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「クルアーンの日本語訳」の版間の差分

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{{Islam}}
'''クルアーンの日本語訳'''({{lang-ar|ترجمات يابانية للقرآن}}、{{lang-en|Japanese translations of the Quran}})は、[[イスラーム]]の[[聖典]]である[[クルアーン]]の、[[日本語]]での[[翻訳]]。なお、[[アラビア語]]以外に移されたものは「解釈」にすぎないとみなされる<ref group="注" name="kawade">「図説 コーランの世界」 pp.72 - 73 日本語で読むクルアーン 戦前より始まる「翻訳の試み」 (大川玲子、[[河出書房新社]] 2005、{{ISBN2| 9784309760605}}</ref>。
'''クルアーンの日本語訳'''(クルアーンのにほんごやく)は、[[イスラーム]]の[[聖典]]である[[クルアーン]]を[[日本語]]に翻訳したものである。最初のクルアーンの日本語訳は[[坂本健一]]による『コーラン経』(1920年)であり、それ以降、イスラーム研究者、[[スンナ派]]や[[シーア派]]のムスリム、そして[[アフマディーヤ]]や[[日本イスラム教団]]といった教団などから様々な日本語訳クルアーンが刊行されている。


イスラームと日本との直接的な交流は[[明治時代]]に始まった。明治時代末から[[大正時代]]にはイスラームの教義や歴史について体系的な学びが行われ、そのような中で坂本健一『コーラン経』(1920年)が刊行された。その後、日本はアジアへの進出のためイスラームを重視するようになり、回教圏研究所といったイスラーム研究機関が設立された。そのような中で、高橋五郎と有賀阿馬土による『聖香蘭経』(1938年)などが刊行された。
== 概要 ==
日本では[[大正]]に入って、コーランの翻訳がようやく刊行された。
コーランはもともとアラビア語で啓示され編纂されたものであるが、初期の日本語化は最初はアラビア語の原典からではなく主として英訳本を元にした[[重訳]]として行われていた。


[[太平洋戦争]]後の1950年代から1970年代には[[大川周明]]による『古蘭』(1950年)や、[[井筒俊彦]]による『コーラン』(1957年)、[[藤本勝次]]らによる『コーラン』(1970年)など、イスラーム研究者による翻訳が刊行された。1970年代から1980年代にかけてはムスリムによる翻訳が相次ぎ、[[日本ムスリム協会]]会長を務めた[[三田了一]]による『聖クラーン』(1972年)や、日本イスラム教団による『聖クルアーン』(1982年、部分訳)、アフマディーヤによる『聖クルアーン』(1988年)が刊行された。
[[2014年]]には[[中田考]]らによって正統10伝承の異伝を全て訳す翻訳本が出版された。その一方で「クルアーン やさしい和訳」のような大胆な意訳と思える翻訳も出版されている。


その後、20年以上クルアーンの日本語訳が刊行されない空白期間を挟み、2011年には同志社大学神学部教授であった[[中田考]]らによる『訳解クルアーン』が刊行され、2014年には『日亜対訳クルアーン』として改めて刊行された。2017年にはシーア派の聖職者である澤田達一によって『聖クルアーン日本語訳』が刊行された。
;全訳
*[[1920年]](大正9年) [[坂本健一]] 『世界聖典全集 : コーラン經(上 第十四卷・下 第十五卷)回々教』<ref>http://iss.ndl.go.jp/books/R100000001-I034044332-00 {{リンク切れ|date=2020-7}}</ref><ref>http://iss.ndl.go.jp/books/R100000001-I034044331-00 {{リンク切れ|date=2020-7}}</ref>
*[[1938年]] [[高橋五郎 (翻訳家)|高橋五郎]]、[[有賀阿馬土]]『聖香蘭経 : イスラム経典』聖香蘭経刊行会<ref>[https://iss.ndl.go.jp/books/R100000002-I000000720983-00 聖香蘭経 : イスラム経典] - 国立国会図書館サーチ</ref>
*:原則[[w:John Medows Rodwell|ジョン・M・ロッドウェル]]の啓示類推順で章が配置されているが、一部異なる。アフマド有賀(有賀文八郎)は高橋五郎の翻訳を校正し、時には文言の訂正、書き換えを行っていた。また下訳の権利を買い取っていた。校正原稿はノートの形で現存している。英語が堪能だったアフマド有賀はインドでイスラームに改宗する前はキリスト教信者で主に横浜、東京で英国人宣教師と起居を共にして通訳兼宣教活動を行っていた。晩年、京都市北区鞍馬口に住んでいたが、自室で常に声を高く朗読しながら読書をしていた。それほど文章には気を配っていたが、それは「日本に於けるイスラム教」『日本宗教大講座』全20冊、東方書院編、1927-28。の語りかける文体からも窺い知れる。その他、パンフレット、小冊子など多数の著作活動も行っていた。
*[[1950年]] [[大川周明]] 『古蘭』岩崎書店<ref>[https://iss.ndl.go.jp/books/R100000002-I000000864522-00 古蘭] - 国立国会図書館サーチ</ref>。新版「文語訳 古蘭」[[書肆心水]] 上下、2009年
::コーラン翻訳の進捗状況は大川周明顕彰会編集『大川周明日記』岩崎学術出版社、1986。に記されている。※漢英仏独の諸訳本を参照<ref>http://www.babelbible.net/pdf/manual/okawaqrn.pdf#page=5 ばべるばいぶる&真理子日曜学校</ref>。
*[[1957年]]-[[1958年]] [[井筒俊彦]] 『コーラン』岩波文庫 全3冊、新版2009<ref>[https://iss.ndl.go.jp/books/R100000002-I000000972647-00 コーラン 上] - 国立国会図書館サーチ</ref>。
*:底本はフリューゲル版(1834年刊)。改訂版ではカイロ版の章数も参考的に併記されている。 岩波文庫『コーラン』第9章(初刊・昭和32年発行)にはないが、単行判『井筒俊彦著作集7 コーラン』中央公論社、1992年、第9章「改悛」p235と『コーラン(上)』岩波文庫 改版、2006年第58刷、第9章「改悛」p250のどちらにも冒頭の第9章 改悛・・・の後の行に、前者は「慈悲ふかく慈愛あまねきアッラーの御名において・・・・」)と、後者は「慈悲ふかく慈愛あまねきアッラーの御名において・・・」と、アラビア語原文『クルアーン』にも、井筒俊彦訳『コーラン』初刊にも未記載だが、挿入されている。 『クルアーン』第9章だけが「慈悲ふかく慈愛あまねきアッラーの御名において・・・・」の文言がない理由は、イスラーム教徒との協定を破った部族のことを扱っているからである。ちなみに第1章のみが同文言を章の1節とし、第9章を除く他の章は章を構成する第1節としていない。
*[[1970年]] [[藤本勝次]]・[[伴康哉]]・[[池田修 (アラブ文学者)|池田修]]『コーラン』<ref>http://iss.ndl.go.jp/books/R100000001-I001083848-00 {{リンク切れ|date=2020-7}} </ref><ref> http://iss.ndl.go.jp/books/R100000001-I016472337-00 {{リンク切れ|date=2020-7}} </ref>
*:底本は、標準エジプト版(1923年刊)に準拠したクルアーン。中央公論社「[[世界の名著]]」、新版・[[中公クラシックス]]全2冊
*[[1972年]] [[三田了一|オマール・三田了一]]『聖クラーン : 日亜対訳・注解』日訳クラーン刊行会<ref>[https://iss.ndl.go.jp/books/R100000002-I000001243599-00 聖クラーン : 日亜対訳・注解] - 国立国会図書館サーチ </ref>
**[[1982年]] 三田了一『聖クルアーン : 日亜対訳・注解』日本ムスリム協会<ref>[https://iss.ndl.go.jp/books/R100000002-I000001626784-00 聖クルアーン : 日亜対訳・注解 改訂版] - 国立国会図書館サーチ</ref>(上の改訂版)
*[[1974年]] 中村満次郎『コーランの世界』栄光出版社、示年代順に配列し、各章毎に哲学的解説(著者によると)を加えたもので、コーラン訳は、[[藤本勝次]], [[伴康哉]], [[池田修 (アラブ文学者)|池田修]]『コーラン』訳を使用している。
*[[1988年]] [[モハマッド・オウェース・小林淳]]および[[ズィアウッラー・ムバッシル]]共訳『聖クルアーン』[[イスラーム・インターナショナル・パブリケーションズ]] ([[アフマディア・ムスリム・センター名古屋]], 英語版からの[[重訳]]なので注意)
*[[2013年]] [[澤田達一]]『聖クルアーン : 日本語訳』啓示翻訳文化研究所({{ISBN2|978-600-92543-2-3}}、2021年現在amazonでは入手不可。)
*[[2014年]] [[中田考]]・[[中田香織]]・下村佳州紀、黎明イスラーム学術・文化振興会『日亜対訳 クルアーン――「付」訳解と正統十読誦注解』<ref>[https://iss.ndl.go.jp/books/R100000002-I025599964-00 日亜対訳クルアーン] - 国立国会図書館サーチ</ref>
*[[2019年]] 水谷周 監訳著、杉本恭一郎 訳補完『クルアーン やさしい和訳』[[国書刊行会]]
*[[2019年]] [[サイード佐藤]]訳、聖クルアーン日亜対訳注解 ファハド国王マディーナ・クルアーン印刷コンプレックス
*[[2020年]] [[ラシャー・カリファ]]英訳 [[三木千寿江]]日本語訳 - コーラン 最終聖書 NextPublishing Authors Press ISBN 978-4-80209-785-7 (英語版からの[[重訳]]なので注意)
;部分訳
*[[1950年]] 囘敎圈硏究所の大久保幸次、月刊機関紙「囘敎圈」に昭和16年から24回連載 3章までを翻訳 『コーラン研究』刀江書院 <ref>[https://iss.ndl.go.jp/books/R100000002-I000000873909-00 コーラン研究]</ref>
*[[1982年]] [[アリ・安倍治夫]]訳『日・亜・英対訳 聖クルアーン』谷沢書房 (開序章および78-114章を所収。朗唱を目的とした七五調による翻訳)


== 歴史 ==
日本ではクルアーンの翻訳が7回試みられ、完訳されたものは6点だと大川玲子はかつて主張していた<ref group="注" name="kawade"/>。もう1点の完訳に至らなかったもの(敗戦の影響とされる)は、[[回教圏研究所|囘敎圈硏究所]]の大久保幸次・小林元による1938年開始の作だった<ref group="注">聖典「クルアーン」の思想――イスラームの世界観」 p.208 (大川玲子、講談社現代新書 2004) {{ISBN2|9784061497115}}</ref>。
=== 背景 ===
;
7世紀に[[アラビア半島]]で誕生したイスラームは中国や東南アジアまで到達した{{sfn|三浦|2013|pp=5-6}}。日本においても、7世紀に編纂された『[[日本書紀]]』にはペルシアを意味する「波斯」やアラビアを意味する「大食」という記述があるほか、江戸時代に至るまでペルシア商人などとの交流があった{{sfn|三浦|2013|p=5}}。しかし、イスラームが直接的に日本との交流を果たすようになるのは江戸時代末から明治時代となった{{sfn|三浦|2013|pp=5-6}}。
;解釈書訳
*[[2007年]]-[[2016年]]『クルアーン』(第1章~第16章128節)、タフスィール研究会報告、『シャリーア研究』第四号~第十三号、拓殖大学イスラーム研究所
  Dr. Professor Sheikh Wahbah Mustafa al-Zuhayli (1932-2015) "Tafsir al-Muneer ("The Enlightened Exegesis") an exegesis of the Qur'an" 17 volumes (アラビア語版)を基本書とした『クルアーン』解釈書訳。2006年から開始され、現在に至る。


=== 『コーラン経』(1920年) ===
== 章題 ==
明治時代末から大正時代にかけて、イスラームの教義や歴史についての体系的な学びがなされた{{sfn|三浦|2013|p=10}}。1899年にはムハンマドの生涯を記した[[坂本健一]]による『麻謌末』(ムハメット)が、1905年には忽滑谷快天による『怪傑マホメット』が刊行された{{sfn|三浦|2013|p=10}}。そのような中で、『麻謌末』の著者である坂本健一による『コーラン経』が1920年に刊行された。これが日本で最初のクルアーンの日本語訳かつ全訳となる{{sfn|三浦|2013|p=10}}{{Refnest|group="注釈"|坂本の経歴はよく分かっていないが、[[東京帝国大学]]を1898年に卒業していることが分かっている{{sfn|三浦|2013|p=11}}。}}。
{{quotation|

<small>藤本版は「○○の章」</small><ref group="注">『世界の名著 15 コーラン』(1970)の目次を出典とした。</ref><br>
『コーラン経』は、クルアーンの全114章の全訳であり、上下巻の合計844ページの書籍である{{sfn|三浦|2013|p=10}}。世界聖典全集刊行会から刊行されていた『世界聖典全集』の14巻と15巻にあたる{{sfn|後藤|2018|p=128}}。黒字の装丁がなされ、上巻の口絵には「マホメット」と題されたリトグラフが描かれている{{sfn|後藤|2018|p=130}}。また、付録として各章の要約や注釈、ムハンマドやクルアーンについての解説が付けられた{{sfn|三浦|2013|pp=10-11}}。
<small>大川版は「○○章」</small><br>

<small>坂本版は「○○品」(「眞信者」は#23が複数、#40が単数。「人間」は#76が単数。#114は複数</small><ref group="注">訳典(第15巻10頁)にある注記から。</ref><small>)</small>
{{Wikisourcelang|en|The Qur'an (Palmer)}}
}}
翻訳にあたっては、アラビア語の原文を基にしながらも、主には{{仮リンク|ジョージ・セール|en|George Sale}}による1734年版や{{仮リンク|ジョン・メドウズ・ロドウェル|en|John Medows Rodwell|label=ジョン・ロドウェル}}による1876年版、{{仮リンク|エドワード・ヘンリー・パルマー|en|Edward Henry Palmer|label=エドワード・パルマー}}による1880年版の英語訳が参照された{{sfn|三浦|2013|pp=10-11}}{{Refnest|group="注釈"|これらの英語訳クルアーンは当時のクルアーン訳としては定番のものであった{{sfn|三浦|2013|p=10}}。しかし、現在ではいずれの訳にも不正確な点があることが判明している{{sfn|東|1998|pp=4-5}}。}}。また、クルアーン研究の基礎を作ったドイツの研究者である[[テオドール・ネルデケ]]の論考といった当時としては最新のクルアーン研究も参照された{{sfn|大川|2004|p=198}}。坂本は翻訳にあたって、簡潔で力強い言葉を使って意味が伝わらないことよりも、冗長であっても丁寧な翻訳を目指した。また、クルアーンはアラビア語で韻を踏んでおり、そのため単語の順序や配列が異なっていることに言及し、韻を再現したり単語の順序が異なっているものを逐語訳したのではなく、単語の意味がつながることに重きを置いたという{{sfn|後藤|2018|p=131}}。

