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'''宜蘭クレオール'''(ぎらんクレオール、Yilan Creole)は、台湾で話される[[日本語]]をベースとした[[タイヤル語]]との[[クレオール言語]]である。'''寒渓語'''、'''寒渓タイヤル語'''、'''寒渓泰雅語'''とも呼ばれる。日本人の入植者と[[宜蘭県]]の[[タイヤル族]]との接触によって、1930年代から1940年代にかけて誕生した。1974年に生まれた話者は、語彙は70%が日本語、30%がタイヤル語由来であるが、文法はどちらの言語にもあまり似ていない<ref>Chien Yuehchen & Sanada Shinji (2010) "Yilan Creole in Taiwan", ''Journal of Pidgin and Creole Languages'' 25:2, pp. 350–357.</ref>。
'''宜蘭クレオール<ref>also {{nihongo||寒渓語|Kankei|lead=yes}} or ''Hanxi'' ({{zh|t=寒溪語}})</ref>'''(ぎらんクレオール、Yilan Creole)は、台湾で話される[[日本語]]をベースとした[[タイヤル語]]との[[クレオール言語]]である。'''寒渓語'''、'''寒渓タイヤル語'''、'''寒渓泰雅語'''とも呼ばれる。日本人の入植者と[[宜蘭県]]南部[[原住民]][[タイヤル族]]との接触によって、1930年代から1940年代にかけて誕生した。1974年に生まれた話者語彙は70%が日本語、30%がタイヤル語由来だったが、文法はどちらの言語にもあまり似ていない<ref>Chien Yuehchen & Sanada Shinji (2010) "Yilan Creole in Taiwan", ''Journal of Pidgin and Creole Languages'' 25:2, pp. 350–357.</ref>。

日本語とアタヤル語の母語話者は両方共に理解できない<ref name=":1">Qiu, P. (2015). A preliminary investigation of Yilan Creole in Taiwan: discussing predicate position in Yilan Creole (Unpublished master's thesis). University of Alberta. Retrieved March 09, 2017, from <nowiki>https://era.library.ualberta.ca/files/02870z43h/Qiu_Peng_201502_MA.pdf</nowiki></ref>。2006年に簡月真(Chien Yuehchen)と[[真田信治]]によって確認されたが、その存在はまだほとんど分かっていない<ref name=":1" /><ref name=":2">Sanada, S., & Chien, Y. (n.d.). Yilan Creole of the Atayal People in Eastern Taiwan (Doctoral dissertation) [Abstract]. Retrieved March 09, 2017, from <nowiki>http://tao.wordpedia.com/show_pdf.ashx?sess=iwmb4y550izys545ptekbrrc&file_name=JO00000812_3-3_75-89&file_type=r</nowiki></ref>。言語名は話されている地域の地名から、真田と簡によって命名された<ref name=":3">Zeitoun, E., Teng, S. F., & Wu, J. J. (Eds.). (2015). New advances in Formosan linguistics. Asia-Pacific Linguistics. Retrieved March 09, 2017, from <nowiki>http://pacling.anu.edu.au/materials/SAL/APL017-SAL003.pdf#page=539</nowiki></ref>。台湾の公用語であるマンダリンによって、宜蘭クレオールの存在は脅かされている<ref name=":3" />。

== 分類 ==
宜蘭クレオールは、日本語族の一員とみなされるクレオール語である<ref>Yilan Creole Japanese. (n.d.). Retrieved March 10, 2017, from <nowiki>http://glottolog.org/resource/languoid/id/yila1234</nowiki></ref>。クレオールの上層言語と基層言語はそれぞれ日本語とアタヤル語である<ref name=":1" />。1930年代からアタヤルとセデックの人々の間で第一言語として使われていた可能性がある<ref name=":3" />。

