末広恭二

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末広恭二
生誕 1877年10月24日
日本の旗 日本東京都
死没 (1932-04-09) 1932年4月9日(54歳没)
国籍 日本の旗 日本
研究分野 造船工学
出身校 東京帝国大学
主な受賞歴 帝国学士院賞(1922)
プロジェクト:人物伝
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末広 恭二(すえひろ きょうじ、1877年10月24日 - 1932年4月9日)は日本造船工学者東京帝国大学教授、地震研究所所長。日本の造船工業の発展に寄与。末広鉄腸の次男。末広恭雄の父。

1900年東京帝国大学工科大学を卒業、長崎三菱造船所に入社。1911年東大教授となる。

主に船体応力振動動揺について研究した。1919年三菱造船所に研究所の設置を提案、自ら所長になる。また、関東大震災後、寺田寅彦とともに東京帝大地震研究所の創設につくし、初代所長となる[1]

1922年「伝動軸の捩れ計の研究」で帝国学士院賞を受賞する[2]

1931年には米国土木学会に招かれ渡米し、日本の地震学、地震工学を紹介した[3]

脚注[編集]

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