坂本訳ではアッラーフは「神」と訳されたほか、「慈悲」といった仏教語が用いられた。この坂本訳をきっかけに、こうした仏教語がクルアーンの日本語訳に用いられるようになったという指摘がある{{sfn|後藤|2018|p=133}}。また、坂本訳の随所ではクルアーンは「可蘭」と表現されている。クルアーンを「可蘭」と表現するのは中国のムスリムに見られることである。そのため{{harvtxt|東|1998}}は坂本訳が中国イスラームの影響下にあったと指摘している{{sfn|東|1998|p=5}}。

=== 『聖香蘭経』(1938年) ===
1930年代になると、日本では[[大東亜共栄圏|大東亜共栄圏構想]]をはじめとしてアジアへの進出への期待が高まった。これによって東南アジアや南アジアに広がるイスラームが注目を集め、[[回教圏研究所]]や[[大日本回教協会]]などのイスラーム研究機関が次々と設立された{{sfn|後藤|2018|p=133}}。こうした中で刊行された2つ目のクルアーンの日本語訳は、1938年に刊行された高橋五郎と[[有賀阿馬土]](有賀文八郎)による『聖香蘭経』である{{sfn|後藤|2018|p=133}}{{Refnest|group="注釈"|「香蘭」とは中国におけるクルアーンの音訳である{{sfn|東|1998|p=5}}。}}。

訳者のひとりである高橋五郎は文学者・翻訳家であり、聖書の日本語訳で知られていた。もうひとりの訳者である有賀阿馬土(有賀文八郎)は最初期の日本人ムスリムである{{sfn|後藤|2018|p=133}}{{Refnest|group="注釈"|阿馬土はムスリム名であり、「アフマド」の当て字であると考えられている{{sfn|後藤|2018|p=133}}。}}。

『聖香蘭経』はA6版の1巻本である{{sfn|後藤|2018|p=134}}。1938年に東京の聖香蘭経刊行会から刊行された{{sfn|東|1988|p=6}}。坂本訳と異なり、序文や解説は一切なく、翻訳にあたって参照された本や訳文の工夫は明らかではない。ただし、最初の啓示とされているアル=アラク章が最初にあり、通常は最初に置かれるアル=ファーティハが8番目に置かれているという章句の配置から、同じ配置を取っているロドウェルの英語訳が底本とされていると考えられている{{sfn|後藤|2018|p=134}}。{{harvtxt|大川|2004}}は、ムスリムである有馬が翻訳に携わったのにも関わらず、アラビア語原典と異なる章句の配置になっている英訳本に従った点で疑問が残るとしている{{sfn|大川|2004|p=208}}。

訳文は坂本訳と同様に漢語が多用されている{{sfn|後藤|2018|p=135}}。{{harvtxt|大川|2004}}は、訳文は冗長であり、クルアーンの韻が持っている躍動感が全く反映されていないと評している{{sfn|大川|2004|p=207}}。

=== 大久保幸次・小林元による部分訳 ===
3つ目の日本語訳は、前述の回教圏研究所の所長であった大久保幸次と、研究員であった小林元によって行われた部分訳である。翻訳は1938年以降、回教圏研究所の機関誌であった『回教圏』に連載された{{sfn|後藤|2018|p=136}}。翻訳の際にはトルコで刊行されていたアラビア語原典と、トルコ語訳と英語訳が参照された。連載ではアラビア語の原典やラテン文字による音訳も添付された。また、クルアーンがアラビア語で韻を踏んでいることを伝えるため、あえて七行で記された。しかし、この翻訳は1945年に日本が太平洋戦争に敗れ、これによって回教圏研究所は解散し、また、1950年に大久保が死去したことで未完となった{{sfn|後藤|2018|pp=136-137}}。この部分訳は1950年に刀江書房から『コーラン研究』として刊行された{{sfn|藤本ほか|1973|p=10}}。

大久保・小林の翻訳では初めて「アッラー」というアラビア語の原音に基づく固有名詞が登場した{{sfn|大川|2004|p=211}}。これまでの翻訳ではアッラーは「神」や「大神」と訳されており、{{harvtxt|大川|2004}}は、アッラーと訳すことによって原典のふんいきを多少なりとも伝えることが可能になっているとしている。その一方で、訳文は原典の雰囲気を伝えられておらず、アラビア語の知識が全くなかった坂本による訳のほうが原典の雰囲気をよく伝えていると評している{{sfn|大川|2004|p=211}}。

=== 『古蘭』(1950年) ===
[[ファイル:OKAWA Shumei.jpg|サムネイル|右|150px|大川周明(1936年)]]
4つ目の日本語訳は[[大川周明]]によって行われた。大川は東京帝国大学在学中からイスラームにまつわる論文を執筆しており、その後も[[ハディース]]を翻訳するなど熱心なイスラーム研究者であった{{sfn|後藤|2018|pp=138-139}}。1945年には[[東京裁判]]で民間人として唯一の[[A級戦犯]]に指名されたが、裁判中に発狂したとして免除された。大川は入院先の病院でこの翻訳を完成させた{{sfn|後藤|2018|p=138}}。入院中に翻訳を完成させた理由について、大川は以下のように述べている。

{{Quotation|乱心中の白昼夢で屢々マホメットと会見し、そのために古蘭に対する興味が強くよみがえった|大川周明{{sfn|後藤|2018|p=139}}}}

『古蘭』では章題の後にその章の解説が置かれ、その後に訳文と訳注が置かれている。同書の特徴は、単なる文字情報ではなく啓示全体の状況も含めて訳しており、同時期のイスラーム研究者の間でも高い評価を受けた{{sfn|後藤|2018|p=141}}。

=== 井筒訳『コーラン』(1957年) ===
[[ファイル:Toshihiko Izutsu.png|サムネイル|右|150px|井筒俊彦]]
5つ目の日本語訳は、哲学者で言語学者の[[井筒俊彦]]によって行われた。この井筒訳は日本で初めてのアラビア語からの完訳であるとされている{{sfn|後藤|2018|p=142}}。『コーラン』は全3巻であり、上巻が1957年に、中下巻が1958年に初版が[[岩波書店]]から刊行された{{sfn|後藤|2018|p=142}}。底本はアラビア語のクルアーンであり、13世紀の神学者であるアル=バイダーウィーによるクルアーン注釈書が主に参照されたほか、19世紀以降のヨーロッパでの研究成果も取り入れられた{{sfn|後藤|2018|p=142}}。

井筒は、クルアーンの韻がもたらす独特な調子を表現するため、文語ではなく口語で翻訳を行った{{sfn|後藤|2018|p=143}}。しかし、1964年に井筒は全て訳し直した改訳版を出版した。改訳を行った理由について井筒は、あまりにくだきすぎたため、かえって原文が持つ美しさや宗教性を損なってしまったためであるとしている{{sfn|後藤|2018|pp=143-144}}。

{{harvtxt|後藤|2018}}は、井筒が表現しようとした韻による独特の言葉の流れは以下に引用する凝血章の6から8節にあらわれているだろうとしている{{sfn|後藤|2018|pp=145-146}}。

{{Quotation|はてさて人間は不遜なもの、己れひとりで他は要らぬと思い込む。旅路の果ては主のみもと、とは知らないか。|井筒俊彦訳『コーラン』凝血章六、七、八<ref>{{harvtxt|後藤|2018|p=146}}から引用</ref>}}

=== 藤本・伴・池田訳『コーラン』(1970年) ===
6つ目の日本語訳は、イスラーム史家の[[藤本勝次]]の編集のもと、アラビア語学者の伴康哉とアラブ文学者の[[池田修 (アラブ文学者)|池田修]]が翻訳を行い、1970年に[[中央公論社]]の『[[世界の名著]]』シリーズから刊行された『コーラン』である{{sfn|後藤|2018|p=146}}。藤本は高校生のときに坂本訳『コーラン経』を読んでイスラームに興味を抱き、[[京都帝国大学]]在学中には1923年にエジプトで刊行されたアラビア語クルアーンを入手したが、それを読む間もなく軍へ入ることとなった{{sfn|後藤|2018|p=146}}。

第1章から第25章、第93章から第114章までを伴が、第26章から第92章までを池田が翻訳した{{sfn|東|1998|p=11}}。翻訳に際して底本とされたのは、藤本が京都帝国大学在学中に入手したものと同じ、1923年版のエジプト版アラビア語クルアーンであった。翻訳にあたっては、口語訳を行った井筒訳『コーラン』を、クルアーンの特殊な持ち味を十分生かした名訳であると評価し、クルアーンの原典を読むことを考慮して、補筆も行わずあくまでアラビア語を忠実に訳すかたちとした{{sfn|後藤|2018|p=147}}。また、「ひとりカアバで祈るマホメット」や「楽園の想像図」といった挿絵や、クルアーンの章句にあった[[ミニアチュール]]が挿入された{{sfn|後藤|2018|pp=147-148}}。こうした挿絵やミニアチュールについて{{harvtxt|後藤|2018}}は、『世界の名著』は学校や図書館などで広く一般に読まれることが想定されており、シンプルで分かりやすく、若い読者の関心を得られる内容にするための工夫であるとしている{{sfn|後藤|2018|p=148}}。

同書は1970年に『世界の名著』シリーズから刊行されたのち、2002年に中公クラシックスから全2巻で刊行された{{sfn|保坂|2016|p=13}}。

=== 『聖クラーン:日亜対訳・注解』(1972年) ===
7つ目の日本語訳は、日本人ムスリムであり、[[日本ムスリム協会]]第2代会長である[[三田了一]]が行った『聖クラーン:日亜対訳・注解』である{{sfn|後藤|2018|p=149}}。三田は、改訳前の井筒訳『コーラン』を1957年の刊行直後に読み、口語訳によって宗教色が薄められていると感じてムスリムによる翻訳の必要性を覚え、クルアーンの翻訳を開始した{{sfn|鈴木|2011|p=162}}。

1962年には翻訳に注力するため日本ムスリム協会の会長を辞して[[パキスタン]]の[[ラホール]]へ赴いた{{sfn|鈴木|2011|p=163}}{{sfn|小村|2015|p=58}}。ラホールではタブリーギー・ジャマーアトの一員であるアブドゥッラシード・アルジャッドという人物に師事し、翻訳を行った{{sfn|小村|2015|p=58}}。このパキスタンにおける翻訳活動をサウジアラビアの[[マッカ]]に本拠地を置くムスリム世界連盟が知り、彼はマッカに招かれて翻訳を継続した{{sfn|小村|2015|p=58}}。1964年には同地で交通事故に遭い、師事していたアルジャッドが死去し、自らも重症を負ったが、翌年1965年から翻訳を再開した{{sfn|鈴木|2011|p=163}}{{sfn|小村|2015|p=255}}。1967年には[[駐日サウジアラビア王国大使館|駐日サウジアラビア大使館]]の指導のもと「邦訳クルアーン刊行委員会」が設置され、1969年に校正を終えて1970年にサウジアラビアのマッカで最終校閲を終えた{{sfn|鈴木|2011|p=163}}。

こうして『聖クラーン:日亜対訳・注解』は1972年に刊行された。奥付によると、発行所は日本ムスリム協会の日訳クラーン刊行会で発行者はムスリム世界連盟であった{{sfn|後藤|2018|pp=149-150}}。しかし、刊行後にアラビア語対訳部分に誤りが見つかり、刊行したものすべてが廃棄処分されることとなった。対訳部分を削った日本語訳のみのものが[[三省堂書店]]から一部出版された。対訳は改めて見直し作業が行われ、1975年に完成した{{sfn|鈴木|2011|pp=163-164}}。

翻訳の底本はパキスタンの[[カラチ]]で刊行されたアラビア語クルアーンである。これを原典とした理由について三田は、カラチ版には母音符号や読誦のための記号など読み下し方に詳細な注記があり、アラビア語を母語としない者にとっても読誦しやすいものになっているためであるとしており、日本語を母語とするムスリムの使用が意識されている{{sfn|後藤|2018|p=150}}。巻頭には解説が設けられており、一部だけ読むことや表面的な理解を避けるように注意が記されている{{sfn|後藤|2018|pp=150-151}}。

訳文は文語でも口語でもない現代的な文章であり、ひらがなが多用されている{{sfn|後藤|2018|p=153}}。しかし、{{harvtxt|大川|2004}}は、原文を忠実であろうとするあまり、日本語だけ呼んでも意味が分かりづらい点があると評している{{sfn|大川|2004|p=224}}。

==== 『聖クルアーン:日亜対訳・注解』(1982年) ====
上記の三田訳『聖クラーン』を1980年から1982年にかけて日本ムスリム協会が改訂作業を行ったものが、1982年に『聖クルアーン:日亜対訳・注解』として完成した{{sfn|鈴木|2011|p=164}}。改訂には日本ムスリム協会の関係者やそれ以外の研究者が参加した。改訂にあたっては若い世代も高齢者も読みやすい日本語に統一することが目指され、「執権の王」が「主宰者」と語彙が変えられたほか、「なんじ」が「あなた」、「つくりたもうた」が「創られた」というように、より現代的な言葉遣いとなった{{sfn|後藤|2018|pp=154-155}}。

=== 日本イスラム教団による部分訳(1982年) ===
{{see also|日本イスラム教団}}
1982年には、1970年後半から1980年代にかけて活動した宗教団体である日本イスラム教団が発行する『日・亜・英対訳 聖クルアーン』が谷沢書房から刊行された{{sfn|後藤|2018|p=156}}。翻訳者は教団の専務理事であり、検事や弁護士を務めていた安倍治夫である。教団では日本国内での宣教活動のために朗誦用クルアーンの必要性が唱えられており、安倍が名乗りを上げてアラビア語を学習して翻訳を完成させた{{sfn|後藤|2018|p=156}}。

『日・亜・英対訳 聖クルアーン』は全訳ではなく、教団が「朗誦に適する肝要な38章」とした1章と78章以降の章が翻訳された。左のページに日本語訳とカタカナで記されたアラビア語での読み方が、右のページにアラビア語の原文と英語訳が掲載された。アラビア語の原文と英語訳はともにムスリム世界連盟が発行するものだった{{sfn|後藤|2018|pp=156-157}}。この翻訳の特徴は、すべての行が七五調に整えられていることである{{sfn|後藤|2018|p=159}}。

=== 『聖クルアーン』(1988年) ===
{{see also|アフマディーヤ|日本におけるアフマディーヤ}}
1988年にはイスラーム系新宗教とされるアフマディーヤ系の出版社であるイスラム・インターナショナル・パブリケーションズから小林淳による『聖クルアーン』が刊行された{{sfn|後藤|2018|p=159}}{{Refnest|group="注釈"|小林は、1957年に改宗し、モハマッド・オウェースというムスリム名を持っていることは判明しているが{{sfn|後藤|2018|p=159}}、翻訳の経緯や原典・参照物は明らかになっていない{{sfn|後藤|2018|p=171}}、}}。この翻訳はこれまで刊行されてきた日本語訳クルアーンのなかで最も訳注が多いことが特徴であり、1章であるアル=ファーティハの1節に対して、用語や文章の解説、クルアーンの神聖さなどが記された1ページの注釈がつけられている{{sfn|後藤|2018|pp=159-160}}。

