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'''オメガバース'''({{Lang-en-short|Omegaverse}}、"alpha/beta/omega"を略して'''A/B/O'''とも)は、性的な[[スペキュレイティブ・フィクション]]における設定の枠組みのひとつである。もともとは[[スラッシュ (フィクション)|スラッシュ]]系の[[ファン・フィクション]]のサブジャンルであった。このジャンルの作品は、支配層の「アルファ」、中間層の「ベータ」、下層の「オメガ」からなる[[順位制]]により成り立っている社会を舞台とするが、これは、[[動物行動学]]において個体群内部の社会階級を説明するときに使う用語をモチーフとしたものである<ref name="NYT 23 May 2020"/>
'''オメガバース'''({{lang-en|Omegaverse}}、または'''Alpha/Beta/Omega Dynamics'''、略して'''A/B/O'''とも)は、[[スペキュレイティブ・フィクション]]における設定のひとつである。もともとは[[スラッシュ (フィクション)|スラッシュ]]系の[[ファン・フィクション]]のサブジャンルであった。


オメガバースにおいて、キャラクターは男女といった性別のうえに「アルファ」「ベータ」「オメガ」の3つの「第二の性」を持ち、オメガは男性であっても妊娠が可能になっている。オメガバースはアメリカ合衆国のドラマである『[[スーパーナチュラル]]』の[[ファンダム]]において2010年に誕生した。この設定は他の作品のファンダムに広がりながら2011年1月までに設定を確立させ、中国語圏や日本語圏など他の言語圏にも広がった。
==特徴==
オメガバースは、[[オオカミ]]をはじめとする[[イヌ科]]動物の、特に[[性行為]]に関する行動様式を人間に当てはめたものである。これには {{仮リンク|さかり|en|Rut (mammalian reproduction)}}や[[発情周期]]、[[フェロモン]]による誘引、[[亀頭球]]付き[[ペニス]]<ref name="NYT 23 May 2020" />、[[縄張り]]のマーキング<ref name="Bookriot"/>、繁殖行動や{{仮リンク|つがい|en|Pack (canine)}}の形成といったものが含まれる<ref name="Jezebel"/>。オメガのオスは[[男性の妊娠|妊娠能力を持っている]]こともしばしばである。また、[[狼男]]やその他の空想上の存在が登場するなど、[[ファンタジー]]要素が取り込まれる場合もある<ref name="NYT 23 May 2020" />。一部の作品ではカースト制度が導入されており、そうした作品ではアルファは上流階級のエリートとして描かれている一方で、オメガは最下層の存在として差別されている<ref>{{Cite web | url=https://natalie.mu/comic/news/311064 | title=傷心教師の赴任先は、妖し男子が集まる学園…羽純ハナの最新BL、ドラマCD化も決定 | language=ja | work=[[ナタリー (ニュースサイト)|Natalie]] | date=2018-12-06 | accessdate=2020-04-16}}</ref>。オメガバースはスラッシュ系創作を起源とする世界観であり、多くは男性同士の同性愛をテーマとしているが、異性愛をテーマとするオメガバースも存在する<ref name="Bookriot"/>。


==歴史==
== 歴史 ==
=== 起源 ===
オメガバースの原型は、[[1960年代]]後半にアメリカの[[テレビ番組|テレビシリーズ]]『[[スター・トレック]]』を題材とする[[ファン・フィクション]]の中で登場した。[[1967年]]放映のエピソード「{{仮リンク|バルカン星人の秘密|en|Amok Time}}」では[[バルカン人]]の発情期であり、発情期中に交尾をしなければ命の危険もある{{仮リンク|ポンファー|en|pon farr}}の概念が紹介される。[[トレッキー|スタートレックのファンダム]]において人気のテーマとなっており、特に{{仮リンク|カーク/スポック|en|Kirk/Spock}}のカップリングにおいて多く題材にされる。人間の交尾や発情期といった概念は他のジャンルにおいても援用され、オメガバースの不可欠な要素のひとつにもなった<ref name="Jaimeson">{{Cite book |date=26 November 2013 |title=Fic: Why Fanfiction is Taking Over the World | first=Anne | last=Jamieson | contribution=Pon Farr, Mpreg, and the rise of the Omegaverse | contributor=Kristina Busse |location=United States |publisher={{仮リンク|BenBella Books|en|BenBella Books|label=Smart Pop}} | page= | isbn=978-1939529190 }}</ref>。
{{Harvtxt|Busse|2013}}や{{Harvtxt|Arnaiz|2018}}は、オメガバースの主要なコンセプトの起源は、アメリカ合衆国のテレビドラマである『[[スタートレック]]』に登場する架空の種族である「[[バルカン人]]」が持つ「ポンファー」 ({{lang-en|Pon Farr}}) と呼ばれる習性にあるとしている。ポンファーとはバルカン人の性交周期であり、バルカン人はこの期間中に性交しなければ耐えがたい苦痛に襲われ、死の危険性もあるという設定である{{sfn|Busse|2013|pp=5941}}。特に [[国際幻想文学賞]]や[[ヒューゴー賞]]を受賞したSF作家である[[シオドア・スタージョン]]が脚本を担当した「Amok Time」{{Refnest|group="注釈"|『スタートレック』の第2シーズンの第1話{{sfn|Arnaiz|2018|pp=2342}}。}}という回においてこうした設定が導入された{{sfn|Arnaiz|2018|pp=2342-2350}}。


