八代駅

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

これはこのページの過去の版です。153.133.148.124 (会話) による 2016年4月4日 (月) 15:25個人設定で未設定ならUTC)時点の版 (→‎年表)であり、現在の版とは大きく異なる場合があります。

八代駅
JR駅舎
やつしろ
Yatsushiro
所在地 熊本県八代市萩原町一丁目1-1
北緯32度30分13.77秒 東経130度37分17.66秒 / 北緯32.5038250度 東経130.6215722度 / 32.5038250; 130.6215722 (八代駅)
所属事業者 九州旅客鉄道(JR九州)
日本貨物鉄道(JR貨物)
肥薩おれんじ鉄道
電報略号 ヤツ
駅構造 地上駅
ホーム 2面4線
乗車人員
-統計年度-
(JR九州)2,280人/日
(肥薩)395人/日(降車客含まず)
-2013年-
乗降人員
-統計年度-
(JR九州)4,555人/日
(肥薩)687人/日
-2013年-
開業年月日 1896年明治29年)11月21日
乗入路線 3 路線
所属路線 鹿児島本線
キロ程 232.3 km(門司港起点)
新八代 (2.8km)
所属路線 肥薩線
キロ程 0.0 km(八代起点)
(5.2km)
所属路線 肥薩おれんじ鉄道線
キロ程 0.0 km(八代起点)
*(新八代) (- km)
(4.8 km) 肥後高田
備考 共同使用駅
JR九州:業務委託駅みどりの窓口
肥薩おれんじ鉄道:直営駅
* 一部の列車は新八代駅まで乗り入れ。
テンプレートを表示
肥薩おれんじ鉄道駅舎

八代駅(やつしろえき)は、熊本県八代市萩原町一丁目にある、九州旅客鉄道(JR九州)・日本貨物鉄道(JR貨物)・肥薩おれんじ鉄道である。

概要

熊本県南部の主要都市である八代市の中心駅である。JR九州の鹿児島本線肥薩線、肥薩おれんじ鉄道の肥薩おれんじ鉄道線の計3路線が乗り入れており、鹿児島本線は当駅が終点、肥薩線と肥薩おれんじ鉄道線は当駅が起点である。以前は鹿児島本線の中間駅であったため旅客駅はJR九州の単独駅であったが、2004年九州新幹線(鹿児島ルート)[1]の部分開業に伴い当駅 - 川内駅が肥薩おれんじ鉄道に経営移管され、当駅はJR九州と肥薩おれんじ鉄道の共同使用駅となった。JR九州における当駅の所属線は鹿児島本線である[2]

当駅を経由する全旅客列車が停車するが、九州新幹線の開業に伴い博多駅鹿児島中央駅方面への広域輸送の役割は鹿児島本線千丁駅 - 当駅間に新設された新幹線併設駅である新八代駅に移行したため、当駅に停車する特急列車は肥薩線に直通する「くまがわ」「九州横断特急」のみとなった。肥薩線の列車は「くまがわ」「SL人吉」は熊本駅まで、「九州横断特急」はさらに豊肥本線に乗り入れて別府駅まで、普通列車の一部は新八代駅まで乗り入れる。肥薩おれんじ鉄道の列車は、土曜・休日に運行される快速「スーパーおれんじ」は熊本駅まで、普通列車の一部は新八代駅まで乗り入れる。

かつては当駅発着列車と近隣の八代港発着のフェリーとの連絡運輸も行っていたが、天草市内への交通が整備され、九州新幹線と新八代駅開業により優等列車の発着や観光客が大きく減少したことで産交バスの八代港連絡バスが2010年9月30日限りで廃止されたため、同年10月1日をもって連絡運輸を終了している。

2016年3月26日のダイヤ改正で「九州横断特急」と「くまがわ」が廃止され、快速列車の運行に格下げされたため、この日のダイヤ改正を以て当駅を発着する特急列車が全て消滅した[3]

