小高和剛

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小高 和剛(こだか かずたか、1978年[1]7月8日 - )は、日本ゲームクリエイター作家トゥーキョーゲームス代表。日本大学芸術学部[2]。 以前はスパイク・チュンソフト(旧スパイク)に所属していた。

経歴[編集]

高校3年で受験疲れを起こしていた時に、映画で勉強ができるという話に惹かれ日本大学芸術学部を志望して入学、映画学科を専攻する。大学の同期に声優の小野大輔がいた[3]。映画監督を目指す学生が大半である環境であったために周囲と同様就職の道は考えずにいた中、大学の教授からゲーム『クロックタワー3』に収録するムービー撮影の仕事を紹介され、監督の深作欣二のもと助監督を務めることとなった[2]。これが初めてのテレビゲーム関連の仕事に触れた経験だったが、仕事内容は映画のものだったのでゲームの仕事という意識は当時さほどなかったという。しかし、その仕事環境は後の述懐で「地獄」と表現するほどの非常に厳しいものであり、これを機に小高は映画監督という道を見直すことになる[2]

その後も自主製作映画を撮っていたが、その傍ら知り合いのつてでゲームシナリオの仕事を受けるようになり[1]、映画への行き詰まりとゲームシナリオの仕事が順調になったことを受け次第にゲームの分野に軸足を置き始める。最初に単独でシナリオを書いた[4]探偵 神宮寺三郎シリーズ』の携帯アプリ・小説作品などが評価される一方、請負でやっていては自分の望むオリジナル作品を作れないと考えた小高はスパイクに入社する[2]。すぐにオリジナル作を作りたいと考えていたが当初は外注作品担当に回され、『名探偵コナン&金田一少年の事件簿 めぐりあう2人の名探偵』のシナリオを執筆。同作の好評を機にオリジナル企画を提出するようになるがなかなか企画は通らず、最終的にアニメ・ライトノベル的な要素とメフィスト系の要素を組み込んだ、後の『ダンガンロンパ 希望の学園と絶望の高校生』の原型となる企画を提出してゴーサインが出た[1][5]。当初は売上5万本程度に終わると思っていた同作が口コミによってヒット作となり[4]、以降はダンガンロンパシリーズのシナリオライティングを中心に漫画『グレン5』の原作執筆など活躍の場を広げている。

2018年にスパイク・チュンソフトを退社。同年9月より打越鋼太郎小松崎類しまどりるらダンガンロンパシリーズのスタッフと共にトゥーキョーゲームスを設立。

作品[編集]

ゲーム[編集]

小説[編集]

アニメ[編集]

漫画[編集]

コラム[編集]

  • 絶対絶望小高(『週刊ファミ通』2014年8月21・28日合併号~2017年1月26日号)
    • ダンガンロンパ小高 ~『ダンガンロンパ』を作りながらの890日~

出典[編集]

  1. ^ a b c 太田克史. “『“サイコポップ”が『ダンガンロンパ/ゼロ』に至るまで--』全編 インタビュアー/太田克史 写真撮影/尾鷲陽介|最前線”. 2014年9月8日閲覧。
  2. ^ a b c d 酒缶 (2013年9月8日). “ゲームコレクター・酒缶のスーパーリコレクション第11回:ゲームでオリジナルを作りたい「ダンガンロンパ」シリーズ 小高和剛氏(前編)|Gamer”. 2014年9月8日閲覧。
  3. ^ 『ダンガンロンパ小高』(2017年、pp.73)
  4. ^ a b kbj (2013年12月24日). “電撃 - 【ほぼ毎日特集 ♯69】『ダンガンロンパ』シナリオを描く小高和剛さんに接近! シナリオライターになった理由やソフト発売当時について語る(kbj)”. アスキー・メディアワークス. 2014年9月8日閲覧。
  5. ^ 電撃オンライン (2011年9月9日). “電撃 - 【まり探】始まりはアドベンチャーの否定から――CEDECで『ダンガンロンパ』開発陣が語る”. アスキー・メディアワークス. 2014年9月8日閲覧。
  6. ^ 『デスマーチクラブ』改め『ワールズエンドクラブ』、Apple Arcadeで本日配信開始。小高和剛氏&打越鋼太郎氏コンビの新作で、Switch版は2021年春にリリース予定”. ファミ通.com (2020年9月4日). 2020年10月2日閲覧。
  7. ^ スタッフ/キャスト”. TVアニメ『アクダマドライブ』公式サイト. 2020年3月13日閲覧。
  8. ^ STAFF/CAST”. アニメ「 TRIBE NINE (トライブナイン) 」公式サイト. 2021年9月30日閲覧。

外部リンク[編集]