関口雄大

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

これはこのページの過去の版です。JINTA6 (会話 | 投稿記録) による 2015年10月19日 (月) 18:01個人設定で未設定ならUTC)時点の版 (→‎外部リンク)であり、現在の版とは大きく異なる場合があります。

関口 雄大
基本情報
国籍 日本の旗 日本
出身地 栃木県宇都宮市
生年月日 (1985-08-26) 1985年8月26日(38歳)
身長
体重
177 cm
85 kg
選手情報
投球・打席 右投右打
ポジション 外野手
プロ入り 2007年 育成選手ドラフト1巡目
初出場 2009年7月19日
最終出場 2011年10月1日
年俸 570万円(2012年)
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)

関口 雄大(せきぐち ゆうた、1985年8月26日 - )は、栃木県宇都宮市出身の元プロ野球選手外野手)。

来歴・人物

プロ入り前

宇都宮北高校卒業後、滋賀大学経済学部に進学。同大学では1年秋からベンチ入り。当初は大学で野球を続けるつもりは無く、プロ入りも意識していなかったが、3年春に京滋大学野球リーグの選抜チームに選ばれ、近畿大学大隣憲司のプレーを見て、「自分も同じ5リーグ対抗戦の舞台に立っているのだから努力すればプロに入れるのではないか」と思い至ったことでプロ入りを目指す(但し大隣との対戦経験はない)。2007年春季京滋リーグ2部で打率.535、本塁打5、打点17で首位打者となり、最優秀選手、ベストナインに選出された。

2007年春季リーグ戦後に野球部を退部し、学籍を残したまま8月にアスリートブランド社主宰のアメリカカリフォルニア大学サマーリーグのモントレー・ベイソックスに参加。レギュラーとして43試合に出場し打率.309、本塁打4、盗塁8、打点28という成績でチームの主力選手として活躍。帰国後の2007年9月に行われた横浜ベイスターズ新人テストに参加し、打撃では柵越えを連発したほか50メートル走で5秒54、遠投で120メートルという好成績で合格。同年秋のプロ野球ドラフト会議育成選手部門にて1巡目で指名され入団し、横浜球団初の育成選手となった。ドラフト制後の国立大学出身野手の入団は4人目、滋賀大学からは初めてのプロ野球選手となった。

横浜時代

2008年に二軍で32試合に出場し打率.356、本塁打4と好成績を残した。この活躍が認められ、オフに支配下登録された。横浜球団において初の、育成選手が支配下登録された例となった。

2009年7月、初の一軍昇格を果たした。同19日、プロ初打席で初球を打ち初安打。11月26日に、稲田直人坂元弥太郎松山傑との交換トレードで加藤武治松家卓弘と共に北海道日本ハムファイターズに移籍した。育成枠出身者のトレードは初である。背番号は松山が着用していた57に決まった[1]

日本ハム時代

日本ハム移籍後の一軍出場は2010年2011年のみで、2012年は一軍出場なし。2012年10月23日、宮本賢市川卓と共に戦力外通告を受けた。

引退後

引退後は日本ハムの一軍の用具担当として球団に残る[2]

詳細情報

年度別打撃成績

















































O
P
S
2009 横浜 2 4 4 0 1 1 0 0 2 0 0 0 0 0 0 0 0 1 0 .250 .250 .500 .750
2010 日本ハム 3 3 3 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 1 0 .000 .000 .000 .000
2011 2 3 3 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 .000 .000 .000 .000
通算:3年 7 10 10 0 1 1 0 0 2 0 0 0 0 0 0 0 0 2 0 .100 .100 .200 .300
  • 2012年度シーズン終了時

記録

背番号

  • 111 (2008年)
  • 65 (2009年)
  • 57 (2010年 - 2012年)

脚注

  1. ^ 木田投手、加藤武投手、松家投手、関口外野手が入団会見
  2. ^ “【日本ハム】関口 雄大外野手”. スポニチアネックス 惜別球人. (2012年12月21日). http://www.sponichi.co.jp/baseball/yomimono/sekibetsu2012/kiji/K20121221004815520.html 2013年1月4日閲覧。 

関連項目

外部リンク