歴史

初代八代駅、開通直後の様子

八代駅は1896年(明治29年)11月21日に、後に国鉄鹿児島本線となる路線を建設した私鉄九州鉄道によって、松橋 - 八代間開通とともに開設された。この時の駅の位置は現在地よりも西側の、出町公園があるあたりであった[4]。九州鉄道は1907年(明治40年)7月1日に国有化され、当駅は国有鉄道の駅となった[5]。しかしその後、人吉まで後に肥薩線となる路線が開通する際に当初の駅の位置では折り返し運転が必要になることから、これを避けて現在地点に移転することになった。これにより、千丁 - 初代八代間の線路から分岐して弧を描くようにして現行駅に入る線路が建設され、2代目の八代駅が1908年(明治41年)6月1日、八代 - 人吉間の開通と同時に開業した。この際に初代八代駅は2代八代駅と結ぶ線路に付け替えられて、貨物用の球磨川荷扱所として使用されるようになった[4]

1909年(明治42年)10月12日、国有鉄道線路名称が制定されて門司から人吉に至る路線は人吉本線と命名された。しかしまもなく11月21日には人吉 - 吉松間開通により鹿児島までが全通して鹿児島本線と改められた[6]。1912年(明治45年)7月11日に球磨川荷扱所は正式に球磨川駅となり、鹿児島本線に属する貨物駅となった。営業キロは、マイル時代は0.8マイル、メートル法施行後は1.3 kmとされた[7]。1923年(大正12年)7月15日、当駅で鹿児島本線から分岐して日奈久までの路線が開通し、当初はこちらが肥薩線と名付けられた。この路線はそのまま延長されていき、1927年(昭和2年)10月17日に全通して、こちらを経由する路線が鹿児島本線に、当駅で分岐して人吉を経由する路線が肥薩線に、名称を入れ替えられた[6]

球磨川駅は、1945年(昭和20年)6月10日に書類上は廃止となった[7]。しかし実態としては貨物扱い設備が存続し、八代駅構内の扱いで営業が継続されていた[4]。1989年(平成元年)11月12日に、交流電化区間としては初めての着発線荷役方式を導入した新しい貨物取扱設備が旅客駅に隣接する位置に設置されて使用開始したことから[8]、旧球磨川駅の設備は廃止となった[4]。球磨川駅へ至る線路跡は道路に転用され、駅の跡地は八代市により球磨川駅地区土地区画整理事業が施行され、出町公園などになっている。この公園にはかつての球磨川駅跡であることを示す説明板と国鉄C57形蒸気機関車の動輪の展示が行われている[4]

2004年(平成16年)3月13日、九州新幹線の新八代 - 鹿児島中央間開通に伴い、当駅より南側の鹿児島本線が川内駅まで並行在来線として経営分離され、第三セクターの肥薩おれんじ鉄道が運営を引き継いだ。このために当駅に肥薩おれんじ鉄道の設備が設置されている。