=== 『訳解クルアーン』(2011年)と『日亜対訳クルアーン』(2014年) ===
1970年代から1980年代にかけてムスリムによる、ムスリムや一般向けの日本語訳クルアーンの出版が相次いだ。しかし、その後は20年以上にわたって日本語訳クルアーンが出版されない空白期間が生まれた{{sfn|後藤|2018|p=161}}。その空白期間を経て、2011年に[[中田考]]・中田香織・下村加州紀・松山洋平による『訳解クルアーン/クルアーン正統十読誦の意味と機能』が黎明イスラーム・学術文化振興会刊行された{{sfn|後藤|2018|pp=161-162}}。同書の訳者は全員がムスリムであり、{{harvtxt|保坂|2016}}は、学術的使用に耐えられる、きちんとしたアラビア語での注釈を踏まえた上の翻訳という意味で実質的に日本人ムスリムによる初のクルアーン翻訳であるとしている{{sfn|保坂|2016|p=14}}。

翻訳にあたっては、アラビア語の音やリズムが持つメッセージ性を日本語に訳すのは不可能であるという認識から、あえて直訳調の翻訳が行われた{{sfn|後藤|2018|p=162}}。しかし、逐語訳を気にするあまり、かえって日本語として不自然な表現になった点があると評されている{{sfn|後藤|2018|p=162}}{{sfn|保坂|2016|p=17}}。ページの片側にアラビア語の原文が囲われて示され、反対側のページに訳文と章に関する解説が置かれている。また、ページの下部に訳注が置かれた{{sfn|後藤|2018|pp=162-163}}。訳注には「慈悲あまねく」と「慈悲深き」の意味の違いや「アッラー」という語の語源にまつわる諸説などが記されており、古典から現代までの研究成果が広く用いられている{{sfn|後藤|2018|p=165}}。

同書は本文の見直しを経て、2014年に作品社より『日亜対訳クルアーン』として刊行された。『訳解クルアーン』とはアラビア語の原文の囲いが少々異なる程度で、全体としては『訳解クルアーン』とほぼ同じになっている{{sfn|後藤|2018|p=163}}。

=== 『聖クルアーン日本語訳』(2017年) ===
2017年には澤田達一による『聖クルアーン日本語訳』が刊行された。澤田は[[イラン]]にある[[ゴム (イラン)|コム]]のイスラーム法学院で学んだ日本人初のシーア派聖職者である。翻訳にあたってはナーセル・マカーレム・シーラーズやモハンマド・ホセイン・タバータバーイーといったシーア派聖職者によるクルアーン注釈書やエラヒー・ゴムシェイーによるペルシア語訳クルアーンなどが参照された{{sfn|後藤|2018|p=166}}。このように、同書はシーア派的なクルアーン解釈にのっとって訳出されたものであるが、訳文はスンナ派に基づく日本語訳クルアーンとほとんど変わらないものとなっている{{sfn|後藤|2018|p=168}}。

== 訳文の比較 ==
これまで刊行されてきたクルアーンの日本語訳は、『コーラン経』や『聖香蘭経』のように仏教語や漢語が多用されたものや{{sfn|後藤|2018|p=133, 135}}、日本ムスリム協会による『聖クルアーン』のように改訂によって現代的な表現に改められたもの{{sfn|後藤|2018|p=155}}、また、韻を再現することや、逐語訳をすること、また、言葉の意味が一貫してつながることに重きを置かれたものなど様々ある{{sfn|後藤|2018|p=131}}。この節では、多くのムスリムから最も重要な章であると考えられている[[開端 (クルアーン)|アル=ファーティハ]]と{{sfn|後藤|2018|p=129}}、章題の比較を行う。

=== アル=ファーティハの比較 ===
{| class="wikitable"
!翻訳名
!訳文
|-
!坂本訳(1920年)
|序品 第一 ウル・ファチハト<br/>大慈悲神の名に於て<br/>神を頌へよ、万物の主宰、最大慈悲、審判の日の王。爾をわれ(吾曹)礼拝す、爾にわれ援助を請ふ。われを導け、正しき道に、爾が寛仁なりしものゝ道に、爾が怒れる者背き去りし者の道ならで。{{sfn|坂本|1920a|p=1}}
|-
!高橋・有賀訳(1938年)
|第一宣言 血の凝塊をもつて<br/>慈悲にして恩恵なる大神の名を以て<br/>汝は、万物を創造し給へる天主の御名を誦賛せよ、大神は血の凝塊を以て、人類を造りたまふた。汝誦賛したてまつれ、―汝の大神は最も慈悲深き者にましまして、汝に筆の妙用を教へ、人々に其知らぬ使用を授けたまふに、否な、然るにも拘はらず、人類は自ら富を有るを見て、傲慢不遜であつた、寔に万人帰着する所は天主にまします。<ref>{{harvtxt|後藤|2018|p=135}}より引用</ref>
|-
!大久保・小林訳(1938年-)
|序<br/>大慈大悲のアㇽラーッの御名において<br/>萬有の主宰 大慈大悲の神 審判の日の王に栄光あれ 我ら爾に仕へまつり、爾が御護りを冀ふ仰ぎ願くは我等を正しきもの 爾が御恵みを垂れたまひしものの道へと導きて 爾が怒りたまふもの、さ迷へるものの道へと導きたまふことなかれ。<ref>{{harvtxt|後藤|2018|p=137}}より引用</ref>
|-
!大川訳(1950年)
|第一 開経章<br/>大悲者・大慈者のアㇽラーハの名によりて<br/>アルラーハを讃へよ、そは三界の主 大悲者・大慈者審判の日の執権者なり 吾等汝に事へ、佑助を汝に求む 吾等を直き道に導け 汝が恩寵を垂るる者 汝の怒に触れず、また迷はざる者の道に。{{sfn|大川|1974|p=1}}
|-
!井筒訳(1964年改訳版)
|一 開扉<br/>慈悲ふかく慈愛あまねきアッラーの御名において……<br/>一 讃えあれ、アッラー、万世の主、<br/>二 慈悲ふかく慈愛あまねき御神、<br/>三 審きの日(最後の審判の日)の主宰者。<br/>四 汝こそ我らはあがめまつる、汝にこそ救いを求めまつる。<br/>五 願わくば我らを導いて正しき道を辿らしめ給え、<br/>六 汝の御怒りを蒙る人々や、踏みまよう人々の道ではなく、<br/>七 汝の嘉し給う人々の道を歩ましめ給え。<ref>{{harvtxt|後藤|2018|pp=144-145}}から引用</ref>
|-
!藤本・伴・池田訳(1970年)
|1 開巻の章<br/>1 慈悲ぶかく慈愛あつき神の御名において。<br/>2 神に讃えあれ、万有の主、<br/>3 慈悲ぶかく慈愛あつきお方、<br/>4 審判の日の主宰者に。<br/>5 あなたをこそわれわれは崇めまつる、あなたにこそ助けを求めまつる。<br/>6 われわれを正しい道に導きたまえ、あなたがみ恵みをお下しになった人々の道に、<br/>7 お怒りにふれた者やさまよう者のではなくて。{{sfn|藤本ほか|1973|p=55}}
|-
!三田訳(1972年)
|第一 開端章(ファーティハ)<br/>仁慈あまねく慈悲深き、アㇽラーのみ名によって。<br/>1 アㇽラーをたたえ奉る、よろず世の(養育の)主、<br/>2 仁慈・慈悲の主、<br/>3 審判の日の執権の主<br/>4 あなたにのみわたしたちは仕え、あなたにのみわたしたちはお助けをこいねがう<br/>5 わたしたちを直き道に導きたまえ、<br/>6 あなたが、恵みをたれたまいし者の道に、<br/>7 あなたが怒りたもうた者、また踏み迷った者(の道)ではなく。<ref>{{harvtxt|後藤|2018|p=152}}から引用</ref>
|-
!安倍訳(1982年)
|第一 開序章(スーラトル ファーティハ)<br/>1 恵みあまねく 慈悲深き 神・アッラーの み名により<br/>2 讃えまつらん アッラーを そは万有を しろしめし<br/>3 恵みあまねく 慈悲ふかく<br/>4 審判の日をぞ つかさどる<br/>5 おんみをこそは 崇めなむ おんみにこそは すがらなむ<br/>6 導きたまえ 直き道<br/>7 嘉したまえる 人の道 怒りにふれし 者どもや 迷える者の道ならず<ref>{{harvtxt|後藤|2018|pp=157-158}}より引用</ref>
|-
!小林訳(1988年)
|アル・ファーティハ<br/>1 慈悲深く、恵み遍くアッラーの御名において。<br/>2 讃えあれアッラー、万物の主、<br/>3 仁慈、慈悲の主、<br/>4 審判の日の主宰者。<br/>5 我等は汝にのみ仕え、汝にのみ救いを希う。<br/>6 正しい道に導き給え、<br/>7 汝の怒りを蒙り師人々や踏み迷えし人々の道ではなく、汝が恵みを垂れ給えし人々の道に。<ref>{{harvtxt|後藤|2018|p=160}}より引用</ref>
|-
!中田訳(2014年)
|第1章 開端<br/>慈悲あまねく慈悲深きアッラーの御名において (1:1)<br/>称賛はアッラーに帰す。諸世界の主に (1:2)<br/>慈悲あまねく慈悲深き御方 (1:3)<br/>裁きの日の主宰者に。(1:4)<br/>あなたにこそわれらは仕え、あなたにこそ助けを求める。(1:5)<br/>われらをまっすぐな道に導き給え、(1:6)<br/>あなたが恩寵を垂れ給うた者たち、(つまり)御怒りを被らず、迷ってもいない者たちの道に。(1:7){{sfn|中田ほか|2014|p=29}}
|-
!澤田訳(2017年)
|第1章 開扉章(アル・ファーティハ)<br/>1. 慈悲あまねく慈愛深きアッラーの御名によって<br/>2. すべての賞賛と讃美はあらゆる世界の主であるアッラーのためにある。<br/>3. 慈悲あまねく慈悲深き方。<br/>4. 審判の日の主。<br/>5. あなただけに仕え、あなただけに助けを求めます。<br/>6. 私たちを正しい道に導いてください。<br/>7. あなたがお恵みを下さった人たちの道、あなたがお怒りになった人たちの道ではなく、また道に迷った人たちのみちではなく。<ref>{{harvtxt|後藤|2018|pp=167-168}}より引用</ref>
|}

=== 章題の比較 ===
{| class="wikitable sortable" style="text-align:center; line-height:1.2; background:#FFFFFF; font-size:95%;"
{| class="wikitable sortable" style="text-align:center; line-height:1.2; background:#FFFFFF; font-size:95%;"


|-
|-
!
!
! [[中田考|中田]]<br>2014
! 中田訳 (2014){{sfn|後藤|2018|pp=vi-ix}}
! 三田訳 (1982){{sfn|後藤|2018|pp=vi-ix}}
! [[三田了一|三田]]<br>1982
! [[藤本勝次|藤本]]<br>1970
! 藤本ら訳 (1970){{sfn||2018|pp=vi-ix}}
! 井筒訳 (1964版){{sfn|後藤|2018|pp=vi-ix}}
! [[井筒俊彦|井筒]]<br>1957
! [[大川周明|大川]]<br>1950
! 大川 (1950){{sfn|大川|1974|pp=1-9}}
! 坂本訳 (1920){{sfn|坂本|1920a|pp=1-4}}{{sfn|坂本|1920b|pp=1-10}}
! [[高橋五郎 (翻訳家)|高橋]]<br>1938
! [[坂本健一|坂本]]<br>1920


|-
|-
| 1 || 開端 || [[開端 (クルアーン)|開端]]
| [[開端 (クルアーン)|1]] || 開端 || 開端 || 巻 || 開扉
|| 開巻 || 開扉 || 開經 || 讃美の章 || 序
|| 開經 || 序


|-
|-
| 2 || 雌牛 || [[雌牛 (クルアーン)|雌牛]]
| [[雌牛 (クルアーン)|2]] || 雌牛 || 雌牛|| 雌牛 || 牝牛
|| 雌牛 || 牝牛 || 牝牛 || || 黄牛
|| 牝牛 || 黄牛


|-
|-
| 3 || イムラーン家 || <small>[[イムラーン家 (クルアーン)|イムラーン家]]
| [[イムラーン家 (クルアーン)|3]] || イムラーン家 || イムラーン家 || イムラーン|| イムラーン
|| <small>イムラーン家</small> || <small>イムラーン一家</small> || <small>イムラーン家</small> || || 伊牟蘭
|| イムラーン家 || 伊牟蘭


|-
|-
| 4 || 女性 || [[婦人 (クルアーン)|]]
| [[婦人 (クルアーン)|4]] || 女性 || 婦人 || 女 || 女
|| 女人 || 女 || 女人 || || 女人
|| 女人 || 女人


|-
|-
| 5 || 食卓 || [[食卓 (クルアーン)|食卓]]
| [[食卓 (クルアーン)|5]] || 食卓 || 食卓 || 食卓 || 食卓
|| 食卓 || 食卓 || 食卓 || || 餐卓
|| 食卓 || 餐卓


|-
|-
| 6 || 家畜 || [[家畜 (クルアーン)|家畜]]
| [[家畜 (クルアーン)|6]] || 家畜 || 家畜 || 家畜 || 家畜
|| 家畜 || 家畜 || 家畜 || || 畜牛
|| 家畜 || 畜牛


|-
|-
| 7 || 高壁 || [[高壁 (クルアーン)|高壁]]
| [[高壁 (クルアーン)|7]] || 高壁 || 高壁 || 高壁 || 胸壁
|| 高壁 || 胸壁 || 高壁 || || 隔壁
|| 高壁 || 隔壁


|-
|-
| 8 || 戦利品 || [[戦利品 (クルアーン)|戦利品]]
| [[戦利品 (クルアーン)|8]] || 戦利品 || 戦利品 || 戦利品 || 戦利品
|| 戦利品 || 戦利品 || 戰利品 || || 掠略
|| 戰利品 || 掠略


|-
|-
| 9 || 悔悟 || [[悔悟 (クルアーン)|悔悟]]
| [[悔悟 (クルアーン)|9]] || 悔悟 || 悔悟 || い改め || 改悛
|| 悔い改め || 改悛 || 懺悔 || || 懴
|| 悔 || 懺悔


|-
|-
| 10 || ユーヌス || [[ユーヌス (クルアーン)|ユーヌス]]
| [[ユーヌス (クルアーン)|10]] || ユーヌス || ユーヌス || ヨナ || ユーヌス<br/>(平安その上にあれ)
|| ヨナ || 懺奈須
|| ヨナ || ユーヌス<ref group="表">ユーヌス(平安その上にあれ)</ref> || ヨナ || || 懴奈須


|-
|-
| 11 || フード || [[フード (クルアン)|フード]]
| [[フード (クルアーン)|11]] || フード || フード || フ|| フード
|| フード || フード || ホード || || 布度
|| ホード || 布度


