労働条件

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労働条件(ろうどうじょうけん)とは、労働者使用者の下で働く際、労働者と使用者の間で取り決められた就労に関する条件である。

  • 本項で労働基準法について以下では条数のみを挙げる。

労働条件の内容と決定

日本国憲法第27条第2項では、「賃金労働時間、休息その他の勤労条件に関する基準は、法律でこれを定める。」と規定している。具体的には、労働基準法(昭和22年4月7日法律第49号)のほか、最低賃金法(昭和34年4月15日法律第137号)・賃金の支払の確保等に関する法律(昭和51年5月27日法律第34号)・雇用の分野における男女の均等な機会及び待遇の確保等に関する法律(昭和47年7月1日法律第113号)などの法律が制定されている。

日本国憲法第25条第1項は「すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する。」と規定し、これを受けて労働基準法では、「労働条件は、労働者が人たるに値する生活を営むための必要を充たすべきものでなければならない。」(第1条1項)、「この法律で定める労働条件の基準は最低のものであるから、労働関係の当事者は、この基準を理由として労働条件を低下させてはならないことはもとより、その向上を図るように努めなければならない。」(第1条2項)、「労働条件は、労働者と使用者が、対等の立場において決定すべきものである。」(第2条1項)と定められている[1]。そして「使用者は、労働者の国籍信条又は社会的身分を理由として賃金、労働時間その他の労働条件について差別的取扱いをしてはならない。」(第3条)として、差別的取扱いをしてはならない理由を限定列挙している。

第1条~第3条でいう「労働条件」とは、賃金、労働時間はもちろんのこと、解雇災害補償安全衛生寄宿舎等に関する条件をすべて含む労働者の職場における一切の待遇をいう。なお、労働契約締結前の雇入れにおける条件は労働条件の内容にあたらない[2]

国際労働機関(ILO)は「人道的な労働条件」「社会正義の実現」を求め、労働者が「人間らしいまともな労働(ディーセント・ワーク)」を得られることを目標に、労働条件に関する多くの条約を制定している。日本も常任理事国として加盟しているが、労働者保護に関する条約の多くが未批准であるため、日本の労働条件はILOが定めたものとは大きく異なる。

労働条件の明示

使用者は、労働契約の締結に際し、労働者に対して賃金、労働時間その他の労働条件を明示しなければならない(第15条第1項)。使用者が合理的な労働条件が定められている就業規則を労働者に周知(第106条)させていた場合には、労働契約の内容は、その就業規則で定める労働条件によるものとなり(労働契約法第7条)、実際には労働者個々に定める事項以外は就業規則を労働者に交付することで一律の労働条件を定めることになる。第15条の規定は、労働者に対して労働条件の内容を明らかにし、紛争発生の防止をその趣旨とするものである。もっとも、明示がなされなかったからといって労働契約が成立しないわけではない。

派遣労働者については、派遣元の使用者が労働条件について明示しなければならない。出向(在籍型、移籍型とも)の場合、出向先の使用者が労働条件の明示をしなければならない。

なお、労働者の募集においても労働条件の明示が必要とされるが(職業安定法第5条の3第2項)、その明示は賃金については「見込額」でよい。採用面接時にその見込額をそのまま実際の初任給額とする旨の合意がなされたと認められる状況がなければ、見込額を初任給額とする雇用契約が成立したとはいえない。

労働条件の明示事項

労働条件の明示事項については、労働基準法施行規則第5条第1項の各号に列挙されている。

  • 絶対的明示事項(使用者が労働者に対して明示することが絶対的に必要とされている事項)
  1. 労働契約の期間に関する事項(同項第1号)
  2. 期間の定めのある労働契約を更新する場合の基準に関する事項(更新する場合があるものの締結の場合に限る)(同項第1号の2)
  3. 就業の場所及び従事すべき業務に関する事項(同項第1号の3)
  4. 始業及び終業の時刻、所定労働時間を超える労働の有無、休憩時間、休日、休暇並びに労働者を2組以上に分けて就業させる場合における就業時転換に関する事項(同項第2号)
  5. 賃金の決定、計算及び支払の方法、賃金の締切り及び支払の時期並びに昇給に関する事項(同項第3号。ただし、退職手当や臨時に支払われる賃金を除く。)
  6. 退職に関する事項(同項第4号。なお、解雇の事由を含む。)
  • 相対的明示事項(定めがある場合に限り、使用者が労働者に対して明示することが必要とされる事項)
  1. 退職手当の定めが適用される労働者の範囲、退職手当の決定、計算及び支払の方法並びに退職手当の支払の時期に関する事項(同項第4号の2)
  2. 臨時に支払われる賃金(退職手当を除く。)、賞与及びこれらに準ずるもの並びに最低賃金額に関する事項(同項第5号)
  3. 労働者に負担させるべき食費、作業用品その他に関する事項(同項第6号)
  4. 安全及び衛生に関する事項(同項第7号)
  5. 職業訓練に関する事項(同項第8号)
  6. 災害補償及び業務外の傷病扶助に関する事項(同項第9号)
  7. 表彰及び制裁に関する事項(同項第10号)
  8. 休職に関する事項(同項第11号)

