南沙諸島海域における中華人民共和国の人工島建設

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南シナ海と南沙諸島(スプラトリー諸島)
Spratly Islands military occupations map 2009.

座標: 北緯9度32分37秒 東経112度53分03秒 / 北緯9.543739度 東経112.884050度 / 9.543739; 112.884050

南沙諸島埋め立て問題(なんさしょとううめたてもんだい)とは、中華人民共和国南シナ海南沙諸島(スプラトリー諸島)で暗礁を埋め立て、人工島にして軍事拠点とする工事を行っていることを問題とする国際論争。

経緯

2014年以前

2014年5月にフィリピン外務省が、中国がジョンソン南礁(赤瓜礁)を埋め立てているということを示す時系列の写真を公開し、2014年に入ってから大量の土砂を投入しているということが判明。同礁は2012年の時点では目立つものはなかったが、2013年の時点では建造物が確認でき、2014年の時点では、すっかり埋め立てられていた。フィリピン外務省は、この中国の行為をフィリピンの領域内で行われているということから国際法に違反していると批判。フィリピン政府は、2014年5月にミャンマーで開かれた東南アジア諸国連合首脳会議の場で非公式にこの行為について問題提起をし、中国に対して抗議。これに対して中国は、自国領で行っていることであり、何を造ろうと中国の主権の範囲内と拒否した[1]

2014年8月にフィリピンが、中国に対して南沙諸島問題の平和的解決を目指す「南シナ海行動宣言」に違反していると抗議。埋め立てられたジョンソン南礁についてベトナムからはではないと指摘されており、満潮時はすべてが海面下に没する岩礁ならば国際法では埋め立てをしても領海排他的経済水域(EEZ)の根拠となる島とは認められない。中国は同様の工事を複数の岩礁で進めていた[2]

2014年11月24日には、ファイアリー・クロス礁(永暑礁)に滑走路などを備えた人工島を建設していることを認めたうえで、中国人民解放軍の羅援少将が「正当な行為だ」と述べてアメリカに反論し、この問題にアメリカは口出しすべきでないとした。その前週にイギリスの国際軍事専門誌『IHSジェーンズ・ディフェンス(IHS Jane's Defence)』が同礁での人工島造成の記事を掲載したの受けてアメリカは、中国に埋め立ての中止を求めるとともに、関係各国に同様の行為を行わないように促していた。また同少将は、フィリピン、マレーシア、ベトナムも既に岩礁に軍事施設を建設済みであり、中国は国際社会の圧力に耐えて建設を続行するとも述べた[3]

2015年

2015年1月頃から、中国海軍中国海警局の艦船が、海域で頻繁に示威活動を繰り返すようになり、実効支配している暗礁を埋め立てて、新たな軍事拠点を構築しようとする動きが顕著化し、アメリカやマレーシア、フィリピンなど関係国が強く非難した。5月には国際空域(公海の上空)を飛行していたアメリカ軍のP-8ポセイドン哨戒機に対して、中国海軍が強い口調で計8回も退去を命じる交信を行うなど軍事的緊張が高まった。5月31日に中国人民解放軍の孫建国副総参謀長は、シンガポールでのアジア安全保障会議で南シナ海での岩礁の埋め立てに関して、正当かつ合法であり、埋め立ての目的の1つとして軍事防衛上の必要性を満たす目的だと述べる[4]。さらに6月30日の記者会見で中国外交部の華春瑩副報道局長が、岩礁の埋め立てについて「すでに埋め立て作業は完了した」と述べ、今後の関連施設の「建設にあたっては当然、軍事防衛上の必要性を満たすことも含む」と強調した[5]

