今成亮太
阪神タイガース #49 | |
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2012年8月17日、明治神宮球場にて | |
基本情報 | |
国籍 | 日本 |
出身地 | 埼玉県富士見市 |
生年月日 | 1987年10月6日(36歳) |
身長 体重 |
178 cm 80 kg |
選手情報 | |
投球・打席 | 右投左打 |
ポジション | 三塁手、外野手、捕手 |
プロ入り | 2005年 高校生ドラフト4巡目 |
初出場 | 2008年3月25日 |
年俸 | 4,000万円(2016年)[1] |
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度) | |
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この表について
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今成 亮太(いまなり りょうた、1987年10月6日 - )は、阪神タイガースに所属する埼玉県富士見市出身のプロ野球選手(内野手、外野手、捕手 )。
北海道日本ハムファイターズのスカウトを務める今成泰章は実父。プロ入り時は捕手として入団したが、2013年は外野手、2014年は三塁手として公式戦に出場することが多くなったため、2015年から登録を捕手から内野手に変更した。
経歴
プロ入り前
小学校入学前に野球を始める。中学時代は富士見シニアでプレーする一方で、学校ではサッカー部に所属し、埼玉県の県大会に出場したこともある。
高校は野球の名門・浦和学院高校に進学。1年時からベンチ入りし、秋に正捕手となった。この頃は2学年先輩の須永英輝の専属捕手も務めていた。その後主将としてチームを率い、2度(2年夏の第86回選手権大会、3年春の第77回選抜大会)の甲子園に導いた。3年夏の埼玉県予選では木村文和を擁する埼玉栄高校に敗れ、甲子園出場はならなかった。
捕手としてはやや細身ながら、打撃センス・スローイングの速さなどは高卒捕手の中でもトップクラスと高く評価。2005年のプロ野球ドラフト会議(高校生の部)で北海道日本ハムファイターズから4巡目指名を受けて入団した。
日本ハム時代
2006年はルーキーながらシーズン後半やフェニックスリーグなど、二軍戦で数回先発マスクを被った。
2007年の春季キャンプでは紅白戦で盗塁を試みた俊足の紺田敏正を刺し、オープン戦では本塁打も打って正捕手争いに名乗りを上げた。当時の監督のトレイ・ヒルマン監督をして「このキャンプでの最大の発見」と言わしめたが、まだ高卒2年目で実績が不足しており、選手登録枠の都合もあって開幕一軍は逃す。結局このシーズンは一軍出場なしに終わったが、二軍では正捕手の座を掴み64試合に起用された。打率は.200と振るわなかった。
2008年には、プロ3年目で初めて開幕一軍に登録。3月25日の対埼玉西武ライオンズ戦では、8回表から同年入団の左腕投手・豊島明好とバッテリーを組んで、豊島と共に一軍公式戦への初出場を果たした。翌日の西武戦では代打でプロ初安打。7月9日の対千葉ロッテマリーンズ戦(千葉マリンスタジアム)でプロ入り後初めてスタメンに起用されると、4打数3安打と一軍公式戦での初打点を記録した。
しかしながら翌2009年に大野奨太が入団したことでそれ以降も出場機会は増えず、以後の2年間は2010年5月に代打で出場しそのまま捕手の守備に就いたほかは一軍出場無しに終わった。
2011年には22試合に出場。代打に起用された試合が19試合であった一方で、捕手としての出場は(代打からの出場分を含めて)6試合に留まった。
2012年には、4月28日に阪神タイガースへの移籍が発表されるまで、一軍公式戦への出場機会がなかった。
阪神時代
2012年4月28日、若竹竜士との交換トレードで阪神タイガースに移籍した[2](5月1日公示)。背番号は若竹が着用していた49。移籍後は、一軍公式戦60試合の出場で、打率.292を記録した。