労働条件の明示方法

使用者の労働条件の明示は書面又は口頭によるが、明示事項のうち絶対的明示事項(昇給に関する事項を除く)については労働者に対する書面の交付が必要となる(第15条1項後段、労働基準法施行規則第5条2項・3項)。なお、日雇労働者の場合は、同一条件で労働契約が更新される場合には、最初の雇い入れの際に書面を交付することで足り、その都度当該書面を交付しなくても差し支えない。

短時間労働者に対する事業主の責務

事業主は、短時間労働者を雇い入れたときは、速やかに、当該短時間労働者に対して、上記の明示事項に加え、「昇給の有無」「退職手当の有無」「賞与の有無」について文書の交付等により明示しなければならない。これら以外の事項についても文書の交付等により明示するように努めるものとされる(パートタイム労働法第6条)。 事業主は、その雇用する短時間労働者から求めがあったときは、労働条件に関する決定をするに当たって考慮した事項について、当該短時間労働者に説明しなければならない(パートタイム労働法第13条)。

労働者の解除権

使用者から明示された労働条件が事実と相違する場合においては、労働者は、即時に労働契約を解除することができる(第15条2項)。いわゆる会社が労働者に予告なしに行う「懲戒解雇」に対する、労働者が会社に予告なしに退職できる「懲戒退職」のことである。なお、他の労働者の労働条件が事実と相違していたとしても即時解除はできない。

この場合、就業のために住居を変更した労働者が、契約解除の日から14日以内に帰郷する場合においては、使用者は、必要な旅費を負担しなければならない(3項)。 この「旅費」には、住居変更前までの旅費にとどまらず、親族の保護を受ける場合にはその者の住所までの実費を含み、また就業のために移転した家族の旅費も含まれる。

また、この場合における離職は、雇用保険における基本手当の受給において「特定受給資格者」(倒産・解雇等により離職した者)として扱われ、一般の受給資格者よりも所定給付日数が多くなる(雇用保険法第23条、雇用保険法施行規則第36条2号)。

罰則

第15条第1項もしくは第3項に違反した者は、30万円以下の罰金に処せられる(第120条)。なお同条は、労働条件の明示をしなかったことや、帰郷旅費の負担をしなかったという使用者に対する罰則であり、明示した労働条件が実際の労働条件と相違することについての罰則は規定していない。

労働条件の禁止・制限事項

上記列挙の事項以外にも、労使が合意すれば任意の事項を労働条件に定めることができるが、公序良俗に反してはならない(民法第90条)ほか、労働基準法上、以下の制限がある。

効力関係

労働基準法の基準を下回る労働条件を定める労働契約は、その部分については無効となる。この場合において、無効となった部分は、労働基準法で定める基準によることとなる(第13条)。最低賃金等の規制に違反する場合も同様である。

また、労働契約が就業規則や労働協約で定める基準に達しない場合はその部分が無効となり、当該基準によることとなる(第93条、労働組合法第16条、労働契約法第12条)。たとえば、個々の労働者を「月給16万円」との条件で雇い入れた場合でも、就業規則に月額賃金を18万円以上とする旨定めている場合は18万円を支給しなければならず、さらに賃金を月19万円以上とする旨の労働協約を締結した場合には、19万円を支給しなければならないのである。

労働契約、就業規則、労働協約、法令の効力関係については、上位から順に、法令、労働協約、就業規則、労働契約の順となる(ただし、就業規則よりも労働者に有利な労働契約は無効とはならない(有利原則))。

労働条件の不利益変更

労働者及び使用者は、その合意により、労働契約の内容である労働条件を変更することができるが(労働契約法第8条)、使用者は、労働者と合意することなく、就業規則を変更することにより、労働者の不利益に労働契約の内容である労働条件を変更することはできず(労働契約法第9条)、原則として使用者による一方的な労働条件の不利益変更は行えない。

しかし、使用者が変更後の就業規則を労働者に周知させ、かつ、就業規則の変更が、「労働者の受ける不利益の程度」「労働条件の変更の必要性」「変更後の就業規則の内容の相当性」「労働組合等との交渉の状況」その他の就業規則の変更に係る事情に照らして合理的なものであるときは、労働契約の内容である労働条件は、当該変更後の就業規則に定めるところによるものとされ(労働契約法第10条)、労働者との合意がなくても、就業規則の変更により労働者の不利益に労働条件を変更できる。

