和声
和声(わせい[1]、英語: harmony)は、西洋音楽の音楽理論の用語で、和音の進行、声部の導き方(声部連結)および配置の組み合わせを指す概念である。西洋音楽では、メロディ(旋律)・リズム(律動)と共に音楽の三要素の一つとする。
狭義の和声は16世紀ヨーロッパに端を発した古典的な機能和声をさす。これは、個々の和音にはその根音と調の主音との関係に従って役割・機能があると考えるものである[2]。
なお、おもに機能和声から派生した現代のポピュラー音楽における和声については「ポピュラー和声」を参照されたい。
歴史
古典派まで
13世紀ごろから、ある旋律に対して1つまたは2つ以上の旋律を同時に奏でて音楽を作ることが行われるようになった。この作曲法・作曲理論を対位法(英語: counterpoint)という。対位法では、ある旋律が他の旋律に従属するのではなく、それぞれが独立した旋律と感じられるように工夫する。
ルネサンス期(15世紀 - 16世紀)になると、和音が意識されるようになった。対位法による楽曲でも複数の旋律が奏でられるとき、ある部分を縦に切り取ってみると、音の積み重ねとしての和音が存在している。しかしこのようなたまたま生じた現象として和音を捉えるのではなく、和音と和音との連結によって音楽を創るという発想が支配的となった。
その後、和音同士をいかに連結すべきかという法則が模索され、ラモーによりカデンツ(和声終止形)の法則が提唱された。J.S.バッハとその一族はラモーの原則に意識的にはなんら従っていないことが文献上から確認できるが、結果的にはおおむねカデンツの法則に従っている。こうして、フランスとドイツの和声理論はラモー以後二分されてゆく[3]。
古典派(18世紀後半から19世紀初頭)の時代になると、カデンツの法則に則った和音の連結が至上のものとされるようになった。
近代の和声
前期ロマン派(19世紀中盤)、つまりフレデリック・ショパン、フランツ・リスト、ロベルト・シューマン等が活躍した時代には、遠隔調への頻繁な内部転調が好んで用いられるようになった。減七の和音や、ポピュラー音楽でいうところのテンション・ノートが多く用いられるようになった。
後期ロマン派(19世紀末期)、つまりトリスタン和音を媒介したリヒャルト・ワーグナーやその後継者であるアントン・ブルックナー、グスタフ・マーラー、リヒャルト・シュトラウス等が活躍した時代には、内部転調が頻繁となって調性感が希薄となり、音の跳躍進行が頻繁になり、リズム感が薄れ、ついには調性を感じられなくなった。16世紀ヨーロッパに端を発した調性はこうして崩壊に向かった。
印象派(19世紀末期~20世紀初頭)になると、クロード・ドビュッシーが旋法(モード)の手法を導入した。教会旋法をより発展した形で用いたり、全音音階といったある法則性に基づく音階を創作し、旋律や和音をその音階を用いて構成するという手法を用いた。俗に色彩和声と言われる。
現代の和声
現代(ここでは20世紀初頭~現在21世紀)においては、20世紀初頭に調性が崩壊し、新ウィーン楽派による無調の音楽が出現した。これに対しバルトークは「中心軸システム」、ヒンデミットは独自の理論による「拡大された調性」によって、中心音の調的支配力の中で12音の半音階を駆使した。そのほか手法の面において様々な試みがなされていて、例えば、複調、多調、多旋法、移調の限られた旋法、十二音技法、音列作法、雑音、微分音や非平均律などが挙げられる。これらは必ずしも和声の手法のみを指すものではなく、実際の楽曲では対位法や非対位法・非機能和声法・色彩和声法等が融合している。それぞれの手法・楽曲にはその場その場の和声法が存在しており、その理論を統一して語ることは極めて困難である。またこれらを総合して音響作曲法とも言われる。その直接の始まりは調性崩壊からと言われ、また電子音楽の影響を多分に受けている。
機能和声
和声学の基礎は、16世紀ヨーロッパに端を発した機能和声であり、クラシック音楽における古典派の音楽はこれに基づいている。和音の連結のみならず、対位法の影響を大きく受けている。和音を混声四部合唱による構成と見なし、その各声部の旋律的な独立性も重要視されているのが、この時代の和声の特徴である。また、この時代の和声では、声部の導き方も非常に重要視されているのも大きな特徴である。たとえば、導音は主音に解決し、和音の第7音、第9音、第11音、第13音は予備されたり特定の和声音に解決したりする。このような、各声部の独立性や動きに重点をおいて作曲する方法を声部の書法(英語: part writing)という。
和音の機能