=== 登場と受容 ===
オメガバースの直接的な起源は『[[スーパーナチュラル]]』のファンダムにおいて登場した、男性の妊娠をテーマとした成人向け二次創作である<ref name="NYT 23 May 2020" />。[[2010年]]に発行された、[[ジャレッド・パダレッキ]]と[[ジェンセン・アクレス]]が登場する「[[生モノ (同人)|生モノ]]」の同人作品では、亀頭球を有する「アルファ」のオスと、そうでない「ビッチのオス」の存在が語られる<ref name="Jaimeson"/>。同年11月には、作品の二次創作コミュニティに同様の主題をもつ作品が投稿され、現在もなお使われるアルファ・ベータ・オメガの概念と、それに付随する設定が成立した。オメガバースの世界観は他の二次創作コミュニティにも広がり、特に2013年のテレビシリーズ『[[ハンニバル (テレビドラマ)|ハンニバル]]』や2011年の『{{仮リンク|ティーン・ウルフ (2011年のテレビシリーズ)|label=ティーン・ウルフ|en|Teen Wolf (2011 TV series)}}』などで顕著であった<ref name="NYT 23 May 2020" />。
オメガバースはアメリカ合衆国のテレビドラマである『[[スーパーナチュラル]]』のファンダムにおいて、[[ジャレッド・パダレッキ]]と[[ジェンセン・アクレス]]の[[生モノ (同人)|Real Person Fiction]]として登場した{{sfn|Busse|2013|pp=5942}}{{sfn|Sung|2021}}{{sfn|Gunderson|2017|p=16}}{{Refnest|group="注釈"|{{harvtxt|Arnaiz|2018}}は、あくまでFanloreにおける推測であるとしている{{sfn|Arnaiz|2018|pp=2342}}。}}。最初のオメガバースとされる作品は[[LiveJournal]]の『スーパーナチュラル』のファンダムにおいて2010年の5月に発表された『I ain't no lady, but you'd be the tramp,』である。{{sfn|Popova|2018|p=12}}{{sfn|Valens|2020}}。ただし、オメガバースが誕生した当初は「オメガ」という単語は使われておらず、「bitch male」と呼称されていた{{sfn|Valens|2020}}{{sfn|阿部|石橋|2020|p=3}}。『スーパーナチュラル』のファンダムにおいてオメガバースが登場したことについて、{{Harvtxt|Busse|2013}}は偶然ではないとしている。また、女性キャラクターにヒートが存在する『[[ダークエンジェル_(テレビドラマ)|ダークエンジェル]]』というテレビドラマにおいてジェンセン・アクレスが猫のDNAを持つ兵士役を演じたことも無関係ではないとしている{{sfn|Busse|2013|pp=5942-5962}}。


オメガバースは『[[ティーンウルフ]]』『シャーロック』といった他作品のファンダムにおいても速やかに受容された{{sfn|Gunderson|2017|p=16}}{{sfn|Popova|2018|p=12}}{{sfn|Alter|2020}}。最初のオメガバースとされる作品が投稿された2010年5月から2011年1月にかけて「アルファ」「ベータ」「オメガ」という設定が誕生し、「ヒート」の設定も登場するなど、この期間にオメガバースの設定が確立された{{sfn|阿部|石橋|2020|p=3}}。また、オメガバースは英語圏に限らず、中国語圏において2011年の10月ごろには『シャーロック』のオメガバース小説が耽美小説サイトである「{{lang|zh|随缘居}}」に投稿されたことをきっかけに耽美小説において導入された{{sfn|シュウ|ヤン|2019|p=41}}。また、日本語圏においても、2013年にはオンライン・コミュニティであるPixivにオメガバース設定を用いた作品が初めて投稿された{{sfn|阿部|石橋|2020|p=3}}。2013年から2014年頃に二次創作で用いられるようになり{{sfn|高島|2020|p=142}}、2015年頃からは商業BLにおいても導入されるようになった{{sfn|阿部|石橋|2020|p=3}}{{sfn|堀|守|2020|p=66}}{{Refnest|group="注釈"|{{harvtxt|阿部|石橋|2020}}は、2003年に連載が開始され、「階級社会」や「男性妊娠」、「発情」といったオメガバースと似た設定を持つ漫画である『Sex Pistols』が日本におけるオメガバースの原点であると推測している{{sfn|阿部|石橋|2020|p=3}}。}}。
==影響==
二次創作投稿サイトである{{仮リンク|Archive of Our Own|en|Archive of Our Own}}には、2020年現在、70000作以上のオメガバース作品が投稿されている<ref name="NYT 23 May 2020"/>。これらのファン作品に加え、オメガバースは成人向け商業作品においてもジャンルを形成している<ref>{{Cite web | url=https://booklive.jp/bkmr/omegaverse-bl-comic | title=《2019年版》おすすめオメガバースBL漫画17選【初心者向けから上級者向けまで】 | trans-title=Top 17 Recommended BL Omegaverse Manga for 2019 | language=ja | work=BookLive! | date=2018-07-11 | accessdate=2020-04-16}}</ref>。[[Amazon.com]]では200件以上のオメガバース小説が販売されており<ref name="NYT 23 May 2020"/>、日本の商業・同人BL作品においても台頭している<ref name="ANN"/><ref>{{Cite news|title=え? “オメガバース”って何? BL界で話題の“オメガバース”要素を取り入れたゲーム「オメガヴァンパイア」|date=2016-09-12|url=https://netatopi.jp/article/1019588.html|newspaper=ネタとぴ|publisher=インプレス}}</ref>。