7月2日、アメリカのシンクタンクのCSIS(戦略国際問題研究所)が、中国が浅瀬を埋め立てて施設の建設を続けているファイアリー・クロス礁の様子を6月28日に撮影した衛星写真を公開し、駐機場や誘導路が整備されている様子が確認できると指摘して3000メートル級の滑走路が「ほぼ完成している」との分析を明らかにし、さらに2つのヘリポートと10基の衛星アンテナ、レーダー塔とみられる施設などが確認できるとした[6]。 8月6日には、CSISは中国が埋め立てを進めているスビ礁(渚碧礁)の最近の衛星写真を分析し、人工島に幅200 - 300メートル、2000メートル以上の直線の陸地ができていることが確認でき、ファイアリー・クロス礁と同じ3000メートル級の滑走路が建設されている可能性を示唆した[7]

2015年10月27日、アメリカはイージス駆逐艦ラッセン」を人工島の12海里内に進入航行させた。

日本は、7月21日に閣議に報告して了承を得た『平成27年版防衛白書』で中国が南沙諸島で強行している岩礁の埋め立てについて「国際社会から懸念が示されている」と指摘するとともに、中国の艦船や航空機による東シナ海や南シナ海への進出で「不測の事態を招きかねない危険な行為もみられる」と危機感を示し、公海での航行や飛行の自由が「不当に侵害される状況が生じている」と非難している[8]アメリカ国防総省も8月20日に「アジア太平洋での海洋安全保障戦略」と題した報告書を公表し、中国が2013年12月に南沙諸島での埋め立てを開始して2015年6月までに2900エーカー(約12 km2)を埋め立て、その面積が周辺諸国による埋め立てを含めた全体の約95パーセントに当たることが明らかになった[9]。また、埋め立てから滑走路や港湾施設の建設によるインフラ整備に重点が移行していることも指摘した[9]

9月15日には、CSISが最近の衛星写真の分析から、中国が南シナ海で3本目となる滑走路をミスチーフ礁(美済礁)で建設している可能性があることを明らかにした[10][11]。9月25日には国際軍事情報大手IHSジェーンズが、人工衛星画像の分析からファイアリー・クロス礁に建設されていた滑走路が完成したとの見方を明らかにし、運用可能な状態に近づいているとした[12]。 同日、訪米した中国の習近平国家主席オバマ大統領ホワイトハウスで会談したが、中国が岩礁埋め立てで軍事拠点化を進める南シナ海問題での進展はなかった[13][14]

米中首脳会談後に、アメリカ海軍の艦船を中国が埋め立てた人工島から12海里内(国際法では、領土からの距離で領海とされる海域)に派遣する決断をしていたオバマ政権は、10月27日にアメリカ海軍横須賀基地所属のイージス駆逐艦ラッセン」をスビ礁から12海里内の海域に進入航行させ、航行の自由を行動で示す作戦(「航行の自由」作戦、Freedom Of Navigation Operation)を実施した[15]。また、同時期にアメリカ海軍太平洋艦隊は、2個の空母打撃群(CSG)が第7艦隊担当海域(AOR)で作戦航海中[注 1]と10月29日に発表し、同時期にこの地域での不測の事態に対応できるように展開した[16]。11月5日には、南シナ海を航海中のアメリカ海軍空母セオドア・ルーズベルトアシュトン・カーター国防長官が視察乗艦し[17]、さらに11月8日と9日にアメリカ太平洋空軍が、グアムアンダーセン空軍基地所属のB-52爆撃機2機をアメリカ国防総省によると「南シナ海の南沙諸島付近の国際空域を通常のミッション」で人工島付近を飛行させ[18][注 2]、アメリカの該当地域での軍事プレゼンスを拡大させている。

2016年

1月2日、中国外交部が、ファイアリー・クロス礁で建設していた空港の完成と滑走路を使用して試験飛行をしたことを明らかにした。これに先立ちベトナムは、試験飛行に抗議する声明を発表している[19]

1月30日には、アメリカ海軍の横須賀基地所属のイージス駆逐艦「カーティス・ウィルバー」が派遣され、西沙諸島トリトン島から12海里(約22キロメートル)内を航行したことがアメリカ国防総省によって明らかになった。南シナ海での「航行の自由」作戦の一環で、前年10月のスビ礁から12海里内の海域での実施以来2度目であり、これに対して中国外交部は批判する談話を発表した[20][21]