== 歴史 ==
1895年の[[下関条約]]に基づき、1945年まで[[日本統治時代の台湾|台湾島は日本に併合]]された<ref name=":4">Homma, N. (n.d.). Vestiges of Japanese Colonialism in Taiwan. 222-227. Retrieved March 09, 2017, from <nowiki>http://archive.kyotogakuen.ac.jp/~o_human/pdf/association/2012/i2012_05.pdf</nowiki></ref><ref name=":0">Parker, J. D. , 2012-04-22 "Japanese language education in colonized Taiwan: Language and assimilation"'' Paper presented at the annual meeting of the 56th Annual Conference of the Comparative and International Education Society, Caribe Hilton, San Juan, Puerto Rico'' <Not Available>. 2014-12-12 from <nowiki>http://citation.allacademic.com/meta/p556741_index.html</nowiki></ref>。日本による台湾島の統治は約50年続いた<ref name=":4" />が、その後半には[[皇民化]]政策により、台湾は日本との[[同化政策|同化]]が進められた<ref name=":4" />。これに伴ってアタヤル語と[[日本語]]が接触した結果、宜蘭クレオールが現れた<ref name=":2" />。台湾人は、日本語以外の言語を禁止され、日本語で授業が行われる学校に通学し、1944年には台湾人の77%以上が日本語を話すことができた<ref name=":0" /><ref name=":4" />。大日本帝国政府が改革したのは、言語、名前の変更、社会慣習に関する法律であった<ref name=":4" />。多くの人が今日でも日本語に堪能であり、そこでは時に日本語は[[リンガフランカ]]として使われている<ref name=":5">Formation Processes of Japanese Language Varieties and Creoles | NINJAL. (n.d.). Retrieved March 10, 2017, from <nowiki>http://www.ninjal.ac.jp/english/research/project/a/creoles/</nowiki></ref><ref name=":1" />。中華民国は1945年に日本が降伏した後、日本による台湾への影響を取り除こうとしたが、台湾の言語と文化への影響は依然として大いに明らかである<ref name=":4" />。
[[File:Taiwan ROC political division map Yilan County.svg|thumb|宜蘭県、台湾]]
アタヤル語の特徴が台湾で話される日本語の中に現れ、最終的には完全にクレオールになる前に[[ピジン言語|ピジン]]となり、現在は台湾で、おそらくは世界でも唯一知られている日本語のクレオールである<ref name=":1" /><ref name=":3" />。

== 地理的分布 ==
クレオールは、台湾東部の宜蘭県にある東岳(Tungyueh)村、金洋(Chinyang)村、澳花(Aohua)村、寒渓(Hanhsi)村で、主に話され、それぞれに違いが見られる<ref name=":3" /><ref name=":2" />。宜蘭クレオールの話者の正確な数は不明であるが、それはおそらく4つの村の総人口(3,000人)よりも少ないと推測される<ref name=":3" /><ref name=":1" />。ある見積もりでは、現在2000〜3000人の宜蘭クレオールの話者が存在するという<ref name=":1" />。クレオールは現在すべての世代で使用されている<ref name=":5" />が、若い世代はあまり触れていれていないため、言語が危険にさらされている<ref name=":2" />。高齢者層は[[台湾中国語|マンダリン]]に堪能ではない者もいるが、若い世代はマンダリンを一貫して使用している<ref name=":3" />。

今日、台湾社会にはまだ日本語が影響を与えている。日本語で書かれた日本のインターネットサイトは、台湾人に見られ、「台湾と同じくらい多くの情報を日本語で作成している国は殆ど無い」と言われている<ref name=":4" />。その証拠に、台湾では、日本語の看板、特に日本の[[ひらがな]]「の」の使用が見受けられる<ref name=":4" />。日本統治下で、日本語で教育を受けた台湾市民は、今日でも流暢に日本語を話す<ref name=":4" />。宜蘭クレオールの話者は三世代に渡っており、高齢者と中年層の人々は若い世代よりもはるかにクレオールを使用している<ref name=":1" />。

東岳村では若い世代が宜蘭クレオールを話さなくなったようだが、澳花村にはまだ若い世代のクレオールの話者がいる<ref name=":3" />。アタヤル族の文化的遺産のより伝統的で純粋な感覚を保つことが推進された後、日本語の特徴を持つ宜蘭クレオールは言語の試験から除外された。これにより、若い話者の宜蘭クレオールからマンダリンへの移行に拍車がかかった<ref name=":1" />。高齢な世代は、同じ年代の人とは日本語または宜蘭クレオールで話すことを好む一方で、若い世代と話すときには、宜蘭クレオールと混合されたアタヤル語またはマンダリンをよく使う。若い世代は同様に同じ年代の話者と話すときはマンダリンを好むが、高齢者に対しては宜蘭クレオールを使うことがある<ref name=":1" />。