2013年には、捕手陣の層を厚くしたチーム事情などを背景に、持ち前の打撃力を生かすべくバッテリー以外のポジションにも挑戦[3]。セ・パ交流戦では、指名打者を採用するパ・リーグ主催試合で、右投手の先発が予告された場合に指名打者や左翼手としてスタメンに抜擢[4]。開幕当初のレギュラー福留孝介の故障による戦線離脱などを受けて[5]、福留が一軍へ復帰する8月中旬まで、主に「6番・右翼手」としてスタメンに定着した。7月5日から同月7日までの対広島東洋カープ3連戦(MAZDA Zoom-Zoom スタジアム広島)では、5日の第1打席(2回表)に本塁打を放つと[6]、7日には5番打者として1試合4安打(いずれもプロ入り後初)を記録[7]。8月7日の広島戦(マツダスタジアム)から、福留がスタメンに復帰した同月15日までは「1番・右翼手」[8]、開幕から「2番・中堅手」として常時出場していた大和の戦線離脱(同月22日)以降は「2番・右翼手」としてのスタメン起用が続いた[9]。レギュラーシーズンの一軍公式戦では、捕手としての出場が前述の3試合にとどまる一方で、外野手として53試合、一塁手として4試合に出場。チームのシーズン2位で臨んだ広島とのクライマックスシリーズ ファーストステージでは、10月12日の第1戦(甲子園)4回裏に、前田健太からの安打でチーム唯一の得点をもたらした。この安打は、阪神の選手が一軍公式戦で49イニング振りに前田から放った適時打でもあった[10]。
2014年には、捕手としての登録を続けつつ、高代延博一軍内野守備走塁コーチからの進言で[11]春季キャンプから事実上三塁手に転向した[12]。開幕戦である3月28日の対読売ジャイアンツ戦(東京ドーム)に「6番・三塁手」としてスタメンに起用されると、5月4日の対東京ヤクルトスワローズ(神宮)戦9回表には、久古健太郎から代打でシーズン初本塁打(自身初の代打本塁打)を記録[13]。5月6日の対中日戦(ナゴヤドーム)では、9回裏から試合終了の12回裏まで、一軍の公式戦では初めて二塁を守った[14]。また、右翼手を中心に、外野手としても9試合に出場。9月2日の横浜DeNAベイスターズ戦(甲子園)では、三上朋也からプロ入り後初のサヨナラ安打を放った[15]。同月12日の対広島戦(甲子園)での三塁守備で右脇腹を痛めたため、同月14日に出場選手登録を抹消される[16]と、捕手としての出場機会がないままレギュラーシーズンを終了。チームがシーズン2位で臨んだクライマックスシリーズや、その後進出した日本シリーズにも、右脇腹痛の影響で出場に至らなかった。
2015年には、内野手として正式に登録。公式戦開幕直後の4月2日にシーズン初の出場選手登録を果たした[17]が、右脇腹痛の再発によって、わずか2日で登録を抹消された[18]。5月30日の再登録[19]以降は、右投手の先発が予告された試合を中心に、三塁手としてスタメンに起用。6月23日の対広島戦(長野オリンピックスタジアム)では、黒田博樹からこの年自身唯一の本塁打を放った[20]。レギュラーシーズンでは一軍公式戦への出場が93試合にとどまったが、通算打率は.283。2番打者[21]や5番打者[22]として起用される一方で、前年に続いて、試合の途中から二塁や右翼の守備に就くこともあった。チームのシーズン3位で迎えた巨人とのクライマックスシリーズ ファーストステージ(東京ドーム)では、第1戦(10月10日)に「2番・三塁手」、第2戦(11日)に「6番・三塁手」としてスタメンに起用。第2戦では、同ステージで自身唯一の安打(二塁打)を放っている。シーズン終了後は、一軍監督へ就任した元チームメイト・金本知憲の意向で、秋季キャンプから捕手向けの練習を再開している[23]。
選手としての特徴
公式戦で、投手・遊撃手・中堅手以外の全てのポジションを守った経験がある。阪神移籍後の2013年秋季キャンプでは、「ゼネラルマネジャー付育成&打撃コーディネーター(DC)」として指導者生活を始めた同球団の元看板選手・掛布雅之から、「長打力の高い左打ちの三塁手」だった自身の現役時代にちなんで、「小掛布(こかけふ)」と呼ばれている[24]。前述の二塁守備については、中学生時代に加えて、日本ハム時代にもイースタン・リーグ公式戦で通算12試合経験している。
