重粒子線がん治療
重粒子線がん治療(じゅうりゅうしせんがんちりょう、英語: heavy ion radiotherapy)とは、炭素イオン線でがん病巣をピンポイントで狙いうちし、がん病巣にダメージを十分与えながら、正常細胞へのダメージを最小限に抑えることが可能とされる最先端の放射線療法。
概要
外科手術および化学療法に対する放射線療法の長所である機能と形態の欠損や治療中の身体的負担が少ないことに加え、従来からの放射線治療であるエックス線、ガンマ線や陽子線に比べ、体の表面では放射線量が弱く、がん病巣において放射線量がピークになる特性を有しているため、照射回数と副作用をさらに少なく、治療期間をより短くすることが可能とされる[1]。2016年1月に東芝が世界初となる超伝導磁石を使用した軽量・小型の重粒子線回転ガントリー装置を開発した[2][3]。 重粒子線の治療施設は世界に9箇所あり、その中で日本国内に5箇所あり、重粒子線や陽子線を照射するがん治療装置は東芝や日立製作所、三菱電機、住友重機械工業などが手がけ、この分野では国内メーカーが主導的な役割を担う[4]。
適用
放射線医学総合研究所では、1994年6月より臨床試験を実施し、良好な治療効果が得られている。治療の対象となる代表的な疾患と共通の適応条件を次に挙げる[5]。
対象となる代表的な疾患
- 頭頸部腫瘍
- 中枢神経腫瘍
- 頭蓋底・傍頸髄腫瘍
- 頭頸部癌
- 頭頸部粘膜悪性黒色腫
- 非小細胞肺癌
- 転移性肺腫瘍
- 肝細胞癌
- 前立腺癌
- 子宮癌
- 膵癌
- 骨軟部腫瘍(肉腫)
- 直腸癌術後再発
- 脈絡膜悪性黒色腫
- 食道癌
- 涙腺癌
- 大腸癌肝転移
共通の適応条件
- 対象部位に対する放射線治療の既往がない
- 病理診断がついている
- 評価可能な病変を有する
- 原則として腫瘍の最大径が15cmをこえない
- 広範な転移がない
- パフォーマンスステータスが0-2(カルノフスキー指数60以上)
副作用
重粒子線治療はがんのある部位に狙いを定めて、ごく限られた範囲に照射するため、従来のがん放射線治療に比べて、格段に副作用は軽くなっている[6]。
過去においては、一部で手術による治療が必要な潰瘍や穿孔(せんこう)が線量の増加とともに認められたが、最近では予め強い副作用が予測される場合には、線量を減じたり、照射法を工夫することにより、過去のような症状の重い副作用はほとんど認められなくなっている[5]。
作用原理
粒子線とは、放射線のなかでも電子より重いものをいい、陽子線、重粒子線などが含まれる。このうち重粒子線は、ヘリウム原子より重いものと定義されている[7]。
X線(γ線)、電子線、中性子線を用いる場合は、表面付近の線量が最も大きく、深さとともに減衰するのに対し、陽子線や重粒子線では、表面付近の線量が小さく、粒子が停止する付近で最も線量が大きくなるという特徴がある[6]。特に重粒子線は、陽子線と比べ、物質内での散乱が小さいため、がん組織とその周辺の正常組織に対する線量のコントラストを高めることができるだけではなく、同じ物理線量の陽子線やその他の放射線と比べると、生物効果(細胞に対する影響)が大きいという特徴がある[8]。
これにより、メスを入れずに、がん部位に集中的にダメージを与える一方で、周辺正常組織へのダメージを小さく抑え、機能を温存できる可能性が高まるだけでなく、副作用は従来の放射線治療に比べて格段に少なくすることができる。また、一般の放射線が効かないがんに対しても優れた効果がある、治療のための照射回数を減らすことができ、早期社会復帰が可能となる、といったクオリティ・オブ・ライフ(生活の質)の面からの長所がある[9]。
実際の治療においては加速器を用い、重粒子を最大で光のおよそ70%のスピードに加速して体の外から照射し[10]、2、3分で終了する[11]。照射中の重粒子線による直接的な痛みはない[12]。照射回数は、それぞれのプロトコールによってきめられている[11]。
