太田圭輔

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太田圭輔
名前
愛称 ケイスケ
カタカナ オオタ ケイスケ
ラテン文字 OHTA (OTA) Keisuke
基本情報
国籍 日本の旗 日本
生年月日 (1981-07-23) 1981年7月23日(42歳)
出身地 静岡県浜北市(現浜松市浜名区
身長 169cm
体重 64kg
選手情報
ポジション MF[1]
利き足 右足
ユース
-199? 浜北キッカーズ
199?-1993 Honda FC U-12
1994-1996 Honda FC U-15
1997-1999 清水エスパルスユース
クラブ1
クラブ 出場 (得点)
2000-2007 清水エスパルス 60 (4)
2001 ヴァンフォーレ甲府 (loan) 43 (11)
2007 柏レイソル (loan) 2 (0)
2008-2009 柏レイソル 55 (9)
2009-2011 ジェフユナイテッド市原・千葉 48 (0)
2012-2013 徳島ヴォルティス 31 (0)
2014-2015 FC岐阜 38 (1)
1. 国内リーグ戦に限る。2016年7月24日現在。
■テンプレート■ノート ■解説■サッカー選手pj

太田 圭輔(おおた けいすけ、1981年7月23日 - )は、静岡県浜北市(現浜松市浜名区)出身の元サッカー選手。ポジションはミッドフィールダー (右サイドハーフ)。サッカー選手の太田吉彰は弟。

スピードと持久力に優れたサイドアタッカーで[2][3]、特に持久力については、柏レイソル所属中には乳酸値測定で上位の成績を挙げ[4]、ジェフユナイテッド市原・千葉においてはチームの持久力テストでトップの成績を挙げている[3]

来歴[編集]

ユース時代[編集]

5歳でサッカーを始める[3]。小学生時代は浜北市所在の少年サッカークラブおよびHonda FCのU-12チームでプレーし、中学校入学時にU-15チームへ昇格した。

1997年に清水エスパルスのユースチームに入団。1年次にJユースカップで優勝を、2年次には同大会で3位の成績を修めた。3年次の1999年には日本クラブユースサッカー選手権 (U-18)大会高円宮杯全日本ユースサッカー選手権 (U-18)大会の2大会にて3位となった[5][6]

清水・甲府時代[編集]

2000年に清水エスパルスのトップチームに昇格。同期昇格者に池田昇平鈴木浩介吉崎雄亮がいる。加入1年目はトップチームでの試合出場機会に恵まれず、翌年提携関係を結んでいた当時Jリーグ2部のヴァンフォーレ甲府期限付き移籍した[7]。甲府で出場機会を得た太田は全48試合中43試合に出場して11得点を挙げたが、これは同年度の甲府の選手の中で最多得点数であった。

翌2002年清水エスパルスに復帰。2002年度は2試合に、更にその翌年の2003年には8試合に出場した。

安貞桓三都主アレサンドロトゥットらそれまでチームの主力だった選手がチームを離れた[8] 2004年・2005年は出場機会を得る。2004年は29試合出場1得点、2005年は17試合出場3得点を挙げた。

しかし2006年に入ると出場機会が激減し2試合出場にとどまった。翌2007年にも2試合出場機会があったが、同年6月、出場機会を求めて柏レイソルへと移籍した[9][10]

柏・千葉時代[編集]

柏に移籍した太田は出場機会を再び得るようになり、2007年に16試合出場3得点、完全移籍に切り替わった2008年には34試合出場6得点の成績を挙げた。しかし2009年、開幕前のキャンプ中に肩を負傷[11]。出場数が7試合に減少し、同年7月、ジェフユナイテッド市原・千葉に移籍した[12][13]。千葉に移籍後、シーズン終了までに11試合に出場したが、チームは2部に降格。2010年から2011年までJ2でプレーする事になった。

徳島・岐阜時代[編集]

