オムロン元会長)の元、リストラに次ぐリストラで、2014年3月期にルネサス エレクトロニクス発足以来初めて黒字化した[66]

日本製の半導体が世界シェア5割を超える最盛期だった1980年代後半に世界シェア1位・2位・3位であったNEC・三菱・日立の3社は、1991年1月にNHKで放送された『電子立国日本の自叙伝』第1回でも電子立国日本の象徴として取り上げられた三菱電機西条工場(現・ルネサス西条工場、操業を開始した1984年当時はファクトリー・オートメーションの到達点とされた「全自動化ファブ」)を筆頭として、数百億円規模の当時の最先端ファブを日本国内にいくつも建設したが、元々はメモリ向けだったその設備を法定耐用年数の5年を過ぎたあたりでマイコン・ASICの生産に転用しており、ルネサス統合後の2010年時点でもそのまま継続して運営していた。そのため、2010年当時のルネサスは世界のマイコンメーカーの中でも特に、1980年代から1990年代にかけて稼働したレガシー工場を多く抱えているのが特徴だったが、採算性の悪化から、150mmウェハ以下のライン・350nmプロセス以前のラインは全て閉鎖し、損益分岐点を下げるために工場もほとんど売却または閉鎖し、前工程は那珂工場(旧日立)と川尻工場(旧NEC)と西条工場(旧三菱)、後工程は米沢工場(旧日立米沢電子)と大分工場(旧NEC SKY)に機能を集約する方針を2013年に示した[67][68]

そのため2021年時点では、150mmウェハ以下の工場の生産能力ランキングでは世界TOP10にも顔を出しておらず[69]、国内メーカーとしてもローム/ラピスセミコンダクタ(旧・OKI)や東芝デバイス&ストレージ(TOSHIBA)の方がレガシー工場を多く抱えている。

海外企業のM&Aによる成長戦略(2016年 -)[編集]

ダイアログ社の開発したパワーマネージメントICが組込まれたスマホ、iPhone XS Max(2018年発売)。ルネサスはIoTなどの非車載向けを強化するため、デジタル・アナログ混載のミックスドシグナル製品に強みを持つダイアログ社を2021年に買収した

2015年4月、構造改革に一定のめどがついたことから作田会長兼CEOは退任し、遠藤隆雄(元オラクル社長)がルネサスCEOとなったが、ルネサス株のロックアップ解除を目前にして、インフィニオンとの提携を進めようとする遠藤CEOの方針に自動車業界が難色を示し、志賀俊之(元日産COO、日産生え抜き)がトップを務める産革との対立もあって半年(遠藤CEOがインフィニオンとの提携を口にした4日後)で退任[70]。ルネサス生え抜きの鶴丸哲哉社長(元・那珂工場長)が暫定的にCEOを兼任した後、2016年6月、カルソニックカンセイ(日産系の自動車部品メーカー。現・マレリ)や日本電産などで長く車載畑を歩んだ呉文精が代表取締役社長兼CEOに就任した。

呉CEOのもと、2016年より成長戦略に舵を切り、同年9月には米アナログ半導体大手インターシルの買収を発表した[71]。また同年11月には、中期成長戦略を発表[72]。2017年2月、インターシルの買収を完了し、完全子会社化する[73]

インターシルに続き、アナログ半導体強化戦略の一環として、2018年9月には米Integrated Device Technology, Inc. (IDT) の買収を発表する[74]。2019年3月、IDTの買収を完了し、完全子会社化[75]

2018年3月、ルネサスの車載部門トップの大村隆司を退任させ、後任に呉CEOのカルソニック時代の元部下を当てた身内びいき人事に対し、社内からの不満があった[76](なお、大村は三菱電機生え抜きで、リーマンショック後の厳しい時期に車載部門のトップとなってルネサスのV字回復を成し遂げた人物。ルネサス退社後の2018年7月、ルネサスのライバルであるソニーセミコンの執行役員に就任し、2019年よりソニーセミコン副社長として車載部門を率いている)。また、2社を合計して1兆円を超える巨額のM&Aを行ったことに対して「シナジー効果は期待できない」[77]など内外からの批判も多く、2018年より株価が低迷。さらに2019年、ルネサスの業績悪化を受け、産革の方針により呉CEOは退任。後任として、ユニキャリア(日立と日産のフォークリフト事業を統合した企業)を設立するなどフォークリフト業界再編に功績を挙げた産革出身の柴田英利がCEOに就任。