20世紀前半、西日本から台湾への日本人の移住によって、台湾の移民の70%を西日本出身者が占めたため、宜蘭クレオールは西日本の方言の一部を借用した。しかし、これらの地域方言は未だに無意識のうちに使われている<ref name=":3" />。


==音韻==
==音韻==
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===母音===
===母音===
宜蘭クレオールの母音の内、[a],[i],[u],[e],[o]は日本語とアタヤル語の双方から由来しているが、それだけでなく、[ə]はとくにアタヤル語から由来している<ref name=":1" />。ただし、宜蘭クレオールの [u] は日本語の非円唇母音の [ɯ] より、アタヤル語の円唇母音の [u] に近い<ref name=":3" />。

また、 “gakkô ” (学校)が “gako” になるように、しばしば宜蘭クレオールでは、日本語の長子音や長母音が短縮される<ref name=":1" />。


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===子音===
===子音===
宜蘭クレオールは、日本語とアタヤル語由来の22の子音を持つ<ref name=":1" />。

(1).破裂音 [p, b, t, d, k, g, ʔ]: p, b, t, d, k, g,

(2).鼻音 [m, n, ŋ] : m, n, ng

(3).摩擦音 [s, z, ɕ, x, h]: s, z, s, x, h

(4).破擦音 [ts, tɕ, dʑ]: t, t, z

(5).半母音 [w, y]: w, y

(6).流音 [r, l]: r, l

宜蘭クレオールが継承している日本語の子音には、[[有声音|有声]]の[[閉鎖音]][b]、[d]、[g]、有声の歯茎[[摩擦音]][z]、歯茎硬口蓋摩擦音[ɕ]、歯茎硬口蓋破擦音[tɕ]と[dʑ]がある。しかし、日本語には存在する両唇摩擦音[Φ]と鼻音[N]はない<ref name=":1" />。

宜蘭クレオールがアタヤル語から受け継いだ子音の中には、[[声門破裂音]][ʔ]、歯茎音の流音[l]、[[軟口蓋音|軟口蓋]]摩擦音[x]、流音[l]が含まれる。 しかし、アタヤル語にはある口蓋垂破裂音[q]を持たない。 宜蘭クレオールがアタヤル語から採用した特徴は、他に、子音[t]と[k]が単語の語尾につくことができ、軟口蓋鼻音 [ŋ]は単語の語頭にも語尾にも現れることができ、[x]と[h]は単語の語尾に現れるといったこと等が挙げられる。 日本語由来の単語の一部では、“suware”(座れ)が“suwale”になるように、[r]が[l]に置き換わっている。 同様に、多くの日本語由来の単語で[d]も音素[l]に置き換わっている<ref name=":1" />。

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==文法==
=== 強勢 ===
宜蘭クレオールの強勢はアタヤル語のように、最終音節で落ちる<ref name=":1" />。
== 文法 ==

=== 形態論 ===
クレオールの動詞は日本語、アタヤル語双方に由来するが、動詞の活用は、いくつかの点で一意に異なる。時制は、接辞と時間についての副詞を併用するという点で注目される。アタヤル語由来の動詞も、日本語のように接辞を加えられる<ref name=":1" />。クレオールの否定の形式は、アタヤル語の文法における直説法に合わせて、日本語の形式を援用する<ref>Sanada, S., & Chien, Y. (2011). Negation in Taiwan's Yilan Creole: Focusing on -nay and -ng [Abstract]. Gengo Kenkyu, 73-87. Retrieved March 08, 2017, from <nowiki>http://cat.inist.fr/?aModele=afficheN&cpsidt=25353712</nowiki></ref>。

===語順===
基本語順は日本語と同じく[[SOV語順]]だが、タイヤル語のような[[VOS語順]]もしばしば現れる<ref name=":3" />

===格===
===格===
格表示は無表示または[[格助詞]]のような後置詞を以て示される。
格表示は無表示または[[格助詞]]のような後置詞を以て示される。
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===代名詞===
== 語彙 ==
宜蘭クレオールでは、単語の音韻学的形態は日本語に、意味的性質はアタヤル語に由来する<ref name=":3" />。 Zeitoun、Teng、Wuによる東岳村での宜蘭クレオールに関する調査によれば、「宜蘭クレオールの基本語彙の中で、アタヤル語に由来する語の割合は18.3%であり、日本語由来の単語の割合は35.6%である。 アタヤル語由来の単語と日本語由来の単語の両方が使われるものは、33.8%あった」<ref name=":3" />。北京語、閩南語由来の語も存在するが、はるかに少ない。古い世代の話者は、國語の変種が好きな若い世代の話者よりも頻繁にアタヤル語や日本語の変種を使用する傾向がある。北京語由来の単語は、宜蘭クレオールでは、声調を失う<ref name=":3" />。