労働契約の期間

労働契約は、期間の定めのないものを除き、一定の事業の完了に必要な期間を定めるもののほかは、3年(次の各号のいずれかに該当する労働契約にあっては5年)を超える期間について締結してはならない(第14条)。

  1. 専門的な知識、技術又は経験(以下この号において「専門的知識等」という。)であって高度のものとして厚生労働大臣が定める基準に該当する専門的知識等を有する労働者(当該高度の専門的知識等を必要とする業務に就く者に限る。)との間に締結される労働契約
  2. 満60歳以上の労働者との間に締結される労働契約(前号に掲げる労働契約を除く。)

建設工事等の有期的な事業であれば、3年(5年)を超えその完了までの期間の労働契約を締結できる。なお、上記各号の労働契約及び一定の事業の完了に必要な期間の労働契約を除き、1年を超える期間の定めのある労働契約を締結した労働者であっても、当該契約の期間の初日から1年を経過した日以後においては、その使用者に申し出ることにより、いつでも(やむをえない事由がなくても)退職できる。

3年(5年)を超える定めの労働契約はその定めが無効となり、第13条によりその期間は3年(5年)に短縮される。

有期労働契約の締結、更新及び雇止めに関する基準

厚生労働大臣は、期間の定めのある労働契約の締結時及び当該労働契約の期間の満了時において労働者と使用者との間に紛争が生ずることを未然に防止するため、使用者が講ずべき労働契約の期間の満了に係る通知に関する事項その他必要な事項についての基準を定めることができる(第14条2項)。これに基づき、厚生労働大臣は有期労働契約の締結、更新及び雇止めに関する基準(いわゆる「雇い止め基準」、平成24年10月26日厚生労働省告示第551号)を定めている。この基準に法的拘束力はないが、近年労働契約法等により有期労働契約に関する規制が強化されており、労働契約の更新に関する解釈として参考になる。行政官庁は、この基準に関し、期間の定めのある労働契約を締結する使用者に対し、必要な助言及び指導を行うことができる(第14条3項)。

雇い止め基準第1条

  • 使用者は、期間の定めのある労働契約(当該契約を3回以上更新し、又は雇入れの日から起算して1年を超えて継続勤務している者に係るものに限り、あらかじめ当該契約を更新しない旨明示されているものを除く。次条第2項において同じ。)を更新しないこととしようとする場合には、少なくとも当該契約の期間の満了する日の30日前までに、その予告をしなければならない。

雇い止め基準第2条 

  1. 前条の場合において、使用者は、労働者が更新しないこととする理由について証明書を請求したときは、遅滞なくこれを交付しなければならない。
  2. 期間の定めのある労働契約が更新されなかった場合において、使用者は、労働者が更新しなかった理由について証明書を請求したときは、遅滞なくこれを交付しなければならない。

雇い止め基準第3条

  • 使用者は、期間の定めのある労働契約(当該契約を1回以上更新し、かつ、雇入れの日から起算して1年を超えて継続勤務している者に係るものに限る。)を更新しようとする場合においては、当該契約の実態及び当該労働者の希望に応じて、契約期間をできる限り長くするよう努めなければならない。

賠償予定の禁止

使用者は、労働契約の不履行について違約金を定め、又は損害賠償額を予定する契約をしてはならない(第16条)。契約の相手方は、労働者のみならず、親権者身元保証人なども含まれる。なお、あらかじめ定めておくことが禁止されているのであって、現実に徴収しなくても定めておくだけで違反となる。もっとも現実に生じた損害について損害賠償することまで禁止されているのではない。

使用者が費用を出して被用者に海外留学をさせる場合に、留学の費用を使用者が労働者に貸与する形式をとり、ただ帰国後一定期間勤続した場合にその返還を免除するという契約を締結した場合は、そのような契約が、労働契約とは別個の免除特約付金銭消費貸借契約にあたるとみなされれば、第16条違反とはならない。ただしその場合も、返還免除基準が不明確であったり、返還額が過度に高額である等の事情がある場合には、当該費用返還規定は労働者の退職を過度に抑制するものとして違法となりうる(長谷工コーポレーション事件、東京地判平9.5.26)。

