形容詞句

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形容詞句けいようしく、(: adjective phrase、または英: adjectival phrase、略称: AP)とは、形容詞主要部とする[1]

例えば、英語におけるfond of steakvery happyquite upset about itなどが形容詞句である(それぞれ、太字の語が主要部形容詞)。そして例のように、主要部形容詞は句の冒頭や末尾、中間部でも使用可能である。形容詞句内の他の要素(付加部または補部)としては、副詞句前置詞句の他、節(louder than you doなど)が使用されることもある。

形容詞句は基本的に2つの語法があり、名詞句の内部でその主要部名詞を修飾する語法を限定用法とし、述語として機能する語法を叙述用法とする。

言語による相違[編集]

限定用法[編集]

限定用法の形容詞句は、言語により、主要部名詞の前に置かれたり(前置修飾)、後に置かれたりする(後置修飾)。例えば、英語、中国語日本語などでは基本的に前置修飾が行われ、スペイン語[2][3][4]フランス語アラビア語などでは基本的に後置修飾が行われる(詳細はスペイン語#文法の特徴およびフランス語の文法#形容詞を参照)。

叙述用法[編集]

存在動詞#存在動詞とコピュラコピュラ#各言語におけるコピュラも参照。

叙述用法の形容詞句は、言語によりコピュラを伴うことがある。例えば、英語やスペイン語ではコピュラ+形容詞句、日本語では形容詞句+コピュラという基本語順になる(日本語のコピュラは省略可能)。

言語によっては存在動詞がコピュラの役目を兼ねており、例えば、英語の be がそうである。

イタリア語、スペイン語、ポルトガル語などのように、複数のコピュラが使い分けられる言語もある。例えば、スペイン語では、「ser」が性質・種類を表し、「estar」が状態・所在を表す[5]

Juan es inteligente. - 「ser」の3人称単数現在形
フアンは頭が良い。(性質)
¿Es fácil el español? - 「ser」の3人称単数現在形
スペイン語はやさしいですか?(性質)
Las ventanas están cerradas. - 「estar」の3人称複数現在形
窓は閉まっている。(状態)
¿Cómo estás? - 「estar」の2人称単数現在形
元気かい?(状態)
Estoy bien. - 「estar」の1人称単数現在形
元気だよ。(状態)

また、同じ形容詞句でも、「estar」と「ser」の使い分けによってニュアンスが変わる[5]

Adriana no es que esté guapa; es guapa. - 「estar」と「ser」の対比
アドリアナは美しくなっている(状態)というのではなくて、もともと美しい(性質)のだ。
Pedro es casado.
ペドロは既婚者です。(性質)
Pedro está casado.
ペドロは結婚しています。(状態)

中国語や日本語のように、存在動詞(「在」/「いる・ある」など)とコピュラ(「是」/「です・だ・である」など)が区別されている言語もある。

また、述語が名詞句の時はコピュラを付けるが、形容詞句には付けない言語もある。例えば、中国語(普通話)では、コピュラ+名詞句で「她學生」(「彼女は学生です」)とは言うが、「彼女は美しい」は「*她漂亮」ではなく「她漂亮」となる。この「很」(台湾では「好」)という副詞は、強勢を置けば「とても」という意味を持つが、強勢がない場合は特に意味はない。しかし、形容詞の”程度”を表す語句(副詞など)あるいは否定辞がない時には基本的に省略できない。例えば、「她真漂亮」(「彼女はホントに美しい」)、「她漂亮極了」(「彼女はものすごく美しい」)、「她不漂亮」(「彼女は美しくない」)などは可だが、「*她漂亮」は不可である[6]en:Chinese adjectives および zh:形容詞 も参照。

アラビア語ではコピュラが無標のため、定冠詞の有無により限定用法と叙述用法が区別できる[7]

  • .البيت كبير(その家は大きい。)
  • .هذا بيت كبير(これは大きい家である。)
  • .البيت الكبير جميل(その大きな家は美しい。)

英語の形容詞句[編集]

形容詞句の例[編集]