捕手登録ながら主に外野手として起用された2013年の一軍公式戦では、外野守備での打球処理で時折経験の浅さを露呈[25]していた。同年のシーズン終了後に阪神へ加入した高代は、右翼守備での捕球後の足の運びや送球に着目したうえで、今成の三塁コンバートを決断。小学生時代に三塁守備を経験しただけの今成は、高代の想像を上回るペースで守備力を向上させた。公式戦の三塁守備でも、三塁線や三遊間の打球処理などで、本職顔負けのファインプレーをたびたび披露している[26]。高代によれば、「(広島のコーチ時代に捕手から内野手へ転向させた)江藤智や木村拓也は、ワンバウンド捕球の際に膝をグラウンドに着けるなど、内野の守備で捕手時代の癖を見せていた。今成にはそのような癖がない」という[11]。
阪神での現役選手時代に二塁手や遊撃手として活躍した和田豊は、同球団一軍監督時代の2014年・2015年公式戦で、対戦相手の投手に合わせて左打者の今成と右打者の新井良太を三塁手として事実上併用していた。その一方で、今成の堅実な守備力を高く評価。2015年9月以降の公式戦では、左投手の先発が予告された試合でも、今成を三塁手としてスタメンに起用するようになった[27]。
打撃面では、阪神の大半の野手が苦手にしている前田健太や黒田博樹との相性が良い。レギュラーシーズンの対戦打率では、2013年に前田から.556(9打数5安打)、2015年に黒田から.364(11打数4安打)を記録した。
人物
日本ハム時代の2010年には、「ファイターズスタイル」(理容組合北海道日本ハムファイターズ後援会と球団のコラボレーションで2007年から実施している企画で、若手選手を対象にしたファン投票で毎年の最新ヘアデザインのモデルを選出)のモデルに選ばれた[28]。
阪神への移籍直後の2012年9月からは、同じ移籍組で名前の読みも同じ新井良太とのコラボレーションによるグッズシリーズ「Wりょーた」を、同球団の公認グッズとして発売している[29]。
お笑いセンスに長けていて、シーズンオフに開かれるファン感謝デーでは、毎回趣向を変えた「かくし芸」で観客の喝采や爆笑を呼んでいる。日本ハム時代には、ファン感謝デーでマツケンサンバ・ソーラン節・よさこい節を踊ったことがあった。阪神への移籍後には、毎年11月23日に甲子園球場で開かれる「阪神タイガースファン感謝デー」の紅白戦で、以下のように先輩選手のフォームや癖の真似を披露している。
- 2012年:上本博紀から借りたビジター仕様のユニフォーム姿で、上本の癖を真似ながら公式戦では立たない右打席で藤川球児と対決した(結果は藤川へのゴロ)[30]。
- 2013年:紅組の「4番・三塁手」として迎えた最初の打席では、西岡剛・上本・新井良太のレプリカユニホームを着込んで登場。1球ごとにユニフォームを1枚ずつ脱ぎながら、初球に新井良太、2球目に上本、3球目に左打席で西岡の打撃フォームの真似を披露した(結果は3球目を打って投手へのゴロ)。第2打席でも、関本賢太郎のレプリカユニフォーム姿で、バットを極端に短く持つ関本独特の打撃フォームを再現。投手として登板したマウンドでも、ランディ・メッセンジャーの投げ方を真似て場内を沸かせたことから、紅白戦の終了後には「敢闘賞」に選ばれた[31]。
また、2015年のファン感謝デーでは、ラグビージャージ姿で五郎丸歩(ラグビーワールドカップ2015で脚光を浴びたラグビー日本代表フルバック)の形態模写や「五郎丸ポーズ」を披露した。
2014年1月19日放送の『行列のできる法律相談所』(日本テレビ制作の全国ネット番組)では、スタジオゲストの前田健太が「苦手な選手」として今成の名前を挙げたことから、2013年度の公式戦対戦成績(前述)と推定年俸の差を紹介。今成がVTRで前田への印象を語ったことに対して、前田が「シーズンの最後に見付けた(今成の)攻略法」を冗談交じりで明かすという一幕があった[10]。
