ピエール・カオ
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ピエール・カオ(Pierre Cao, 1937年12月22日 - 2026年5月14日)は、ルクセンブルク出身の指揮者、作曲家[1][2]。
概要
[編集]デュドランジュの生まれ。1959年から1967年までブリュッセル音楽院で指揮法と作曲を専攻し、1968年にコペンハーゲンで行われたニコライ・マルコ国際指揮者コンクールでは準優勝した。1969年からルクセンブルク放送管弦楽団首席指揮者のルイ・ド・フロマンのアシスタントを務め、ヨーロッパ各地のオーケストラへの客演やレコーディングを通じて名声を確立していった。1980年にフロマンがルクセンブルク放送管弦楽団の座を退くと、ルクセンブルク音楽院で合唱指揮を教えるようになった。1991年にはルクセンブルク欧州合唱研究所を創設し、1999年から2014年までアルシス・ブルゴーニュの音楽監督を務めた。
脚注
[編集]- ↑ bach-cantatas.com
- ↑
- ↑ Lopez, Louis-Valentin (2026年5月15日). “Mort de Pierre Cao, le plus renommé des chefs luxembourgeois” (フランス語). France Musique. 2026年5月17日閲覧。
- ↑ “Am Alter vun 88 Joer: Museker an Dirigent Pierre Cao gestuerwen” (ルクセンブルク語). RTL Lëtzebuerg (2026年5月14日). 2026年5月14日閲覧。