生駒致長

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

これはこのページの過去の版です。松茸 (会話 | 投稿記録) による 2014年11月2日 (日) 14:37個人設定で未設定ならUTC)時点の版であり、現在の版とは大きく異なる場合があります。

 
生駒 致長
時代 江戸時代
生誕 延宝7年11月1日1679年12月3日
死没 元文6年1月16日1741年3月3日
改名 利宗、致知
別名 主水、求馬、大膳、主計、因幡
戒名 俊徳院殿義大操忠居士
墓所 久昌寺
主君 徳川継友宗春宗勝
尾張藩
氏族 生駒氏
父母 父:生駒宗勝、母:石河正光
兄弟 致長正周
阿部正寛
致稠
テンプレートを表示

生駒 致長(いこま むねなが)は、江戸時代尾張藩士、第8代尾張生駒家当主。

概要

父宗勝の家督を継ぎ、尾張藩主に仕え大番頭、大寄合となる。宗春の守役。元文6年に没する。家督は、子の致稠が継ぐが早世し、弟正周の子周房がその跡を継いだ。

参考文献

  • 尾張群書系図部集第1巻(加藤国光著、八木書店) - 誤植多数有り、注意。