なお、減給の制裁(第91条)は第16条違反とはならない。

前借金相殺の禁止

使用者は、前借金その他労働することを条件とする前貸の債権と賃金を相殺してはならない(第17条)。「前借金」とは、労働することを条件として使用者からお金を借り、将来、賃金により弁済することを約束した金銭をいう。金銭貸借関係と労働関係とを完全に分離し、金銭貸借関係に基づく身分的拘束を防止することが第17条の趣旨である。従って、労働者が使用者から人的信用に基づいて受ける金融、弁済期の繰上げ等で明らかに身分的拘束を伴わないものは、労働することを条件とする債権には含まれない(昭和22年9月13日基発17号)。なお、第17条が禁止したのは、「前借金についての使用者の債権(前貸債権)で賃金に対する労働者の債権(賃金債権)を相殺すること」であるから、前借金を渡すこと自体が禁じられているわけではない(東京高判昭48.11.21)。 

使用者が労働組合との労働協約の締結あるいは労働者からの申出に基づき、生活必需品の購入等のための生活資金を貸し付け、その後この貸付金を賃金より分割控除する場合においては、その貸付の原因、期間、金額、金利の有無等を総合的に判断して労働することが条件となっていないことが極めて明白な場合には、第17条は適用されない(昭和23年10月15日基発1510号)。労使合意による相殺の具体例としては、住宅ローンに関してなされた合意相殺につき、労働者の自由意思に基づくものと認められるような場合には、適法であると判断した最高裁判決がある(日新製鋼事件、最判平2.11.26)。

事業主が育児休業期間中に社会保険料の被保険者負担分を立替え、復職後に賃金から控除する制度は、著しい高金利が付される等により、その貸付が労働することを条件としている場合を除いて、一般的には第17条違反とはならない。ただし、この場合は、第24条1条但書(賃金の全額払いの原則とその例外)に基づき、労使協定が必要となる。また一定年限労働すれば、当該債務を免除する旨の取り扱いも第17条違反とはしない(平成3年12月20日基発712号)。

強制貯蓄の禁止

使用者は、労働契約に附随して貯蓄の契約をさせ、又は貯蓄金を管理する契約(強制貯蓄)をしてはならない(第18条1項)。

いっぽう、労働者の委託を受けて社内預金をするようなこと(任意貯蓄)は禁止されていない(第18条2項~5項)。具体的には、使用者自身が預金を受け入れて直接管理する「社内預金」と、使用者が受け入れた預金を労働者の名義で金融機関等に預入し、その通帳や印鑑を使用者が保管する「通帳保管」とがある。いずれの場合においても、使用者は以下の措置(共通措置)を取らなければならない。

  • 労使協定を締結し、所轄労働基準監督署長に届出ること
  • 貯蓄金管理規程を定め、これを労働者に周知させるため作業場に備え付ける等の措置をとること
  • 労働者が貯蓄金の返還を請求したときは、遅滞なく返還すること

また社内預金の場合は共通措置に加え、以下の措置を取らなければならない。

  • 貯蓄金管理規程に以下の事項を定めること
    • 預金者の範囲
    • 預金者1人当たりの預金額の限度
    • 預金の利率及び利子の計算方法
    • 預金の受入れ及び払い戻しの手続
    • 預金の保全の方法
  • 前項の事項及びそれらの具体的取扱いについて、貯蓄金管理規程に定めること
  • 毎年3月31日以前1年間における預金の管理の状況を、4月30日までに、所轄労働基準監督署長に報告すること
  • 年5厘以上の利率による利子をつけること
    • 年5厘以上の利率になるのであれば、日歩による利子でもよい(昭和63年3月14日基発150号)

通帳保管の場合は、共通措置に加え、貯蓄金管理規程に預金先の金融機関名、預金の種類、通帳の保管方法及び預金の出し入れの取次方法を定めなければならない(昭和63年3月14日基発150号)。

労働者が派遣労働者の場合は、貯蓄金の管理は派遣元の使用者が行う。派遣先の使用者が貯蓄金の管理をすることはできない

労働者が貯蓄金の返還を請求したにもかかわらず、使用者がこれを返還しない場合において、当該貯蓄金の管理を継続することが労働者の利益を著しく害すると認められるときは、所轄労働基準監督署長は、使用者に対して、その必要な限度の範囲内で、当該貯蓄金の管理を中止すべきことを命ずることができる。この規定により貯蓄金の管理を中止すべきことを命ぜられた使用者は、遅滞なく、その管理に係る貯蓄金を労働者に返還しなければならない(第18条6項、7項)。

脚注

  1. ^ ただし、労働基準法第1条・第2条については、罰則の定めはない。
  2. ^ 最高裁判所は三菱樹脂事件判決で「労働基準法第3条は労働者の信条によって賃金その他の労働条件につき差別することを禁じているが、これは、雇入れ後における労働条件についての制限であって、雇入れそのものを制約する規定ではない。」としている(昭和43年(オ)第932号労働契約関係存在確認請求事件)。

関連項目