天王星

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天王星
Uranus
仮符号・別名 ハーシェル (Herschel)
分類 天王星型惑星
軌道の種類 外惑星
発見
発見日 1781年3月13日
発見者 ウィリアム・ハーシェル
発見方法 自宅の望遠鏡による観測
軌道要素と性質
元期:2008年1月1日[1]
太陽からの平均距離 19.21845 AU
平均公転半径 2,870,990,000 km
近日点距離 (q) 18.286 AU
遠日点距離 (Q) 20.096 AU
離心率 (e) 0.04638
公転周期 (P) 84.25301 年
会合周期 369.66 日
軌道傾斜角 (i) 0.7733
近日点引数 (ω) 173.1242 度
昇交点黄経 (Ω) 74.0476 度
平均近点角 (M) 348.4382 度
太陽の惑星
衛星の数 27
物理的性質
赤道面での直径 51,118 km
表面積 8.13 ×109 km2
質量 8.686 ×1025 kg
地球との相対質量 14.536
平均密度 1.32 g/cm3
表面重力 7.77 m/s2
脱出速度 21.30 km/s
自転周期 17時間14分
(0.7183 日)
逆行
アルベド(反射能) 0.51
赤道傾斜角 97.86 度
表面温度
最低 平均 最高
59 K 68 K n/a
大気の性質
大気圧 深さによって異なる
水素 83%
ヘリウム 15%
メタン 1.99%
アンモニア 0.01%
エタン 0.00025%
アセチレン 0.00001%
一酸化炭素
硫化水素
微量
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天王星(てんのうせい、Uranus)は、太陽系太陽に近い方から7番目の惑星である。太陽系の惑星の中で木星土星に次ぎ、3番目に大きい。1781年3月13日イギリス天文学者ウィリアム・ハーシェルにより発見された。名称のUranusは、ギリシア神話における天の神ウーラノスΟυρανός、ラテン文字転写:Ouranos)のラテン語形である。

最大等級+5.6等のため、地球最接近時は肉眼で見えることもある。のちにハーシェル以前に恒星として20回以上の観測記録(肉眼観測も含む)があることが判明した。

物理的性質

ボイジャー2号によって観測された天王星の磁場

天王星は主にガスと多様なから成っている。大気には水素が約83%、ヘリウムが15%、メタンが2%含まれている[2]。内部は重い元素に富み、岩石と氷からなる核のほか、水やメタン、アンモニアが含まれる氷からなるマントルで構成されていると推測されている。酸素炭素窒素が多く含まれ、ほとんどが水素とヘリウムでできている木星や土星とは対照的である。天王星と海王星は従来木星型惑星に分類されていたが、木星土星の核から液体の金属水素の層を除いたものによく似ており、内部は比較的均一に分布しているようである。こうした違いから、木星型とは異なる天王星型惑星として分類されるようになった。

天王星が青緑色に見えるのは上層大気に含まれるメタンによって赤色光が吸収されるためである。厳密には、色は、公転に伴って変化する。そのため、「天王星には季節がある」との推測がされている。

天王星の特徴の一つとして自転軸が挙げられる。天王星の自転軸の傾きは98度、黄道面に対しほぼ横倒しに倒れている[3]。天王星の自転軸がなぜこれほど傾いているのかは分かっていない。古典的な推察として、天王星がまだ完成されていない時期に大きな原始天体が衝突した(ジャイアント・インパクト説も参照の事)という説があるほか、天王星にはかつて巨大衛星が存在しており、その影響で次第に自転軸が傾斜していったという仮説も唱えられている[4][5]。また、天王星が現在のように自転軸が公転面に対して横倒しになるには、地球サイズの天体が1回ではなく、2回衝突する必要があることがシミュレーション研究により判明したとの報告もある[6]

また、自転軸の傾きのため極周囲の方が赤道周囲よりも太陽からの熱を受けているが、奇妙な事に赤道周囲の方が極地よりも温度が高い。この理由もまだ解明されていない。また、公転周期が84.25301年なので、極点では約42年間、昼または夜が続くということになる。

天王星の大気は、他のガス惑星と比べると雲がほとんど見られず、のっぺりとした外観を持つ。これは、傾いた自転の影響で、昼夜での気温変化がほとんどないためである。しかし、2007年に天王星は春分を迎え、赤道方向に太陽光が当たるようになると、通常の惑星と同じような昼夜の繰り返しが起こるようになったため、気温変化が起こるようになった。実際、2011年に北半球で「かなとこ雲」に相当する白い雲が観測された。これは、メタンの氷で出来た雲と考えられている[3]

ボイジャー2号によって天王星に磁場の存在が確認された。その強さは、地球とほぼ同じである。天王星の磁場の中心は惑星の中心から大幅にずれており、60゜自転軸から傾いている。そのため、地球の磁場よりずっと大きく変動するとされる。

天王星の放射線帯は、土星並みに強い。その強さゆえに、内側の衛星や環に存在するメタンは化学的変化を受けて黒っぽく変色してしまう。

2011年11月にハッブル宇宙望遠鏡が天王星のオーロラ嵐を2度にわたって観測した[7]

天王星の発見

天王星が惑星として確認されたのは比較的近代になってからである。実際には何度も観測されてはいたが惑星とは認識されていなかった。知られている観測例は、1690年ジョン・フラムスティードおうし座34番星として記録したものが最古である。

