伊藤信太郎
伊藤 信太郎 いとう しんたろう | |
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生年月日 | 1953年5月6日(70歳) |
出生地 | 宮城県加美郡加美町 |
出身校 | 慶應義塾大学 |
所属政党 | 自由民主党(山東派) |
親族 | 父・伊藤宗一郎 |
公式サイト | いとう信太郎 |
選挙区 | 宮城4区 |
当選回数 | 5回 |
在任期間 |
2001年10月29日 - 2009年7月21日 2012年12月19日[1] - 現職 |
伊藤 信太郎(いとう しんたろう、1953年5月6日 - )は、日本の政治家。自由民主党所属の衆議院議員(5期)、自民党宮城県連会長、大阪大学大学院客員教授(国際公共政策研究科)[2]、東北福祉大学特任教授、パソナグループ特別顧問[3]。
経歴
生い立ち
後の衆議院議員・伊藤宗一郎の長男として宮城県加美町に生まれる。慶應義塾幼稚舎、慶應義塾普通部、慶應義塾高等学校を経て、1976年(昭和51年)に慶應義塾大学経済学部経済学科を卒業した[4]。1978年(昭和53年)には慶應義塾大学大学院法学研究科政治学専攻修士課程を修了した[4]。
留学時代
1979年、日本人として初めて入学が許可された[5]アメリカン・フィルム・インスティチュート(American Film Institute[6], AFI )の映画監督プログラムを修了した。在学中は、4本の映画の脚本を英語で書き、監督した[5]。
翌1980年にはハーバード大学大学院(Graduate School of Arts and Sciences[6], GSAS )にて、人文修士(Master of Arts)を修了した[4]。
帰国後
1981年(昭和56年)、日本に帰国し、同年11月、防衛庁(当時)長官に就任した実父・伊藤宗一郎の秘書官となった[4]。1985年(昭和60年)には、ニュース番組『CNNデイウォッチ』(テレビ朝日)のキャスターを務め、1995年(平成7年)には玉川大学大学院非常勤講師に就任した。1996年(平成8年)、伊藤宗一郎の衆議院議長就任に伴い、同政策担当秘書となった。
また、玉川大学大学院非常勤講師として、1995年(平成7年)にはマスメディア論・国際関係論、1996年(平成8年)には地域論(フランス)を担当した[4]。1999年(平成11年)、東北福祉大学助教授(感性福祉研究所)に就任、2001年(平成13年)には同教授に昇格した。
国会議員へ
2001年(平成13年)9月4日、衆議院議員在任中だった父・伊藤宗一郎の死去に伴い、宮城4区では補欠選挙が行われることとなった。自由民主党は世襲候補として伊藤を機械的に擁立することはせず、公募による候補者予備選挙を実施した。この予備選において伊藤は前参議院議員の亀谷博昭に大差をつけて選出され、自民党の公認候補として同選挙に初当選した。
2003年(平成15年)、衆議院議員に再選。2005年(平成17年)の郵政国会では、郵政民営化に慎重な立場をとっていたが、最終的には賛成した。第44回衆議院議員総選挙では自民党公認を得て3選され、第3次小泉改造内閣では外務大臣政務官、2008年(平成20年)発足の福田康夫改造内閣では外務副大臣に就任した。
2009年(平成21年)、第45回衆議院議員総選挙に自民党から立候補。公明党の推薦も受けたが[7]民主党の石山敬貴に敗れ、重複立候補していた比例東北ブロックでも復活出来ずに落選した。
2009年(平成21年)、人材派遣会社・パソナグループの特別顧問に就任[3]、就職先が決まらない大学生らにビジネスマナーから専門知識を教授する『人材創造大学校』の「事務総長」を務める[8][9]。
2012年(平成24年)、第46回衆議院議員総選挙に自民党から立候補し、前回敗れた石山を大差で破って4選。国政に復帰した。
2014年(平成26年)、第47回衆議院議員総選挙に自民党から立候補し、5選。
政策・主張
人物
- 日本語に加え、英語、フランス語、イタリア語、中国語が出来る[4]。
- ファミリーコンピュータ用の政治シミュレーション・ゲームソフト・『アメリカ大統領選挙』(ヘクト、1988年10月28日)の開発では、監修を務めた。
家族
所属団体・議員連盟
脚注
- ^ 平成24年(2012年)12月19日宮城県選挙管理委員会告示第145号(衆議院小選挙区選出議員選挙において当選人となった者の住所及び氏名並びに当該当選人に係る候補者届出政党の名称)
- ^ 教員一覧 大阪大学大学院国際公共政策研究科、2010年5月7日得閲覧
- ^ a b パソナグループ、伊藤信太郎氏が特別顧問に就任 『日本経済新聞』 (地方経済面)、2009年11月17日
- ^ a b c d e f g いとう信太郎プロフィール 公式ウェブサイト、2010年4月29日閲覧
- ^ a b c d 『映画と政治』 ストーリー構成から観た政治 『月刊 自由民主』 原稿、衆議院議員・伊藤信太郎
- ^ a b Profile of State Secretary for Foreign Affairs Shintaro ITO 伊藤信太郎外務副大臣略歴 (英語版、平成20年8月) 外務省、2010年5月7日閲覧
- ^ 衆院選小選挙区 自民128人推薦 2009年8月7日公明新聞
- ^ パソナ 「人材創造大学校」大阪校 氷河期大卒生にエール 『産経関西』、2010年3月20日、2010年5月7日閲覧
- ^ 株式会社パソナグループ 新卒キャリア支援プロジェクト事務総長、人材創造大学校学務長
- ^ “特定秘密保護法 国会議員の投票行動”. 東京新聞. 2014年12月13日閲覧。
- ^ 毎日新聞2014年衆院選アンケート
- ^ 朝日新聞、2014年衆院選、朝日・東大谷口研究室共同調査
関連項目
外部リンク
議会 | ||
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公職 | ||
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