|-
|-
| 12 || ユースフ || [[ユースフ (クルアーン)|ユースフ]]
| [[ユースフ (クルアーン)|12]] || ユースフ || ユースフ || ヨセフ || ユースフ(ヨセフ)
|| ヨセフ || ユースフ<ref group="表">ユースフ(ヨセフ)</ref> || ヨセフ || || 猶須布
|| ヨセフ || 猶須布


|-
|-
| 13 || 雷 || [[雷電 (クルアーン)|雷電]]
| [[雷電 (クルアーン)|13]] || 雷 || 雷電 || 雷鳴 || 雷鳴
|| 雷鳴 || 雷鳴 || 電雷 || || 雷電
|| 電雷 || 雷電


|-
|-
| 14 || イブラーヒーム || <small>[[イブラーヒーム (クルーン)|イブラヒーム]]</small>
| [[イブラーヒーム (クルアーン)|14]] || イブラーヒーム || イブラーヒーム || ブラハム || ブラヒーム(アブラハム)
|| アブラハム || <small>イーブラヒーム<ref group="表">イーブラヒーム(アブラハム)</ref></small> || アブラハム || || <small>伊不良比牟
|| アブラハム || 伊不良比牟


|-
|-
| 15 || アル=ヒジュル || [[アル・ヒジュル (クルーン)|アル・ヒジュル]]
| [[アル・ヒジュル (クルアーン)|15]] || アル=ヒジュル || アル・ヒジュル || ル・ヒジル || アル・ヒジュル
|| ヒジル || アル・ヒジュル || ヒジル || ヘヂル谷 || 巖谷
|| ヒジル || 巖谷


|-
|-
| 16 || 蜜蜂 || [[蜜蜂 (クルアーン)|蜜蜂]]
|[[蜜蜂 (クルアーン)|16]] || 蜜蜂 || 蜂蜜 || 蜜蜂 || 蜜蜂
|| 蜜蜂 || 蜜蜂 || 蜜蜂 || || 蜜蜂
|| 蜜蜂 || 蜜蜂


|-
|-
| 17 || 夜行 || [[夜の旅 (クルアーン)|夜の旅]]
| [[夜の旅 (クルアーン)|17]] || 夜行 || 夜の旅 || 夜の旅 || 夜の旅
|| 夜の旅 || 夜の旅 || 夜行 || 夜旅行 || 伊色列
|| 夜行 || 伊色列


|-
|-
| 18 || 洞窟 || [[洞窟 (クルアーン)|洞窟]]
| [[洞窟 (クルアーン)|18]] || 洞窟 || 洞窟 || 洞穴 || 洞窟
|| 洞穴 || 洞窟 || 洞窟 || 洞窟 || 洞穴
|| 洞窟 || 洞穴


|-
|-
| 19 || マルヤム || [[マルヤム (クルアーン)|マルヤム]]
| [[マルヤム (クルアーン)|19]] || マルヤム || マルヤム || マリヤ ||マルヤム<br/>(聖母マリア)
|| マリア || 瑪利亞母
|| マリヤ || <small>マルヤムマルヤム<ref group="表">(聖母マリア)</ref></small> || マリア || <small>『マリヤ』『ザカリア』 || 瑪利亞母


|-
|-
| 20 || ター・ハー || [[ター・ハー (クルアン)|ター・ハー]]
| [[ター・ハー (クルアーン)|20]] || ター・ハー || ター・ハー || タ・ハー || ター・ハー
|| ター・ハー || ター・ハー || タア・ハア || タハ || 他哈
|| タア・ハア || 他哈


|-
|-
| 21 || 預言者たち || [[預言者 (クルアーン)|預言者]]
| [[預言者 (クルアーン)|21]] || 預言者たち || 預言者 || 預言者 || 預言者
|| 預言者 || 預言者 || 豫言者 || 預言者等 || 豫言者
|| 豫言者 || 豫言者


|-
|-
| 22 || 大巡礼 || [[巡礼 (クルアーン)|巡礼]]
| [[巡礼 (クルアーン)|22]] || 大巡礼 || 巡礼 || 巡礼 || 巡礼
|| 巡礼 || 巡礼 || 參詣 || || 巡拜
|| 參詣 || 巡拜


|-
|-
| 23 || 信仰者たち || [[信者たち (クルアーン)|信者たち]]
| [[信者たち (クルアーン)|23]] || 信仰者たち || 信者たち || ずる人々 || 信仰
|| 信ずる人々 || 信仰者 || 信者 || 信者 || 眞信者
|| 信者 || 眞信者


|-
|-
| 24 || 御光 || [[御光 (クルアーン)|]]
| [[御光 (クルアーン)|24]] || 御光 || 御光 || || 光り
|| 光 || 光り || 光明 || || 光明
|| 光明 || 光明


|-
|-
| 25 || 識別 || [[識別 (クーン)|識別]]
| [[識別 (クルアーン)|25]] || 識別 || 識別 || フーン || 天啓
|| フルカーン || 天啓 || 識別 || 闡明 || 差別
|| 識別 || 差別


|-
|-
| 26 || 詩人たち || [[詩人たち (クルアーン)|詩人たち]]
| [[詩人たち (クルアーン)|26]] || 詩人たち || 詩人たち || 詩人 || 詩人たち
|| 詩人 || 詩人たち || 詩人 || 詩人 || 詩人
|| 詩人 || 詩人


|-
|-
| 27 || 蟻 || [[蟻 (クルアーン)|]]
| [[蟻 (クルアーン)|27]] || 蟻 || 蟻 || 蟻 || 蟻
|| 蟻 || 蟻 || 螻蟻 || 蟻 || 蟻螘
|| 螻蟻 || 蟻螘


|-
|-
| 28 || 物語 || [[物語 (クルアーン)|物語]]
| [[物語 (クルアーン)|28]] || 物語 || 物語 || 物語 || 物語り
|| 物語 || 物語り || 來歴 || || 故事
|| 來歴 || 故事


|-
|-
| 29 || 蜘蛛 || [[蜘蛛 (クルアーン)|蜘蛛]]
| [[蜘蛛 (クルアーン)|29]] || 蜘蛛 || 蜘蛛 || 蜘蛛 || 蜘蛛
|| 蜘蛛 || 蜘蛛 || 蜘蛛 || || 蜘蛛
|| 蜘蛛 || 蜘蛛


|-
|-
| 30 || (東)ローマ || [[ビザンチン (クルーン)|ビザンチン]]
| [[ビザンチン (クルアーン)|30]] || (東)ローマ || ビザンチン || ギリシ|| ギリシア{{読み仮名|人|びと}}
|| ギリシア人 || ギリシア{{読み仮名|人|びと}} || 羅馬人 || || 羅馬
|| 羅馬人 || 羅馬


|-
|-
| 31 || ルクマーン || [[ルクマーン (クーン)|ルクマーン]]
| [[ルクマーン (クルアーン)|31]] || ルクマーン || ルクマーン || クマーン || ルクマーン
|| ルクマーン || ルクマーン || ルクマーン || || 鹿古曼
|| ルクマーン || 鹿古曼


|-
|-
| 32 || 跪拝 || [[アッ・サジダ (クルアーン)|アッ・サジダ]]
| [[アッ・サジダ (クルアーン)|32]] || 跪拝 || アッ・サジダ || 跪拝 || 跪拝
|| 伏拝 || 跪拝 || 叩首 || 禮拜 || 崇敬
|| 叩首 || 崇敬


|-
|-
| 33 || 部族連合 || [[部族連合 (クルアーン)|部族連合]]
| [[部族連合 (クルアーン)|33]] || 部族連合 || 部族連合 || 部族連合 || 部族同盟
|| 部族連合 || 部族同盟 || 聯盟 || || 連盟
|| 聯盟 || 連盟


|-
|-
| 34 || サバァ || [[サバア (クルアーン)|サバア]]
| [[サバア (クルアーン)|34]] || サバァ || サバア || サバ || サバア
|| サバ || サバア || サバー || || 娑婆
|| サバー || 娑婆


|-
|-
| 35 || 創始者 || [[創造者 (クルアーン)|創造者]]
| [[創造者 (クルアーン)|35]] || 創始者 || 創造者 || 創造者 || 天使
|| 創造者 || 天使 || 天使 || || 造化
|| 天使 || 造化


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| 36 || ヤー・スィーン || <small>[[ヤー・スィーン (クルアーン)|ヤー・スィーン]]</small>
| [[ヤー・スィーン (クルアーン)|36]] || ヤー・スィーン || <small>ヤー・スィーン</small> || <small>ヤー・スィーン</small> || <small>ヤー・スィーン</small>
|| <small>ヤー・スーン</small> || <small>ヤー・スィーン</small> || <small>ヤー・スーン || ヤ、シン || 耶信
|| <small>ヤー・スーン</small> || 耶信


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|-
| 37 || 整列 || [[整列者 (クルアーン)|整列者]]
| [[整列者 (クルアーン)|37]] || 整列 || 整列者 || 整列者 || 整列者
|| 整列者 || 整列者 || 整列者 || 整列 || 位階
|| 整列者 || 位階


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|-
| 38 || サード || [[サード (クルアーン)|サード]]
| [[サード (クルアーン)|38]] || サード || サード || サード || サード
|| サード || サード || サード || サド || 左度
|| サード || 左度


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|-
| 39 || 集団 || [[集団 (クルアーン)|集団]]
| [[集団 (クルアーン)|39]] || 集団 || 集団 || 集団 || 群なす人々
|| 集団 || 群なす人々 || 隊伍 || || 軍衆
|| 隊伍 || 軍衆


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| 40 || 赦す御方 || [[ガーフィル (クルアーン)|ガーフィル]]
| [[ガーフィル (クルアーン)|40]] || 赦す御方 || ガーフィル || 赦す者 || 信者
|| 信者 || 眞信者
|| 信者 || 信者 || 信者 || || 眞信者<ref group="表">訳典(第15巻目次3頁)では「眞者信」になっているが、同169頁では「眞信者」になっている。外部リンクを参考。</ref>


|-
|-
| 41 || 解説された || [[フッスィラ (クルアーン)|フッスィラ]]
| [[フッスィラ (クルアーン)|41]] || 解説された || フッスィラ || 説明 || わかりやすく
|| 説明 || わかりやすく || 解説 || || 解説
|| 解説 || 解説
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| 42 || 協議 || [[相談 (クルアーン)|相談]]
| [[相談 (クルアーン)|42]] || 協議 || 相談 || 協議 || 相談
|| 協議 || 相談 || 商議 || || 商量
|| 商議 || 商量


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|-
| 43 || 金の装飾 || [[金の装飾 (クルアーン)|金の装飾]]
| [[金の装飾 (クルアーン)|43]] || 金の装飾 || 金の装飾 || 装飾 || <small>光りまばゆい部屋飾り</small>
|| 金飾 || 金裝
|| 装飾 || <small>光りまばゆい部屋飾り</small> || 金飾 || 黄金の裝飾 || 金裝


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| 44 || 煙霧 || [[煙霧 (クルアーン)|煙霧]]
| [[煙霧 (クルアーン)|44]] || 煙霧 || 煙霧 || 煙 ||
|| 煙 || 煙 || 煙氣 || 黒煙 || 煙氣
|| 煙氣 || 煙氣


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|-
| 45 || 蹲った群れ || [[跪く時 (クルアーン)|跪く時]]
| [[跪く時 (クルアーン)|45]] || 蹲った群れ || 跪く時 || 跪く || 腰抜けども
|| 跪く || 腰抜けども || 跪坐 || || 跪坐
|| 跪坐 || 跪坐


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| 46 || 砂丘 || [[砂丘 (クルアーン)|砂丘]]
| [[砂丘 (クルアーン)|46]] || 砂丘 || 砂丘 || 砂丘 || 砂丘
|| 砂丘 || 砂丘 || アハカーフ || || 砂丘
|| アハカーフ || 砂丘


|-
|-
| 47 || ムハンマド || [[ムハンマド (クルアーン)|ムハマド]]
| [[ムハンマド (クルアーン)|47]] || ムハンマド || ムハンマド || マホメット || ムハマ<br/>(マホメット)
|| マホメット || ムハマンド<ref group="表">ムハマンド(マホメット)</ref> || マホメット || || 麻訶末
|| マホメット || 麻訶末


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|-
| 48 || 勝利 || [[勝利 (クルアーン)|勝利]]
| [[勝利 (クルアーン)|48]] || 勝利 || 勝利 || 勝利 || 勝利
|| 勝利 || 勝利 || 勝利 || || 捷利
|| 勝利 || 捷利


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|-
| 49 || 部屋 || [[部屋 (クルアーン)|部屋]]
| [[部屋 (クルアーン)|49]] || 部屋 || 部屋 || 部屋 || 私室
|| 部屋 || 私室 || 内房 || || 内房
|| 内房 || 内房


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|-
| 50 || カーフ || [[カーフ (クルアン)|カーフ]]
| [[カーフ (クルアーン)|50]] || カーフ || カーフ || カ|| カーフ
|| カーフ || カーフ || カーフ || カーフ || 可布
|| カーフ || 可布


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|-
| 51 || 撒き散らすもの || <small>[[撒き散らすもの (クルアーン)|き散らすもの]]</small>
| [[撒き散らすもの (クルアーン)|51]] || 撒き散らすもの || <small>撒き散らすもの</small> || <small>まき散らすもの</small> || 吹き散らす風
|| <small>まき散らすもの</small> || 吹き散らす風 || 散布者 || || 撒布
|| 散布者 || 撒布


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| 52 || 山 || [[山 (クルアーン)|]]
| [[山 (クルアーン)|52]] || 山 || 山 || 山 || 山
|| 山 || 山 || 山嶽 || || 山嶽
|| 山嶽 || 山嶽


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| 53 || 星 || [[星 (クルアーン)|]]
| [[星 (クルアーン)|53]] || 星 || 星 || 星 || 星
|| 星 || 星 || 星辰 || || 星辰
|| 星辰 || 星辰


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| 54 || 月 || [[月 (クルアーン)|]]
| [[月 (クルアーン)|54]] || 月 || 月 || 月 || 月
|| 月 || 月 || 太陰 || 月輪 || 太陰
|| 太陰 || 太陰


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| 55 ||<small>慈悲あまねき御方</small>||<small>[[慈悲あまねく御方 (クルアーン)|慈悲あまねく御]]</small>
| [[慈悲あまねく御方 (クルアーン)|55]] ||<small>慈悲あまねき御方</small>||<small>慈悲あまねく御方</small> || <small>慈悲ぶかいお</small> || <small>お情ぶかい御神</small>
|| <small>慈悲ぶかいお方</small> || <small>お情ぶかい御神</small> || 大悲者 || || 慈悲
|| 大悲者 || 慈悲


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|-
| 56 || かの出来事 || [[出来事 (クルアーン)|出来事]]
| [[出来事 (クルアーン)|56]] || かの出来事 || 出来事 || 出来事 || 恐ろしい出来事
|| 出来事 || 恐ろしい出来事 || 不可避者 || || 難抗
|| 不可避者 || 難抗