総括

2015年10月現在、中国が埋め立てているとされている岩礁は、実効支配しているスビ礁、ファイアリー・クロス礁、 クアテロン礁、ミスチーフ礁、ヒューズ礁、 ジョンソン南礁、ガベン礁エルダッド礁(安達礁)であり、地球上でやり取りされる原油や液化天然ガス(LNG)の半分近くが通る世界経済の大動脈である南シナ海で、中国が岩礁を埋め立てた人工島を軍事拠点化することを各国は恐れている[22][23][24]

脚注

注釈

  1. ^ ひとつは、横須賀を母港とするロナルド・レーガン(CVN-76)を中心とする空母打撃群(CSG)で、第5空母航空団(CVW-5)とイージス巡洋艦USSチャンセラーズ ビル(CG-62)、イージス駆逐艦USSカーチス・ウィルバー(DDG-54)、フィッツジェラルド(DDG-62)、マスティン (DDG-89)とともに韓国海軍との共同演習を実施。もうひとつは、空母セオドア・ルーズベルト(CVN-71)を中心とするCSGで、イージス巡洋艦ノルマンディ(CG-60)とともに、10月28日までシンガポールを訪問して、新しい母港となるカリフォルニア州サンディエゴへ航海中。
  2. ^ 出典の記事中の永興島は、西沙諸島の島であり、南沙諸島で中国が造成した人工島ではない。誤認による記述である。

