江端貴子

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江端 貴子
えばた たかこ
生年月日 (1959-12-22) 1959年12月22日(64歳)
出生地 東京都
出身校 横浜国立大学教育学部化学科卒業
マサチューセッツ工科大学経営大学院修士課程修了
前職 東京大学特任准教授
所属政党 民主党
称号 経営学修士 (MIT 1992年)
公式サイト えばたたかこ オフィシャルウェブサイト (日本語)

選挙区 東京10区
当選回数 1回
在任期間 2009年 - 2012年
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江端 貴子(えばた たかこ、1959年昭和34年)12月22日 - )は、日本政治家民主党所属の元衆議院議員(1期)。元東京大学広報室特任准教授、元アステラス製薬社外取締役

人物

1959年昭和34年)東京都出身。1978年昭和53年)3月東京都立青山高等学校を卒業。1982年昭和57年)、横浜国立大学教育学部化学科を卒業して、富士通株式会社入社。同社で女性としてはじめての金融機関向けSEに配属される。1992年平成4年)、フルブライト留学生としてマサチューセッツ工科大学にてMBAを修得。その後、マッキンゼー・アンド・カンパニーのコンサルタント、米国のバイオ製薬会社アムジェン取締役CFOを経て、2005年平成17年)6月には、東京大学学術企画調整室特任助教授に就任。2006年平成18年)6月よりアステラス製薬の社外取締役を兼務している。2007年平成19年)4月より、東京大学広報室特任准教授となる。同年10月に東大を辞職。12月18日民主党の公認をうけ、東京10区総支部支部長に就任。

2009年平成21年)8月30日第45回衆議院議員総選挙では民主党公認で東京10区から立候補し、初当選。選挙では、麻生内閣が世界金融危機に対応するため追加景気対策を連発したことや、失業者対策として「緊急人材育成・就職支援基金」などの基金を設立したことについて「何に使うのかわからない基金」と批判。麻生内閣が日本のコンテンツ産業振興の拠点として位置づけた国立メディア芸術総合センターについても「無駄なハコモノの象徴である『アニメの殿堂』」と評した。また、公約実現のための財源がないことについては「財源がないというが財源が皆さんの暮らしを決めるのか」「お金がないといって消費税を上げる、そんなやり方には断固として立ち向かう。」と力説し、政権交代を訴え[1]自由民主党前職の小池百合子を破り初当選(小池は比例復活で当選)。同選挙に際して小沢ガールズと報道される。

2012年平成24年)の民主党東京都連会長選挙に出馬するも、中山義活に敗れた[2]。同年12月16日第46回衆議院議員総選挙では東京10区から出馬したが前回破った小池に敗れ、比例復活ならず落選。

2014年平成26年)12月14日第47回衆議院議員総選挙では東京10区から出馬したが、再び小池に敗れ落選した。

政策

  • 自身の政策として以下を挙げている[3]
    • 3つの約束
      • 働く人を増やす
      • 介護する人を助ける
      • 教育する人を育てる
    • 5つの政策
      • 社会保障の充実
      • 規制緩和、産業・雇用の基礎となる研究開発・教育の充実
      • エネルギー改革
      • 戦争を起こさない外交・安全保障
      • 議員定数削減等の政治・行政改革
  • 永住外国人への地方選挙権付与に賛成[4]
  • 選択的夫婦別姓制度導入に賛成[5]

所属していた団体・議員連盟

  • 子どもたちの未来を守る女性議員ネットワーク

脚注

関連項目

外部リンク