従来の重粒子線がん治療装置では固定照射装置が標準だったが、患者の負担を軽減し、最適な方向から腫瘍に重粒子線を照射するために360°任意の方向から照射できる装置が必要で回転ガントリーに搭載可能な超伝導電磁石が開発され、これにより普及可能なサイズ(直径11m、長さ13m)の陽子線ガントリーが実現して、3次元スキャニング照射装置とX線呼吸同期装置を搭載することによって、腫瘍周辺の動きを直接観察し、腫瘍に対する正確な照射ができるようになった[2]。
治療患者数
放射線医学総合研究所が治療開始した1994年から、2010年7月までの統計で見た登録患者数は5497名となっており、これは世界一となっている[13]。
問題
独立行政法人放射線医学総合研究所では、巨額の国費を投入してHIMACと呼ばれる専用装置を世界で初めて開発し、臨床試験を1994年6月から行っている。2003年11月からは先進医療として運用されているが、治療を希望する患者に対する受入れ能力の制限や、高額な患者負担などが本格的な普及に向けての大きなハードルとなっている。また施設側も高額な設備の維持費が負担となっている[14]。
日本放射線腫瘍学会の調査では、前立腺がんなどにおいてエックス線による治療と比較し、優位性が確認できなかったという報告が示された[14]。理由としては、治療計画に統一性がなく施設ごとに異なっていることや症状や年齢の違いにより、統計学的に有意なデータが得られなかったためとされる[14]。
関連項目
重粒子線治療機関
- 独立行政法人放射線医学総合研究所 重粒子医科学センター病院
- HIMAC
- 兵庫県立粒子線医療センター
- 群馬大学重粒子線医学研究センター
- 九州国際重粒子線がん治療センター
- 神奈川県立がんセンター
- 山形大学医学部附属病院 (2019年10月から稼動予定)[15]
陽子線治療機関
- 筑波大学陽子線医学利用研究センター
- 国立がん研究センター東病院
- 静岡県立静岡がんセンター
- 若狭湾エネルギー研究センター
- 兵庫県立粒子線医療センター
- 南東北がん陽子線治療センター
- 相澤病院 - 照射装置を1階に、加速器をその真下の地階においた、世界初の上下配置方式を採用。2013年秋から診療開始[16]。(相澤病院陽子線治療センター公式サイト)
- 名古屋陽子線治療センター
- メディポリスがん粒子線治療研究センター
出典
- ^ 兵庫県立粒子線医療センター X線治療と粒子線治療の違い
- ^ a b 放射線医学総合研究所と東芝、世界初の超伝導技術を用いた重粒子線がん治療用回転ガントリーを完成
- ^ 東芝が見せた意地、原子力技術を医療へ
- ^ 東芝が「がん治療システム」だけは自社に残す理由
- ^ a b 独立行政法人放射線医学総合研究所重粒子医科学センター病院. “重粒子(炭素イオン)線治療の対象部位とその適応について”. 2011年1月13日閲覧。
- ^ a b 独立行政法人放射線医学総合研究所重粒子医科学センター病院. “重粒子線がん治療について知りたい方のために” (PDF). 2011年1月13日閲覧。
- ^ 群馬大学. “群馬大学重粒子線照射施設” (PDF). 2011年1月13日閲覧。
- ^ 群馬大学重粒子線医学研究センター. “重粒子線がん治療~重粒子線とは~”. 2011年1月13日閲覧。
- ^ 群馬大学重粒子線医学研究センター. “重粒子線がん治療~特徴/適応部位~”. 2011年1月13日閲覧。
- ^ 群馬大学重粒子線医学研究センター. “重粒子線がん治療~重粒子線治療~”. 2011年1月13日閲覧。
- ^ a b 独立行政法人放射線医学総合研究所重粒子医科学センター病院. “重粒子線治療について知りたい方へ”. 2011年1月13日閲覧。
- ^ 群馬大学重粒子線医学研究センター. “Q&A”. 2011年1月13日閲覧。
- ^ 独立行政法人放射線医学総合研究所重粒子医科学センター病院. “放医研における重粒子線治療の登録患者数1994年6月~2010年7月” (PDF). 2011年1月13日閲覧。
- ^ a b c 粒子線治療:患者の混乱必至 優位性データ示せず - 毎日新聞 - 毎日新聞 2015年8月8日
- ^ 東芝、次世代型重粒子線がん治療装置を山形大から受注
- ^ 先進がん治療の拠点 松本の相沢病院「陽子線治療センター」完成(長野日報・2012年9月28日付)