===権利問題===
== 特徴 ==
オメガバースは作者によってさまざまな解釈やアレンジがなされており{{sfn|堀|守|2020|p=66}}{{sfn|井上|キヅイタラ|2020}}、正しいとされる設定はない{{sfn|堀|守|2020|p=66}}{{sfn|Valens|2020}}。日本の出版社であるふゅーじょんぷろだくと社が「オメガバースプロジェクト」シリーズを刊行した際にはレーベルごとに世界観が統一された{{sfn|高島|2020|p=143}}。
2016年にAddison Cainはオメガバースの世界観設定を使用した『Born to be Bound』を執筆した。2018年、Cainと出版社のBlushing Booksは、2018年に出版されたZoey Ellisの作品『Crave to Conquer』に対し、盗作と著作権侵害を理由に[[デジタルミレニアム著作権法]]通知申し立てを行った<ref name="Bookriot"/><ref name="Philstar"/>。この申し立ての結果として、Ellisの作品は数ヶ月にわたり、Amazonを含む書店での販売が停止された。Ellisと出版社のQuill Ink Booksは「オメガバースの世界観は個人の権利者や作品に帰属するものではない」と主張し、Cainらに失われた収益と風評被害による損害賠償請求を起こした。2019年にBlushing Booksは著作権侵害が発生していないことを認め、Quill PublishingとEllisに賠償金を支払った。同年9月にEllisらはCainを相手取り、悪意に基づいた虚偽の著作権を主張したことを理由に別件の民事訴訟を起こした。2020年にバージニア州裁判所はこの訴えを棄却した<ref>{{Cite web|title=Quill Ink Books, Ltd. v. Soto, Case No. 1:19-cv-476 {{!}} Casetext Search + Citator|url=https://casetext.com/case/quill-ink-books-ltd-v-soto|access-date=2020-11-16|website=casetext.com}}</ref>。この訴訟は[[ニューヨーク・タイムズ]]により取り上げられ、Cainにとって有利な結果となった同判決は、ファン文化をもとにした商業作品の権利問題について特筆すべき判例となったこと、ライバルを倒そうとする作家にとって知的財産法がいかに扱いやすい武器となっているかが指摘された<ref name="NYT 23 May 2020" />。


オメガバースは狼のような行動様式を人間に当てはめたものであり、{{仮リンク|さかり|en|Rut (mammalian reproduction)}}や発情周期、フェロモンによる誘引、亀頭球付きペニスなどが含まれる{{sfn|Alter|2020}}。こうした設定はオメガバースが登場した当初には存在せず、後に追加された{{sfn|Valens|2020}}。狼の群れにおけるアルファという概念は生物学者であるDavid Mechが執筆した1970年の書籍『The Wolf: Ecology and Behavior of an Endangered Species』で導入された。彼はこの書籍の中で、アルファは他の雄との激しい戦いの中で群れの支配を獲得するとしている。しかしその後、彼は1999年に発表した論文などにおいて、野生の狼の行動に関する研究と照らした上でこの概念を否定している{{sfn|Letzter|2016}}。
==参考文献==
{{Reflist|refs=


=== 第二の性 ===
<ref name="ANN">{{Cite press release |last= |first= |date=22 December 2019 |title=New Omegaverse(A/B/O) Titles Coming to Renta |url=https://www.animenewsnetwork.com/press-release/2019-12-22/new-omegaverse-titles-coming-to-renta/.154669 |location= |publisher=[[Anime News Network]] |agency= |access-date=17 July 2020}}</ref>
オメガバースにおいて、キャラクターは男女といった性別のうえに「アルファ」({{lang-en|Alpha}})、「ベータ」({{lang-en|Beta}})、「オメガ」({{lang-en|Omega}})の3つに分類される「第二の性」({{lang-en|secondary gender}})を持つ{{sfn|Sung|2021}}{{sfn|Popova|2018|p=13}}。オメガバースが「A/B/O」とも呼ばれるのはこのためである{{sfn|Sung|2021}}。オメガバースにおいては性別が6つ存在することになるが、多くの作品ではアルファの男性とオメガの男性の関係が描かれている{{sfn|Popova|2018|p=13}}。


アルファはフィクション中のヒエラルキーのなかで最高位に位置づけられ、身体的な性に関わらず他者を妊娠させることが出来る{{sfn|Sung|2021}}。アルファは{{仮リンク|さかり|en|Rut (mammalian reproduction)}}のような習性や、亀頭球付きのペニスを持つ{{sfn|Alter|2020}}{{sfn|Valens|2020}}。また、アルファであれば女性であってもこのようなペニスを持つ{{sfn|Notopoulos|2014}}。
<ref name="Bookriot">{{Cite web |last1=Tanjeem |first1=Namera |title=The Omegaverse Plagiarism Lawsuit, One Year On |url=https://bookriot.com/omegaverse-plagiarism-lawsuit/ |website=Book Riot |accessdate=17 July 2020 |date=18 July 2019}}</ref>