年表

  • 1896年明治29年)11月21日 - 九州鉄道の駅として開業。当時は現在の出町公園付近にあった。
  • 1907年(明治40年)7月1日 - 九州鉄道の国有化により官設鉄道の駅となる。
  • 1908年(明治41年)6月1日 - 人吉駅まで路線が延伸開通し、同時に現在地に移転。旧駅は貨物駅の球磨川荷扱所に転用。
  • 1909年(明治42年)
    • 10月12日 - 国有鉄道線路名称制定により、当駅を通る路線が人吉本線と命名される。
    • 11月21日 - 全通により人吉本線が鹿児島本線に改称され、当駅は鹿児島本線所属駅となる。
  • 1912年(明治45年)7月11日 - 球磨川荷扱所を球磨川駅に変更。八代 - 球磨川間0.8マイル(メートル法施行後1.3 km)
  • 1923年大正12年)7月15日 - 日奈久駅まで路線が開通、当初はこちらの路線が肥薩線と呼ばれていた。
  • 1927年昭和2年)10月17日 - 海岸周りの路線が全通し、こちらを鹿児島本線に改め、従来の人吉周りの路線は肥薩線と改称される。
  • 1945年(昭和20年)
    • 6月10日 - 球磨川駅を当駅に併合し、八代駅構内扱いの球磨川貨物取扱所とする(1989年まで残存)
    • 8月11日 - 米海軍空母艦載機波状空襲攻撃により当駅 - 肥後高田駅間の球磨川鉄橋が被災落橋し現在も橋脚に痕跡が残る(球磨川橋梁8月29日復旧)。
      • この前後から、連合軍の南九州上陸オリンピック作戦の前哨として、中南九州の交通の要所が大日本帝国陸海軍軍事輸送妨害のために集中攻撃の対象となり、ことに駅関係施設以外では球磨川橋梁以外にも、鹿児島本線川内川橋梁や日豊本線小丸川橋梁が落橋被害に遭い、鹿児島本線の2橋梁の復旧は終戦後の8月末から9月初めになった。
  • 1949年(昭和24年)6月1日 - 公共企業体である日本国有鉄道が発足。
  • 1980年(昭和55年)2月1日 - 日本セメント八代工場専用線廃止。
  • 1984年(昭和59年)2月1日 - 興人八代工場、メルシャン八代工場専用線廃止。
  • 1986年(昭和61年)11月1日 - 荷物の取扱を廃止。
  • 1987年(昭和62年)4月1日 - 国鉄分割民営化によJR九州・JR貨物が継承。
  • 1989年平成元年)11月12日 - 旧球磨川駅にあった貨物設備を旅客駅隣へ移転。同時に着発線荷役方式を導入。
  • 2004年(平成16年)3月13日 - 鹿児島本線の当駅 - 川内駅間が肥薩おれんじ鉄道に移管。特急「つばめ」「有明」、寝台特急「はやぶさ」「なは」廃止。急行「くまがわ」が特急「九州横断特急」「くまがわ」に昇格し、当駅に停車する優等列車はこの2本のみとなる。
  • 2010年(平成22年)10月1日 - 産交バスの八代港連絡バス廃止に伴い、八代港との連絡運輸を終了。
  • 2012年(平成24年)12月1日 - 交通系ICカードSUGOCA対応[9]
※但し、当駅から先の段・坂本方面「肥薩線」及び「肥薩おれんじ鉄道線」は非対応。
  • 2015年(平成27年)4月1日 - 肥薩おれんじ鉄道の駅業務がNPO法人の業務委託終了に伴い直営駅に変更。
  • 2016年(平成28年)3月26日 - 特急「九州横断特急」「くまがわ」廃止。当駅に停車する優等列車が「ななつ星in九州」を除いて全て消滅。

駅構造

島式ホーム1面2線と単式ホーム1面1線および切欠けホームを1線追加した2面4線の構造の地上駅である。JR九州側のホームでは、1番線と2・3番線を結ぶエレベーターを2機設置している。単式ホームの鹿児島側と切欠式ホームを肥薩おれんじ鉄道が使用する。JR九州と肥薩おれんじ鉄道の駅舎は独立しているが線路は繋がっていて1番線ホームの中間部分にJR九州と肥薩おれんじ鉄道の仕切と連絡改札口があり乗換取扱を行っている。JR九州の改札口は一つだけだが、「やつしろ全国花火競技大会」開催時は多客のため、1番線の熊本方にある跨線橋の横の柵が開かれ臨時改札口として使用される。運転信号関係はJR線、肥薩おれんじ鉄道ともJR九州の係員が担当しており、鹿児島本線、肥薩線、肥薩おれんじ鉄道とも列車の夜間滞泊がある。また、JR駅舎と肥薩おれんじ鉄道駅舎の両方にコインロッカーが設置されている。

JR九州

駅舎は1番線ホームの熊本側に面する。出改札業務をJR九州鉄道営業が受託している業務委託駅で駅係員が終日常駐している。自動券売機2台、みどりの窓口POS端末、待合室が設置されており、待合室のすぐ隣にファミリーマートJR八代駅店が入店している。2012年12月1日よりSUGOCAが利用可能となったが、自動改札機の設置は行われずICの読み取り機のみ設置してあり、肥薩おれんじ鉄道との連絡改札口にも改札口手前にIC読み取り機が設置されている。

  • みどりの窓口営業時間
    • 5:00 - 23:35

肥薩おれんじ鉄道

有人駅で駅舎は肥薩おれんじ鉄道本社や乗務員宿泊施設に隣接する形で1番線ホームの鹿児島側に面する。自動券売機1台、待合室、出札窓口、改札口が設置されている。駅業務は連絡改札口の改札を含めて唯一肥薩おれんじ鉄道の直営駅であり、社員が出改札業務や駅施設管理まで担当している。なお、窓口はJRのPOS端末などは置いておらずSUGOCAも対応していない。また窓口の営業時間が下記の通り朝から夕方までの時間に限られており、それ以外の時間帯は無人駅になる。