阪神移籍後の2013年6月23日には、横浜DeNAベイスターズ戦(横浜スタジアム)の試合前アトラクションとして実施された湘南乃風のスタジアムミニライブで、当時横浜に在籍していたナイジャー・モーガンと一緒に「睡蓮花」に合わせてタオルを回しながら踊っていた。マウロ・ゴメスが阪神に入団した2014年からは、ゴメスが公式戦で本塁打を放つたびに、ベンチの前でゴメスと「ヒップアタック」(互いに背中を向けて後方に飛び上がりながら尻をぶつけ合うパフォーマンス)を披露している[32]。
家族
実父の泰章は、駒澤大学の硬式野球部時代に、亮太と同じく捕手を経験。卒業後に新卒のスカウトとして阪神に採用されると、1979年に藤原仁をドラフト外で入団させたことを皮切りに、2015年までの一軍監督だった和田、現在もコーチとして在籍している平田勝男、2015年までコーチを務めていた中西清起・関川浩一、2013年まで亮太のチームメートであった桧山進次郎などの獲得に尽力した。1999年から2002年までチーフスカウトを務めた後に、2003年からは、日本ハムの関東・東北担当スカウトとして須永英輝、ダルビッシュ有、大谷翔平などの入団交渉を担当。獲得が難しいと見られる選手まで入団に導くほどの交渉手腕から、「マムシの今成」という異名を持つ[33]。
兄は、埼玉県富士見市議会議員の今成優太。穎明館高校・國學院大學時代に投手として活躍した後に、会社勤務を経て2013年の市議会議員選挙に立候補すると、全立候補者で3番目に多い得票数によって初当選を果たした[34]。
詳細情報
年度別打撃成績
年 度 |
球 団 |
試 合 |
打 席 |
打 数 |
得 点 |
安 打 |
二 塁 打 |
三 塁 打 |
本 塁 打 |
塁 打 |
打 点 |
盗 塁 |
盗 塁 死 |
犠 打 |
犠 飛 |
四 球 |
敬 遠 |
死 球 |
三 振 |
併 殺 打 |
打 率 |
出 塁 率 |
長 打 率 |
O P S |
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2008 | 日本ハム | 9 | 12 | 11 | 1 | 5 | 1 | 0 | 0 | 6 | 1 | 1 | 1 | 0 | 0 | 1 | 0 | 0 | 1 | 0 | .455 | .500 | .545 | 1.045 |
2010 | 1 | 1 | 1 | 1 | 1 | 1 | 0 | 0 | 2 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 1.000 | 1.000 | 2.000 | 3.000 | |
2011 | 22 | 28 | 26 | 0 | 3 | 0 | 0 | 0 | 3 | 1 | 0 | 0 | 1 | 1 | 0 | 0 | 0 | 9 | 0 | .115 | .111 | .115 | .226 | |
2012 | 阪神 | 60 | 103 | 96 | 4 | 28 | 3 | 0 | 0 | 31 | 4 | 0 | 0 | 1 | 0 | 6 | 1 | 0 | 19 | 4 | .292 | .333 | .323 | .656 |
2013 | 88 | 215 | 185 | 11 | 49 | 10 | 2 | 1 | 66 | 17 | 2 | 2 | 1 | 4 | 25 | 0 | 0 | 37 | 7 | .265 | .346 | .357 | .703 | |
2014 | 115 | 362 | 332 | 34 | 86 | 15 | 0 | 4 | 113 | 24 | 2 | 3 | 9 | 0 | 18 | 1 | 3 | 48 | 9 | .259 | .303 | .340 | .643 | |
2015 | 93 | 304 | 269 | 25 | 76 | 7 | 0 | 1 | 86 | 16 | 1 | 1 | 8 | 1 | 24 | 0 | 2 | 78 | 1 | .283 | .345 | .320 | .665 | |