自然や動植物に関連する多くのアタヤル語の単語は、クレオールでも使われている。伝統的なアタヤル族とセデック族の生活や文化に関連する概念を表す語の多くは、宜蘭クレオールでも保たれている<ref name=":3" />。
{| class="wikitable" style="text-align: center"

=== 接尾辞 ===
日本の動詞「する」から得られた宜蘭クレオールの動詞接尾辞「ースル」は、それが拘束形態素である一方で、日本語の「ースル」が自由形態素として単独で立つことができるという点を除いて、日本語のそれと似ている<ref name=":3" />。また、宜蘭クレオールの「ースル」は名詞、形容詞につくことができ、若い世代の話し手は動詞にも付ける。 しかし、古い世代の話者は動詞+「ースル」の組み合わせを受け入れていない。

宜蘭クレオールの接辞は他に、日本語の使役形に由来する「-rasyeru」がある。 しかし、日本語の抑揚は動詞の終わりが母音か子音かで異なるが、宜蘭クレオールの接尾辞では、起こらない<ref name=":3" />。

=== 複合語 ===
宜蘭クレオールの複合語には、4つのタイプがある<ref name=":3" />。

タイプ 1: アタヤル語由来の語 + アタヤル語由来の語 (例: ''hopa''-''la’i'')

タイプ 2: アタヤル語由来の語 + 日本語由来の語 (例: ''hopa''-''tenki'')

タイプ 3: 日本語由来の語 + アタヤル語由来の語 (例: ''naka''-''lukus'', ''kako''-''balay'')

タイプ 4: 日本語由来の語 + 日本語由来の語 (例: ''naka''-''pangcyu'', ''unme''-''zyoto'')

タイプ1の複合語はアタヤル語に現れるが、日本語ではタイプ4の複合語は現れず、タイプ2、タイプ3、タイプ4の複合語は宜蘭クレオール独自の単語である<ref name=":3" />。

=== 代名詞 ===
宜蘭クレオールの代名詞の詳細図<ref name=":1" />
{| class="wikitable"
|
|単数
|複数
|-
|-
|一人称
| colspan="2"|一人称 || colspan="2"|二人称 || colspan="2"|三人称
|wasi/waha/wa/usi
|waci/wataci/wahataci/wasitaci
|-
|-
|二人称
| 単数 || 複数 || 単数 || 複数 || 単数 || 複数
|su/anta/nta
|antataci/ntataci
|-
|-
|三人称
| wasi <br> waha<br> wa<br> usi ||wasitaci<br> wataci<br> waci || anta<br> nta || antataci<br> ntataci || are || aretaci<br> ataci
|hiya/zibun/zin/are
|zintaci/zibuntaci/aretaci/ataci
|}
|}
代名詞の形は日本語に由来する。 しかし、アタヤル語と日本語の両方に比べて、宜蘭クレオールは代名詞の体系が簡略化されている。 クレオールは代名詞で、人称と数を区別する。 クレオールは、格と拘束代名詞、自由代名詞を区別せず、アタヤル語と違って包括形と除外形を区別しない。 また、日本語と違って性別や丁寧さで区別しない<ref name=":3" />。


===語順===
=== 指示詞 ===
宜蘭クレオールの指示詞は日本語に由来する<ref name=":1" />。
基本語順は日本語と同じく[[SOV語順]]だが、タイヤル語の如き[[VOS語順]]もしばしば現れる。


=== 形容詞と副詞 ===
宜蘭クレオールの形容詞と副詞は、日本語、アタヤル語の双方に由来する<ref name=":1" />。 アタヤル語の形容詞は主に色や主観的な感情に使われる。 日本語とは異なり、クレオールの形容詞は時制が変わらず、副詞で時制が表現されます<ref name=":1" />。 動詞を修飾するときに、宜蘭クレオールの形容詞は副詞としても機能する。 たとえば、「良い、強い」という意味の"lokah"という言葉は、"anta"(あなた)という言葉を修飾すると、lokah anta「あなたが強い」のように形容詞として機能する。lokahはまたbenkyoを修飾すると、lokah benkyo「よく勉強する」のように副詞として機能する<ref name=":1" />。