かつては2004年の開業時より地元のNPO法人ネット八代が長らく駅業務の業務委託を行い、メンバーが駅業務の傍ら定期的に母親の育児相談や高校生の食育料理教室などの催し物も開催していた[10]が、2015年3月31日を以て業務委託を終了し、翌4月1日から直営駅となった[11][12]。また、開業時より改札口付近で地元八代産の野菜、魚、惣菜、パンや調味料などの食料品、土産品、日用品などの販売が行われていたが、業務委託終了に伴いこれらの販売も全て終了した。

  • 営業時間
    • 平日 6:30 - 18:35
    • 土休祝日 7:40 - 18:35

このほか駅構内の南東側に3本の留置線があり、日中は肥薩線や肥薩おれんじ鉄道の車両が留置される。このため肥薩おれんじ鉄道の朝と夕方の一部の列車は当駅で列車の増結・分割を行う。そのほか肥薩線と肥薩おれんじ鉄道の列車はダイヤ上の都合や車両に不具合が発生した時、朝ラッシュやイベント開催時、団体乗車など多客の乗車が発生した場合などには当駅で予備車両との車両交換や列車の分割・増結を行う事もある。また通常は深夜・早朝の夜間停泊のみ電車車両も留置されるが、「やつしろ全国花火競技大会」開催時は臨時列車が多数運行されるため、この留置線に夕方から夜間にかけて一時的に鹿児島本線の電車車両が多数留置される。その際には肥薩線の車両は留置線ではなく1番線と2番線の間にある中線に留置される。

のりば

0 肥薩おれんじ鉄道線  (下り)佐敷水俣方面
1 鹿児島本線 新八代熊本方面
肥薩線 坂本人吉方面
肥薩おれんじ鉄道線 (下り)佐敷・水俣方面(JR線からの直通列車) (上り)JR線直通 新八代・熊本方面
2・3 鹿児島本線 新八代・熊本方面
肥薩線 坂本・人吉方面
  • SL人吉号の上り列車、肥薩線の新八代行き普通列車1本と、22時台の当駅始発快速人吉行きはJRホーム1番線発着、その他の肥薩線人吉行き普通列車は2番線発着、快速列車とSL人吉号下り列車は3番線発着。ただし、事故や悪天候などの運行障害でダイヤ乱れの時は2番線、3番線発着に変更される時がある。
  • おれんじ鉄道のJR線直通列車(普通「新八代」、「出水」、「川内」行き・快速スーパーおれんじ号「熊本」、「出水」行き)は、上下列車全てJRホーム1番線の奥にあるおれんじ鉄道ホーム1番線発着。

貨物駅

コンテナホーム

JR貨物の駅は、旅客駅の北東にある。取扱量の約80%が駅至近にある日本製紙八代工場に係わる製品となっている。

1面のコンテナホームと2線のコンテナ荷役線がある。ホームの北側に接する荷役線は側線だが、南側に接する荷役線は着発線荷役方式(E&S方式)を採用する着発荷役線である。また、駅構内には営業窓口のJR貨物八代営業所も置かれている。

貨物列車は、1日1往復のみ熊本駅方面との間に高速貨物列車が設定されている。

取り扱う貨物の種類

旧施設

1989年(平成元年)11月に旅客駅隣接地に移転する以前は、コンテナホームや荷役線などの貨物取扱施設は旅客駅の西方の球磨川沿いにあり、旅客駅から側線が延びていた。この位置は1896年(明治29年)に開業した初代八代駅の位置であり、1908年(明治41年)6月の八代駅移転の際、その跡地に荷物扱所として開業[13]。その後、1912年(明治45年)7月11日付で荷物駅の球磨川駅となり、1942年(昭和17年)4月1日付で貨物駅に変更された後、1945年(昭和20年)6月10日付で八代駅に統合され、八代駅の貨物取扱施設となった[13]

八代地区でコンテナ取扱が始められるに当たってコンテナホームなどが整備された。国鉄時代末期の貨物取扱縮小に際しては近隣の貨物取扱駅の機能が集約され、拠点として位置付けられた[14]