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| 57 || 鉄 || [[鉄 (クルアーン)|]]
| [[鉄 (クルアーン)|57]] || 鉄 || 鉄 || 鉄 || 鉄
|| 鉄 || 鉄 || 黒鐵 || || 黒鐵
|| 黒鐵 || 黒鐵


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| 58 || 抗弁する女 || [[抗弁する女 (クルアーン)|抗弁する女]]
| [[抗弁する女 (クルアーン)|58]] || 抗弁する女 || 抗弁する女 || 異議を唱える女 || <small>言いがかりつける女</small>
|| 異議を唱える女 || <small>言いがかりつける女</small> || 爭辯者 || || 爭女
|| 爭辯者 || 爭女


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| 59 || 追い集め || [[集合 (クルアーン)|集合]]
| [[集合 (クルアーン)|59]] || 追い集め || 集合 || 招 || 追放
|| 追放 || 追放 || 追放 || || 遷徙
|| 追放 || 遷徙


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|-
| 60 || 試問される女 || [[試問される女 (クルアーン)|試される女]]
| [[試問される女 (クルアーン)|60]] || 試問される女 || 試問される女 || 試される女 || 調べられる女
|| 試される || 調べられる女 || 試女 || || 試女
|| 試女 || 試女


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|-
| 61 || 戦列 || [[戦列 (クルアーン)|戦列]]
| [[戦列 (クルアーン)|61]] || 戦列 || 戦列 || 隊列 || 戦列
|| 隊列 || 戦列 || 列伍 || || 戰列
|| 列伍 || 戰列


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| 62 || 金曜集合礼拝 || [[合同礼拝 (クルアーン)|合同礼拝]]
| [[合同礼拝 (クルアーン)|62]] || 金曜集合礼拝 || 合同礼拝 || 集会 || 集会
|| 集会 || 集会 || 集會 || || 集會
|| 集會 || 集會


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| 63 || 偽信者たち || [[偽信者たち (クルアーン)|偽信者たち]]
| [[偽信者たち (クルアーン)|63]] || 偽信者たち || 偽信者たち || 善者ども || 似非信者ども
|| 偽善者ども || 似非信者ども || 僞信者 || || 僞善
|| 僞信者 || 僞善


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|-
| 64 || 相互得失 || [[騙し合い (クルアーン)|騙し合い]]
| [[騙し合い (クルアーン)|64]] || 相互得失 || 騙し合い || 騙しあい || 騙し合い
|| 騙しあい || 騙し合い || 相欺 || || 相欺
|| 相欺 || 相欺


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|-
| 65 || 離婚 || [[離婚 (クルアーン)|離婚]]
| [[離婚 (クルアーン)|65]] || 離婚 || 離婚 || 離婚 || 離縁
|| 離婚 || 離縁 || 離婚 || || 離婚
|| 離婚 || 離婚


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|-
| 66 || 禁止 || [[禁止 (クルアーン)|禁止]]
| [[禁止 (クルアーン)|66]] || 禁止 || 禁止 || 禁止 || 禁断
|| 禁止 || 禁断 || 禁止 || || 禁制
|| 禁止 || 禁制


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| 67 || 王権 || [[大権 (クルアーン)|]]
| [[大権 (クルアーン)|67]] || 王権 || 大権 || 主権 || 主
|| 主権 || 主権 || 大權 || 王國 || 王國
|| 大權 || 王國


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|-
| 68 || 筆 || [[筆 (クルアーン)|]]
| [[筆 (クルアーン)|68]] || 筆 || 筆 || 筆 || 筆
|| 筆 || 筆 || 筆翰 || 筆墨 || 光筆
|| 筆翰 || 光筆


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|-
| 69 || <small>必ず実現するもの</small> || [[真実 (クルアーン)|真実]]
| [[真実 (クルアーン)|69]] || <small>必ず実現するもの</small> || 真実 || 必然 || 絶対
|| 必然 || 絶対 || 必來者 || || 不誤必來
|| 必來者 || 不誤必來


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|-
| 70 || 階梯 || [[階段 (クルアーン)|階段]]
| [[階段 (クルアーン)|70]] || 階梯 || 階段 || 階段 || 階段
|| 階段 || 階段 || 階段 || || 階段
|| 階段 || 階段


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|-
| 71 || ヌーフ || [[ヌーフ (クルーン)|ヌーフ]]
| [[ヌーフ (クルアーン)|71]] || ヌーフ || ヌーフ || ノ || ヌーフ
|| ノア || ヌーフ || ノア || ノア || 諾
|| ノア || 諾


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|-
| 72 || {{読み仮名|幽精|ジン|}} || [[幽精 (クルアー)|幽精]]
| [[幽精 (クルアーン)|72]] || {{読み仮名|幽精|ジン|}} || アル・ジン<br/>(幽精 || ジ || 妖霊
|| ジン || 妖霊 || 幽鬼 || 神靈 || 妖精
|| 幽鬼 || 妖精


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|-
| 73 || 包まる者 || [[衣を纏う者 (クルアーン)|衣を纏う]]
| [[衣を纏う者 (クルアーン)|73]] || 包まる者 || 衣を纏う者 || 衣をかぶる || 衣かぶる男
|| 衣をかぶる者 || 衣かぶる男 || 着絨衣者 || <small>包み抱かれた者 || 包套
|| 着絨衣者 || 包套


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|-
| 74 || 身を包んだ者 || [[包る者 (クルアーン)|包る]]
| [[包る者 (クルアーン)|74]] || 身を包んだ者 || 包る者 || 外衣を纏う || <small>外衣に身を包んだ男</small>
|| 外衣を纏う者 || <small>外衣に身を包んだ男 || 着套衣者 || 包み絡つて || 掩蔽
|| 着套衣者 || 掩蔽


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|-
| 75 || 復活 || [[復活 (クルアーン)|復活]]
| [[復活 (クルアーン)|75]] || 復活 || 復活 || 復活 || 復活
|| 復活 || 復活 || 復活 || || 復活
|| 復活 || 復活


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|-
| 76 || 人間 || [[人間 (クルアーン)|人間]]
| [[人間 (クルアーン)|76]] || 人間 || 人間 || 人間 || 人間
|| 運命 || 人間 || 人間 || 人類 || 人間
|| 人間 || 人間


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| 77 || <small>送られるものたち</small> || [[送られるもの (クルアーン)|送られるもの]]
| [[送られるもの (クルアーン)|77]] || <small>送られるものたち</small> || 送られるもの || 送られるもの || 放たれるもの
|| 送られるもの || 放たれるもの || 神使 || || 神使
|| 神使 || 神使


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|-
| 78 || 消息 || [[消息 (クルアーン)|消息]]
| [[消息 (クルアーン)|78]] || 消息 || 消息 || 音信 || 知らせ
|| 音信 || 知らせ || 消息 || || 新聞
|| 消息 || 新聞


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| 79 || 引き抜く者たち || [[引き離すもの (クルアーン)|離すもの]]
| [[引き離すもの (クルアーン)|79]] || 引き抜く者たち || 引き離すもの || ひ抜くもの || 引っこ抜く者
|| ひき抜くもの || 引っこ抜く者 || 抽出者 || 曳出 || 奪魂
|| 抽出者 || 奪魂


|-
|-
| 80 || 眉をひそめ || [[眉をひそめて (クルアーン)|眉をひそめて]]
| [[眉をひそめて (クルアーン)|80]] || 眉をひそめ || 眉をひそめて || 眉をひそめた || 眉をひそめて
|| 眉をひそめた || 眉をひそめて || 顰蹙 || 彼は顰蹙 || 顰蹙
|| 顰蹙 || 顰蹙


|-
|-
| 81 || 巻き上げ || [[包み隠す (クルアーン)|み隠す]]
| [[包み隠す (クルアーン)|81]] || 巻き上げ || 包み隠す || つつみ隠す || 巻きつける
|| つつみ隠す || 巻きつける || 摺疊 || 掩ひ包れて || 摺疊
|| 摺疊 || 摺疊


|-
|-
| 82 || 裂ける || [[裂ける (クルアーン)|裂ける]]
| [[裂ける (クルアーン)|82]] || 裂けること || 裂ける || 裂ける || 裂け割れる
|| 裂ける || 裂け割れる || 分裂 || 剖分 || 分裂
|| 分裂 || 分裂


|-
|-
| 83 || <small>量りをごまかす者たち</small> || [[量を減らす者 (クルアーン)|量を減ら者]]
| [[量を減らす者 (クルアーン)|83]] || <small>量りをごまかす者たち</small> || 量を減らす者 || <small>ごまか人々</small>
|| 減量者ども|| 詐欺漢 || 減量者 || || 偸量
|| 詐欺漢
|| 減量者 || 偸量


|-
|-
| 84 || 割れること || [[割れる (クルアーン)|割れる]]
| [[割れる (クルアーン)|84]] || 割れること || 割れる || 割れる || 真二つ
|| 割れる || 真二つ || 分散 || || 分散
|| 分散 || 分散


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|-
| 85 || 星座 || [[星座 (クルアーン)|星座]]
| [[星座 (クルアーン)|85]] || 星座 || 星座 || 星座 || 星の座
|| 星座 || 星の座 || 望樓 || || 天徴
|| 望樓 || 天徴


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|-
| 86 || 夜の訪問者 || [[夜訪れるもの (クルアーン)|夜訪れるも]]
| [[夜訪れるもの (クルアーン)|86]] || 夜の訪問者 || 夜訪れるもの || 夜の訪問者 || 明星
|| 夜の訪問者 || 明星 || 夜者來 || 夜來者 || 太白
|| 夜者來 || 太白


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|-
| 87 || 至高者 || [[至高者 (クルアーン)|至高者]]
| [[至高者 (クルアーン)|87]] || 至高者 || 至高者 || 至高なるお方 || いと高き神
|| 至高なるお方 || いと高き神 || 至高者 || 至高き || 至上
|| 至高者 || 至上


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|-
| 88 || 覆い被さるもの || [[圧倒的事態 (クルアーン)|圧倒的事態]]
| [[圧倒的事態 (クルアーン)|88]] || 覆い被さるもの || 圧倒的事態 || 隠蔽 || 蔽塞
|| 隠蔽 || 蔽塞 || 壓倒者 || || 壓伏
|| 壓倒者 || 壓伏


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|-
| 89 || 暁 || [[暁 (クルアーン)|]]
| [[暁 (クルアーン)|89]] || 暁 || 暁 || 夜明け || 暁
|| 夜明け || 暁 || 黎明 || || 暁天
|| 黎明 || 暁天


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|-
| 90 || 国 || [[町 (クルアーン)|]]
| [[町 (クルアーン)|90]] || 国 || 町 || 町 || 邑
|| 町 || 邑 || 國土 || || 靈地
|| 國土 || 靈地


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|-
| 91 || 太陽 || [[太陽 (クルアーン)|太陽]]
| [[太陽 (クルアーン)|91]] || 太陽 || 太陽 || 太陽 || 太陽
|| 太陽 || 太陽 || 太陽 || 日月 || 太陽
|| 太陽 || 太陽


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| 92 || 夜 || [[夜 (クルアーン)|]]
| [[夜 (クルアーン)|92]] || 夜 || 夜 || 夜 || 夜
|| 夜 || 夜 || 暗夜 || 暗夜 || 暗夜
|| 暗夜 || 暗夜


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| 93 || 朝 || [[朝 (クルアーン)|]]
| [[朝 (クルアーン)|93]] || 朝 || 朝 || 朝 || 朝
|| 朝 || 朝 || 午前 || || 光輝
|| 午前 || 光輝


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|-
| 94 || 広げること || [[胸を広げる (クルアーン)|胸を広げる]]
| [[胸を広げる (クルアーン)|94]] || 広げること || 胸を広げる || 胸を広げる || 張り拡げる
|| 拡張 || 張り拡げる || 開胸 || 心を開く事 || 開胸
|| 開胸 || 開胸


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|-
| 95 || イチジク || [[無花果 (クルアーン)|無花果]]
| [[無花果 (クルアーン)|95]] || イチジク || 無花果 || いちじく || 無花果
|| いちじく || 無花果 || 無花果 || 無花果 || 無花果
|| 無花果 || 無花果


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|-
| 96 || 凝血 || [[凝血 (クルアーン)|凝血]]
| [[凝血 (クルアーン)|96]] || 凝血 || 凝血 || 凝血 || 凝血
|| 凝血 || 凝血 || 凝血 || 血の凝塊もて || 凝血
|| 凝血 || 凝血


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| 97 || 決定 || [[みいつ (クルアーン)|みいつ]]
| [[みいつ (クルアーン)|97]] || 決定 || みいつ || 聖断 || 定め
|| 聖断 || 定め || 稜威 || || 力夜
|| 稜威 || 力夜


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|-
| 98 || 明証 || [[明証 (クルアーン)|明証]]
| [[明証 (クルアーン)|98]] || 明証 || 明証 || 明証 || 神兆
|| 明証 || 神兆 || 明證 || || 明證
|| 明證 || 明證


|-
|-
| 99 || 地震 || [[地震 (クルアーン)|地震]]
| [[地震 (クルアーン)|99]] || 地震 || 地震 || 地震 || 地震
|| 地震 || 地震 || 地震 || 大地震 || 地震
|| 地震 || 地震


|-
|-
| 100 || 駆けるもの || [[進撃する馬 (クルアーン)|進撃する馬]]
| [[進撃する馬 (クルアーン)|100]] || 駆けるもの || 進撃する馬 || 疾駆する馬 || 駿馬
|| 疾駆する馬 || 駿馬 || 戰馬 || || 戰馬
|| 戰馬 || 戰馬


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|-
| 101 || 大打撃 || [[恐れ戦く (クルアーン)|恐れ戦く]]
| [[恐れ戦く (クルアーン)|101]] || 大打撃 || 恐れ戦く || 叩く音 || 戸を叩く音
|| 叩く音 || 戸を叩く音 || 打撃者 || || 打撃
|| 打撃者 || 打撃


|-
|-
| 102 || 数の競い合い || [[蓄積 (クルアーン)|蓄積]]
| [[蓄積 (クルアーン)|102]] || 数の競い合い || 蓄積 || 持ち物自慢 || 張り合い
|| 持ち物自慢 || 張り合い || 競多 || || 競望
|| 競多 || 競望


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|-
| 103 || 時 || [[時間 (クルアーン)|時間]]
| [[時間 (クルアーン)|103]] || 時 || 時間 || 夕暮 || 日ざし傾く頃
|| 夕暮 || 日ざし傾く頃 || 午後 || 眞晝過 || 午下
|| 午後 || 午下


|-
|-
| 104 || 中傷者たち || [[中傷者 (クルアーン)|中傷者]]
| [[中傷者 (クルアーン)|104]] || 中傷者たち || 中傷者 || 中傷者 || 中傷者
|| 中傷者 || 中傷者 || 誹謗者 || 讒誣者 || 讒謗
|| 誹謗者 || 讒謗


