鳴き砂

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島根県大田市(旧邇摩郡)仁摩町馬路町 琴ヶ浜(近影)

鳴き砂(なきすな),鳴り砂とは、砂の上を歩くとキュッと鳴るをいう。地域によっては「なりすな」とも呼ばれ、鳴り砂泣き砂と表記している。島根県の琴ヶ浜のある馬路では昔から「鳴り砂」と表記し看板などに使用されている。一時期「鳴き砂」とした時があったが、また昔の表記に変わった。鳴砂は、2007年に「全国鳴き砂(鳴り砂)ネットワーク」が決定した統一表記法である(#「なき砂」か「なり砂」か参照)。

概要

鳴き砂,鳴り砂は、一般的には石英粒を多く含む砂が急激な砂層の動きにより表面摩擦を起こし音を出す現象である。

日本国内には、十八鳴浜(くぐなりはま、宮城県)、琴ヶ浜(石川県)、琴引浜(京都府)、琴ヶ浜(島根県)をはじめとして多数の鳴き砂,鳴り砂の海岸が存在する。伝説、民話の題材となったものがある。

日本国外では、海岸はもとより内陸部にある沙漠砂丘の砂でも鳴るものがある。砂漠の鳴砂の場合、堆積した砂の山が強風によって崩壊したり人為的に砂山を崩壊させたりする(砂の雪崩現象が発生する)と砂が擦れて音を出す。英語では、鳴き砂、鳴り砂のことを"singing sand"、"whistling sand "または"musical sand"などと言う。

砂が鳴る仕組み

音の発生は砂粒の表面摩擦に起因する砂層の振動によるものと考えられているが、その詳細なメカニズムはまだ分かっていない。最もよく知られているのはBagnoldのすべり面説[1]である。砂の中にすべり面(砂の塊が動きやすくなる面)が生じて、stick-slip現象に伴いすべり面上の粉体層が弾性的に懸垂されているかのように鉛直方向に振動すると考える。1980年代に入り、同志社大学の日高重助教授らによって、強力なX線によるすべり面の連続撮影が行われ、stick-slip現象が詳しく調べられた。最近の流体力学による研究によって、すべり面は一つの平面ではなく、幅約5mm程度の無秩序で激しく運動する砂粒子層からなり、この境界層の振動によるとするslip channel説[2]が提案された。さらに、砂漠のBooming音についての大掛かりな実験から、地下2m付近に音速の不連続面が存在していて、砂が滑り落ちるときに上部の砂層が共鳴して大きな音になるとするwaveguide model[3]も提案されている。2000年代以降は砂層のバネ的性質に関心が集まり、詳細な鳴き砂の発音メカニズムの解明が進められようとしている。

鳴き砂、鳴り砂の成分は石英粒が主体で、砂全体に対してほぼ65パーセント以上含んでいるものが多い。鳴るためにはゴミ(浮遊性の植物起源のゴミは含まない)が少ない必要があり、また、自然界の鳴き砂は粒度範囲が限られ(地質学で砂と定義されている粒度範囲)1mm以上の砂、200ミクロン以下の砂の鳴り砂、鳴き砂はないようである。海浜の工事(波消しブロックを設置したり、岬の工事等)などのために海流が変化し砂の成分構成(鉱物成分や粒度分布など)が変ってしまうと鳴らなくなる。また、鳴り砂、鳴き砂の浜の背後やその近辺には石英を多く含む花崗岩が分布する場合が多く、感度の良い鳴き砂の浜は砂の堆積層が海に接したところに多い(島根県琴ヶ浜など)

鳴り砂、鳴き砂は、川から流れた細かい砂や海岸線の崖などの砂が水中に攪拌され、それが一定の波の穏やかな場所に漂着、均一化し堆積して長年のうちに表面研摩される。鳴り砂、鳴き砂になるための海浜に最も重要な条件は砂の出入りがないことである。馬路町の琴ヶ浜はその代表な砂の堆積である。今もなお川からの流れ込む砂の海浜では、常に新しい砂が混じってしまうため鳴り砂、鳴き砂になることはほとんどない。その地域の海が汚れることで砂が鳴らなくなってしまうこともあるため、海洋汚染や自然破壊と関連づけて取り上げられることが多い。汚染によって鳴らなくなった砂を再度鳴かせるNHKのドキュメンタリー番組の企画では、長時間にわたる洗浄によって砂の汚れを完全に落とす必要があったという。鳴り砂、鳴き砂が鳴らなくなる原因としては、粒度や構成成分が変わってしまう場合がある。この場合には、長時間洗浄しても回復の望みはない。