ベータは一般的な人間であり、ヒエラルキーのなかではアルファに次ぐ{{sfn|Popova|2018|p=13}}{{sfn|Valens|2020}}。フィクションにおいて、ベータは一般的にはアルファやオメガとペアにされることはなく、物語の筋から排除されることが多いが、なかにはアルファとオメガの「仲裁人」といったキャラクターとして登場するものもある{{sfn|Sung|2021}}。
<ref name="Jezebel">{{Cite news |last1=Shrayber |first1=Mark |title='Knotting' Is the Weird Fanfic Sex Trend That Cannot Be Unseen |url=https://jezebel.com/knotting-is-the-weird-fanfic-sex-trend-that-cannot-be-u-1606931767 |accessdate=25 May 2020 |work={{仮リンク|Jezebel (website)|en|Jezebel (website)|label=Jezebel}} |date=18 June 2014 |language=en-us}}</ref>


オメガはフィクション中のヒエラルキーのなかで最下層に位置づけられ{{sfn|Sung|2021}}、性別に関わらず妊娠することが可能である{{sfn|Sung|2021}}{{sfn|堀|守|2020|p=66}}。オメガは発情期を持っており、アルファを発情させるフェロモンを発する{{sfn|堀|守|2020|p=66}}{{sfn|Alter|2020}}。
<ref name="Philstar">{{Cite web |last1=Dalisay |first1=Butch |title=Trouble in literary wolf-land |url=https://www.philstar.com/lifestyle/arts-and-culture/2020/07/06/2025833/trouble-literary-wolf-land |website={{仮リンク|The Philippine Star|en|The Philippine Star|label=The Philippine Star}} |accessdate=17 July 2020 |date=6 July 2020}}</ref>


いくつかの作品においてはアルファとオメガの中間に位置する「デルタ」や「ガンマ」も登場する{{sfn|Sung|2021}}。
<ref name="NYT 23 May 2020">{{Cite news |last1=Alter |first1=Alexandra |title=A Feud in Wolf-Kink Erotica Raises a Deep Legal Question |url=https://www.nytimes.com/2020/05/23/business/omegaverse-erotica-copyright.html |work=The New York Times |archiveurl=https://web.archive.org/web/20200611030407/https://www.nytimes.com/2020/05/23/business/omegaverse-erotica-copyright.html |archivedate=11 July 2020 |date=23 May 2020}}</ref>


=== 番 ===
発情期のオメガがアルファにうなじを噛まれると「番」と呼ばれるパートナー契約が締結される{{sfn|高島|2020|p=142}}。番の解除はアルファしかできず、また、番解除後はアルファは別のオメガと新たに番を結べるが、オメガは不可能である{{sfn|高島|2020|p=142}}。また、オメガは番となったアルファとしかセックスができなくなるという設定が存在する{{sfn|堀|守|2020|p=66}}。このほかに、アルファとオメガがフェロモンによって強く惹かれ合う「魂の番」や「運命の番」とする設定も存在する{{sfn|高島|2020|p=142, 143}}。

== 人気 ==
Archive of Our Ownでは2016年の1月時点で12,000近くの作品が「Alpha/Beta/Omega Dynamics」に分類された。これは当時のArchive of Our Ownにある全作品の0.5パーセントほどであり、他の人気サブジャンルと匹敵する量だった{{sfn|Popova|2018|p=12}}。2020年時点では70,000以上の作品がArchive of Our Ownに投稿された{{sfn|Alter|2020}}。

オメガバースは西洋のスラッシュファンの間で人気だったが、西洋に限らず日本においても人気が上昇している{{sfn|Anime News Network|2019}}。

=== TikTokでの人気 ===
2021年ごろからオメガバースはTikTokで注目を浴びるようになった。2021年5月現在で「#Omegaverse」というハッシュタグが付いた動画の再生数の合計は3億5,700万再生を越え、「オメガ」や「アルファ」といったオメガバースの用語も数百万単位で再生数を上昇させた{{sfn|Sung|2021}}。また、好きな絵文字といった15個の質問から回答者がオメガバースにおける第二の性においてどの性別に対応するか診断するクイズも急速に拡散された{{sfn|Allen|2021}}。

== 批評 ==
オメガバースについて論じた学術的な研究は限られているが、ファンが自らオメガバースの歴史や主な特色、論評などをまとめた「メタ」と呼ばれるガイドが発表されている{{sfn|Popova|2018|p=12}}。

{{harvtxt|Valens|2020}}は、オメガバースは最も人気かつ最も論争のあるジャンルのひとつであるとしている{{sfn|Valens|2020}}。ファンフィクションのコミュニティにおいてもオメガバースは非常に論争のあるジャンルであり、いくつかのファンコミュニティではオメガバースは「dogfuck rapeworld」と軽蔑されている{{sfn|Popova|2018|p=14}}。また、{{harvtxt|堀|2019}}は、オメガバースは権力関係をエンターテインメント化した設定であるとしている{{sfn|堀|2019|p=295, 296}}。

=== ジェンダーロール ===
{{harvtxt|Busse|2013}}は、オメガバース作品の多くではオメガの男性が伝統的な女性の役割を演じているとしている{{sfn|Busse|2013|p=5962}}。また、{{harvtxt|高島|2020}}は、オメガバースは男性中心社会において女性が経験する困難さを増幅させて男性表象に被せる意趣返しであるとしている{{sfn|高島|2020|p=145}}。