== 書記体系 ==
宜蘭クレオールの書記体系は、訓令式ローマ字と、台湾で使われるアタヤル語の書記体系を併用している<ref name=":1" />。アタヤル語は、ラテン文字を書記体系として使用している。
==脚注==
==脚注==
{{reflist}}
{{reflist}}


==外部リンク==
==外部リンク==
*[http://www.tufs.ac.jp:8080/common/icjs/doc/11052302.pdf]
*{{PDFlink|[http://www.tufs.ac.jp:8080/common/icjs/doc/11052302.pdf 台湾の宜蘭クレオールについて]}}
*[http://www-h.yamagata-u.ac.jp/~irwin/site/yan_yu_xue_yan_xi_files/4%20%E7%9C%9F%E7%94%B0%E3%83%BB%E7%B0%A1.pdf 真田・簡.pdf]
*{{PDFlink|[https://web.archive.org/web/20150323073631/http://www-h.yamagata-u.ac.jp/~irwin/site/yan_yu_xue_yan_xi_files/4%20%E7%9C%9F%E7%94%B0%E3%83%BB%E7%B0%A1.pdf 宜蘭クレオール]}}



{{日本語}}
{{日本語}}
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[[Category:台湾諸語]]
[[Category:台湾諸語]]
[[Category:クレオール言語]]
[[Category:クレオール言語]]
[[Category:宜蘭県]]

2018年4月15日 (日) 05:22時点における版

宜蘭クレオール
寒渓語
寒渓タイヤル語
寒渓泰雅語
話される国 台湾  宜蘭県
話者数 ?
言語系統
日本語をベースとした クレオール言語
言語コード
ISO 639-3 なし
Glottolog yila1234[1]
テンプレートを表示

宜蘭クレオール[2](ぎらんクレオール、Yilan Creole)は、台湾で話される日本語をベースとしたタイヤル語とのクレオール言語である。寒渓語寒渓タイヤル語寒渓泰雅語とも呼ばれる。日本人の入植者と宜蘭県南部の原住民タイヤル族との接触によって、1930年代から1940年代にかけて誕生した。1974年に生まれた話者の語彙は、70%が日本語、30%がタイヤル語由来だったが、文法はどちらの言語にもあまり似ていない[3]

日本語とアタヤル語の母語話者は両方共に理解できない[4]。2006年に簡月真(Chien Yuehchen)と真田信治によって確認されたが、その存在はまだほとんど分かっていない[4][5]。言語名は話されている地域の地名から、真田と簡によって命名された[6]。台湾の公用語であるマンダリンによって、宜蘭クレオールの存在は脅かされている[6]

分類

宜蘭クレオールは、日本語族の一員とみなされるクレオール語である[7]。クレオールの上層言語と基層言語はそれぞれ日本語とアタヤル語である[4]。1930年代からアタヤルとセデックの人々の間で第一言語として使われていた可能性がある[6]

歴史

1895年の下関条約に基づき、1945年まで台湾島は日本に併合された[8][9]。日本による台湾島の統治は約50年続いた[8]が、その後半には皇民化政策により、台湾は日本との同化が進められた[8]。これに伴ってアタヤル語と日本語が接触した結果、宜蘭クレオールが現れた[5]。台湾人は、日本語以外の言語を禁止され、日本語で授業が行われる学校に通学し、1944年には台湾人の77%以上が日本語を話すことができた[9][8]。大日本帝国政府が改革したのは、言語、名前の変更、社会慣習に関する法律であった[8]。多くの人が今日でも日本語に堪能であり、そこでは時に日本語はリンガフランカとして使われている[10][4]。中華民国は1945年に日本が降伏した後、日本による台湾への影響を取り除こうとしたが、台湾の言語と文化への影響は依然として大いに明らかである[8]

宜蘭県、台湾

アタヤル語の特徴が台湾で話される日本語の中に現れ、最終的には完全にクレオールになる前にピジンとなり、現在は台湾で、おそらくは世界でも唯一知られている日本語のクレオールである[4][6]