鳴り砂、鳴き砂に音を出させるためには、砂の間で表面摩擦を起こさせる必要がある。鳴り砂、鳴き砂の砂浜の乾いた表面を手のひらで強く擦ると良く鳴り、また下駄を履いて摺り足で歩くと良く鳴ることが知られている。仁摩町馬路町の琴ヶ浜は、水中でもグーッと音を発するほど感度の良い鳴り砂、鳴き砂の浜である。乾燥していなくても感度の良い鳴き砂は音を発する。人工的に珪砂を洗浄し続けると沸騰するように水は熱くなり容器内でグーグーと鳴り始める。

鳴砂の分布

日本に存在する鳴り砂、鳴き砂を持つ海岸は約200ヶ所を超え、そのうち現在でも音を発する地域は、程度の差はあるものの150ヶ所以上存在する。その数は次第に増えてきているが、これは各地で地元の鳴り砂、鳴き砂研究家が増え、発見につながっていると考えられる。

2006年6月の「全国鳴き砂(鳴り砂)サミット」(開催地・山形県飯豊町)では、地元の鳴り砂、鳴き砂研究家、および仙台市の愛好家と高校の科学部の生徒により、ほぼ同時期に阿武隈川河口の宮城県亘理町汽水湖鳥の海」付近に3kmにわたる国内最大級の鳴り砂、鳴き砂が発見されたという事例が発表されている。

日本国外では、カナダプリンスエドワードアイランド州のBasin Head Beachが鳴き砂の浜として有名である[4]。同州内には、他にも2ヶ所の鳴き砂の浜があることが、カナダのウェブサイトから明らかになっている。また、アメリカ合衆国をはじめ、世界各国の35の砂漠に鳴き砂があることが知られている。

「なき砂」か「なり砂」か

2007年9月27日に八戸市で開催された「2007年全国鳴砂サミットINはちのへ[5]」では、全国鳴き砂(鳴り砂)ネットワーク(代表幹事団体・京都府京丹後市)が総会において表記を「鳴砂」に統一することを決定(提案)した。ただし、読みは「なきすな」、「なりすな」の二種類を、地域での呼び方に応じて使うとしている[6]

鳴り砂、鳴き砂の海岸

日本鳴り砂、鳴き砂浜の一例

石川県輪島市 琴ヶ浜海岸
島根県大田市仁摩町馬路 琴ヶ浜(全景)
京都府京丹後市 琴引浜

日本国外

海岸


砂漠

河川

脚注

  1. ^ R.A.Bagnold:Proc.R.Soc.London A295A(1966)219-232.
  2. ^ A.J.Patitsas:Journal of Fluids and Structures 17(2003)287-315.
  3. ^ N.M.Vriend et al,:Geophys.Res.Lett.34(2007)L16306.
  4. ^ Basin Head Beach Information
  5. ^ 2007年全国鳴砂サミットINはちのへ(日本ナショナル・トラスト
  6. ^ 表記「鳴砂」に統一 八戸で全国サミット開幕 - デーリー東北、2007年9月30日
  7. ^ a b c d e ロシアの声、日本語版、2009年11月6日
  8. ^ ru:Кировская область#Природные ресурсы

参考文献

和文文献

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  • 西山恭申:鳴き砂層への弾性論の適用、石川県立野々市明倫高等学校紀要、創刊号(1985)21-27.
  • 西山恭申:劒地の泣き砂、科学風土記-加賀・能登のサイエンス-、掌華房、(1997)171-173.
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  • 日高重助、三輪茂雄:粉体層の貫入特性、科学工学論文集、7(1981)184-190.
  • 日高重助:アコースティック・エミッションによる粉体プロセス計測法、粉体と工業、9月号(1982)25-32.
  • 牧野和孝他:プランジャーの貫入により形成される粒子存在密度分布について、粉体および粉末冶金、29(1982)229-235.
  • 三輪茂雄他:天然および人造鳴り砂の特性について、粉体工学研究会誌、Vol.10 (1973)379-385.
  • 三輪茂雄:鳴り砂の話、粉体と工業、10月号(1978)38-41、11月号(1978)36-40.
  • 三輪茂雄:鳴り砂、自然、33、11月号(1978)58-63.
  • 三輪茂雄:鳴き砂の白い浜から、週刊朝日、(1980)10月10日~12月5日
  • 三輪茂雄:粉と粒の不思議、ダイヤモンド社、(1981)<R>
  • 三輪茂雄:粉の秘密・砂の謎、平凡社、(1981)
  • 三輪茂雄:鳴き砂幻想、ダイヤモンド社、(1982)
  • 三輪茂雄:鳴き砂、土と基礎、31-1(1983)117-122.
  • 渡津俊行他:島根県立大田高等学校紀要、第3号(1972)11-24、第7号(1978)32-47.

欧文文献

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関連項目

外部リンク