=== 性的暴力 ===
オメガバースは合意を経ない番や強制的な出産を中心題目にしており、性的暴力といった点から批判されている{{sfn|Sung|2021}}。{{harvtxt|Wu|2021}}はボーイズラブにおける問題のある関係性、性的同意を経ていない関係性の例としてオメガバースを挙げている{{sfn|Wu|2021}}。{{harvtxt|堀|2020}}は、読者が性暴力をファンタジーとして安全に読める装置の例としてオメガバースを挙げ、オメガバースの発情という設定は強引なセックスが行われることについてページを割かずにその理由を描くことを可能にしたとしている{{sfn|堀|2020|p=147}}。

=== 身分差別 ===
オメガバースの世界において、オメガは被差別階層とされている{{sfn|堀|守|2020|p=66}}。{{harvtxt|堀|守|2020}}は、描き方によっては身分差別の設定をそのまま楽しんでしまう恐れがあるとしているほか{{sfn|堀|守|2020|p=66}}、{{harvtxt|高島|2020}}は、オメガバースは現実の差別を反映しながらも、作品によってはそうした差別の表象に無頓着であるとしている{{sfn|高島|2020|p=145}}。

== 著作権訴訟 ==
2016年、アメリカ合衆国ヴァージニア州に住むAddison Cainは『Born to Be Bound』と題された、オメガバースの設定を用いた作品を出版した。彼女の作品はヒットし、その後もいくつかの作品を出版しておよそ370,000ドルの利益を上げた{{sfn|Alter|2020}}。2018年1月、Zoey Ellisは同様にオメガバースの設定を用いた『Crave to Conquer』を出版した。2つの書籍は登場人物であるオメガの女性がフェロモンに抵抗しようとして失敗する描写があるなど一致する部分があった{{sfn|Alter|2020}}{{sfn|Tanjeem|2019}}。

Cainと出版社であるBlushing Booksは、Ellisの作品は盗作であるとして[[デジタルミレニアム著作権法]]通知を申し立て、iTunesやBarnes & Nobleなど6つ以上のオンライン書店に対してEllisの作品の削除を求めた。その後、複数のオンライン書店で彼女の作品は削除された{{sfn|Alter|2020}}{{sfn|Tanjeem|2019}}。これに対してEllisと出版社であるQuill Ink Booksは同年秋に「オメガバースは誰の所有物でもない」としてオクラホマ州の連邦裁判所に申し立てた{{sfn|Alter|2020}}{{sfn|Tanjeem|2019}}。この訴訟はニューヨーク・タイムズにより取り上げられ、Cainにとって有利な結果となった同判決は、ファン文化をもとにした商業作品の権利問題について特筆すべき判例となったこと、ライバルを倒そうとする作家にとって著作権法がいかに扱いやすい武器となっているかが指摘された{{sfn|Alter|2020}}。また、この訴訟において、アメリカ合衆国に本拠地を置く非営利組織である[[電子フロンティア財団]]がEllisを支援した{{sfn|Moss|Mcsherry|2020}}。

== 派生 ==
キャラクターに「本能」としての主従関係を割り振った「Dom/Subユニバース」や、「フォーク」と呼ばれる人々が「ケーキ」と呼ばれる人々に食欲を抱く「ケーキバース」などオメガバースから派生した設定が存在する{{sfn|高島|2020|p=147}}。

== 脚注 ==
=== 注釈 ===
{{Notelist}}

=== 出典 ===
{{Reflist|20em}}

== 参考文献 ==
=== 日本語文献 ===
*{{Cite book|和書|editor=ジェームズ・ウェルカー|title=BLが開く扉|year=2019|publisher=青土社|isbn=978-4-7917-7225-4}}
**{{Cite book|和書|author1=シュウ・ヤンルイ|author2=ヤン・リン|title=BLとスラッシュのはざまで|pages=29-46|ref={{SfnRef|シュウ|ヤン|2019}}}}
**{{Cite book|和書|author=堀あきこ|title=あとがき|pages=285-296|ref={{SfnRef|堀|2019}}}}
*{{Cite book|和書|editor=堀あきこ、守如子|title=BLの教科書|year=2020|publisher=有斐閣|isbn=978-4-641-17454-2}}
**{{Cite book|和書|author1=堀あきこ|author2=守如子|title=BLの浸透と深化、拡大と多様化|pages=57-74|ref={{SfnRef|堀|守|2020}}}}
**{{Cite book|和書|author=堀あきこ|title=ポルノとBL|pages=138-151|ref={{SfnRef|堀|2020}}}}
*{{Cite journal|和書|author=高島鈴|title=オメガバースを読む|journal=ユリイカ|issue=763|pages=142-148|year=2020|publisher=青土社|ref={{SfnRef|高島|2020}}}}