柴田CEO体制においてはさらなる巨額のM&Aに踏み込み、2021年には約49億ユーロ(約6157億円)をかけてダイアログ社を買収[78]

年表[編集]

NECエレクトロニクス[編集]

  • 2002年
    • 5月16日 - 日本電気 (NEC) の半導体部門の分社化を発表。
    ITバブル崩壊などで業績が低迷したNECは、西垣浩司社長の下で家電分野の撤退など不採算事業のリストラを敢行。半導体部門の中でも特に市場変化の激しい汎用DRAM事業はエルピーダメモリとして先に分社化していたが、それでも巨額な半導体設備に対して、NECとして今後更に機動的に運営・投資をしていく事は不可能と判断し、分社化して単独での資金調達を行う方針とした。
    • 11月1日 - 分社型会社分割により、NECを分社化してNECエレクトロニクスを設立。初代社長に戸坂馨カンパニー社長が就任。
  • 2003年
    • 7月24日 - 東京証券取引所第一部へ上場。設立から9ヶ月という、会社分割による新設会社の東証一部直接上場としては異例の速さであった。
  • 11月6日 - 同社初となる300mmウェハーラインを、NEC山形本社工場 (2020年現在はSONYに買収され、同社のCMOSイメージセンサ製造工場)内に構築すると発表。
  • 2004年
    • 4月5日 - NEC山形に300mmウェハーラインの新工場建設を発表。既存300mmラインとあわせて最大生産能力を月産2万枚へ引き上げた。
    • 7月1日 - 生産事業部門を分社分割し、NECファブサーブ設立。
  • 2005年10月26日 - 経営不振の責任をとり、戸坂社長が辞任。後任として中島俊雄常務が社長に就任。
  • 2007年11月28日 - 生産拠点の集約・再編計画を発表。
  • 2008年2月15日 - 連結子会社も含めた早期希望退職者優遇制度の導入を発表。2月末までに685人の応募があった。
  • 2009年
    • 4月27日 - ルネサステクノロジと2010年4月を目処に事業統合する方向で協議を開始することで合意した[79]
    • 6月25日 - 三代目社長に山口純史が就任。

ルネサス テクノロジ[編集]

  • 2002年
    • 3月18日 - 日立製作所と三菱電機でシステムLSIなどの事業を分社・統合する方針で基本合意[80]
    • 10月3日 - 新会社の承継事業などの内容がほぼ決定し、社名を「ルネサス テクノロジ (Renesas Technology Corp.)」とすることを正式発表[81]
  • 2003年4月1日 - 日立製作所と三菱電機からそれぞれの半導体事業(一部を除く)を分社・承継する新会社として分社型共同新設分割により設立。資本金500億円(日立55%、三菱45%)。本社を丸ビル(東京都千代田区丸の内二丁目4番1号)とする。ブランドステートメント「Everywhere you imagine」を制定。初代会長に長澤紘一、初代社長に伊藤達が就任。
  • 2006年4月1日 - 二代目会長に伊藤達、二代目社長に塚本克博が就任。
  • 2007年8月10日 - 本社を、日本ビル(千代田区大手町二丁目6番2号)に移転。
  • 2009年4月1日 - 三代目会長に塚本克博、三代目社長に赤尾泰が就任。

ルネサス エレクトロニクス[編集]

