領海侵犯

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領海侵犯(りょうかいしんぱん、Intrusion into territorial waters)とは、国家が自国領海に対して有する権利を他国船舶が侵犯する行為の事であり、自国領海内で他国船舶が主権侵害や違法行為等の無害でない通航を行うことを意味する。

概念

「無害でない通航」と「無害通航」

外国船舶の自国領海内における「無害通航権」は国連海洋法条約で認められており、或る国の領海内へ外国の軍艦[注 1]や民間船舶が進入したことをもって、ただちに領海侵犯と解釈されることはない。これは、歴史的に海洋を介して諸国民が交易を活発に行っていたことから、海洋を諸国民共有の財産と考える思想が背景にあり、「領海」は、許可のない「進入」をもってただちに「侵犯」と解釈される「領土」や「領空」と、国際法上での定義で大きく異なるのである。

領空侵犯との違い

「領海侵犯」は、「領空侵犯」に対応する用語としてしばしば用いられるが、上記の通り、この2つは意味は大きく異なることに注意すべきである。「領空侵犯」は国際法に規定される用語である。しかし、「領海侵犯」は法律用語ではなく、自国領海内に外国船舶による航行が「無害でない通航」であることを意味する一般用語である。

「領空侵犯」という用語は、自衛隊法に定める自衛隊の活動たる「対領空侵犯措置」(自衛隊法第84条)として法律用語としても用いられる。それに対して「領海侵犯」という言葉は、国会の審議応答・政党の政策発表や発言・外務省や海上保安庁などによる公的な発表等で使用されるが、海上保安庁法自衛隊法には、用いられていない。また、後述の「能登半島沖不審船事件」及び「中国漢級原子力潜水艦領海侵犯事件に関する防衛白書においても「領海侵犯」という表現はない。

領海侵犯への対応

国際法での規定

自国領海での無害でない通航を防止するために国家が執りうる措置としては、国連海洋法条約は、自国領海での無害でない通航を防止するため必要な措置をとることができるとしている(国連海洋法条約第25条)。また、他国の公船、つまり海上警察の船舶・巡視船・軍艦に対しては、国家は自国領海の通航に係る自国法令の遵守を要請するとともに、要請が無視された場合、領海から直ちに退去することを要求できると定められている(国連海洋法条約第30条)。なお、国家が自国領海での無害でない通航を防止するために執りうる措置及び軍艦が領海からの退去要求に従わない場合に執りうる措置などの具体的内容は、国連海洋法条約には規定されておらず、国際慣習法によるものと理解されている。具体的には、領海内で無害でない活動を行う商船に対しては、質問、強制停船臨検拿捕及び強制退去等の措置を行うことができる。また、領海内で無害でない活動を行う軍艦に対しては、当該活動の中止要求、領海外への退去要求を実施できるが、商船に対するような逮捕、臨検及びその手段の選択を容認する第27条に準ずる条文は存在せず、警告射撃については困難と解されている。さらに外国軍艦による領海内における有害な行動が当該国に対する武力攻撃と認められる場合は、当初より自衛権行使としての武力行使をもって対処することができる。ただし、自衛権の行使は国連憲章第7章に基づく処置であるため、平時法である国連海洋法条約による対処とは明確に異なることに注意が必要である。

日本の対応

日本の領海においては、例えば、外国漁船などが違法操業を行った場合は「外国人漁業の規制に関する法律」違反、外国の民間船舶が日本の当局の指示に従わず正当な理由なく領海内を徘徊し続けた場合は「領海等における外国船舶の航行に関する法律」違反となり、無害通行が成立せず領海侵犯と解釈される。また領有権を主張するために外国の公船が領海内を徘徊することも日本の主権侵害となるため領海侵犯と解釈される。

これらの領海侵犯に際して、外国の公船や民間船舶の場合は海上保安庁水産庁が対処しており、外国の軍艦に対しては海上自衛隊が対応することになっている。領海警備は主に海上保安庁が行っているが、広大な周辺海域の哨戒(パトロール)に関してはP-3C哨戒機などで海上自衛隊が24時間態勢で行っており、不審船等の情報を海上保安庁に通報する体制も整えられている。

海上保安庁では、領海侵犯を行っている、若しくは領海侵犯の疑いのある外国船舶を発見した場合や、海上自衛隊等から通報を受けて現場に急行した場合は、「漁業法」や「外国人漁業の規制に関する法律」や「出入国管理及び難民認定法」や「領海等における外国船舶の航行に関する法律」等を法的根拠に、国際的に定められた手順に則り、旗流信号、発光信号、音声信号(汽笛、無線、スピーカーなど)により停船若しくは退去命令を出す。停船命令により停船した場合、海上保安官が外国船舶に乗り移って臨検を行い、船籍・目的地・航行の目的・積荷・無通報の理由などを聴取し、場合によっては逮捕する。船舶が停船命令に従わず逃走する場合は、警告弾の投擲を行うほか、強行接舷により海上保安官の移乗を行い臨検し、立ち入り検査忌避罪等の容疑で逮捕する。

該当船舶に武装の可能性があるなど、強行接舷に危険がある場合は、「警察官職務執行法」を準用した「海上保安庁法」第20条に基づき、まずは攻撃の意思を表す射撃警告、次に上空や海面に向けて威嚇射撃を行う。それでも停船に従わず逃走する場合は船体射撃を行い、状況を見て強行接舷を行う。この際、海上保安庁法第20条に定められた条件を満たさない限り相手に危害を加えてはならず[1]、日本政府の周辺諸国への配慮もあるため、実際の領海警備において海上保安庁が船体射撃をすることは極めて稀である。海上保安庁船舶が威嚇射撃にまで到ったのは、1953年の「ラズエズノイ号事件」、1999年の「能登半島沖不審船事件」、2001年の「九州南西海域工作船事件」の3件のみである。

強力な武器を携行している・高速で逃亡する・潜水艦であるなど海上保安庁の能力を超えていると判断されたときは、国土交通省から防衛省に連絡があり防衛大臣によって海上警備行動が命ぜられる。発令には閣議による合意に基づく内閣総理大臣による承認が必要である。海上警備行動が発令されたのは、1999年の「能登半島沖不審船事件」と2004年の「漢級原子力潜水艦領海侵犯事件」、2009年の「ソマリア沖海賊の対策部隊派遣」(海賊対処法成立前)の3件についてのみである。

また、中国漁船が尖閣諸島の海域を領海侵犯して違法操業をしている場合に限っては、日本政府は中国の反発を恐れて逮捕や停船命令を出さずに退去命令に留める方針となっており、唯一の例外が、中国漁船が2度巡視船に衝突してきたことにより停船命令を出して公務執行妨害で逮捕した2010年尖閣諸島中国漁船衝突事件である。

現行法では、海上警備行動が発令されない限り海上自衛隊が領海警備を行うことは法的に不可能であるため、尖閣諸島中国漁船衝突事件を契機として、超党派の国会議員の間で、新たに自衛隊が領海警備を行うことを可能とする「領域警備法」の制定を求める動きが強まっている[2][3]

脚注

出典

  1. ^ 海上保安庁法を参照
  2. ^ 自衛隊が領域警備を…野党各党、検討活発(読売新聞 2010年10月6日)
  3. ^ 安保で超党派の会、領域警備検討の方針(読売新聞 2010年10月7日)

注釈

  1. ^ 例外的に、外国の潜水艦が潜航したまま領海に進入した場合は領海侵犯と解釈される。これは潜航中の潜水艦が高い隠密性を発揮する特性によるためである。漢級原子力潜水艦領海侵犯事件も参照。

関連項目