=== 英語文献 ===
*{{Cite news |last1=Alter |first1=Alexandra |title=A Feud in Wolf-Kink Erotica Raises a Deep Legal Question |url=https://www.nytimes.com/2020/05/23/business/omegaverse-erotica-copyright.html |work=The New York Times |archiveurl=https://web.archive.org/web/20200611030407/https://www.nytimes.com/2020/05/23/business/omegaverse-erotica-copyright.html |archivedate=2020-07-11|date=2020-05-23|ref={{SfnRef|Alter|2020}}}}
*{{Cite book|editor=Ashton Spacey|title=The Darker Side of Slash Fan Fiction: Essays on Power, Consent, and the Body|publisher=McFarland (Kindle版) |year=2018|isbn=978-1476671215}}
**{{Cite book|first = Laura Campillo|last = Arnaiz|title = When the Omega Empath Met the Alpha Doctor: An Analysis of the Alpha/Beta/Omega Dynamics in the Hannibal Fandom.|ref={{SfnRef|Arnaiz|2018}}}}
*{{Cite book|editor=Jamison, Anne|title=ic: Why Fanfiction is Taking Over the World|publisher=Smart Pop (Kindle版) |year=2013|isbn=978-1939529190}}
**{{Cite book|last=Busse|first=Kristina|title=Pon Farr, Mpreg, and the rise of the Omegaverse|ref={{SfnRef|Busse|2013}}}}
*{{Cite journal|first = Marianne|last = Gunderson|title = What is an omega? Rewriting sex and gender in omegaverse fanfiction|publisher = [[オスロ大学|University of Oslo]]|year = 2017|url = http://urn.nb.no/URN:NBN:no-62871|ref = {{SfnRef|Gunderson|2017}}}}
*{{Cite journal|first = Milena|last = Popova|title = “Dogfuck rapeworld”: Omegaverse fanfiction as a critical tool in analyzing the impact of social power structures on intimate relationships and sexual consent|journal = [[:en:Porn Studies (journal)|Porn Studies]]|volume = 5|issue = 2|year = 2018|publisher = [[ラウトレッジ|Routledge]]|pages = 175-191|doi = 10.1080/23268743.2017.1394215|ref = {{SfnRef|Popova|2018}}}}

=== ウェブページ ===
*{{Cite web
| date = 2021-05-06
| url = https://www.distractify.com/p/omegaverse-quiz-tiktok
| archiveurl = https://web.archive.org/web/20220227061929/https://www.distractify.com/p/omegaverse-quiz-tiktok
| archivedate = 2022-02-17
| author = Allen, Joseph
| title = The Omegaverse Quiz Is Combining TikTok With the World of Erotic Fan Fiction
| publisher = Distractify
| accessdate = 2022-02-05
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*{{Cite web
| date = 2019-12-22
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| author =
| title = New Omegaverse(A/B/O) Titles Coming to Renta
| publisher = Anime News Network
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| archivedate = 2022-02-27
| author = Moss, Alex; Mcsherry, Corynne
| title = Defending Fair Use in the Omegaverse
| publisher = [[電子フロンティア財団|Electronic Frontier Foundation]]
| accessdate = 2022-02-05
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| author = Rafi Letzter
| title = There’s no such thing as an alpha male
| publisher = Business Insider
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| author = Katie Notopoulos
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| author = Morgan Sung
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| author = Valens, Ana
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| author = 阿部裕華、石橋悠
| title = 【BLのことさらに知ってみませんか?】オメガバースの基本知識からBLの時流に乗ろう!の巻 【アニメイト編集部BL塾・応用編】
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| date = 2020-07-15
| url = https://book.asahi.com/article/13543878
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| archivedate = 2022-02-27
| author = 井上將利、キヅイタラ・フダンシー
| title = 「オメガバース」とは? BL担当書店員がすすめる入門作品2選
| website = 好書好日
| publisher = 朝日新聞社
| accessdate = 2022-01-21
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2022年3月19日 (土) 06:28時点における版

オメガバース英語: Omegaverse、またはAlpha/Beta/Omega Dynamics、略してA/B/Oとも)は、スペキュレイティブ・フィクションにおける設定のひとつである。もともとはスラッシュ系のファン・フィクションのサブジャンルであった。

オメガバースにおいて、キャラクターは男女といった性別のうえに「アルファ」「ベータ」「オメガ」の3つの「第二の性」を持ち、オメガは男性であっても妊娠が可能になっている。オメガバースはアメリカ合衆国のドラマである『スーパーナチュラル』のファンダムにおいて2010年に誕生した。この設定は他の作品のファンダムに広がりながら2011年1月までに設定を確立させ、中国語圏や日本語圏など他の言語圏にも広がった。

歴史

起源

Busse (2013)Arnaiz (2018)は、オメガバースの主要なコンセプトの起源は、アメリカ合衆国のテレビドラマである『スタートレック』に登場する架空の種族である「バルカン人」が持つ「ポンファー」 (英語: Pon Farr) と呼ばれる習性にあるとしている。ポンファーとはバルカン人の性交周期であり、バルカン人はこの期間中に性交しなければ耐えがたい苦痛に襲われ、死の危険性もあるという設定である[1]。特に 国際幻想文学賞ヒューゴー賞を受賞したSF作家であるシオドア・スタージョンが脚本を担当した「Amok Time」[注釈 1]という回においてこうした設定が導入された[3]

登場と受容

オメガバースはアメリカ合衆国のテレビドラマである『スーパーナチュラル』のファンダムにおいて、ジャレッド・パダレッキジェンセン・アクレスReal Person Fictionとして登場した[4][5][6][注釈 2]。最初のオメガバースとされる作品はLiveJournalの『スーパーナチュラル』のファンダムにおいて2010年の5月に発表された『I ain't no lady, but you'd be the tramp,』である。[7][8]。ただし、オメガバースが誕生した当初は「オメガ」という単語は使われておらず、「bitch male」と呼称されていた[8][9]。『スーパーナチュラル』のファンダムにおいてオメガバースが登場したことについて、Busse (2013)は偶然ではないとしている。また、女性キャラクターにヒートが存在する『ダークエンジェル』というテレビドラマにおいてジェンセン・アクレスが猫のDNAを持つ兵士役を演じたことも無関係ではないとしている[10]

