堀割川

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

これはこのページの過去の版です。117.55.68.170 (会話) による 2015年6月4日 (木) 20:22個人設定で未設定ならUTC)時点の版 (→‎脚注)であり、現在の版とは大きく異なる場合があります。

座標: 北緯35度25分3秒 東経139度37分35.9秒 / 北緯35.41750度 東経139.626639度 / 35.41750; 139.626639

堀割川
堀割川 2008年10月26日撮影
八幡橋から見た河口付近。
水系 二級水系 大岡川
種別 二級河川
延長 2.7 km
平均流量 -- m³/s
(--)
流域面積 -- km²
水源 中村川(横浜市南区
水源の標高 -- m
河口・合流先 根岸湾(横浜市磯子区
流域 神奈川県横浜市
テンプレートを表示
水運が盛んだった当時の名残。ヘルムドックの水門跡 2007年(平成19年)4月6日撮影

堀割川(ほりわりがわ)は、神奈川県横浜市を流れ根岸湾に注ぐ流域全長2700mの二級河川大岡川の分流である。明治時代に作られた人工河川で、横浜港発展に大きな役割を果たした。

地理

神奈川県横浜市南区中村町付近で中村川から分かれる。南に流れ、磯子区原町と磯子区磯子の境界から根岸湾に注ぐ。

中村橋から八幡橋にかけて、右岸に国道16号線が通る。川の上に首都高速磯子線を建設する計画があるが、本牧JCTが改良された現在では、実際に建設される見込みは低い。

地元住民の手で川岸に桜並木が作られ、今でもその一部が残っている。坂下橋付近の国道の下にはかつての造船所(ヘルムドック)の水門跡が残り、水運が盛んだった当時の様子を物語っている。横浜で唯一残っている物揚場がみられる。川沿いには中小の工場があり、現在でも一部で水運に用いられている。

歴史

1870年横浜港と根岸湾とを結ぶ水運と、吉田新田埋立用土砂確保のため、当時の神奈川県知事の井関盛艮が工事請負人を募った。吉田新田を開拓した吉田勘兵衛の子孫がこれに応じ、今の中村橋付近の丘陵を切り下げ、中村川から根岸湾まで運河を開削。その土砂で、当時の「一つ目沼」、のちに根岸線横浜駅根岸道路の間の吉浜町・松影町・寿町・翁町・扇町・不老町・万代町・蓬莱町となる湿地帯の埋立を行った。滝頭波止場(現在は動物検疫所となっている)が大波で破損するなどしたものの、1874年に完成した。2010年度には土木学会選奨土木遺産に認定された[1]

流域の自治体

神奈川県
横浜市南区磯子区

橋梁

脚注