  • 2010年
    • 4月1日 - NECエレクトロニクスとルネサス テクノロジの統合新会社として設立。存続会社はNECエレクトロニクスで、ルネサス テクノロジを吸収合併し、新商号をルネサスエレクトロニクスとする。ルネサスエレクトロニクスの初代会長に山口純史、初代社長に赤尾泰が就任。本社を日本ビルとする。
    • 7月29日 - グループ全体で約5万人いる従業員のうち約4千人を削減すると発表した。外部への生産委託を増やし、国内工場の閉鎖も検討する。40nmプロセスの生産は山形および那珂の300mmラインで生産を継続し、それ以降の微細化開発と量産を凍結することを発表。32nm、28nm世代以降の先端プロセス品の量産は台湾TSMCと、米GLOBALFOUNDRIESに全面委託し、次世代プロセスの研究開発は米IBMとの共同研究で一本化するとされる。
    • 12月1日 - ノキアのワイヤレスモデム事業部門とルネサスエレクトロニクスのモバイルマルチメディア事業部門を、分社型吸収分割によって新設の100%子会社であるルネサスモバイルに承継して営業を開始。
  • 2011年
    • 3月11日 - 東日本大震災で、8工場が操業停止に追い込まれる。製品・部品供給先の大手製造業を中心に大きな影響が広がった。
    • 6月28日 - 顧問に山口純史が就任。代表取締役会長は退任(空席)。
  • 2012年
    • 3月1日 - パワーアンプ事業部門及びルネサス東日本セミコンダクタ長野デバイス本部(長野県小諸市)を村田製作所へ譲渡し、それぞれ村田製作所モジュール事業本部通信システム商品事業部PA商品部、小諸村田製作所となる。
    • 7月1日 - ルネサス北日本セミコンダクタ津軽工場(青森県五所川原市)を富士電機へ譲渡し、富士電機津軽セミコンダクタとなる。
    • 8月29日 - アメリカのタバコ食品のコングロマリット・旧RJRグループ(RJRナビスコ)の買収・解体に深く関与したアメリカのプライベートエクイティ系大手投資ファンド・KKR(コールバーグ・クラビス・ロバーツ)がルネサスエレクトロニクスの新規株主発行の受け入れ(上位株主である母体の国内大手電機3社の連合と共同)に応じることで話を進めていると報道された。
    • 12月10日 - 2013年に産業革新機構・トヨタ自動車・日産自動車など9社を割当先とする1500億円の第三者割当増資を行うことを発表。
  • 2013年
    • 1月1日 - 孫会社のルネサスハイコンポーネンツ(青森県北津軽郡鶴田町)をアオイ電子へ譲渡。アオイ電子の子会社ハイコンポーネンツ青森となる[82]
    • 2月22日 - 二代目代表取締役社長に鶴丸哲哉が就任。
    • 6月1日 - ルネサス北日本セミコンダクタ函館工場(北海道亀田郡七飯町)、ルネサス関西セミコンダクタ福井工場(福井県坂井市)、ルネサス九州セミコンダクタ熊本工場(熊本県菊池郡大津町)の事業及び北海電子(北海道二海郡八雲町)の半導体後工程製造支援事業をジェイデバイスに譲渡[注 2][83][84][85]
    • 6月26日 - 代表取締役会長兼CEOに作田久男が就任[86]
    • 9月30日 - 産業革新機構・トヨタ自動車・日産自動車など9社を割当先とする1500億円の第三者割当増資を行い、産業革新機構が筆頭株主となる。
  • 2014年
  • 2015年
    • 6月 - 元日本オラクル社長の遠藤隆雄が会長兼CEOに就任[93]
    • 7月27日 - 本社を、豊洲フォレシア(江東区豊洲三丁目2番24号)に移転。
    • 9月30日 - 資本金を減少させ100億円とする[94]
    • 11月30日 - ルネサス セミコンダクタ マニュファクチュアリング株式会社の鶴岡工場(5インチライン)のTDKに対する譲渡の基本合意を発表[95][96]