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| 105 || 象 || [[象 (クルアーン)|]]
| [[象 (クルアーン)|105]] || 象 || 象 || 象 || 象
|| 象 || 象 || 巨象 || 象軍 || 香象
|| 巨象 || 香象


|-
|-
| 106 || クライシュ(族)|| [[クライシュ族 (ルアーン)|クライシュ族]]
| [[クライシュ族 (クルアーン)|106]] || クライシュ(族) || クライシュ族 || ライシュ部族 || クライシュ族
|| クライシュ部族 || クライシュ族 || クライシュ族 || コレイシ族 || 孤列種
|| クライシュ族 || 孤列種


|-
|-
| 107 || 什器 || [[慈善 (クルアーン)|慈善]]
| [[慈善 (クルアーン)|107]] || 什器 || 慈善 || 慈善 || 慈善
|| 慈善 || 慈善 || 布施 || || 必需
|| 布施 || 必需


|-
|-
| 108 || 豊穣 || [[潤沢 (クルアーン)|潤沢]]
| [[潤沢 (クルアーン)|108]] || 豊穣 || 潤沢 || 潤沢 || カウサル
|| 潤沢 || カウサル || 潤澤 || || 豐澤
|| 潤澤 || 豐澤


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|-
| 109 || 不信仰者たち || [[不信者たち (クルアーン)|信者たち]]
| [[不信者たち (クルアーン)|109]] || 不信仰者たち || 不信者たち || 仰なき者ども || 無信仰
|| 信仰なき者ども || 無信仰者 || 不信者 || 不信者 || 不信
|| 不信者 || 不信


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|-
| 110 || 援助 || [[援助 (クルアーン)|]]
| [[援助 (クルアーン)|110]] || 援助 || 援助 || け || 助け
|| 助け || 助け || 佑助 || || 神助
|| 佑助 || 神助


|-
|-
| 111 || 棕櫚 || [[棕櫚 (クルアーン)|棕櫚]]
| [[棕櫚 (クルアーン)|111]] || 棕櫚 || 棕櫚 || 椰子 || 腐ってしまえ
|| アブー・ラハブ || 焔父
|| 炎 || 腐ってしまえ || <small>アブー・ラハブ || <small>アブー、ラハブ<ref group="表">アブー、ラハブ(宣教妨害者の姓名)</ref> || 焔父


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|-
| 112 || 純正 || [[純正 (クルアーン)|純正]]
| [[純正 (クルアーン)|112]] || 純正 || 純正 || 真髄 || 信仰ただひと筋
|| 真髄 || 信仰たゞひと筋 || 獨一 || || 唯一神
|| 獨一 || 唯一神


|-
|-
| 113 || 夜明け || [[黎明 (クルアーン)|黎明]]
| [[黎明 (クルアーン)|113]] || 夜明け || 黎明 || 黎明
|| 黎明 || 黎明 || 曉天 || 黎明 || 拂曉
|| 黎明 || 曉天 || 拂曉


|-
|-
| 114 || 人々 || [[人々 (クルアーン)|人々]]
| [[人々 (クルアーン)|114]] || 人々 || 人々 || 人々 || 人間
|| 人間 || 人間 || 人類 || 人類の爲 || 人間
|| 人類 || 人間
|}
|}
{{quotation|
<small>{{Reflist|group="表"}}</small>
}}


== 脚注 ==
== 脚注 ==
;出典・注釈
=== 注釈 ===
{{Notelist}}
{{Reflist|group="注"}}

;原典の正式表記
{{reflist}}

== 外部リンク ==
; 井筒
* [http://bookwebpro.kinokuniya.co.jp/wshosea.cgi?W-NIPS=9978218629&REFERER=0 コーラン 上 {{0}}1-{{0}}10 (岩波書店)] - BookWebPro 和書検索
* [https://iss.ndl.go.jp/books/R100000039-I001120672-00 コーラン 中 11-{{0}}33 (岩波書店): 1958] - 国立国会図書館サーチ
* [https://iss.ndl.go.jp/books/R100000039-I001223367-00 コーラン 下 34-114 (岩波書店): 1958] - 国立国会図書館サーチ

; 大川
* [https://iss.ndl.go.jp/books/R100000039-I001868290-00 古蘭 (岩崎書店): 1950] - 国立国会図書館サーチ


=== 出典 ===
; 高橋、有賀
{{Reflist|20em}}
* [http://webcatplus.nii.ac.jp/webcatplus/details/book/670884.html 「聖香蘭経 イスラム教典」(目次)] - Webcat Plus


== 参考文献 ==
; 坂本
* {{Cite journal|和書|author=東隆眞|title=わが国最初の日本語訳クルアーンにみられる仏教語をめぐって (一)|journal=駒沢女子大学研究紀要|volume=5|pages=1-24|year=1998|doi=10.18998/00000798 |ref={{SfnRef|東|1998}}}}
* [https://iss.ndl.go.jp/books/R100000039-I001501419-00 世界聖典全集 前輯 第14巻 (改造社): 1930] - 国立国会図書館サーチ
* {{Cite book|和書|author=大川周明|chapter=第二部 古蘭|title=大川周明全集|volume=7|publisher=大川周明全集刊行会; 岩崎学術出版社|year=1974|doi=10.11501/3002976|ref={{SfnRef|大川|1974}}}}
* [https://iss.ndl.go.jp/books/R100000039-I001864440-00 世界聖典全集 前輯 第15巻 (改造社): 1930] - 国立国会図書館サーチ
* {{Cite book|和書|author=大川玲子|title=聖典「クルアーン」の思想:イスラームの世界観|series=講談社現代新書|publisher=講談社|year=2004|isbn=4-06-149711-1|ref={{SfnRef|大川|2004}}}}
* [{{NDLDC|946600}} 世界聖典全集 前輯 第14巻 「コーラン經 上」] - 近代デジタルライブラリー
* {{Cite book|和書|author=後藤絵美|chapter=日本におけるクルアーン翻訳の展開|pages=125-173|editor=松山洋平|title=クルアーン入門|publisher=[[作品社]]|year=2018|isbn=978-4-86182-699-3|ref={{SfnRef|後藤|2018}}}}
* [{{NDLDC|946601}} 世界聖典全集 前輯 第15巻 「コーラン經 下」] - 近代デジタルライブラリー
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2022年9月19日 (月) 04:22時点における版

イスラム教 > クルアーン > クルアーンの日本語訳

クルアーンの日本語訳(クルアーンのにほんごやく)は、イスラーム聖典であるクルアーン日本語に翻訳したものである。最初のクルアーンの日本語訳は坂本健一による『コーラン経』(1920年)であり、それ以降、イスラーム研究者、スンナ派シーア派のムスリム、そしてアフマディーヤ日本イスラム教団といった教団などから様々な日本語訳クルアーンが刊行されている。

イスラームと日本との直接的な交流は明治時代に始まった。明治時代末から大正時代にはイスラームの教義や歴史について体系的な学びが行われ、そのような中で坂本健一『コーラン経』(1920年)が刊行された。その後、日本はアジアへの進出のためイスラームを重視するようになり、回教圏研究所といったイスラーム研究機関が設立された。そのような中で、高橋五郎と有賀阿馬土による『聖香蘭経』(1938年)などが刊行された。

太平洋戦争後の1950年代から1970年代には大川周明による『古蘭』(1950年)や、井筒俊彦による『コーラン』(1957年)、藤本勝次らによる『コーラン』(1970年)など、イスラーム研究者による翻訳が刊行された。1970年代から1980年代にかけてはムスリムによる翻訳が相次ぎ、日本ムスリム協会会長を務めた三田了一による『聖クラーン』(1972年)や、日本イスラム教団による『聖クルアーン』(1982年、部分訳)、アフマディーヤによる『聖クルアーン』(1988年)が刊行された。

その後、20年以上クルアーンの日本語訳が刊行されない空白期間を挟み、2011年には同志社大学神学部教授であった中田考らによる『訳解クルアーン』が刊行され、2014年には『日亜対訳クルアーン』として改めて刊行された。2017年にはシーア派の聖職者である澤田達一によって『聖クルアーン日本語訳』が刊行された。

歴史

背景

7世紀にアラビア半島で誕生したイスラームは中国や東南アジアまで到達した[1]。日本においても、7世紀に編纂された『日本書紀』にはペルシアを意味する「波斯」やアラビアを意味する「大食」という記述があるほか、江戸時代に至るまでペルシア商人などとの交流があった[2]。しかし、イスラームが直接的に日本との交流を果たすようになるのは江戸時代末から明治時代となった[1]

『コーラン経』(1920年)

明治時代末から大正時代にかけて、イスラームの教義や歴史についての体系的な学びがなされた[3]。1899年にはムハンマドの生涯を記した坂本健一による『麻謌末』(ムハメット)が、1905年には忽滑谷快天による『怪傑マホメット』が刊行された[3]。そのような中で、『麻謌末』の著者である坂本健一による『コーラン経』が1920年に刊行された。これが日本で最初のクルアーンの日本語訳かつ全訳となる[3][注釈 1]

『コーラン経』は、クルアーンの全114章の全訳であり、上下巻の合計844ページの書籍である[3]。世界聖典全集刊行会から刊行されていた『世界聖典全集』の14巻と15巻にあたる[5]。黒字の装丁がなされ、上巻の口絵には「マホメット」と題されたリトグラフが描かれている[6]。また、付録として各章の要約や注釈、ムハンマドやクルアーンについての解説が付けられた[7]

翻訳にあたっては、アラビア語の原文を基にしながらも、主にはジョージ・セール英語版による1734年版やジョン・ロドウェル英語版による1876年版、エドワード・パルマー英語版による1880年版の英語訳が参照された[7][注釈 2]。また、クルアーン研究の基礎を作ったドイツの研究者であるテオドール・ネルデケの論考といった当時としては最新のクルアーン研究も参照された[9]。坂本は翻訳にあたって、簡潔で力強い言葉を使って意味が伝わらないことよりも、冗長であっても丁寧な翻訳を目指した。また、クルアーンはアラビア語で韻を踏んでおり、そのため単語の順序や配列が異なっていることに言及し、韻を再現したり単語の順序が異なっているものを逐語訳したのではなく、単語の意味がつながることに重きを置いたという[10]

坂本訳ではアッラーフは「神」と訳されたほか、「慈悲」といった仏教語が用いられた。この坂本訳をきっかけに、こうした仏教語がクルアーンの日本語訳に用いられるようになったという指摘がある[11]。また、坂本訳の随所ではクルアーンは「可蘭」と表現されている。クルアーンを「可蘭」と表現するのは中国のムスリムに見られることである。そのため東 (1998)は坂本訳が中国イスラームの影響下にあったと指摘している[12]

『聖香蘭経』(1938年)

1930年代になると、日本では大東亜共栄圏構想をはじめとしてアジアへの進出への期待が高まった。これによって東南アジアや南アジアに広がるイスラームが注目を集め、回教圏研究所大日本回教協会などのイスラーム研究機関が次々と設立された[11]。こうした中で刊行された2つ目のクルアーンの日本語訳は、1938年に刊行された高橋五郎と有賀阿馬土(有賀文八郎)による『聖香蘭経』である[11][注釈 3]

訳者のひとりである高橋五郎は文学者・翻訳家であり、聖書の日本語訳で知られていた。もうひとりの訳者である有賀阿馬土(有賀文八郎)は最初期の日本人ムスリムである[11][注釈 4]

『聖香蘭経』はA6版の1巻本である[13]。1938年に東京の聖香蘭経刊行会から刊行された[14]。坂本訳と異なり、序文や解説は一切なく、翻訳にあたって参照された本や訳文の工夫は明らかではない。ただし、最初の啓示とされているアル=アラク章が最初にあり、通常は最初に置かれるアル=ファーティハが8番目に置かれているという章句の配置から、同じ配置を取っているロドウェルの英語訳が底本とされていると考えられている[13]大川 (2004)は、ムスリムである有馬が翻訳に携わったのにも関わらず、アラビア語原典と異なる章句の配置になっている英訳本に従った点で疑問が残るとしている[15]

訳文は坂本訳と同様に漢語が多用されている[16]大川 (2004)は、訳文は冗長であり、クルアーンの韻が持っている躍動感が全く反映されていないと評している[17]

大久保幸次・小林元による部分訳

3つ目の日本語訳は、前述の回教圏研究所の所長であった大久保幸次と、研究員であった小林元によって行われた部分訳である。翻訳は1938年以降、回教圏研究所の機関誌であった『回教圏』に連載された[18]。翻訳の際にはトルコで刊行されていたアラビア語原典と、トルコ語訳と英語訳が参照された。連載ではアラビア語の原典やラテン文字による音訳も添付された。また、クルアーンがアラビア語で韻を踏んでいることを伝えるため、あえて七行で記された。しかし、この翻訳は1945年に日本が太平洋戦争に敗れ、これによって回教圏研究所は解散し、また、1950年に大久保が死去したことで未完となった[19]。この部分訳は1950年に刀江書房から『コーラン研究』として刊行された[20]

大久保・小林の翻訳では初めて「アッラー」というアラビア語の原音に基づく固有名詞が登場した[21]。これまでの翻訳ではアッラーは「神」や「大神」と訳されており、大川 (2004)は、アッラーと訳すことによって原典のふんいきを多少なりとも伝えることが可能になっているとしている。その一方で、訳文は原典の雰囲気を伝えられておらず、アラビア語の知識が全くなかった坂本による訳のほうが原典の雰囲気をよく伝えていると評している[21]

『古蘭』(1950年)

大川周明(1936年)

4つ目の日本語訳は大川周明によって行われた。大川は東京帝国大学在学中からイスラームにまつわる論文を執筆しており、その後もハディースを翻訳するなど熱心なイスラーム研究者であった[22]。1945年には東京裁判で民間人として唯一のA級戦犯に指名されたが、裁判中に発狂したとして免除された。大川は入院先の病院でこの翻訳を完成させた[23]。入院中に翻訳を完成させた理由について、大川は以下のように述べている。

乱心中の白昼夢で屢々マホメットと会見し、そのために古蘭に対する興味が強くよみがえった — 大川周明[24]

『古蘭』では章題の後にその章の解説が置かれ、その後に訳文と訳注が置かれている。同書の特徴は、単なる文字情報ではなく啓示全体の状況も含めて訳しており、同時期のイスラーム研究者の間でも高い評価を受けた[25]

井筒訳『コーラン』(1957年)

井筒俊彦

5つ目の日本語訳は、哲学者で言語学者の井筒俊彦によって行われた。この井筒訳は日本で初めてのアラビア語からの完訳であるとされている[26]。『コーラン』は全3巻であり、上巻が1957年に、中下巻が1958年に初版が岩波書店から刊行された[26]。底本はアラビア語のクルアーンであり、13世紀の神学者であるアル=バイダーウィーによるクルアーン注釈書が主に参照されたほか、19世紀以降のヨーロッパでの研究成果も取り入れられた[26]