英語の形容詞句の例を挙げる。以下、下線部分が形容詞句、太字部分が主要部形容詞である。また、それぞれ、限定用法か叙述用法かを示す[8]。なお、和訳はなるべく英語の句構成を反映するようにしてあるため、日本語としては必ずしも自然ではない。

a. Sentences can contain tremendously long phrases. - 限定用法
文は、ものすごく長い句を含むことができる。
b. This sentence is not tremendously long. - 叙述用法
この文は、ものすごく長くない。(この文は、ものすごく長いというわけではない。)
a. A player faster than you was on their team. - 限定用法
あなたよりも速い選手が、彼らのチームにいたんですよ。
b. He is faster than you. - 叙述用法
彼は、あなたよりも速い(です)。 - 日本語ではコピュラを省略可能。
a. Sam ordered a very spicy but quite small pizza. - 限定用法
サムは、とても辛いけどかなり小さいピザを注文した。
b. The pizza is very spicy but quite small. - 叙述用法
その[9]ピザは、とても辛いけどかなり小さい(です)。 - 日本語ではコピュラを省略可能。
a. People angry with the high prices were protesting. - 限定用法
高値に怒った人々が抗議していた。
b. The people are angry with the high prices. - 叙述用法
人々は、高値に怒っている- 英語の「angry」は形容詞だが、日本語でそれに相当する語は動詞である。ここでは、英語の形容詞句の構成に沿った表示にしてある。

これらの例に見られるように、限定用法の形容詞句は、それが修飾する名詞を主要部とする名詞句に内包される[10]Xバー式型では次のように示すことができる(NP=名詞句/AP=形容詞句)。

 a.   NP                                 b.     NP
     / |                                       / |
  spec N'                                   spec N'
      / \                 or                     | \
     AP  N'                                      N' AP
         |                                       |
         N                                       N

a. は形容詞句が主要部名詞の前に、 b. は後に来る場合を示している。英語では一般的に、形容詞句が単独の形容詞(または副詞+形容詞)で構成されている場合には前置修飾、形容詞が補部を取る場合には後置修飾となる[11]。例えば、 a proud man誇り高き男、傲慢な男)に対する a man proud of his children自分の子供たちを誇りにしている男)など。一方、カッコ内の和訳に見られるように、日本語における付加部(修飾語句)や補部は、主要部の前にまとめて置かれる。

英語の叙述用法では、存在動詞学校文法における be 動詞)がコピュラとして使用される。例えば、 the man is proud. (「その男は誇り高い」「その男は傲慢だ」)など。

adjective phrase と adjectival phrase[編集]

英語において、形容詞句は adjectival phrase または adjective phrase と呼ばれるが、前者には「形容詞のような句」が含まれる傾向がある。例えば、 Mr. Clinton is a man of wealth (「クリントン氏は裕福です」)という文の of wealth は形容詞句ではなく前置詞句だが、 man を修飾しており、代わりに形容詞を用いて Mr. Clinton is a wealthy man. としてもほぼ同じ意味になる。逆に、 that boy is friendless.friendless (「あの少年には友達がいない」)は形容詞だが、 that boy is without a friend. と言い換えることもできる。

また、限定用法的な位置にある句は、それが実際には名詞句であろうと前置詞句であろうと、 adjectival phrase と呼ばれる傾向があるが、それらは厳密には phrasal attributives あるいは attributive phrases (限定修飾句)とすべきである。しかし、英語筆記マニュアルでは、こういう意味の adjectival phrase という用語が頻繁に使われており、 attributive (限定用法的)と adjective (形容詞)も同義語として扱われている。なお、形容詞句以外の語句が連なって名詞を限定修飾する場合、ハイフンで繋がれるのが一般的である(en:compound modifier および en:English compound#Hyphenated compound modifiers を参照)。

ツリー図[編集]

形容詞句を含む全ての句は、しばしば構文木(ツリー図)で表示される。ツリー図には、理論の違いによって基本的に2種類がある。1つは、構成素の積み重ねとして捉える句構造文法のツリー図[12]、もう1つは語と語の依存関係を示す依存文法のツリー図[13]である。ここでは、両タイプのツリー図を示す。

  • A = 形容詞
  • Adv = 副詞
  • AP = 形容詞句
  • N = 名詞または代名詞
  • P = 前置詞
  • PP = 前置詞句

まず、主要部終端型( head-final )の形容詞句、すなわち主要部形容詞が最右方にある形容詞句のツリー図を示す。句構造文法のツリー図(constituency)では、形容詞句が AP という構成素として示されている。一方、依存文法のツリー図(dependency)では、同じまとまりの節点を A で示している。

