当麻皇子
当麻皇子 | |
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続柄 | 第31代用明天皇の第3皇子 |
出生 |
敏達天皇3年(574年?)以降、用明天皇元年(586年?)以前 |
死去 |
不詳 |
配偶者 | 舎人皇女(欽明天皇の皇女) |
子女 |
束田王 忍田王 当麻豊浜 |
父親 | 用明天皇(第31代天皇) |
母親 | 葛城広子(葛城磐村の女)または葛木伊比古郎女(葛木当麻倉首比里古の女) |
役職 | 征新羅将軍 |
当麻皇子(たいまのみこ、敏達天皇3年(574年?)以降用明天皇元年(586年?)以前 - 没年不詳)は、古墳時代後期から飛鳥時代前期にかけての皇族。麻呂子皇子ともいう。用明天皇の第三皇子。
経歴
推古天皇10年(602年)征新羅大将軍であった異母弟の来目皇子が薨去した後、翌推古天皇11年(603年)4月に征新羅将軍となった。難波から船で出発したが、播磨国明石で妻である舎人皇女が薨去したことから、皇女を明石に葬った後引き返したという。
系譜
関連項目
脚注
参考文献
- 宇治谷孟『日本書紀 (下)』講談社学術文庫、1988年
- 宝賀寿男『古代氏族系譜集成』古代氏族研究会、1986年