井筒は、クルアーンの韻がもたらす独特な調子を表現するため、文語ではなく口語で翻訳を行った[27]。しかし、1964年に井筒は全て訳し直した改訳版を出版した。改訳を行った理由について井筒は、あまりにくだきすぎたため、かえって原文が持つ美しさや宗教性を損なってしまったためであるとしている[28]

後藤 (2018)は、井筒が表現しようとした韻による独特の言葉の流れは以下に引用する凝血章の6から8節にあらわれているだろうとしている[29]

はてさて人間は不遜なもの、己れひとりで他は要らぬと思い込む。旅路の果ては主のみもと、とは知らないか。 — 井筒俊彦訳『コーラン』凝血章六、七、八[30]

藤本・伴・池田訳『コーラン』(1970年)

6つ目の日本語訳は、イスラーム史家の藤本勝次の編集のもと、アラビア語学者の伴康哉とアラブ文学者の池田修が翻訳を行い、1970年に中央公論社の『世界の名著』シリーズから刊行された『コーラン』である[31]。藤本は高校生のときに坂本訳『コーラン経』を読んでイスラームに興味を抱き、京都帝国大学在学中には1923年にエジプトで刊行されたアラビア語クルアーンを入手したが、それを読む間もなく軍へ入ることとなった[31]

第1章から第25章、第93章から第114章までを伴が、第26章から第92章までを池田が翻訳した[32]。翻訳に際して底本とされたのは、藤本が京都帝国大学在学中に入手したものと同じ、1923年版のエジプト版アラビア語クルアーンであった。翻訳にあたっては、口語訳を行った井筒訳『コーラン』を、クルアーンの特殊な持ち味を十分生かした名訳であると評価し、クルアーンの原典を読むことを考慮して、補筆も行わずあくまでアラビア語を忠実に訳すかたちとした[33]。また、「ひとりカアバで祈るマホメット」や「楽園の想像図」といった挿絵や、クルアーンの章句にあったミニアチュールが挿入された[34]。こうした挿絵やミニアチュールについて後藤 (2018)は、『世界の名著』は学校や図書館などで広く一般に読まれることが想定されており、シンプルで分かりやすく、若い読者の関心を得られる内容にするための工夫であるとしている[35]

同書は1970年に『世界の名著』シリーズから刊行されたのち、2002年に中公クラシックスから全2巻で刊行された[36]

『聖クラーン:日亜対訳・注解』(1972年)

7つ目の日本語訳は、日本人ムスリムであり、日本ムスリム協会第2代会長である三田了一が行った『聖クラーン:日亜対訳・注解』である[37]。三田は、改訳前の井筒訳『コーラン』を1957年の刊行直後に読み、口語訳によって宗教色が薄められていると感じてムスリムによる翻訳の必要性を覚え、クルアーンの翻訳を開始した[38]

1962年には翻訳に注力するため日本ムスリム協会の会長を辞してパキスタンラホールへ赴いた[39][40]。ラホールではタブリーギー・ジャマーアトの一員であるアブドゥッラシード・アルジャッドという人物に師事し、翻訳を行った[40]。このパキスタンにおける翻訳活動をサウジアラビアのマッカに本拠地を置くムスリム世界連盟が知り、彼はマッカに招かれて翻訳を継続した[40]。1964年には同地で交通事故に遭い、師事していたアルジャッドが死去し、自らも重症を負ったが、翌年1965年から翻訳を再開した[39][41]。1967年には駐日サウジアラビア大使館の指導のもと「邦訳クルアーン刊行委員会」が設置され、1969年に校正を終えて1970年にサウジアラビアのマッカで最終校閲を終えた[39]

こうして『聖クラーン:日亜対訳・注解』は1972年に刊行された。奥付によると、発行所は日本ムスリム協会の日訳クラーン刊行会で発行者はムスリム世界連盟であった[42]。しかし、刊行後にアラビア語対訳部分に誤りが見つかり、刊行したものすべてが廃棄処分されることとなった。対訳部分を削った日本語訳のみのものが三省堂書店から一部出版された。対訳は改めて見直し作業が行われ、1975年に完成した[43]

翻訳の底本はパキスタンのカラチで刊行されたアラビア語クルアーンである。これを原典とした理由について三田は、カラチ版には母音符号や読誦のための記号など読み下し方に詳細な注記があり、アラビア語を母語としない者にとっても読誦しやすいものになっているためであるとしており、日本語を母語とするムスリムの使用が意識されている[44]。巻頭には解説が設けられており、一部だけ読むことや表面的な理解を避けるように注意が記されている[45]

訳文は文語でも口語でもない現代的な文章であり、ひらがなが多用されている[46]。しかし、大川 (2004)は、原文を忠実であろうとするあまり、日本語だけ呼んでも意味が分かりづらい点があると評している[47]

『聖クルアーン:日亜対訳・注解』(1982年)

上記の三田訳『聖クラーン』を1980年から1982年にかけて日本ムスリム協会が改訂作業を行ったものが、1982年に『聖クルアーン:日亜対訳・注解』として完成した[48]。改訂には日本ムスリム協会の関係者やそれ以外の研究者が参加した。改訂にあたっては若い世代も高齢者も読みやすい日本語に統一することが目指され、「執権の王」が「主宰者」と語彙が変えられたほか、「なんじ」が「あなた」、「つくりたもうた」が「創られた」というように、より現代的な言葉遣いとなった[49]

日本イスラム教団による部分訳(1982年)

1982年には、1970年後半から1980年代にかけて活動した宗教団体である日本イスラム教団が発行する『日・亜・英対訳 聖クルアーン』が谷沢書房から刊行された[50]。翻訳者は教団の専務理事であり、検事や弁護士を務めていた安倍治夫である。教団では日本国内での宣教活動のために朗誦用クルアーンの必要性が唱えられており、安倍が名乗りを上げてアラビア語を学習して翻訳を完成させた[50]

『日・亜・英対訳 聖クルアーン』は全訳ではなく、教団が「朗誦に適する肝要な38章」とした1章と78章以降の章が翻訳された。左のページに日本語訳とカタカナで記されたアラビア語での読み方が、右のページにアラビア語の原文と英語訳が掲載された。アラビア語の原文と英語訳はともにムスリム世界連盟が発行するものだった[51]。この翻訳の特徴は、すべての行が七五調に整えられていることである[52]

『聖クルアーン』(1988年)

1988年にはイスラーム系新宗教とされるアフマディーヤ系の出版社であるイスラム・インターナショナル・パブリケーションズから小林淳による『聖クルアーン』が刊行された[52][注釈 5]。この翻訳はこれまで刊行されてきた日本語訳クルアーンのなかで最も訳注が多いことが特徴であり、1章であるアル=ファーティハの1節に対して、用語や文章の解説、クルアーンの神聖さなどが記された1ページの注釈がつけられている[54]

『訳解クルアーン』(2011年)と『日亜対訳クルアーン』(2014年)

1970年代から1980年代にかけてムスリムによる、ムスリムや一般向けの日本語訳クルアーンの出版が相次いだ。しかし、その後は20年以上にわたって日本語訳クルアーンが出版されない空白期間が生まれた[55]。その空白期間を経て、2011年に中田考・中田香織・下村加州紀・松山洋平による『訳解クルアーン/クルアーン正統十読誦の意味と機能』が黎明イスラーム・学術文化振興会刊行された[56]。同書の訳者は全員がムスリムであり、保坂 (2016)は、学術的使用に耐えられる、きちんとしたアラビア語での注釈を踏まえた上の翻訳という意味で実質的に日本人ムスリムによる初のクルアーン翻訳であるとしている[57]

翻訳にあたっては、アラビア語の音やリズムが持つメッセージ性を日本語に訳すのは不可能であるという認識から、あえて直訳調の翻訳が行われた[58]。しかし、逐語訳を気にするあまり、かえって日本語として不自然な表現になった点があると評されている[58][59]。ページの片側にアラビア語の原文が囲われて示され、反対側のページに訳文と章に関する解説が置かれている。また、ページの下部に訳注が置かれた[60]。訳注には「慈悲あまねく」と「慈悲深き」の意味の違いや「アッラー」という語の語源にまつわる諸説などが記されており、古典から現代までの研究成果が広く用いられている[61]

同書は本文の見直しを経て、2014年に作品社より『日亜対訳クルアーン』として刊行された。『訳解クルアーン』とはアラビア語の原文の囲いが少々異なる程度で、全体としては『訳解クルアーン』とほぼ同じになっている[62]

『聖クルアーン日本語訳』(2017年)

2017年には澤田達一による『聖クルアーン日本語訳』が刊行された。澤田はイランにあるコムのイスラーム法学院で学んだ日本人初のシーア派聖職者である。翻訳にあたってはナーセル・マカーレム・シーラーズやモハンマド・ホセイン・タバータバーイーといったシーア派聖職者によるクルアーン注釈書やエラヒー・ゴムシェイーによるペルシア語訳クルアーンなどが参照された[63]。このように、同書はシーア派的なクルアーン解釈にのっとって訳出されたものであるが、訳文はスンナ派に基づく日本語訳クルアーンとほとんど変わらないものとなっている[64]

訳文の比較

これまで刊行されてきたクルアーンの日本語訳は、『コーラン経』や『聖香蘭経』のように仏教語や漢語が多用されたものや[65]、日本ムスリム協会による『聖クルアーン』のように改訂によって現代的な表現に改められたもの[66]、また、韻を再現することや、逐語訳をすること、また、言葉の意味が一貫してつながることに重きを置かれたものなど様々ある[10]。この節では、多くのムスリムから最も重要な章であると考えられているアル=ファーティハ[67]、章題の比較を行う。

アル=ファーティハの比較

翻訳名 訳文
坂本訳(1920年) 序品 第一 ウル・ファチハト
大慈悲神の名に於て
神を頌へよ、万物の主宰、最大慈悲、審判の日の王。爾をわれ(吾曹)礼拝す、爾にわれ援助を請ふ。われを導け、正しき道に、爾が寛仁なりしものゝ道に、爾が怒れる者背き去りし者の道ならで。[68]
高橋・有賀訳(1938年) 第一宣言 血の凝塊をもつて
慈悲にして恩恵なる大神の名を以て
汝は、万物を創造し給へる天主の御名を誦賛せよ、大神は血の凝塊を以て、人類を造りたまふた。汝誦賛したてまつれ、―汝の大神は最も慈悲深き者にましまして、汝に筆の妙用を教へ、人々に其知らぬ使用を授けたまふに、否な、然るにも拘はらず、人類は自ら富を有るを見て、傲慢不遜であつた、寔に万人帰着する所は天主にまします。[69]
大久保・小林訳(1938年-)
大慈大悲のアㇽラーッの御名において
萬有の主宰 大慈大悲の神 審判の日の王に栄光あれ 我ら爾に仕へまつり、爾が御護りを冀ふ仰ぎ願くは我等を正しきもの 爾が御恵みを垂れたまひしものの道へと導きて 爾が怒りたまふもの、さ迷へるものの道へと導きたまふことなかれ。[70]
大川訳(1950年) 第一 開経章
大悲者・大慈者のアㇽラーハの名によりて
アルラーハを讃へよ、そは三界の主 大悲者・大慈者審判の日の執権者なり 吾等汝に事へ、佑助を汝に求む 吾等を直き道に導け 汝が恩寵を垂るる者 汝の怒に触れず、また迷はざる者の道に。[71]
井筒訳(1964年改訳版) 一 開扉
慈悲ふかく慈愛あまねきアッラーの御名において……
一 讃えあれ、アッラー、万世の主、
二 慈悲ふかく慈愛あまねき御神、
三 審きの日(最後の審判の日)の主宰者。
四 汝こそ我らはあがめまつる、汝にこそ救いを求めまつる。
五 願わくば我らを導いて正しき道を辿らしめ給え、
六 汝の御怒りを蒙る人々や、踏みまよう人々の道ではなく、
七 汝の嘉し給う人々の道を歩ましめ給え。[72]
藤本・伴・池田訳(1970年) 1 開巻の章
1 慈悲ぶかく慈愛あつき神の御名において。
2 神に讃えあれ、万有の主、
3 慈悲ぶかく慈愛あつきお方、
4 審判の日の主宰者に。
5 あなたをこそわれわれは崇めまつる、あなたにこそ助けを求めまつる。
6 われわれを正しい道に導きたまえ、あなたがみ恵みをお下しになった人々の道に、
7 お怒りにふれた者やさまよう者のではなくて。[73]
三田訳(1972年) 第一 開端章(ファーティハ)
仁慈あまねく慈悲深き、アㇽラーのみ名によって。
1 アㇽラーをたたえ奉る、よろず世の(養育の)主、
2 仁慈・慈悲の主、
3 審判の日の執権の主
4 あなたにのみわたしたちは仕え、あなたにのみわたしたちはお助けをこいねがう
5 わたしたちを直き道に導きたまえ、
6 あなたが、恵みをたれたまいし者の道に、
7 あなたが怒りたもうた者、また踏み迷った者(の道)ではなく。[74]
安倍訳(1982年) 第一 開序章(スーラトル ファーティハ)
1 恵みあまねく 慈悲深き 神・アッラーの み名により
2 讃えまつらん アッラーを そは万有を しろしめし
3 恵みあまねく 慈悲ふかく
4 審判の日をぞ つかさどる
5 おんみをこそは 崇めなむ おんみにこそは すがらなむ
6 導きたまえ 直き道
7 嘉したまえる 人の道 怒りにふれし 者どもや 迷える者の道ならず[75]
小林訳(1988年) アル・ファーティハ
1 慈悲深く、恵み遍くアッラーの御名において。
2 讃えあれアッラー、万物の主、
3 仁慈、慈悲の主、
4 審判の日の主宰者。
5 我等は汝にのみ仕え、汝にのみ救いを希う。
6 正しい道に導き給え、
7 汝の怒りを蒙り師人々や踏み迷えし人々の道ではなく、汝が恵みを垂れ給えし人々の道に。[76]
中田訳(2014年) 第1章 開端
慈悲あまねく慈悲深きアッラーの御名において (1:1)
称賛はアッラーに帰す。諸世界の主に (1:2)
慈悲あまねく慈悲深き御方 (1:3)
裁きの日の主宰者に。(1:4)
あなたにこそわれらは仕え、あなたにこそ助けを求める。(1:5)
われらをまっすぐな道に導き給え、(1:6)
あなたが恩寵を垂れ給うた者たち、(つまり)御怒りを被らず、迷ってもいない者たちの道に。(1:7)[77]
澤田訳(2017年) 第1章 開扉章(アル・ファーティハ)
1. 慈悲あまねく慈愛深きアッラーの御名によって
2. すべての賞賛と讃美はあらゆる世界の主であるアッラーのためにある。
3. 慈悲あまねく慈悲深き方。
4. 審判の日の主。
5. あなただけに仕え、あなただけに助けを求めます。
6. 私たちを正しい道に導いてください。
7. あなたがお恵みを下さった人たちの道、あなたがお怒りになった人たちの道ではなく、また道に迷った人たちのみちではなく。[78]