地理的分布

クレオールは、台湾東部の宜蘭県にある東岳(Tungyueh)村、金洋(Chinyang)村、澳花(Aohua)村、寒渓(Hanhsi)村で、主に話され、それぞれに違いが見られる[6][5]。宜蘭クレオールの話者の正確な数は不明であるが、それはおそらく4つの村の総人口(3,000人)よりも少ないと推測される[6][4]。ある見積もりでは、現在2000〜3000人の宜蘭クレオールの話者が存在するという[4]。クレオールは現在すべての世代で使用されている[10]が、若い世代はあまり触れていれていないため、言語が危険にさらされている[5]。高齢者層はマンダリンに堪能ではない者もいるが、若い世代はマンダリンを一貫して使用している[6]

今日、台湾社会にはまだ日本語が影響を与えている。日本語で書かれた日本のインターネットサイトは、台湾人に見られ、「台湾と同じくらい多くの情報を日本語で作成している国は殆ど無い」と言われている[8]。その証拠に、台湾では、日本語の看板、特に日本のひらがな「の」の使用が見受けられる[8]。日本統治下で、日本語で教育を受けた台湾市民は、今日でも流暢に日本語を話す[8]。宜蘭クレオールの話者は三世代に渡っており、高齢者と中年層の人々は若い世代よりもはるかにクレオールを使用している[4]

東岳村では若い世代が宜蘭クレオールを話さなくなったようだが、澳花村にはまだ若い世代のクレオールの話者がいる[6]。アタヤル族の文化的遺産のより伝統的で純粋な感覚を保つことが推進された後、日本語の特徴を持つ宜蘭クレオールは言語の試験から除外された。これにより、若い話者の宜蘭クレオールからマンダリンへの移行に拍車がかかった[4]。高齢な世代は、同じ年代の人とは日本語または宜蘭クレオールで話すことを好む一方で、若い世代と話すときには、宜蘭クレオールと混合されたアタヤル語またはマンダリンをよく使う。若い世代は同様に同じ年代の話者と話すときはマンダリンを好むが、高齢者に対しては宜蘭クレオールを使うことがある[4]

20世紀前半、西日本から台湾への日本人の移住によって、台湾の移民の70%を西日本出身者が占めたため、宜蘭クレオールは西日本の方言の一部を借用した。しかし、これらの地域方言は未だに無意識のうちに使われている[6]

音韻

宜蘭クレオールの音素には以下の物が見られる。

母音

宜蘭クレオールの母音の内、[a],[i],[u],[e],[o]は日本語とアタヤル語の双方から由来しているが、それだけでなく、[ə]はとくにアタヤル語から由来している[4]。ただし、宜蘭クレオールの [u] は日本語の非円唇母音の [ɯ] より、アタヤル語の円唇母音の [u] に近い[6]

また、 “gakkô ” (学校)が “gako” になるように、しばしば宜蘭クレオールでは、日本語の長子音や長母音が短縮される[4]

前舌 中舌 後舌
[i] i [u] u
中央 [e] e [o] o
[a] a

子音

宜蘭クレオールは、日本語とアタヤル語由来の22の子音を持つ[4]

(1).破裂音 [p, b, t, d, k, g, ʔ]: p, b, t, d, k, g,

(2).鼻音 [m, n, ŋ] : m, n, ng

(3).摩擦音 [s, z, ɕ, x, h]: s, z, s, x, h

(4).破擦音 [ts, tɕ, dʑ]: t, t, z

(5).半母音 [w, y]: w, y

(6).流音 [r, l]: r, l

宜蘭クレオールが継承している日本語の子音には、有声閉鎖音[b]、[d]、[g]、有声の歯茎摩擦音[z]、歯茎硬口蓋摩擦音[ɕ]、歯茎硬口蓋破擦音[tɕ]と[dʑ]がある。しかし、日本語には存在する両唇摩擦音[Φ]と鼻音[N]はない[4]

宜蘭クレオールがアタヤル語から受け継いだ子音の中には、声門破裂音[ʔ]、歯茎音の流音[l]、軟口蓋摩擦音[x]、流音[l]が含まれる。 しかし、アタヤル語にはある口蓋垂破裂音[q]を持たない。 宜蘭クレオールがアタヤル語から採用した特徴は、他に、子音[t]と[k]が単語の語尾につくことができ、軟口蓋鼻音 [ŋ]は単語の語頭にも語尾にも現れることができ、[x]と[h]は単語の語尾に現れるといったこと等が挙げられる。 日本語由来の単語の一部では、“suware”(座れ)が“suwale”になるように、[r]が[l]に置き換わっている。 同様に、多くの日本語由来の単語で[d]も音素[l]に置き換わっている[4]