音階の主音を根音とする和音(主和音、和音記号で I)の機能をトニカ(またはトニック)、 主音の5度上の属音を根音とする和音(属和音、V)の機能をドミナント、主音の5度下(4度上)の下属音を根音とする和音(下属和音、IV) の機能をサブドミナントという[4]。
- トニカ(トニック)
(英: tonic, 伊: tonica f, 独: Tonika f, 仏: tonique f)
和声の中心となる機能である。この和音が鳴らされるとき、「落ち着き」「解放」「解決」「弛緩」といった印象を与える。「自宅」のイメージである。楽曲の最後はトニカで終わる。 I のほか、 VI も I の代理の時、トニカの機能を持つ(ドミナントから VI に終止する終止形は偽終止という)。 III もトニカの機能を持つことがある。
- 代理和音とは、ある和音の代わりに使われる和音で、似た響きを持ち、ほぼ同じ機能を持つ和音のことである。代理和音は、元の和音の3度上、または3度下の和音がよく使われる。なぜなら、3度関係にある和音は三和音の構成音3音の内2音が同じだからである(3度関係にある2和音の、下の和音の第3音は上の和音の根音に、第5音は第3音に一致するのである)[5]。
- ドミナント
(英: dominant, 伊: dominante f, 独: Dominante f, 仏: dominante f)
トニカの5度上の和音であり、トニカとは対照的に、「緊張」した印象を与える。「外出先」のイメージである。トニカに移行しようとする力が強い(トニカに移行するように緊張が解ける方向で移行することを解決と呼ぶ)。 V に第7音を加えて V7の和音で現れることが多く、 V9の和音もよく用いられる。また、 III や VII も V の代理の時、ドミナントの機能を持つ。
- サブドミナント
(英: subdominant, 伊: sottodominante f, 独: Subdominante f, 仏: sous-dominante f)
トニカの4度上、すなわち5度下の和音である。ドミナントほど強くないが、トニカに比べれば「緊張」した印象を与える。「発展」「外向的」な印象が強い。ドミナントに移行するか、トニカに解決する。 II や II7は、 IV とともに非常によく使われるサブドミナントである(ただし、 II はトニカには移行しない)。また、 VI が IV の代理和音としてサブドミナントの機能を持つことがある。トニカの5度下であるので、ドミナントとは逆方向の和音であると考えられる。いいかえると、サブドミナントのドミナントはトニカであるという考えが成り立つ。また、教会音楽などではいったんトニカに解決した後、再び IV に移行し I に戻るという技法が良く使われる(変終止、アーメン終止などと呼ばれる)。
- ドッペルドミナント
(独: Doppel + 英: dominant(日本ではこの読み方がある); 英: double dominant, 伊: doppiodominante f, 独: Doppeldominante f, 仏: double-dominante f)
ドッペル(独: Doppel)とはドイツ語で“二重”を意味し(英: doubleと同語源)、ドミナントのドミナントである。 V の V であって、音階の ii 度音を根音とする長三和音、または属七、属九の和音であり、 II の第三音(ハ長調ならファの音)を半音あげたものである[6]。このことから、ドミナントに移行する II の和音をドミナントへのドミナントと考えることもできる。同様に、ドミナントに移行する IV を II の代理和音とする理論書もある。一般にはドッペルドミナントの機能とサブドミナントとは同一視される。 このように、サブドミナントのドミナントはトニカであり、ドミナントのドミナントがサブドミナントであるので、トニカ、ドミナント、サブドミナントは正三角形を成すことになる。
カデンツ
(英: cadence, 伊: cadenza f, 独: Kadenz f, 仏: cadence f)
機能和声においては、Tに戻ることで一段落となる。言い換えると、和音の移り変わりは、Tから他の機能に移行して、またTに戻るまでがひとまとまりである。このひとまとまりをカデンツという。
機能和声においてDは、Tへ移行する力が強いので、Sには移行しないのが原則である。TとSはいずれの機能にも移行する。このことを考えると、カデンツは、
- T→D→T
- T→S→D→T
- T→S→T
の3種のいずれかとなる[7]。
注)パウル・ヒンデミットの「和声学I&II」と林達也の「新しい和声」では、ドミナントからサブドミナントへ進む例外にも言及がある。DからSへの進行を考慮に入れるならば、上記に
