赤い城

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世界遺産 赤い城の建造物群
インド
赤い城
赤い城
英名 Red Fort Complex
仏名 Ensemble du Fort Rouge
登録区分 文化遺産
登録基準 (2),(3),(6)
登録年 2007年
公式サイト 世界遺産センター(英語)
使用方法表示

赤い城赤い砦レッド・フォート: Red Fort)またはラール・キラーヒンディー語: लाल क़िलाウルドゥー語: لال قلعہ, Lal Qila‎)は、インドデリーにあるムガル帝国時代の城塞。デリー城とも。

なお、インドで「赤い城」と言えば同じく帝国時代に築かれたアーグラ城塞を指す場合もある。

毎年8月15日のインド独立記念日には、ここで首相演説が行われる。

歴史

皇帝シャー・ジャハーンが、自らの名を冠した新都シャージャハーナーバードにおける居城として築いた。9年の歳月をかけて1648年に完成。名称の由来ともなった城壁の赤い色は、建材として用いられた赤砂岩のものである。

1857年インド大反乱を受けてイギリスは軍の駐屯地としてこれを接収。兵舎が建設されるなど、城内は大きく造り替えられた。インドの独立後も近年まで軍の施設として使用されていた。

2007年には、隣接するサリームガル砦(Salimgarh)と併せて「赤い城の建造物群」としてユネスコ世界遺産に登録された。

主な建造物

ラホール門
ディーワーネ・
  • ラホール門 - 西側にある正門。城内から見てラホールの方向にあるのでこう呼ばれる。
  • デリー門 - 城内に勤める者が出入りした南側の門。
  • チャッター・チョウク(Chhatta Chowk) - ラホール門とつながるアーケード。市場として使われた。
  • ナッカル・カーナ(Naqqar Khana) - 時刻や王族の帰還を知らせる音楽が奏された中門。現在は戦争記念博物館となっている。
  • ディーワーネ・アーム(Diwan-i-Am) - 一般謁見殿。
  • ディーワーネ・カース(Diwan-i-Khas) - 貴賓謁見殿。
  • モーティー・マスジド(Moti Masjid) - 「真珠モスク」。皇帝アウラングゼーブの建造した大理石のモスク。

登録基準

この世界遺産は世界遺産登録基準のうち、以下の条件を満たし、登録された(以下の基準は世界遺産センター公表の登録基準からの翻訳、引用である)。

  • (2) ある期間を通じてまたはある文化圏において、建築、技術、記念碑的芸術、都市計画、景観デザインの発展に関し、人類の価値の重要な交流を示すもの。
  • (3) 現存するまたは消滅した文化的伝統または文明の、唯一のまたは少なくとも稀な証拠。
  • (6) 顕著で普遍的な意義を有する出来事、現存する伝統、思想、信仰または芸術的、文学的作品と直接にまたは明白に関連するもの(この基準は他の基準と組み合わせて用いるのが望ましいと世界遺産委員会は考えている)。

関連項目

Red Fort
View of the pavilions in the courtyard