水前寺成趣園

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石橋前からの庭園の景色
水前寺成趣園の位置(日本内)
水前寺成趣園
水前寺成趣園
水前寺成趣園の位置(熊本市内)
水前寺成趣園
水前寺成趣園
市役所
市役所
熊本駅
熊本駅
水前寺成趣園の位置(熊本市)

水前寺成趣園(すいぜんじじょうじゅえん)は熊本県熊本市中央区にある大名庭園。面積約7万3000平方メートル。通称は水前寺公園。豊富な阿蘇伏流水が湧出して作った池を中心にした桃山式回遊庭園で、築山や浮石、芝生、松などの植木で東海道五十三次の景勝を模したといわれる。

概要

熊本藩細川氏の初代藩主・細川忠利1636年寛永13年)頃から築いた「水前寺御茶屋」が始まり。細川綱利のときに泉水・築山などが作られ、現在見るような形となった。陶淵明の詩「帰去来辞」の一節「園日渉以成趣」からとって「成趣園」と名付けられた。1776年安永5年)には東側に馬場が設けられた。

明治に至り官有となったが、中心となる御茶屋「酔月亭」は1877年(明治10年)の西南戦争で焼失し、泉水・築山なども荒廃した。これを憂慮した有志が払い下げを要望し、1878年(明治11年)に肥後細川家の歴代藩主を祀る出水神社が園内に創建され、庭園は出水神社の社地として払い下げられた。

近世細川家の祖で忠利の祖父・細川藤孝(幽斎)が後陽成天皇の弟・八条宮智仁親王に『古今和歌集』の奥義を伝授したといわれる古今伝授の間がある。当初八条宮の本邸にあったが長岡天満宮に移され、桂宮家から1871年(明治4年)に細川家に贈られ、解体し保管されていたものを、1912年(大正元年)、酔月亭の跡地に移築したものである。 杉戸の雲龍は狩野永徳の筆、襖絵は海北友松の画と伝えられている。

1929年(昭和4年)12月17日に「水前寺成趣園」として、国の名勝および国の史跡に指定された。

市のメインストリートである県道沿いにあり、市電水前寺公園停留場JRでは水前寺駅が最寄り。最盛期には年間約180万人もの観光客が訪れていたが、近年は減少を続け40万人弱になっている。

当初周囲は畑であったため阿蘇山飯田山立田山健軍神社などを借景にしていた。しかし、今日では利便と環境の良さのため周囲マンションが建ち並び、景観を損ねているともいわれている。

観光

  • 所在地:熊本市中央区水前寺公園8-1(「水前寺公園」は地名)
  • 開園時間:8時30分 - 17時00分(12月 - 2月) / 7時30分 - 18時00分(3月 - 11月)
  • 入園料金:大人400円 / 小中学生200円
  • 毎年8月第1土曜日夕刻に出水神社夏祭りの御神事として薪能(たきぎのう)が行われる。また、毎年春秋例大祭の奉納行事として、春は4月24日前後の休日、秋は10月17日に、武田流騎射流鏑馬(やぶさめ)が催される。

関連項目

外部リンク

座標: 北緯32度47分27.93秒 東経130度44分4.54秒 / 北緯32.7910917度 東経130.7345944度 / 32.7910917; 130.7345944