- T→D→S→Tのカデンツが加わることとなる。実際の音楽においては、他のカデンツに比べて少ない。
進行
「進行」とは、ある和音からある和音に移行することである。
古典的な和声学において、和音記号ごとに可能な進行を考えると、次のようになる。
- I は、すべての三和音とII7、V7、V9に進行することができる。
- II は、V (7.9) にのみ進行することができる。
- TのIIIは、IかVI→III→IVという進行の中でのみ使われる。DのIIIは、TのIかVIに進行する。
- IVは、I、II (7) 、V (7.9) に進行する。
- V (7) は、TのIかVIに進行する。
- TのVIは、Iを除くすべての三和音とII7、V7、V9に進行することができる。
- VIIは、IIIに進行する。
(以上の規則はあくまで原則であり、絶対的なものではない。転調進行を初めとした様々な例外規則が存在するうえ、実曲中では無視されることもある)
V7以外の7の和音は、その和音の第7音を前の和音から保留して導くことができ、その第7音を次の和音で保留または2度下降させることができるならば、三和音の代わりに使うことができる場合が多い。
反復進行
同じ進行パターンを反復しながら同方向、同間隔で移高するものを「反復進行」と呼ぶ。ドイツ語「ゼクヴェンツ」(Sequenz)に由来して「ゼクエンツ」とも呼ばれる。
例として、
- (I→IV)↑(II→V)↑(III→VI) (正進行2度上行型)
- (VI→II)↓(V→I) (正進行2度下行型)
- (V→IV)↓(IV→V)↓(III→IV) (準正進行2度下行型)
- (I→V)↓(VI→III)↓(IV→I) (変進行3度下行型)(パッヘルベルのカノンなどに見られる。)
などがある[8]。
借用和音
上述のドッペルドミナントと同様に、V以外の和音に関しても、その和音を主和音とする調の属和音群を用いることが出来る。例えば、ハ長調において、VIのV7であるミ - ソ# - シ - レや、ⅡのV9の根音を省略した形(またはVII7)のド# - ミ - ソ - シ♭等である[9]。
また、長調において、同主短調の和音を用いることもある。ハ長調において、ハ短調のVIであるラ♭ - ド - ミ♭や、ハ短調のV9であるソ - シ - レ - ファ - ラ♭等である[10]。
このように、他の調の和音を用いることを借用和音と呼ぶ[10]。
声部
古典的な和声学では、和音の進行にあたって各音を構成するパートの動きが重要であると考える。このため、和声学の実習においては、混声四部合唱の編成、すなわち、ソプラノ、アルト、テノール、バスの4声部を使用する。これを四声体という[11][12]。これらの4声部の動きと、それら相互の関係がスムーズであることが求められる。
- ある2つのパートの動きが、同方向であるとき、並行という。逆方向であるとき、反行という[13]。(定義)
- 各パートは、それぞれの声域の中で動く。すなわち、ソプラノは中央ハから、アルトはその下のヘから、テノールは中央ハのオクターブ下から、それぞれ2オクターブ弱(1オクターブと長6度)の音域で動き、バスは、中央ハのすぐ上のホから2オクターブ下のホまでの音域で動くように書かれる。(和声学における一般的な規則)
- 各パートは、離れすぎない。隣り合う各パートの音程はオクターブまでである。ただし、テノールとバスは1オクターブと完全5度までである[14]。また、上のパートが下のパートより下がることは、避けられる。(和声学における一般的な規則。実曲中では例外あり)
限定進行
各パートの動きの中で、この音はこの音に進行しなければならないとするものが古典的な和声学にはある[15]。主なものは次の通りである。なお、あくまで原則であり、例外規則や補則も存在し、実曲中では無視されることもある。
- V (7) の第3音は、Tに進行するとき、2度上行しなければならない[15]。
- V7の場合、第7音は2度下行しなければならない[15]。
- 7の和音、9の和音の第7音や9の和音の第9音は、次の和音に進行するとき、2度下行する(解決という)か、同じ音に留め置かれる[16]。
- V7を除く7の和音の第7音、前の和音の同じ音から留め置かれる。これを予備という。したがって、そのような音を持たない和音から7の和音、9の和音に進行できない[17]。
禁則
古典的な和声学で、避けるべき、また禁止とされる動きは数多くあるが、重要なものは次の2つである。
- 連続(平行)1 (8) 度