国鉄分割民営化後、旅客駅付近の機関区・客貨車区跡地を活用した基盤整備事業が行われることとなり、この事業によって1989年(平成元年)11月に貨物取扱施設は旅客駅隣接地へ移転し、旧施設は閉鎖された。跡地はやつしろハーモニーホールや出町公園となっている。

専用線(廃止)

かつては、旅客駅の北側にある日本製紙八代工場への専用線[15][16][17]があった。同工場内には製品発送用ホームや製紙用化学薬品の受入れ設備があり、有蓋車による製品の発送や、タンク車による液化塩素等の受入れが行われていた。有蓋車による製品発送は、1996年までにコンテナへの置き換えを完了して廃止となり、タンク車による化学薬品の受入れも2005年までに終了したため、以後は専用線は使用されておらず線路も撤去された。

また、旅客駅の西側には、興人八代工場・三楽オーシャン(現・メルシャン)八代工場・日本セメント八代工場への専用線が接続しており[15][16]、中心市街地を迂回して各工場へ延びていた。このうち日本セメント専用線は1980年(昭和55年)2月1日に、他二社の専用線は1984年(昭和59年)2月1日に廃止となった。日本セメント八代工場跡地は、ゆめタウン八代ヤマダ電機テックランド八代店となっている。

駅弁

みなみの風が販売している。主な駅弁は下記の通り[18]

  • このしろ寿司
  • 天草大王地鶏めし
  • 鮎屋三代 - 球磨川で獲れた天然のを使った出汁で炊いた御飯に、鮎の甘露煮が乗っている。JR九州の「人気駅弁ランキング」で3年連続1位。
  • 阿蘇赤うし - 牛の時雨煮と焼き肉。

利用状況

毎年10月第3土曜日に開催される「やつしろ全国花火競技大会」当日には八代市は28万人の人出で賑わう。

旅客

1日平均乗車人員および乗降人員の推移は下記の通り。

JR九州

2004年、九州新幹線が部分開業して以降、新八代駅が新設したことで、乗降人員が少なくなっている。

年度 1日平均
乗車人員
1日平均
乗降人員
2000年 3,686 7,315
2001年 3,632 7,218
2002年 3,572 7,091
2003年 3,522 6,997
2004年 2,847 5,693
2005年 2,672 5,842
2006年 2,583 5,160
2007年 2,534 5,065
2008年 2,495 4,963
2009年 2,430 4,851
2010年 2,368 4,715
2011年 2,243 4,471
2012年 2,240 4,461
2013年 2,280 4,555

肥薩おれんじ鉄道

年度 1日平均
乗車人員
1日平均
乗降人員
2003年 774 1,547
2004年 451 861
2005年 404 788
2006年 393 772
2007年 399 768
2008年 380 737
2009年 373 725
2010年 362 702
2011年 374 682
2012年 361 630
2013年 395 687

貨物

  • 2004年度 - 発送 117,839トン、到着 38,628トン
  • 2005年度 - 発送 106,406トン、到着 34,578トン
  • 2006年度 - 発送 131,611トン、到着 34,348トン
  • 2007年度 - 発送 133,693トン、到着 59,363トン
  • 2008年度 - 発送 120,025トン、到着 34,491トン
  • 2009年度 - 発送 100,293トン、到着 21,706トン
  • 2010年度 - 発送 92,310トン、到着 27,745トン
  • 2011年度 - 発送 102,559トン、到着 28,124トン
  • 2012年度 - 発送 82,245トン、到着 27,974トン
  • 2013年度 - 発送 95,053トン、到着 40,975トン

