確率の公理

コルモゴロフの公理は、1933年にアンドレイ・コルモゴロフが導入した、確率論の基礎となる公理である^[1]。これらの公理は依然として確率論の基盤となっており、数学、物理科学、および現実世界の確率の事例の理解にとりわけ重要である^[2]。ベイズ確率を形式化する代替的アプローチは、コックスの定理（英語版）によって与えられる^[3]。

コルモゴロフによる公理系[編集]

まず、コルモゴロフ自身による公理系を解説し、次節で現代の定義について解説する。

$\Omega$ は、根元事象と呼ばれる要素の集合、 ${\mathfrak {F}}$ は $\Omega$ の部分集合から構成される族であり、その要素は事象と呼ばれる。 $P$ は ${\mathfrak {F}}$ 上の集合関数とする。以下の5公理を満たす系 $(\Omega ,{\mathfrak {F}},P)$ を確率空間と呼ぶ^[4]。

1.

{\mathfrak {F}}

は有限個の要素による集合和、集合差、共通部分について閉じている^{[注釈 1]}。

2.

{\mathfrak {F}}

は

\Omega

を含む。すなわち

\Omega \in {\mathfrak {F}}.

^{[注釈 2]}

3.

P

は非負の実数値をとる。すなわち、

P:{\mathfrak {F}}\rightarrow \mathbb {R} _{\geq 0}

4.

P(\Omega )=1.

5.

A,B\in {\mathfrak {F}}

が互いに素な集合 (Disjoint sets) ならば、

P(A\cup B)=P(A)+P(B).

（有限加法性）

さらに $\Omega$ が無限集合の場合には次の連続牲の公理を導入する^[5]^{[注釈 3]}。

6.

{\mathfrak {F}}

の減少列

A_{1}\supset A_{2}\supset A_{3}\supset \cdots

が、

\textstyle \bigcap \limits _{n=1}^{\infty }A_{n}=\emptyset

を満たすならば、

\lim _{n\to \infty }P(A_{n})=0.

公理5と6より、次の一般化加法定理（完全加法牲）が導かれる^[7]。

一般化加法定理

集合列

\{A_{n}\}_{n\in \mathbb {N} }

は、互いに素であり、

\textstyle \bigcup \limits _{n=1}^{\infty }A_{n}\in {\mathfrak {F}}

ならば、

P{\bigl (}\textstyle \bigcup \limits _{i=1}^{\infty }A_{i}{\bigr )}=\sum \limits _{i=1}^{\infty }P(A_{i}).

一般化加法定理を満たす $P$ は、 ${\mathfrak {F}}$ が生成する完全加法族（σ-集合体）上の非負かつ完全加法的な集合関数に一意的に拡張可能である^[8]。

公理[編集]

以上の議論をまとめて、現代では以下のように要約する^{[注釈 4]}。

$\Omega$ は任意の集合、 ${\mathfrak {F}}$ は $\Omega$ 上の完全加法族（σ-集合体）（あるいは有限加法族）、 $P$ は ${\mathfrak {F}}$ 上の集合関数とする。 $P$ が次の3条件を満たすとき、 $P$ は $(\Omega ,{\mathfrak {F}})$ 上の確率測度となり、 $\Omega$ は標本空間、 ${\mathfrak {F}}$ は事象空間と呼ばれる。

第一の公理[編集]

事象の確率は非負の実数を取る。

P:{\mathfrak {F}}\rightarrow \mathbb {R} _{\geq 0}

ここで ${\mathfrak {F}}$ は事象空間である。従って確率測度 $P$ は、測度の中でも特に、有限値しか取らない。負の確率を取る理論では、第一の公理は緩和される。

第二の公理[編集]

これは、単位測度（英語版）の仮定である。すなわち、標本空間全体において、少なくとも1つの根元事象が起こる確率は1となる。

P(\Omega )=1.

第三の公理[編集]

これは、σ-加法性の仮定である。互いに素な集合 (Disjoint sets) の任意の可算個の列（排反事象（英語版）と同義） $E_{1},E_{2},\cdots \in {\mathfrak {F}}$ は、下記を満たす。

P{\Bigl (}\textstyle \bigcup \limits _{i=1}^{\infty }E_{i}{\Big )}=\sum \limits _{i=1}^{\infty }P(E_{i}).

単に有限加法的な確率空間を考えている研究者もおり、この場合、 ${\mathfrak {F}}$ は完全加法族ではなく有限加法族であることだけが要求される^[9]。一般に、偽確率分布（英語版）は第三の公理を緩和する。

結果[編集]

コルモゴロフの公理から、確率を研究する上でその他の有用な法則を演繹することができる。これらの法則の証明^[10]^[11]^[12]は、第三の公理の力と、残りの2つの公理との相互作用を深い洞察をもって描き出す手順となる。即座に導ける4つの系とその証明を以下に示そう。

単調性[編集]

A\subseteq B\Longrightarrow P(A)\leq P(B).

AがBの部分集合の場合、Aの確率はBの確率以下となる。

単調性の証明^[10][編集]

単調性を作るため、 $E_{1}=A,E_{2}=B\setminus A$ とする。ただし、 $A\subseteq B$ とし、 $i\geq 3$ に対して $E_{i}=\varnothing$ とする。集合列 $\{E_{i}\}_{i\in \mathbb {N} }$ は互いに素であり、 $\bigcup _{i=1}^{\infty }E_{i}=B$ となることは自明である。したがって、第三の公理から次が得られる。