オメガバースは『ティーンウルフ』『シャーロック』といった他作品のファンダムにおいても速やかに受容された[6][7][11]。最初のオメガバースとされる作品が投稿された2010年5月から2011年1月にかけて「アルファ」「ベータ」「オメガ」という設定が誕生し、「ヒート」の設定も登場するなど、この期間にオメガバースの設定が確立された[9]。また、オメガバースは英語圏に限らず、中国語圏において2011年の10月ごろには『シャーロック』のオメガバース小説が耽美小説サイトである「随缘居」に投稿されたことをきっかけに耽美小説において導入された[12]。また、日本語圏においても、2013年にはオンライン・コミュニティであるPixivにオメガバース設定を用いた作品が初めて投稿された[9]。2013年から2014年頃に二次創作で用いられるようになり[13]、2015年頃からは商業BLにおいても導入されるようになった[9][14][注釈 3]

特徴

オメガバースは作者によってさまざまな解釈やアレンジがなされており[14][15]、正しいとされる設定はない[14][8]。日本の出版社であるふゅーじょんぷろだくと社が「オメガバースプロジェクト」シリーズを刊行した際にはレーベルごとに世界観が統一された[16]

オメガバースは狼のような行動様式を人間に当てはめたものであり、さかり英語版や発情周期、フェロモンによる誘引、亀頭球付きペニスなどが含まれる[11]。こうした設定はオメガバースが登場した当初には存在せず、後に追加された[8]。狼の群れにおけるアルファという概念は生物学者であるDavid Mechが執筆した1970年の書籍『The Wolf: Ecology and Behavior of an Endangered Species』で導入された。彼はこの書籍の中で、アルファは他の雄との激しい戦いの中で群れの支配を獲得するとしている。しかしその後、彼は1999年に発表した論文などにおいて、野生の狼の行動に関する研究と照らした上でこの概念を否定している[17]

第二の性

オメガバースにおいて、キャラクターは男女といった性別のうえに「アルファ」(英語: Alpha)、「ベータ」(英語: Beta)、「オメガ」(英語: Omega)の3つに分類される「第二の性」(英語: secondary gender)を持つ[5][18]。オメガバースが「A/B/O」とも呼ばれるのはこのためである[5]。オメガバースにおいては性別が6つ存在することになるが、多くの作品ではアルファの男性とオメガの男性の関係が描かれている[18]

アルファはフィクション中のヒエラルキーのなかで最高位に位置づけられ、身体的な性に関わらず他者を妊娠させることが出来る[5]。アルファはさかり英語版のような習性や、亀頭球付きのペニスを持つ[11][8]。また、アルファであれば女性であってもこのようなペニスを持つ[19]

ベータは一般的な人間であり、ヒエラルキーのなかではアルファに次ぐ[18][8]。フィクションにおいて、ベータは一般的にはアルファやオメガとペアにされることはなく、物語の筋から排除されることが多いが、なかにはアルファとオメガの「仲裁人」といったキャラクターとして登場するものもある[5]

オメガはフィクション中のヒエラルキーのなかで最下層に位置づけられ[5]、性別に関わらず妊娠することが可能である[5][14]。オメガは発情期を持っており、アルファを発情させるフェロモンを発する[14][11]

いくつかの作品においてはアルファとオメガの中間に位置する「デルタ」や「ガンマ」も登場する[5]

発情期のオメガがアルファにうなじを噛まれると「番」と呼ばれるパートナー契約が締結される[13]。番の解除はアルファしかできず、また、番解除後はアルファは別のオメガと新たに番を結べるが、オメガは不可能である[13]。また、オメガは番となったアルファとしかセックスができなくなるという設定が存在する[14]。このほかに、アルファとオメガがフェロモンによって強く惹かれ合う「魂の番」や「運命の番」とする設定も存在する[20]

人気

Archive of Our Ownでは2016年の1月時点で12,000近くの作品が「Alpha/Beta/Omega Dynamics」に分類された。これは当時のArchive of Our Ownにある全作品の0.5パーセントほどであり、他の人気サブジャンルと匹敵する量だった[7]。2020年時点では70,000以上の作品がArchive of Our Ownに投稿された[11]

オメガバースは西洋のスラッシュファンの間で人気だったが、西洋に限らず日本においても人気が上昇している[21]

TikTokでの人気

2021年ごろからオメガバースはTikTokで注目を浴びるようになった。2021年5月現在で「#Omegaverse」というハッシュタグが付いた動画の再生数の合計は3億5,700万再生を越え、「オメガ」や「アルファ」といったオメガバースの用語も数百万単位で再生数を上昇させた[5]。また、好きな絵文字といった15個の質問から回答者がオメガバースにおける第二の性においてどの性別に対応するか診断するクイズも急速に拡散された[22]

批評

オメガバースについて論じた学術的な研究は限られているが、ファンが自らオメガバースの歴史や主な特色、論評などをまとめた「メタ」と呼ばれるガイドが発表されている[7]

Valens (2020)は、オメガバースは最も人気かつ最も論争のあるジャンルのひとつであるとしている[8]。ファンフィクションのコミュニティにおいてもオメガバースは非常に論争のあるジャンルであり、いくつかのファンコミュニティではオメガバースは「dogfuck rapeworld」と軽蔑されている[23]。また、堀 (2019)は、オメガバースは権力関係をエンターテインメント化した設定であるとしている[24]