    • 12月1日 - ルネサス セミコンダクタ マニュファクチュアリング株式会社の高知工場について、2から3年後を目処とした閉鎖を発表[97][98]
    • 12月25日 - 同日付で遠藤隆雄会長兼CEOが取締役に退き、鶴丸哲哉社長がCEOに就任[99][100]
  • 2016年
    • 4月28日 - ルネサス セミコンダクタ マニュファクチュアリング株式会社の鶴岡工場について、TDKに譲渡する旨の最終合意を発表[101][102]
    • 6月28日 - 呉文精が社長に就任[103]
    • 9月13日 - 米半導体大手インターシルの買収を発表[104]
    • 11月2日 - 中期成長戦略を発表[105]
  • 2017年
    • 2月24日 - インターシルの買収を完了し、完全子会社化[106]
    • 5月18日 - 株式会社産業革新機構と日本電気株式会社、株式会社日立製作所、三菱電機株式会社がそれぞれ保有するルネサス エレクトロニクスの株式の一部を売却することを発表[107]。本株式売却完了を受けて、2017年6月末時点では、産業革新機構のルネサス エレクトロニクス株式の保有割合は50.1%に低下。
    • 6月30日 - ルネサス セミコンダクタ マニュファクチュアリング株式会社の高知工場の2018年5月末閉鎖を発表[108]
    • 7月1日 - ルネサス システムデザインを吸収合併[109]
  • 2018年
    • 1月1日 - 買収したインターシル(Intersil Corporation)がルネサス エレクトロニクスの米国販売会社のRenesas Electronics America Inc.などを吸収合併し、社名をRenesas Electronics America Inc.に変更して、運営開始[110]
    • 4月3日 - 株式会社産業革新機構と日本電気株式会社、株式会社日立製作所がそれぞれ保有するルネサス エレクトロニクスの株式の一部を売却することを発表[111]。本株式売却完了を受けて、2018年6月末時点では、産業革新機構のルネサス エレクトロニクス株式の保有割合は33.4%に低下。
    • 5月31日 - ルネサス セミコンダクタ マニュファクチュアリング株式会社の高知工場を閉鎖[112]
    • 6月1日 - ルネサス セミコンダクタ マニュファクチュアリング株式会社の山口工場および滋賀工場の一部(シリコンライン)について、今後2から3年を目処に工場閉鎖および集約することを発表[113]
    • 9月11日 - 米アナログ半導体大手のIntegrated Device Technology, Incを買収することを発表[114]
    • 10月28日 - 5月31日付で閉鎖した高知工場を丸三産業株式会社へ譲渡[115]
    • 10月31日 - ルネサス セミコンダクタ パッケージ&テストソリューションズを吸収合併[116]
  • 2019年
    • 3月25日 - IDT社買収に伴い、新組織体制を発表[117]
    • 3月30日 - IDTの買収を完了し、完全子会社化[118]
    • 7月1日 - 柴田英利が代表取締役社長兼CEOに就任[119]
  • 2020年
    • 1月1日 - 買収したIDT(Integrated Device Technology, Inc.)がルネサス エレクトロニクスの米国販売会社のRenesas Electronics America Inc.を吸収合併し、社名をRenesas Electronics America Inc.に変更して、運営開始[120]
  • 2021年
    • 3月19日 - 300mmウェハーを生産する那珂工場で火災。自動車組み立て工場が操業休止になる影響が出た[121]

