杉山巣雲
杉山 巣雲(すぎやま そううん、1764年(明和元年) - 1833年(天保5年))は、江戸時代の教育者。諱は茂樹、字名は瑞翼、通称は亮蔵。
生涯[編集]
信濃国松本藩の棒術師範松井津太夫(所適)の次男として生まれる。新町学問所に学び、書を能くし、長じて武芸に通じた。天明8年(1788年)に致仕し、祖父の杉山茂平が松井氏の養嗣となる以前の「杉山」に復姓し、安曇郡池田宿の林泉寺(廃寺)に設けた池田学問所に招聘され、朱子学の読書、習字を教授した。
文政11年(1828年)、子弟の内山真弓らによって池田八幡神社に寿碑が建立され、碑文は頼山陽が揮毫している。
参考文献[編集]
- 「信濃人物誌」1963年
- 「長野県教育史 第7巻 史料編1」1972年
- 「池田小学校沿革史」
外部リンク[編集]
- 杉山巣雲と池田学問所 池田町