2012年、千葉のチームメイトであった福元洋平と共に徳島ヴォルティスへ完全移籍。2013年シーズン終了後、契約満了により退団[1]。 2014年にFC岐阜へ移籍し、2015年までプレーした。2016年7月23日、35歳の誕生日を迎えたこの日に2015年シーズンをもって現役を退くと共にアメリカで勉強することをブログで報告[14]。留学先のセントラルフロリダ大学では学生コーチとして女子サッカーチームを指導しており、2022年5月には大学を卒業した事をTwitterで報告した。現在も女子サッカーチームのコーチとして在籍しており、アメリカのコーチングライセンス取得を目指している。

所属クラブ[編集]

個人成績[編集]

国内大会個人成績
年度クラブ背番号リーグ リーグ戦 リーグ杯オープン杯 期間通算
出場得点 出場得点出場得点 出場得点
日本 リーグ戦 リーグ杯天皇杯 期間通算
2000 清水 21 J1 0 0 0 0 0 0 0 0
2001 甲府 15 J2 43 11 2 0 3 2 48 13
2002 清水 22 J1 2 0 6 1 0 0 8 1
2003 8 0 1 1 4 0 13 1
2004 29 1 7 0 1 0 37 1
2005 17 3 4 1 1 0 22 4
2006 2 0 2 1 0 0 4 1
2007 2 0 2 2 - 4 2
39 16 3 - 1 0 17 3
2008 14 34 6 6 1 4 0 44 7
2009 7 0 1 0 - 8 0
千葉 24 11 0 - 3 0 14 0
2010 J2 18 0 - 1 0 19 0
2011 14 19 0 - 0 0 19 0
2012 徳島 15 20 0 - 2 1 22 1
2013 11 0 - 0 0 11 0
2014 岐阜 27 26 1 - 0 0 26 1
2015 14 12 0 - 1 1 13 1
通算 日本 J1 128 13 29 7 14 0 171 20
日本 J2 149 12 2 0 7 4 132 15
総通算 277 25 32 8 20 3 303 35
国際大会個人成績
年度 クラブ 背番号 出場 得点
AFCACL
2002-03 清水 22 3 0
通算 AFC 3 0

脚注[編集]

  1. ^ a b 契約満了選手についてのお知らせ - 徳島ヴォルティス公式サイト(2013年12月10日)
  2. ^ ヴォルティス、MF宮崎・太田が加入 - 徳島新聞(2012年1月6日)
  3. ^ a b c 週刊サッカーマガジン 2010 J1&J2選手名鑑. 日本スポーツ企画出版社. (2010). pp. 171. JAN 4910239980300 
  4. ^ 桜林舞 乳酸値測定 - 毎日更新!柏レイソル広報日記(2009年1月25日)
  5. ^ 過去の大会結果 - 日本クラブユースサッカー連盟公式サイト 2010.9.11 00:15 (UTC) 閲覧
  6. ^ Jユースカップ 過去の試合記録 - Jリーグ公式サイト 2010.9.11 00:19 (UTC) 閲覧
  7. ^ 2001年 ヴァンフォーレ甲府 選手・スタッフ一覧 (PDF) - ヴァンフォーレ甲府公式サイト 2010.9.11 00:39 (UTC) 閲覧
  8. ^ クラブ沿革 2004 避けて通れなかった分岐点 - 清水エスパルス公式サイト 2013年5月1日閲覧
  9. ^ 太田圭輔選手、柏レイソルへ期限付き移籍決定のお知らせ - 清水エスパルス公式サイト(2007年6月18日)
  10. ^ 太田 圭輔選手が期限付移籍加入 - 柏レイソル公式サイト(2007年6月18日)
  11. ^ 開幕直前!36クラブ別戦力分析レポート:柏 - J's GOAL(2009年3月2日)
  12. ^ 太田 圭輔選手 ジェフユナイテッド千葉へ完全移籍 - 柏レイソル公式サイト(2009年7月15日)
  13. ^ 太田圭輔 選手の加入について - ジェフユナイテッド市原・千葉公式サイト(2009年7月15日)
  14. ^ ご報告 太田圭輔オフィシャルブログ「lance」Powered by Ameba 2016年7月23日

関連項目[編集]

外部リンク[編集]