章題の比較

中田訳 (2014)[79] 三田訳 (1982)[79] 藤本ら訳 (1970)[79] 井筒訳 (1964版)[79] 大川 (1950)[80] 坂本訳 (1920)[81][82]
1 開端 開端 開巻 開扉 開經
2 雌牛 雌牛 雌牛 牝牛 牝牛 黄牛
3 イムラーン家 イムラーン家 イムラーン家 イムラーン一家 イムラーン家 伊牟蘭
4 女性 婦人 女人 女人 女人
5 食卓 食卓 食卓 食卓 食卓 餐卓
6 家畜 家畜 家畜 家畜 家畜 畜牛
7 高壁 高壁 高壁 胸壁 高壁 隔壁
8 戦利品 戦利品 戦利品 戦利品 戰利品 掠略
9 悔悟 悔悟 悔い改め 改悛 懺悔 懺悔
10 ユーヌス ユーヌス ヨナ ユーヌス
(平安その上にあれ)
ヨナ 懺奈須
11 フード フード フード フード ホード 布度
12 ユースフ ユースフ ヨセフ ユースフ(ヨセフ) ヨセフ 猶須布
13 雷電 雷鳴 雷鳴 電雷 雷電
14 イブラーヒーム イブラーヒーム アブラハム イーブラヒーム(アブラハム) アブラハム 伊不良比牟
15 アル=ヒジュル アル・ヒジュル アル・ヒジル アル・ヒジュル ヒジル 巖谷
16 蜜蜂 蜂蜜 蜜蜂 蜜蜂 蜜蜂 蜜蜂
17 夜行 夜の旅 夜の旅 夜の旅 夜行 伊色列
18 洞窟 洞窟 洞穴 洞窟 洞窟 洞穴
19 マルヤム マルヤム マリヤ マルヤム
(聖母マリア)
マリア 瑪利亞母
20 ター・ハー ター・ハー ター・ハー ター・ハー タア・ハア 他哈
21 預言者たち 預言者 預言者 預言者 豫言者 豫言者
22 大巡礼 巡礼 巡礼 巡礼 參詣 巡拜
23 信仰者たち 信者たち 信ずる人々 信仰者 信者 眞信者
24 御光 御光 光り 光明 光明
25 識別 識別 フルカーン 天啓 識別 差別
26 詩人たち 詩人たち 詩人 詩人たち 詩人 詩人
27 螻蟻 蟻螘
28 物語 物語 物語 物語り 來歴 故事
29 蜘蛛 蜘蛛 蜘蛛 蜘蛛 蜘蛛 蜘蛛
30 (東)ローマ ビザンチン ギリシア人 ギリシアびと 羅馬人 羅馬
31 ルクマーン ルクマーン ルクマーン ルクマーン ルクマーン 鹿古曼
32 跪拝 アッ・サジダ 跪拝 跪拝 叩首 崇敬
33 部族連合 部族連合 部族連合 部族同盟 聯盟 連盟
34 サバァ サバア サバ サバア サバー 娑婆
35 創始者 創造者 創造者 天使 天使 造化
36 ヤー・スィーン ヤー・スィーン ヤー・スィーン ヤー・スィーン ヤー・スーン 耶信
37 整列 整列者 整列者 整列者 整列者 位階
38 サード サード サード サード サード 左度
39 集団 集団 集団 群なす人々 隊伍 軍衆
40 赦す御方 ガーフィル 赦す者 信者 信者 眞信者
41 解説された フッスィラ 説明 わかりやすく 解説 解説
42 協議 相談 協議 相談 商議 商量
43 金の装飾 金の装飾 装飾 光りまばゆい部屋飾り 金飾 金裝
44 煙霧 煙霧 煙氣 煙氣
45 蹲った群れ 跪く時 跪く 腰抜けども 跪坐 跪坐
46 砂丘 砂丘 砂丘 砂丘 アハカーフ 砂丘
47 ムハンマド ムハンマド マホメット ムハマンド
(マホメット)
マホメット 麻訶末
48 勝利 勝利 勝利 勝利 勝利 捷利
49 部屋 部屋 部屋 私室 内房 内房
50 カーフ カーフ カーフ カーフ カーフ 可布
51 撒き散らすもの 撒き散らすもの まき散らすもの 吹き散らす風 散布者 撒布
52 山嶽 山嶽
53 星辰 星辰
54 太陰 太陰
55 慈悲あまねき御方 慈悲あまねく御方 慈悲ぶかいお方 お情ぶかい御神 大悲者 慈悲
56 かの出来事 出来事 出来事 恐ろしい出来事 不可避者 難抗
57 黒鐵 黒鐵
58 抗弁する女 抗弁する女 異議を唱える女 言いがかりつける女 爭辯者 爭女
59 追い集め 集合 招集 追放 追放 遷徙
60 試問される女 試問される女 試される女 調べられる女 試女 試女
61 戦列 戦列 隊列 戦列 列伍 戰列
62 金曜集合礼拝 合同礼拝 集会 集会 集會 集會
63 偽信者たち 偽信者たち 偽善者ども 似非信者ども 僞信者 僞善
64 相互得失 騙し合い 騙しあい 騙し合い 相欺 相欺
65 離婚 離婚 離婚 離縁 離婚 離婚
66 禁止 禁止 禁止 禁断 禁止 禁制
67 王権 大権 主権 主権 大權 王國
68 筆翰 光筆
69 必ず実現するもの 真実 必然 絶対 必來者 不誤必來
70 階梯 階段 階段 階段 階段 階段
71 ヌーフ ヌーフ ノア ヌーフ ノア
72 幽精ジン アル・ジン
(幽精)
ジン 妖霊 幽鬼 妖精
73 包まる者 衣を纏う者 衣をかぶる者 衣かぶる男 着絨衣者 包套
74 身を包んだ者 包る者 外衣を纏う者 外衣に身を包んだ男 着套衣者 掩蔽
75 復活 復活 復活 復活 復活 復活
76 人間 人間 人間 人間 人間 人間
77 送られるものたち 送られるもの 送られるもの 放たれるもの 神使 神使
78 消息 消息 音信 知らせ 消息 新聞
79 引き抜く者たち 引き離すもの ひき抜くもの 引っこ抜く者 抽出者 奪魂
80 眉をひそめ 眉をひそめて 眉をひそめた 眉をひそめて 顰蹙 顰蹙
81 巻き上げ 包み隠す つつみ隠す 巻きつける 摺疊 摺疊
82 裂けること 裂ける 裂ける 裂け割れる 分裂 分裂
83 量りをごまかす者たち 量を減らす者 量りをごまかす人々 詐欺漢 減量者 偸量
84 割れること 割れる 割れる 真二つ 分散 分散
85 星座 星座 星座 星の座 望樓 天徴
86 夜の訪問者 夜訪れるもの 夜の訪問者 明星 夜者來 太白
87 至高者 至高者 至高なるお方 いと高き神 至高者 至上
88 覆い被さるもの 圧倒的事態 隠蔽 蔽塞 壓倒者 壓伏
89 夜明け 黎明 暁天
90 國土 靈地
91 太陽 太陽 太陽 太陽 太陽 太陽
92 暗夜 暗夜
93 午前 光輝
94 広げること 胸を広げる 胸を広げる 張り拡げる 開胸 開胸
95 イチジク 無花果 いちじく 無花果 無花果 無花果
96 凝血 凝血 凝血 凝血 凝血 凝血
97 決定 みいつ 聖断 定め 稜威 力夜
98 明証 明証 明証 神兆 明證 明證
99 地震 地震 地震 地震 地震 地震
100 駆けるもの 進撃する馬 疾駆する馬 駿馬 戰馬 戰馬
101 大打撃 恐れ戦く 叩く音 戸を叩く音 打撃者 打撃
102 数の競い合い 蓄積 持ち物自慢 張り合い 競多 競望
103 時間 夕暮 日ざし傾く頃 午後 午下
104 中傷者たち 中傷者 中傷者 中傷者 誹謗者 讒謗
105 巨象 香象
106 クライシュ(族) クライシュ族 クライシュ部族 クライシュ族 クライシュ族 孤列種
107 什器 慈善 慈善 慈善 布施 必需
108 豊穣 潤沢 潤沢 カウサル 潤澤 豐澤
109 不信仰者たち 不信者たち 信仰なき者ども 無信仰者 不信者 不信
110 援助 援助 助け 助け 佑助 神助
111 棕櫚 棕櫚 椰子 腐ってしまえ アブー・ラハブ 焔父
112 純正 純正 真髄 信仰ただひと筋 獨一 唯一神
113 夜明け 黎明 黎明 黎明 曉天 拂曉
114 人々 人々 人々 人間 人類 人間

脚注

注釈

  1. ^ 坂本の経歴はよく分かっていないが、東京帝国大学を1898年に卒業していることが分かっている[4]
  2. ^ これらの英語訳クルアーンは当時のクルアーン訳としては定番のものであった[3]。しかし、現在ではいずれの訳にも不正確な点があることが判明している[8]
  3. ^ 「香蘭」とは中国におけるクルアーンの音訳である[12]
  4. ^ 阿馬土はムスリム名であり、「アフマド」の当て字であると考えられている[11]
  5. ^ 小林は、1957年に改宗し、モハマッド・オウェースというムスリム名を持っていることは判明しているが[52]、翻訳の経緯や原典・参照物は明らかになっていない[53]

出典

  1. ^ a b 三浦 2013, pp. 5–6.
  2. ^ 三浦 2013, p. 5.
  3. ^ a b c d e 三浦 2013, p. 10.
  4. ^ 三浦 2013, p. 11.
  5. ^ 後藤 2018, p. 128.
  6. ^ 後藤 2018, p. 130.
  7. ^ a b 三浦 2013, pp. 10–11.
  8. ^ 東 1998, pp. 4–5.
  9. ^ 大川 2004, p. 198.
  10. ^ a b 後藤 2018, p. 131.
  11. ^ a b c d e 後藤 2018, p. 133.
  12. ^ a b 東 1998, p. 5.
  13. ^ a b 後藤 2018, p. 134.
  14. ^ 東 1988, p. 6.
  15. ^ 大川 2004, p. 208.
  16. ^ 後藤 2018, p. 135.
  17. ^ 大川 2004, p. 207.
  18. ^ 後藤 2018, p. 136.
  19. ^ 後藤 2018, pp. 136–137.
  20. ^ 藤本ほか 1973, p. 10.
  21. ^ a b 大川 2004, p. 211.
  22. ^ 後藤 2018, pp. 138–139.
  23. ^ 後藤 2018, p. 138.
  24. ^ 後藤 2018, p. 139.
  25. ^ 後藤 2018, p. 141.
  26. ^ a b c 後藤 2018, p. 142.
  27. ^ 後藤 2018, p. 143.
  28. ^ 後藤 2018, pp. 143–144.
  29. ^ 後藤 2018, pp. 145–146.
  30. ^ 後藤 (2018, p. 146)から引用
  31. ^ a b 後藤 2018, p. 146.
  32. ^ 東 1998, p. 11.
  33. ^ 後藤 2018, p. 147.
  34. ^ 後藤 2018, pp. 147–148.
  35. ^ 後藤 2018, p. 148.
  36. ^ 保坂 2016, p. 13.
  37. ^ 後藤 2018, p. 149.
  38. ^ 鈴木 2011, p. 162.
  39. ^ a b c 鈴木 2011, p. 163.
  40. ^ a b c 小村 2015, p. 58.
  41. ^ 小村 2015, p. 255.
  42. ^ 後藤 2018, pp. 149–150.
  43. ^ 鈴木 2011, pp. 163–164.
  44. ^ 後藤 2018, p. 150.
  45. ^ 後藤 2018, pp. 150–151.
  46. ^ 後藤 2018, p. 153.
  47. ^ 大川 2004, p. 224.
  48. ^ 鈴木 2011, p. 164.
  49. ^ 後藤 2018, pp. 154–155.
  50. ^ a b 後藤 2018, p. 156.
  51. ^ 後藤 2018, pp. 156–157.
  52. ^ a b c 後藤 2018, p. 159.
  53. ^ 後藤 2018, p. 171.
  54. ^ 後藤 2018, pp. 159–160.
  55. ^ 後藤 2018, p. 161.
  56. ^ 後藤 2018, pp. 161–162.
  57. ^ 保坂 2016, p. 14.
  58. ^ a b 後藤 2018, p. 162.
  59. ^ 保坂 2016, p. 17.
  60. ^ 後藤 2018, pp. 162–163.
  61. ^ 後藤 2018, p. 165.
  62. ^ 後藤 2018, p. 163.
  63. ^ 後藤 2018, p. 166.
  64. ^ 後藤 2018, p. 168.
  65. ^ 後藤 2018, p. 133, 135.
  66. ^ 後藤 2018, p. 155.
  67. ^ 後藤 2018, p. 129.
  68. ^ 坂本 1920a, p. 1.
  69. ^ 後藤 (2018, p. 135)より引用
  70. ^ 後藤 (2018, p. 137)より引用
  71. ^ 大川 1974, p. 1.
  72. ^ 後藤 (2018, pp. 144–145)から引用
  73. ^ 藤本ほか 1973, p. 55.
  74. ^ 後藤 (2018, p. 152)から引用
  75. ^ 後藤 (2018, pp. 157–158)より引用
  76. ^ 後藤 (2018, p. 160)より引用
  77. ^ 中田ほか 2014, p. 29.
  78. ^ 後藤 (2018, pp. 167–168)より引用
  79. ^ a b c d 後藤 2018, pp. vi–ix.
  80. ^ 大川 1974, pp. 1–9.
  81. ^ 坂本 1920a, pp. 1–4.
  82. ^ 坂本 1920b, pp. 1–10.

参考文献

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  • 大川玲子『聖典「クルアーン」の思想:イスラームの世界観』講談社〈講談社現代新書〉、2004年。ISBN 4-06-149711-1 
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  • 坂本健一『世界聖典全集』 14巻、世界聖典全集刊行会、1920年。doi:10.11501/946600 
  • 坂本健一『世界聖典全集』 15巻、世界聖典全集刊行会、1920年。doi:10.11501/946601 
  • 鈴木紘司 著「「日本ムスリム協会」歴代会長列伝」、飯森嘉助 編『イスラームと日本人』国書刊行会〈イスラームを知る〉、2011年。ISBN 978-4-336-05209-4 
  • 藤本勝次; 伴康哉; 池田修『世界の名著』 15巻、中央公論社、1973年。doi:10.11501/2935335 
  • 保坂修司「クルアーンの日本語訳について」『中東協力センターニュース』、中東協力センター、2016年6月。 
  • 三浦徹 著「イスラームとの出会い」、三浦徹 編『イスラームを学ぶ』山川出版社〈イスラームを知る〉、2013年、5-28頁。ISBN 978-4-634-47463-5 
  • 黎明イスラーム学術・文化振興会 編、中田香織、下村佳州紀 訳『日亜対訳クルアーン : [付]訳解と正統十読誦注解』中田考監修、作品社、2014年。ISBN 978-4-861-82471-5 

関連項目