駅周辺

JR駅舎と日本製紙八代工場
駅前風景
駅前周辺では鮎料理店が軒を連ねている

駅舎のある西側は八代市の中心市街地の東端を成している。東側の駅裏は日本製紙八代工場となっている。

バス路線

駅前に産交バス神園交通が乗り入れている。産交バスは八代営業所が担当。かつては八代営業所(八代産交)発着を中心に駅前ロータリーから熊本・宇城方面、旧泉村・東陽村方面、球磨(坂本・神瀬・白石・日田地・川原谷地区)・人吉方面(ひとよし号)、水俣方面(水俣産交)、薩摩川内方面(快速さつま号)、阿蘇くまもと空港(エアラインやつしろ号)、八代港方面(郡築・産島地区)など広範囲へ多数のバスが設定され、松橋営業所所属の大型車両や水俣営業所所属の車両も八代駅前に乗り入れていたが、沿線の過疎化や少子高齢化に伴う深刻な乗客減などにより2010年10月1日のダイヤ改正で運用形態が大幅に見直されて八代営業所所属の小型車両、中型車両のみの運用となり、この日から新設されたコミュニティバスみなバスゆめバスまちバス)や八代市役所発着の運行を中心とした近距離で地元密着型の合理的なダイヤに変更された。その後もダイヤの見直しで運行路線の系統整理や運行範囲の縮小を重ねたため、駅前発着の路線バスは本数が少なくなり運行範囲も大幅に短縮されてしまっている。2015年10月1日現在では次のとおりである。


隣の駅

九州旅客鉄道・肥薩おれんじ鉄道
鹿児島本線・肥薩おれんじ鉄道線(直通)
快速「スーパーおれんじ」(土休日のみ運転)・観光列車「おれんじ食堂」(金土休日のみ運転)
熊本駅(鹿児島本線) - 八代駅 - 日奈久温泉駅(肥薩おれんじ鉄道線)
普通
新八代駅(鹿児島本線) - 八代駅 - 肥後高田駅(肥薩おれんじ鉄道線)
鹿児島本線・肥薩線(直通)
鹿児島本線直通快速・いさぶろう・しんぺい快速「SL人吉」(不定期運転)
新八代駅(鹿児島本線) - 八代駅 - 坂本駅(肥薩線)
普通
新八代駅(鹿児島本線) - 八代駅 - 段駅(肥薩線)

脚注

  1. ^ JR九州による正式な路線名称は博多 - 新八代間および川内 - 鹿児島中央間が「鹿児島本線(新幹線)」、新八代 - 川内間が「九州新幹線」。一般向けの路線名称は全区間を通して「九州新幹線」を採用している。以下この記事において「鹿児島ルート」は省略する。
  2. ^ 『停車場変遷大事典 国鉄・JR編』JTB 1998年
  3. ^ 平成 28 年春ダイヤ改正”. 九州旅客鉄道 (2015年12月18日). 2015年12月19日閲覧。
  4. ^ a b c d e 「九州鐵道の遺構(2)」pp.120 - 121
  5. ^ 『停車場変遷大事典 国鉄・JR編』第2巻 pp.685 - 686
  6. ^ a b 『停車場変遷大事典 国鉄・JR編』第1巻 p.118
  7. ^ a b 『停車場変遷大事典 国鉄・JR編』第2巻 p.693
  8. ^ 「11月のメモ帳」『鉄道ピクトリアル』第523号、電気車研究会、1990年2月、109頁。 
  9. ^ 交通新聞 (交通新聞社): p. 1. (2012年12月4日) 
  10. ^ 連載「くまもと元気モン!」第382回気になる!くまもと
  11. ^ NPO法人ネット八代facebook 3月16日
  12. ^ 10年間ありがとう - 駅務室だより(NPO法人ネット八代のブログ、2015年3月17日エントリー、同年4月15日閲覧)
  13. ^ a b 小学館『JR・私鉄全線各駅停車 10 九州830駅』 1993年、p.216
  14. ^ イカロス出版 『59-2ダイヤ改正 国鉄貨物列車大変革期』(2015年1月発行) p.27
  15. ^ a b 日本国有鉄道貨物局『専用線一覧表 昭和45年10月1日』 p.304(『トワイライトゾーン・マニュアル 12』 ネコ・パブリッシング、2003年、p.380掲載)
  16. ^ a b 『鉄道番外録 5』 ないねん出版、1998年、p.77
  17. ^ 『地方鉄道及軌道一覧 : 昭和18年4月1日現在』(国立国会図書館近代デジタルライブラリー)
  18. ^ 社団法人九州鉄道営業会による紹介ページ

参考文献

  • 三宅俊彦「九州鐵道の遺構(2)」『トワイライトゾーンMANUAL16』2009年5月、102 - 127頁。 
  • 『停車場変遷大事典 国鉄・JR編』JTB、1998年。 

関連項目

外部リンク