主な製品[編集]

マイコン[編集]

2021年現在、SuperHH8などもまだ製造されているが、既にルネサスとしては「その他」の扱いであり、いずれ以下の新世代マイコンで置き換えられることが明言されている。なお、RL78ファミリの展開に伴ってR8Cのディスコンが明言され、RXファミリに移行した者も多いが、RX210などはR8Cファミリよりも早くディスコンになった。

  • RL78ファミリは、汎用の8ビット/16ビットマイコンである。3社統合前の各社の8ビット/16ビットマイコン(NECの78K、三菱のR8C、日立のH8)を置き換える形で2010年に登場した。旧NECエレの78K0RをベースとしたZ80系の命令体型を持ち、低価格・高性能・低消費電力である。車載に使った場合、RL78を採用したルネサスのコアはとにかく安く、ローエンド車載にもARMを採用している競合他社に対して市場競争力が高い。
  • RXファミリは、車載以外の用途に向けた32ビットマイコンである。SuperHR8C以外の日立と三菱のマイコンを全て置き換える形で2009年に登場した。ルネサス独自のCISCアーキテクチャで、32ビットなのに16ビット級の低価格を武器に、240MHz動作の「RX700」をフラッグシップとして、家電や産業用機器を中心として展開している。リリース直後に東日本大震災と経営危機に見舞われて開発がストップし、攻めた価格設定(産業機器に対して8/16ビットからの移行を促すため、かなり安い)のわりに弱気な展開になることもあり、RXでカバーできないような高度な処理に対してはV850とSuperHをお勧めしていたが、RXファミリもリリース後10年を経た頃にはSHなどの旧世代マイコンを置き換え、経営の柱となった[122]
  • RZファミリは、ARMのCortex-Aコアを採用した 64ビット/32ビットマイコンで、2013年に発表された。RXファミリでカバーできないようなハイエンドな産業機器向けのマイコンである。
  • RAファミリは、ARMのCortex-Mコアを採用した32ビットマイコンで、2019年に発表された。RAファミリは性能よりも顧客の扱いやすさを重視したマイコンである。

車載向け[編集]

  • RH850ファミリは、車載向けの32ビットマイコンである。3社統合前の各社の32ビットマイコン(NECのV850、日立のSH)を置き換える形で2012年に登場した。NECのV850コアを引き継いだもので、高性能・高機能である。次世代の「スマートカー」向け車載としても、「R-Car」プラットホームの一部を為す。
  • R-Carは、ARMコアに様々な周辺機能を搭載したSoCである。元々はカーナビなどのIVI(in-vehicle infotainment)向けとして、SH-Naviや旧NECエレのEMMA CARを置き換える形で2011年に登場したが、車載システムの高度化に従ってファミリが拡大した。2021年現在のR-Carプラットホームは、2020年代以降に普及するとみられている自動運転やAIなどに対応した「スマートカー」向けの次世代SoCとして、「R-Car V3U」の開発を中国第一汽車集団と共同で2023年の量産を目指して行っている。

その他[編集]

開発子会社[編集]

  • ルネサス エンジニアリングサービス

生産子会社[編集]

関連項目[編集]

脚注[編集]

[脚注の使い方]

[編集]

  1. ^ 登記上、社名の片仮名表記における「ルネサス」と「エレクトロニクス」との間にスペース(空白)は入らない[1]
  2. ^ 当該事業を新規に設立した完全子会社のルネサス ジェイ セミコンダクタに吸収分割で承継させ、同時にルネサス ジェイ セミコンダクタの全株式をジェイデバイスに譲渡の上、商号をジェイデバイスセミコンダクタに変更する形式をとった(後にジェイデバイスに吸収合併)。

出典[編集]

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  4. ^ ルネサスとパナソニック、プロセス開発の機能をルネサス那珂事業所に集約 TECH+
  5. ^ ルネサス工場火災の生産停止の影響で車載半導体不足に拍車がかかる可能性 TECH+
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  7. ^ 変われぬJDI、“兄弟会社”のルネサスと明暗 日経ビジネス電子版
  8. ^ ルネサスの那珂工場火災、早期再開のカギは「中古装置の確保」 装置の型式古く難航、自動車産業への影響不透明 LIMO
  9. ^ ルネサス、工場火災で「ファブライト」経営に試練 日本経済新聞
  10. ^ 「東日本大震災以上のダメージ」からたった1カ月で回復したルネサスの奇跡 産業界の力を結集して奇跡が起きた PRESIDENT Online
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  12. ^ トヨタグループの出資圧力に反旗!ルネサスが巨額買収で見せた「自動車離反」の覚悟 ダイヤモンド・オンライン
  13. ^ ルネサス、火災影響生じる21年4~6月も増収増益へ:1~3月期は14%の増収 - EE Times Japan
  14. ^ ルネサス、次はアナログで稼ぐ、TIがベンチマーク 日本経済新聞
  15. ^ 熊本地震、なぜサプライヤー寸断が再び起きた:日経ビジネス電子版
  16. ^ トヨタの誤算とルネサスの苦悩 マイコンシェア1位で何故か赤字
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  19. ^ 経産省や自動車メーカーがルネサス支援-半導体工場火災 - Bloomberg
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外部リンク[編集]