1781年3月13日、ウィリアム・ハーシェルが天王星を観測した。彼はそれが新天体であることには気づいたが、彗星だと考え、同年3月22日に彗星を発見したと発表した。

しかしその後、観測が進むと、彗星だと仮定して求めた軌道は観測に合わなかった。そこで、アンデル・レクセルは円軌道を仮定して軌道を求め、観測結果を説明することに成功した。求められた軌道長半径は18.93 AUで、新天体は土星のはるか遠方の、それまで思われていたよりもずっと巨大な天体であることがわかった。これ以後、新天体は惑星と見なされるようになった。

ハーシェルは新惑星をイギリス国王ジョージ3世にちなみ、ゲオルギウム・シドゥス(Georgium Sidus、ラテン語で「ジョージ星」という意味)と名付けた(のちに、sidusは恒星であって惑星ではないという指摘を受け、ジョージアン・プラネット (Georgian Planet) に改名)。しかし、イギリス以外では普及しなかった。1784年ジェローム・ラランドが提案した “ハーシェル” は、フランスの天文学者の間に広まった。その後も多くの名前が提案されたが、最終的に、ヨハン・ボーデが提案したウラヌス (Uranus) が広まった。1827年までにはイギリスでもこの名が最も一般的になり、全ての天文台がウラヌスに切り替えたのは1850年だった。なお、中国で生まれた「天王星」という訳語が、日本韓国ベトナムにも広まった。

惑星探査

天王星に接近した宇宙探査機1977年8月20日に打ち上げられたアメリカ航空宇宙局ボイジャー2号ただ一機である。ボイジャー2号は1986年1月24日に天王星に最接近し、天王星のほか、環や衛星を撮影した。

日本では、1970年代にN-Iロケットを使用した探査が検討された[8]が、当時はスイングバイ技術を有していなかった事や観測衛星の性能不足などから実現しなかった。

天王星の衛星と環

天王星の環と衛星(1998年ハッブル宇宙望遠鏡により撮影)

天王星には2013年の時点で27個の衛星が発見され、すべてが命名されている。衛星の名前はウィリアム・シェイクスピアアレキサンダー・ポープの作品中の登場人物名がつけられている(24個がシェイクスピア関連である)。

ボイジャー2号が接近するより前に発見されたアリエルウンブリエルチタニアオベロンミランダ[3]を天王星の5大衛星と呼ぶ事がある。

衛星の他に、直径10m以下の暗い物質で構成された薄いもある。天王星の環に関して最初に言及したのは惑星本体の発見者でもあるウィリアム・ハーシェルであった。ハーシェルは1789年2月22日[9]に「赤みがかった」環(ε環と推測される)を観測し、1797年に正式に発表した。だが、この説は受け入れられず、その後約200年にわたり環は観測されなかった。1977年3月10日カイパー空中天文台から恒星掩蔽を観測する事によって天王星の環は発見された。その環は暗く、とてもハーシェルの時代の望遠鏡で見えるものではないと思われたが、後にカッシーニによる観測で土星の環が拡散しつつあるという事が分かったため、ハーシェルは天王星の環を実際に観測していたが、その後2世紀の間に環が暗くなってしまったのではないかという仮説が立てられている[10]

天王星の写真に写る輪は一般に鮮やかな色をしているが、これらは殆どが赤外線域で撮影された輪を可視光域の写真と合成したり、あるいは写真そのものが赤外線域で撮影されたものである。可視光では前述の通り非常に暗い為に、輪が明瞭に撮影される事はまず無い。

2007年には、天王星の環が地球から見て真横を向く位置になった[11]。天王星では公転周期の半分にあたる42年に一度の出来事である(環が真横を向くのは木星では6年、土星では15年に一度)。また衛星やその影が惑星と重なるのは木星や土星ではよく見られる光景だが、この時にハッブル宇宙望遠鏡によって天王星と重なるように通過する衛星とその影の画像が撮影された。

人類と天王星

歴史と神話

ウラヌス=天王星は古代人の命名ではなく、近世以降に発見された惑星に、他の惑星に倣い「未使用の神話上の大物」の名が付けられたもので、天体の外見や運行上の特徴と付けられた神名の関わりは希薄である。なお、Uranusはギリシア神話に由来する名称であり、他の惑星がローマ神話に由来する名称を与えられていることから本来は天王星もカエルス (Caelus) と命名されるべきであったが、それはローマ神話で対応する名称が忘れ去られてしまうほどこの神の存在が人々の記憶から希薄になっていたことを意味する。ウラヌスはギリシア神話の主神ゼウスの祖父にあたる。

占星術

天王星は古代には知られていなかったため七曜九曜には含まれないが、10大天体の1つである。

西洋占星術では、宝瓶宮(みずがめ)の支配星で、凶星である。変化を示し、改革離別不安定電撃に当てはまる。[12]

惑星記号

天王星の記号
天王星の記号

ウラヌス=天王星と改称される以前は、発見者にちなみ「ハーシェル」と呼ばれたため、ハーシェルの「H」を他の惑星記号に似せて図案化したものが、占星術天文学を通して用いられていた。これが改称後も用い続けられている。

天王星を扱った作品

参考文献

「太陽系はここまでわかった」リチャード・コーフィールド著、水谷淳訳、文芸春秋、2008年

脚注

関連項目

外部リンク