通算:7年 | 388 | 1025 | 920 | 76 | 248 | 37 | 2 | 6 | 307 | 63 | 6 | 7 | 20 | 6 | 74 | 1 | 5 | 192 | 21 | .270 | .325 | .334 | .659 |
- 2015年度シーズン終了時
年度別守備成績
年度 | 捕手 | 一塁 | 二塁 | 三塁 | 外野 | ||||||||||||||||||||||||||||||
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試合 | 刺殺 | 補殺 | 失策 | 併殺 | 捕逸 | 守備率 | 企図数 | 許盗塁 | 盗塁刺 | 阻止率 | 試合 | 刺殺 | 補殺 | 失策 | 併殺 | 守備率 | 試合 | 刺殺 | 補殺 | 失策 | 併殺 | 守備率 | 試合 | 刺殺 | 補殺 | 失策 | 併殺 | 守備率 | 試合 | 刺殺 | 補殺 | 失策 | 併殺 | 守備率 | |
2008 | 9 | 12 | 1 | 0 | 0 | 0 | 1.000 | - | - | - | - | ||||||||||||||||||||||||
2010 | 1 | 1 | 0 | 0 | 0 | 0 | 1.000 | 0 | 0 | 0 | - | - | - | - | - | ||||||||||||||||||||
2011 | 6 | 16 | 3 | 0 | 0 | 0 | 1.000 | 0 | 0 | 0 | - | - | - | - | - | ||||||||||||||||||||
2012 | 36 | 141 | 14 | 1 | 3 | 0 | .994 | 17 | 13 | 4 | .235 | - | - | - | - | ||||||||||||||||||||
2013 | 3 | 3 | 0 | 0 | 0 | 0 | 1.000 | 0 | 0 | 0 | - | 4 | 11 | 1 | 0 | 2 | 1.000 | - | - | 54 | 74 | 0 | 3 | 0 | .961 | ||||||||||
2014 | - | - | 1 | 1 | 0 | 0 | 0 | 1.000 | 92 | 37 | 126 | 4 | 11 | .976 | 9 | 12 | 1 | 0 | 0 | 1.000 | |||||||||||||||
通算 | 55 | 173 | 18 | 1 | 3 | 0 | .995 | 17 | 13 | 4 | .235 | 4 | 11 | 1 | 0 | 2 | 1.000 | 1 | 1 | 0 | 0 | 0 | 1.000 | 92 | 37 | 126 | 4 | 11 | .976 | 63 | 86 | 1 | 3 | 0 | .967 |
- 2014年度シーズン終了時
記録
- 初出場:2008年3月25日、対埼玉西武ライオンズ戦(札幌ドーム)、9回に捕手で出場[35]
- 初先発出場:2008年7月9日、対千葉ロッテマリーンズ戦(千葉マリンスタジアム)、8番捕手で出場[35]
- 初安打:2008年3月26日、対埼玉西武ライオンズ戦(札幌ドーム)、8回に岸孝之から[35]
- 初打点:同上、6回に伊藤義弘から[35]
- 初盗塁:2008年7月12日、対福岡ソフトバンクホークス戦(札幌ドーム)、5回に二盗[35]
- 初本塁打:2013年7月5日、対広島東洋カープ戦(MAZDA Zoom-Zoom スタジアム広島)、2回表に武内久士から右中間ソロ[5]
背番号
- 62 (2006年 - 2012年途中)
- 49 (2012年途中 - )
登場曲
脚注
- ^ 阪神西岡、制限いっぱいの大幅減俸にも「恩義感じる」 鳥谷は体重増で長打力アップ指令 産経WEST(2015年12月4日)、2015年12月18日閲覧。
- ^ トレードのお知らせ 北海道日本ハムファイターズ公式サイト
