布勢内親王

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

これはこのページの過去の版です。M-sho-gun (会話 | 投稿記録) による 2016年2月20日 (土) 08:39個人設定で未設定ならUTC)時点の版であり、現在の版とは大きく異なる場合があります。

布勢内親王(ふせないしんのう、生年不詳 - 弘仁3年8月6日812年9月14日))は、平安時代初期の皇族。「布勢」は「布施」とも表記する。桓武天皇第5皇女。母は中臣丸豊子正六位上中臣丸大魚の娘)。桓武天皇の治世下の伊勢斎宮

異母姉朝原内親王の斎宮退下をうけて、延暦16年(797年)4月18日に卜定。同年8月21日、葛野川御禊ののち野宮に移る(野宮の記録はこれが初出)。延暦18年(799年)9月3日、伊勢へ群行。大同元年(806年)3月17日、父桓武天皇崩御により在任10年で退下。弘仁3年(812年)8月6日、無品のまま薨去し、四品を追贈された。『日本後紀』の薨伝によれば「資性婉順、貞操殊励」であったという。

薨後の同年11月27日、内親王遺領の墾田772西二寺に施入された。また翌弘仁4年(813年)9月30日、遺命により内親王家から直銭1,0000が諸寺修理料とされた(『日本後紀』『類聚国史』)。

参考文献