- ある2つのパートが、連続する2つの和音の間で、続けて完全1度または完全8度になることを連続(平行)1 (8) 度といい、禁止される[18](このような進行は実際の音楽ではよく見かけるので不思議に思われるが、和声的に「異なる2つのパート」であるとき禁止されるのであって、和声的にひとつのパートと考えられるときには問題とならない)。したがって、限定進行をする音は、基本的には同時に2パートで鳴らすことはできない(限定進行をすると連続1 (8) 度になるため)。
- 連続(平行)5度
- ある2つのパートが、連続する2つの和音の間で、続けて5度になっていて、しかも平行して完全5度に到達することを、連続(平行)5度といい、禁止される(実曲中ではモーツァルト5度を含む一部例外あり)。反行である場合、また、後続音程が完全5度以外の5度である場合には、平行5度と呼ばず、問題とならない[19]。
学習
機能和声の学習にあたっては、基礎理論と原則を学び、課題の実習によって技術と古典音楽における音楽的感性を会得する。ふつう課題は、四声体の内1声部が与えられ、学習者が残り3声部を埋めて完成するもので、課題はソプラノもしくはバスの旋律が与えられるのが普通である。ソプラノが与えられるものをソプラノ課題、バスが与えられるものをバス課題という[20]。
脚注
- ^ 戦前には「かせい」とも読んだ。また古い文献には旧字体表記の和聲が多い。
- ^ 例えばハ長調でシ・レ・ファ・ソの次にド・ミ・ソの和音が来ると落ち着いて終った感じがする。このときシ・レ・ファ・ソを属和音(属七の和音)、ド・ミ・ソを主和音と呼び、属和音はふつう主和音によって解決するように、すなわち落ち着いた感じになるように作曲する。このように和音をただ単にその響きに着目するのではなく、調性(この例ではハ長調)や前後関係における機能に着目して分析するのが機能和声理論である。詳細は機能和声を参照。
- ^ フランス和声では「和声法」、ドイツ和声では「和声学」であり日本では訳語が異なる。明治開国後、日本が典拠としたのは当初ドイツ和声であったが、池内友次郎や宅孝二が帰国してからはフランス和声が優勢になり現在に至る。
- ^ ルードルフ・ルイ、 ルートヴィヒ・トゥイレ『和声学』山根銀二、渡鏡子共訳、音楽之友社、1954年、19~20頁。ASIN B000JB6XM4
- ^ ルードルフ・ルイ、 ルートヴィヒ・トゥイレ『和声学』山根銀二、渡鏡子共訳、音楽之友社、1954年、90~115頁。
- ^ 池内友次郎、島岡譲ほか『和声 理論と実習』2、音楽之友社、1965年、32頁、ISBN 978-4276102064。
- ^ 池内友次郎、島岡譲ほか『和声 理論と実習』1、音楽之友社、1964年、37頁、ISBN 978-4276102057。
- ^ 池内友次郎、島岡譲ほか『和声 理論と実習』3、音楽之友社、1967年、231~232頁、ISBN 978-4276102071。
- ^ 池内友次郎、島岡譲ほか『和声 理論と実習』3、音楽之友社、1967年、44~45頁、ISBN 978-4276102071。
- ^ a b 池内友次郎、島岡譲ほか『和声 理論と実習』2、音楽之友社、1965年、20頁。
- ^ 池内友次郎、島岡譲ほか『和声 理論と実習』1、音楽之友社、1964年、17頁。
- ^ 一つの声部はクライマックスや曲尾ではしばしば分割される。
- ^ 池内友次郎、島岡譲ほか『和声 理論と実習』1、音楽之友社、1964年、26頁。
- ^ 池内友次郎、島岡譲ほか『和声 理論と実習』1、音楽之友社、1964年、18頁。
- ^ a b c 池内友次郎、島岡譲ほか『和声 理論と実習』1、音楽之友社、1964年、71頁。
- ^ 池内友次郎、島岡譲ほか『和声 理論と実習』1、音楽之友社、1964年、114頁。
- ^ 池内友次郎、島岡譲ほか『和声 理論と実習』1、音楽之友社、1964年、116頁。
- ^ 池内友次郎、島岡譲ほか『和声 理論と実習』1、音楽之友社、1964年、27頁。
- ^ 池内友次郎、島岡譲ほか『和声 理論と実習』1、音楽之友社、1964年、28頁。
- ^ 日本の音楽大学では、作曲学科(専攻)などの入学試験において和声課題を出題している。大学や専攻によって、アンリ・シャランやポール・フォーシェの、いわゆる「フランス和声」と呼ばれる和声法(パリ国立高等音楽院のスタイル)に準じたものから、芸大和声に準じたものまで、出題傾向は様々である。TやD、Dを二つ重ねた記号などが頻出する「ドイツ和声」はドイツの音楽大学で入試に用いられているが、この様式による和声課題は日本の音楽大学では出題されていない。器楽や声楽など演奏専攻の学生は入学後の授業で和声を学習する。
和声についての文献
関連項目
外部リンク
- 和声(定義、歴史、機能和声法、和声学) 黒坂俊昭、日本大百科全書(ニッポニカ)、コトバンク