- ^ 阪神・今成、1軍合流「まずは捕手でしっかり」(『サンケイスポーツ』2013年3月12日付記事)。5月3日の対東京ヤクルトスワローズ戦(阪神甲子園球場)では一塁手、同月15日の対オリックス戦(甲子園)では右翼手として試合の途中から守備に就いた。
- ^ 今成6番左翼で初のスタメンで二塁打(『日刊スポーツ』2013年5月20日付記事)
- ^ a b 阪神 今成 プロ1号 苦節8年通算200打席目で出たV弾 (『スポーツニッポン』2013年7月6日付記事)
- ^ 【阪神】今成「ビックリ」プロ初アーチ(『日刊スポーツ』2013年7月5日付記事)
- ^ 阪神今成 プロ初5番で初4安打大暴れ(『日刊スポーツ』2013年7月8日付記事)
- ^ 阪神、中学以来の「1番・今成」が的中!(『サンケイスポーツ』2013年8月7日付記事=共同通信配信)
- ^ 今成初2番!虎将、超攻撃型オーダーズバリ(『サンケイスポーツ』2013年8月26日付記事)
- ^ a b マエケン 苦手な相手は意外にも…攻略法テレビで明かした(『スポーツニッポン』2014年1月19日付記事)
- ^ a b “ほぼ素人”だった今成のサード転向 (『デイリースポーツ』2014年8月6日付記事)
- ^ 9年目・今成、三塁に挑戦中 売りの打撃は好調 =阪神「朝日新聞」2014年2月21日付記事
- ^ 阪神・今成トドメダ~ン!左腕で代打 将絶賛「選択肢増えてくる」(『サンケイスポーツ』2014年5月5日付記事)
- ^ 阪神今成9回から二塁守備、小フライさばく「日刊スポーツ」2014年5月6日付記事
- ^ “阪神今成プロ初サヨナラ打に「頭真っ白」”. 日刊スポーツ. (2014年9月2日) 2014年9月3日閲覧。
- ^ “今成抹消 9月12日守備中に脇腹痛め全治4週間”. 日刊スポーツ. (2014年9月14日) 2015年9月5日閲覧。
- ^ 阪神が岩崎、今成を1軍登録、清水、田上を抹消(『日刊スポーツ』2015年4月2日付記事)
- ^ 阪神今成と安藤が故障で登録抹消 狩野と福原が昇格(『日刊スポーツ』2015年4月4日付記事)
- ^ 阪神今成が帰ってきた 昇格即スタメンで1安打(『日刊スポーツ』2015年5月30日付記事)
- ^ 阪神今成、難敵黒田から今季第1号の先制弾(『日刊スポーツ』2015年6月23日付記事)
- ^ 和田監督 快勝に「風が吹き始めた」今季初2番・今成起用で苦境脱出(『スポーツニッポン』2015年9月20日付記事)
- ^ 阪神今成、メッセンジャー応援打「迷惑かけていた(『日刊スポーツ』2015年9月29日付記事)
- ^ 阪神今成“捕手復活”盗塁阻止率8割ブルペン入りも(『日刊スポーツ』2015年11月211日付記事)
- ^ 掛布DC命名 新井良は「小ミスター」(「日刊スポーツ」2013年11月7日付記事)
- ^ 阪神今成痛恨エラー あ~連敗3・5差(「日刊スポーツ」2013年7月17日付記事)
- ^ 阪神今成ヒーロー級大活躍、攻守で先発藤浪救った(『日刊スポーツ』2015年7月24日付記事)
- ^ 阪神和田監督V用兵、左でも左 守備優先で今成先発(『日刊スポーツ』2015年9月2日付記事)
- ^ ファイターズスタイル理容組合北海道日本ハムファイターズ後援会、2015年11月20日閲覧。
- ^ 新井&今成「Wりょーた」グッズ発売へ(『デイリースポーツ』2012年9月5日付記事)
- ^ “スギちゃん”伊藤隼 ワイルドでも白旗「今成さんには負けます」(『スポーツニッポン』2012年11月24日付記事)
- ^ 【阪神】今成が多芸ぶり発揮「持ちネタ」(『日刊スポーツ』2013年11月23日付記事)
- ^ 阪神今年の勝利の儀式は「尻ティ」(『東京スポーツ』2014年7月5日付記事)
- ^ ハム番日記 - nikkansports.com: 忍者・スッポン・マムシ?
- ^ 富士見市議会議員選挙(2013年3月24日投票)
- ^ a b c d e トレードの成立について阪神球団公式サイト2012年4月28日配信
関連項目
外部リンク
- 個人年度別成績 今成亮太 - NPB.jp 日本野球機構