出典

  1. ^ フィリピン、中国の南シナ海埋め立て写真公開 日本経済新聞電子版(日本経済新聞社)(2014年5月15日)
  2. ^ 【主張】南沙埋め立て 中国の暴挙を放置するな 産経ニュース(産経新聞社)(2014年9月10日)
  3. ^ 南沙諸島での滑走路建設、「正当」と中国将軍 AFPBB News(AFP)(2014年11月24日)
  4. ^ 日本経済新聞(日本経済新聞社)7面、2015年6月1日。
  5. ^ “中国、南シナ海の埋め立て「すでに完了」”. 日本経済新聞電子版 (日本経済新聞社). (2015年6月30日). http://www.nikkei.com/article/DGXLASGM30H9A_Q5A630C1FF2000/ 2015年7月1日閲覧。 
  6. ^ “南シナ海の中国滑走路「ほぼ完成」、米シンクタンク”. AFPBB News (AFP). (2015年7月2日). http://www.afpbb.com/articles/-/3053467 2015年9月26日閲覧。 
  7. ^ “中国、南シナ海に新滑走路建設か 米シンクタンク分析”. 朝日新聞デジタル (朝日新聞社). (2015年8月6日). http://www.asahi.com/articles/ASH855W35H85UHBI01M.html 2015年8月8日閲覧。 
  8. ^ “中国の「高圧的対応」に懸念 15年版防衛白書”. 日本経済新聞電子版 (日本経済新聞社). (2015年7月21日). http://www.nikkei.com/article/DGXLASFS21H06_R20C15A7MM0000/ 2015年7月22日閲覧。 
  9. ^ a b “南シナ海、中国埋め立て「全体の95%」 米国防総省”. 日本経済新聞電子版 (日本経済新聞社). (2015年8月21日). http://www.nikkei.com/article/DGXLASGM21H8I_R20C15A8FF2000/?n_cid=SPTMG003 2015年8月25日閲覧。 
  10. ^ “中国、南沙諸島に3本目の滑走路建設か 米シンクタンク”. AFPBB News (AFP). (2015年9月16日). http://www.afpbb.com/articles/-/3060510 2015年9月18日閲覧。 
  11. ^ “中国、南シナ海で3本目の滑走路を建設か=米専門家”. 朝日新聞デジタル (朝日新聞社). (2015年9月15日). http://www.asahi.com/international/reuters/CRWKCN0RF06X.html 2015年9月26日閲覧。 
  12. ^ “南沙諸島に「滑走路完成」 衛星画像分析”. 日本経済新聞電子版 (日本経済新聞社). (2015年9月26日). http://www.nikkei.com/article/DGXLASGM26H41_W5A920C1000000/ 2015年9月26日閲覧。 
  13. ^ “中国が排出量取引 米中首脳会談、南シナ海など議論”. 朝日新聞デジタル (朝日新聞社). (2015年9月26日). http://www.asahi.com/articles/ASH9T4WJCH9TUHBI01J.html 2015年9月27日閲覧。 
  14. ^ “米中首脳、対立回避に力点 南シナ海では見解相違際立つ”. 朝日新聞デジタル (朝日新聞社). (2015年9月27日). http://www.asahi.com/articles/ASH9W000JH9VUHBI02R.html 2015年9月27日閲覧。 
  15. ^ “米、中国の人工島12カイリ内に軍派遣へ 南シナ海”. 朝日新聞デジタル (朝日新聞社). (2015年10月22日). http://www.asahi.com/articles/ASHBP3VTPHBPUHBI01C.html 2015年10月27日閲覧。 
    “米駆逐艦、人工島12カイリに 対中国「航行は自由」”. 朝日新聞デジタル (朝日新聞社). (2015年10月27日). http://www.asahi.com/articles/ASHBW2JGSHBWUHBI006.html 2015年10月27日閲覧。 
    “中国「米艦船を追跡、警告」 南シナ海派遣、米は継続へ”. 朝日新聞デジタル (朝日新聞社). (2015年10月28日). http://www.asahi.com/articles/ASHBW7DBQHBWUHBI04P.html 2015年10月28日閲覧。 
  16. ^ “アメリカ海軍の2個空母打撃群が作戦中 南シナ海情勢を睨み”. Fly Team ニュース (Fly Team 航空ファンコミュニティサイト). (2015年11月4日). http://flyteam.jp/news/article/56450 2015年11月14日閲覧。 
  17. ^ “カーター米国防長官、南シナ海の空母ルーズベルトを視察”. Fly Team ニュース (Fly Team). (2015年11月9日). http://flyteam.jp/news/article/56584 2015年11月14日閲覧。 
  18. ^ “アメリカ空軍、B-52で中国の人工島付近を飛行”. Fly Team ニュース (Fly Team). (2015年11月13日). http://flyteam.jp/news/article/56763 2015年11月14日閲覧。 
  19. ^ “中国、南沙の滑走路試験飛行 実効支配進める動き”. 朝日新聞デジタル (朝日新聞社). (2016年1月3日). http://www.asahi.com/articles/ASJ134V3CJ13UHBI004.html 2016年2月4日閲覧。 
  20. ^ “米、西沙諸島で「航行の自由作戦」 中国政府は非難談話”. 朝日新聞デジタル (朝日新聞社). (2016年1月30日). http://www.asahi.com/articles/ASJ1Z5DP9J1ZUHBI010.html 2016年2月4日閲覧。 
  21. ^ “中国国防省「重大な違法行為」 米艦、西沙で12カイリ内に”. 日経新聞電子版 (日本経済新聞社). (2016年1月30日). http://www.nikkei.com/article/DGXLASGM30H59_Q6A130C1FF8000/ 2016年2月4日閲覧。 
  22. ^ 中国、南シナ海で「5カ所埋め立て」 習氏が「自ら選定」 台湾の情報機関 産経ニュース(産経新聞社)、2014年10月16日。
  23. ^ 焦点:中国が南シナ海で「人工島」拡大、実効支配を強化へ ロイター、2015年2月20日。
  24. ^ “中国、岩礁を「要塞」に南シナ海、揺れる海の大動脈”. 日本経済新聞電子版 (日本経済新聞社). (2015年7月16日). http://www.nikkei.com/article/DGKKZO89358030V10C15A7NNS000/ 2015年10月27日閲覧。