ジェンダーロール

Busse (2013)は、オメガバース作品の多くではオメガの男性が伝統的な女性の役割を演じているとしている[25]。また、高島 (2020)は、オメガバースは男性中心社会において女性が経験する困難さを増幅させて男性表象に被せる意趣返しであるとしている[26]

性的暴力

オメガバースは合意を経ない番や強制的な出産を中心題目にしており、性的暴力といった点から批判されている[5]Wu (2021)はボーイズラブにおける問題のある関係性、性的同意を経ていない関係性の例としてオメガバースを挙げている[27]堀 (2020)は、読者が性暴力をファンタジーとして安全に読める装置の例としてオメガバースを挙げ、オメガバースの発情という設定は強引なセックスが行われることについてページを割かずにその理由を描くことを可能にしたとしている[28]

身分差別

オメガバースの世界において、オメガは被差別階層とされている[14]堀 & 守 (2020)は、描き方によっては身分差別の設定をそのまま楽しんでしまう恐れがあるとしているほか[14]高島 (2020)は、オメガバースは現実の差別を反映しながらも、作品によってはそうした差別の表象に無頓着であるとしている[26]

著作権訴訟

2016年、アメリカ合衆国ヴァージニア州に住むAddison Cainは『Born to Be Bound』と題された、オメガバースの設定を用いた作品を出版した。彼女の作品はヒットし、その後もいくつかの作品を出版しておよそ370,000ドルの利益を上げた[11]。2018年1月、Zoey Ellisは同様にオメガバースの設定を用いた『Crave to Conquer』を出版した。2つの書籍は登場人物であるオメガの女性がフェロモンに抵抗しようとして失敗する描写があるなど一致する部分があった[11][29]

Cainと出版社であるBlushing Booksは、Ellisの作品は盗作であるとしてデジタルミレニアム著作権法通知を申し立て、iTunesやBarnes & Nobleなど6つ以上のオンライン書店に対してEllisの作品の削除を求めた。その後、複数のオンライン書店で彼女の作品は削除された[11][29]。これに対してEllisと出版社であるQuill Ink Booksは同年秋に「オメガバースは誰の所有物でもない」としてオクラホマ州の連邦裁判所に申し立てた[11][29]。この訴訟はニューヨーク・タイムズにより取り上げられ、Cainにとって有利な結果となった同判決は、ファン文化をもとにした商業作品の権利問題について特筆すべき判例となったこと、ライバルを倒そうとする作家にとって著作権法がいかに扱いやすい武器となっているかが指摘された[11]。また、この訴訟において、アメリカ合衆国に本拠地を置く非営利組織である電子フロンティア財団がEllisを支援した[30]

派生

キャラクターに「本能」としての主従関係を割り振った「Dom/Subユニバース」や、「フォーク」と呼ばれる人々が「ケーキ」と呼ばれる人々に食欲を抱く「ケーキバース」などオメガバースから派生した設定が存在する[31]

脚注

注釈

  1. ^ 『スタートレック』の第2シーズンの第1話[2]
  2. ^ Arnaiz (2018)は、あくまでFanloreにおける推測であるとしている[2]
  3. ^ 阿部 & 石橋 (2020)は、2003年に連載が開始され、「階級社会」や「男性妊娠」、「発情」といったオメガバースと似た設定を持つ漫画である『Sex Pistols』が日本におけるオメガバースの原点であると推測している[9]

出典

  1. ^ Busse 2013, pp. 5941.
  2. ^ a b Arnaiz 2018, pp. 2342.
  3. ^ Arnaiz 2018, pp. 2342–2350.
  4. ^ Busse 2013, pp. 5942.
  5. ^ a b c d e f g h i j Sung 2021.
  6. ^ a b Gunderson 2017, p. 16.
  7. ^ a b c d Popova 2018, p. 12.
  8. ^ a b c d e f g Valens 2020.
  9. ^ a b c d e 阿部 & 石橋 2020, p. 3.
  10. ^ Busse 2013, pp. 5942–5962.
  11. ^ a b c d e f g h i j Alter 2020.
  12. ^ シュウ & ヤン 2019, p. 41.
  13. ^ a b c 高島 2020, p. 142.
  14. ^ a b c d e f g h 堀 & 守 2020, p. 66.
  15. ^ 井上 & キヅイタラ 2020.
  16. ^ 高島 2020, p. 143.
  17. ^ Letzter 2016.
  18. ^ a b c Popova 2018, p. 13.
  19. ^ Notopoulos 2014.
  20. ^ 高島 2020, p. 142, 143.
  21. ^ Anime News Network 2019.
  22. ^ Allen 2021.
  23. ^ Popova 2018, p. 14.
  24. ^ 堀 2019, p. 295, 296.
  25. ^ Busse 2013, p. 5962.
  26. ^ a b 高島 2020, p. 145.
  27. ^ Wu 2021.
  28. ^ 堀 2020, p. 147.
  29. ^ a b c Tanjeem 2019.
  30. ^ Moss & Mcsherry 2020.
  31. ^ 高島 2020, p. 147.

参考文献

日本語文献

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    • シュウ・ヤンルイ、ヤン・リン『BLとスラッシュのはざまで』、29-46頁。 
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    • 堀あきこ、守如子『BLの浸透と深化、拡大と多様化』、57-74頁。 
    • 堀あきこ『ポルノとBL』、138-151頁。 
  • 高島鈴「オメガバースを読む」『ユリイカ』第763号、青土社、2020年、142-148頁。 

英語文献

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