Head-final adjective phrases

次に、主要部先導型( head-initial )の形容詞句、すなわち主要部形容詞が最左方にある形容詞句のツリー図を示す。

Head-initial adjective phrases

最後に、主要部が中間にあるツリー図を示す。

Head-medial adjective phrases

脚注[編集]

注釈[編集]

出典[編集]

  1. ^ 文法構文に関する教科書言語学用語辞典の大部分は、形容詞句をほぼこれと同様に定義している。例えば、 Kesner Bland (1996:499)、 Crystal (1996:9) 、 Greenbaum (1996:288ff.) 、 Haegeman and Guéron (1999:70f.) 、 Brinton (2000:172f.) 、 Jurafsky and Martin (2000:362) など。
  2. ^ スペイン語の形容詞の位置”. エンフォレックス. 2013年4月24日閲覧。
  3. ^ 上田博人 (2008年). “スペイン語ガイドブック - 形容詞の位置”. 東京大学情報基盤センター 教育用計算機システム 講義用WWWサーバ. 2013年4月23日閲覧。
  4. ^ 藤田健 (北海道大学大学院文学研究科西洋言語学講座) (2010年). “スペイン語における所有形容詞について - Possessive Adjectives in Spanish”. 北海道言語研究会. 2013年4月24日閲覧。
  5. ^ a b 上田博人 (2008年). “スペイン語ガイドブック - SERとESTAR”. 東京大学情報基盤センター 教育用計算機システム 講義用WWWサーバ. 2013年4月24日閲覧。
  6. ^ 逆に、形容詞にすでに程度(副詞的なニュアンス)が盛り込まれている場合、「很」は使用不可となる。例えば「雪白」(雪のように白い=真っ白い)、「滾燙」(焼けるように熱い)など。「很」の使用条件に関する詳細については、周 (2006:293) を参照。
  7. ^ アラビア語独習コンテンツ 第4課”. el.minoh.osaka-u.ac.jp. 2021年4月21日閲覧。
  8. ^ 英語の形容詞句の限定用法と叙述用法の違いについては、 Ouhalla (1994:34, 39) および Crystal (1997:9) を参照。
  9. ^ the」を「その」と訳すか否か、およびそのニュアンスについては英語の冠詞を参照。
  10. ^ 形容詞句の語法・分布の概説については、 Greenbaum (1996:290ff.) を参照。
  11. ^ 英語における前置修飾と後置修飾の分布については、 Haegeman and Guéron (1999:71) および Osborne (2003) を参照。
  12. ^ Brinton (2000), Radford (2004), Culicover and Jackendoff (2005), Carnie (2013).
  13. ^ Tesnière (1959), Starosta (1988), Eroms (2000).

参考文献[編集]

  • Brinton, L. 2000. The strucure of modern English: A linguistic introduction.
  • Carnie, A. 2013. Syntax: A generative introduction. Oxford, UK: Wiley-Blackwell.
  • Crystal, D. 1997. A dictionary of linguistics and phonetics, 4th edition. Oxford, UK: Blackwell Publishers.
  • Culicover, Peter and Ray Jackendoff. 2005. Simpler Syntax. Oxford University Press: Oxford.
  • Eroms, H.-W. 2000. Syntax der deutschen Sprache. Berlin: de Gruyter.
  • Greenbaum, S. 1996. The Oxford English grammar. New York: Oxford University Press.
  • Haegeman, L. and J. Guéron 1999. English Grammar: A generative perspective. Oxford, UK: Blackwell Publishers.
  • Jurafsky, M. and J. Martin. 2000. Speech and language processing. Dorling Kindersley (India): Pearson Education, Inc.
  • Kesner Bland, S. 1996. Intermediate grammar: From form to means and use. New York: Oxford University Press.
  • Osborne, T. 2003. The left elbow constraint. Studia Linguistica 57, 3: 233-257.
  • Ouhalla, J. 1994. Transformational grammar: From principles and parameters to minimalism. London: Arnold.
  • Radford, A. 2004. English syntax: An introduction. Cambridge, UK: Cambridge University Press.
  • Starosta, S. 1988. The case for lexicase. London: Pinter Publishers.
  • Tesnière, L. 1959. Éleménts de syntaxe structurale. Paris: Klincksieck.
  • 周一民. 2006. 现代汉语(修订版). 北京: 北京师范大学出版社. ISBN 9787303034604

関連項目[編集]