両唇 両唇軟口蓋 歯茎 硬口蓋 軟口蓋 声門
破裂 [p] p [t] t, [d] d [k] k [ʔ] '
破擦 [β] b [ts] c
[m] m [n] n [ŋ] ng
摩擦 [s] s, [z] z [x] x, [ɣ] g [h] h
接近 [w] w [j] y
ふるえ [r] r
側面接近 [l] l

強勢

宜蘭クレオールの強勢はアタヤル語のように、最終音節で落ちる[4]

文法

形態論

クレオールの動詞は日本語、アタヤル語双方に由来するが、動詞の活用は、いくつかの点で一意に異なる。時制は、接辞と時間についての副詞を併用するという点で注目される。アタヤル語由来の動詞も、日本語のように接辞を加えられる[4]。クレオールの否定の形式は、アタヤル語の文法における直説法に合わせて、日本語の形式を援用する[11]

語順

基本語順は日本語と同じくSOV語順だが、タイヤル語のようなVOS語順もしばしば現れる[6]

格表示は無表示または格助詞のような後置詞を以て示される。

主格 ga
属格 no
与格 ni
具格 de
奪格 kara
共格 to

語彙

宜蘭クレオールでは、単語の音韻学的形態は日本語に、意味的性質はアタヤル語に由来する[6]。 Zeitoun、Teng、Wuによる東岳村での宜蘭クレオールに関する調査によれば、「宜蘭クレオールの基本語彙の中で、アタヤル語に由来する語の割合は18.3%であり、日本語由来の単語の割合は35.6%である。 アタヤル語由来の単語と日本語由来の単語の両方が使われるものは、33.8%あった」[6]。北京語、閩南語由来の語も存在するが、はるかに少ない。古い世代の話者は、國語の変種が好きな若い世代の話者よりも頻繁にアタヤル語や日本語の変種を使用する傾向がある。北京語由来の単語は、宜蘭クレオールでは、声調を失う[6]

自然や動植物に関連する多くのアタヤル語の単語は、クレオールでも使われている。伝統的なアタヤル族とセデック族の生活や文化に関連する概念を表す語の多くは、宜蘭クレオールでも保たれている[6]

接尾辞

日本の動詞「する」から得られた宜蘭クレオールの動詞接尾辞「ースル」は、それが拘束形態素である一方で、日本語の「ースル」が自由形態素として単独で立つことができるという点を除いて、日本語のそれと似ている[6]。また、宜蘭クレオールの「ースル」は名詞、形容詞につくことができ、若い世代の話し手は動詞にも付ける。 しかし、古い世代の話者は動詞+「ースル」の組み合わせを受け入れていない。

宜蘭クレオールの接辞は他に、日本語の使役形に由来する「-rasyeru」がある。 しかし、日本語の抑揚は動詞の終わりが母音か子音かで異なるが、宜蘭クレオールの接尾辞では、起こらない[6]

複合語

宜蘭クレオールの複合語には、4つのタイプがある[6]

タイプ 1: アタヤル語由来の語 + アタヤル語由来の語 (例: hopa-la’i)

タイプ 2: アタヤル語由来の語 + 日本語由来の語 (例: hopa-tenki)

タイプ 3: 日本語由来の語 + アタヤル語由来の語 (例: naka-lukus, kako-balay)

タイプ 4: 日本語由来の語 + 日本語由来の語 (例: naka-pangcyu, unme-zyoto)

タイプ1の複合語はアタヤル語に現れるが、日本語ではタイプ4の複合語は現れず、タイプ2、タイプ3、タイプ4の複合語は宜蘭クレオール独自の単語である[6]

代名詞

宜蘭クレオールの代名詞の詳細図[4]

単数 複数
一人称 wasi/waha/wa/usi waci/wataci/wahataci/wasitaci
二人称 su/anta/nta antataci/ntataci
三人称 hiya/zibun/zin/are zintaci/zibuntaci/aretaci/ataci

代名詞の形は日本語に由来する。 しかし、アタヤル語と日本語の両方に比べて、宜蘭クレオールは代名詞の体系が簡略化されている。 クレオールは代名詞で、人称と数を区別する。 クレオールは、格と拘束代名詞、自由代名詞を区別せず、アタヤル語と違って包括形と除外形を区別しない。 また、日本語と違って性別や丁寧さで区別しない[6]

指示詞

宜蘭クレオールの指示詞は日本語に由来する[4]

形容詞と副詞

宜蘭クレオールの形容詞と副詞は、日本語、アタヤル語の双方に由来する[4]。 アタヤル語の形容詞は主に色や主観的な感情に使われる。 日本語とは異なり、クレオールの形容詞は時制が変わらず、副詞で時制が表現されます[4]。 動詞を修飾するときに、宜蘭クレオールの形容詞は副詞としても機能する。 たとえば、「良い、強い」という意味の"lokah"という言葉は、"anta"(あなた)という言葉を修飾すると、lokah anta「あなたが強い」のように形容詞として機能する。lokahはまたbenkyoを修飾すると、lokah benkyo「よく勉強する」のように副詞として機能する[4]

書記体系

宜蘭クレオールの書記体系は、訓令式ローマ字と、台湾で使われるアタヤル語の書記体系を併用している[4]。アタヤル語は、ラテン文字を書記体系として使用している。

脚注

  1. ^ Hammarström, Harald; Forkel, Robert; Haspelmath, Martin et al., eds (2016). “Yilan Creole Japanese”. Glottolog 2.7. Jena: Max Planck Institute for the Science of Human History. http://glottolog.org/resource/languoid/id/yila1234 
  2. ^ also KankeiJapanese: 寒渓語 or Hanxi ()
  3. ^ Chien Yuehchen & Sanada Shinji (2010) "Yilan Creole in Taiwan", Journal of Pidgin and Creole Languages 25:2, pp. 350–357.
  4. ^ a b c d e f g h i j k l m n o p q r s t u v w Qiu, P. (2015). A preliminary investigation of Yilan Creole in Taiwan: discussing predicate position in Yilan Creole (Unpublished master's thesis). University of Alberta. Retrieved March 09, 2017, from https://era.library.ualberta.ca/files/02870z43h/Qiu_Peng_201502_MA.pdf
  5. ^ a b c d Sanada, S., & Chien, Y. (n.d.). Yilan Creole of the Atayal People in Eastern Taiwan (Doctoral dissertation) [Abstract]. Retrieved March 09, 2017, from http://tao.wordpedia.com/show_pdf.ashx?sess=iwmb4y550izys545ptekbrrc&file_name=JO00000812_3-3_75-89&file_type=r
  6. ^ a b c d e f g h i j k l m n o p q r s t Zeitoun, E., Teng, S. F., & Wu, J. J. (Eds.). (2015). New advances in Formosan linguistics. Asia-Pacific Linguistics. Retrieved March 09, 2017, from http://pacling.anu.edu.au/materials/SAL/APL017-SAL003.pdf#page=539
  7. ^ Yilan Creole Japanese. (n.d.). Retrieved March 10, 2017, from http://glottolog.org/resource/languoid/id/yila1234
  8. ^ a b c d e f g h i Homma, N. (n.d.). Vestiges of Japanese Colonialism in Taiwan. 222-227. Retrieved March 09, 2017, from http://archive.kyotogakuen.ac.jp/~o_human/pdf/association/2012/i2012_05.pdf
  9. ^ a b Parker, J. D. , 2012-04-22 "Japanese language education in colonized Taiwan: Language and assimilation" Paper presented at the annual meeting of the 56th Annual Conference of the Comparative and International Education Society, Caribe Hilton, San Juan, Puerto Rico <Not Available>. 2014-12-12 from http://citation.allacademic.com/meta/p556741_index.html
  10. ^ a b Formation Processes of Japanese Language Varieties and Creoles | NINJAL. (n.d.). Retrieved March 10, 2017, from http://www.ninjal.ac.jp/english/research/project/a/creoles/
  11. ^ Sanada, S., & Chien, Y. (2011). Negation in Taiwan's Yilan Creole: Focusing on -nay and -ng [Abstract]. Gengo Kenkyu, 73-87. Retrieved March 08, 2017, from http://cat.inist.fr/?aModele=afficheN&cpsidt=25353712

外部リンク