京都府立東舞鶴高等学校

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京都府立東舞鶴高等学校
地図北緯35度29分2.4秒 東経135度24分54.4秒 / 北緯35.484000度 東経135.415111度 / 35.484000; 135.415111座標: 北緯35度29分2.4秒 東経135度24分54.4秒 / 北緯35.484000度 東経135.415111度 / 35.484000; 135.415111
過去の名称 旧制京都府立東舞鶴中学校
京都府立東舞鶴高等女学校
国公私立の別 公立学校
設置者 京都府の旗 京都府
学区 中丹通学圏
校訓 誠実 自律 寛恕
設立年月日 1940年昭和15年)4月
共学・別学 男女共学
分校 浮島分校
課程 全日制課程(本校)
夜間定時制課程(浮島分校)
単位制・学年制 学年制
設置学科 普通科
学科内専門コース (全日制)
総合教養コース
国際文化コース
人文科学コース
数理科学コース
学期 3学期制
学校コード D126210000284 ウィキデータを編集
高校コード 26125E
所在地 625-0026
625-0035 (浮島分校)
京都府舞鶴市
字泉源寺766番地(本校)
字溝尻150-13(浮島分校)
外部リンク 公式サイト
ウィキポータル 教育
ウィキプロジェクト 学校
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京都府立東舞鶴高等学校(きょうとふりつ ひがしまいづるこうとうがっこう)は、京都府舞鶴市字泉源寺に所在する府立高等学校。同市字溝尻に夜間定時制普通科単独校舎の浮島分校を設置している。

設置学科[編集]

本校(全日制課程)
  • 普通科
    • 総合教養コース
    • 国際文化コース
    • 人文科学コース
    • 数理科学コース
浮島分校(夜間定時制課程)

沿革[編集]

  • 1940年(昭和15年)4月 - 京都府立東舞鶴中学校と京都府立東舞鶴高等女学校が開校
  • 1941年(昭和16年)4月 - 東舞鶴市立実科高等女学校が開校
  • 1943年(昭和18年)4月 - 東舞鶴市立実科高等女学校東舞鶴市立東舞鶴高等女学校と改称
  • 1943年(昭和18年)6月 - 京都府立東舞鶴中学校が京都府立舞鶴第二中学校、京都府立東舞鶴高等女学校が京都府立舞鶴第二高等女学校に改称
  • 1948年(昭和23年)4月 - 学制改革により、京都府立舞鶴第二中学校、京都府立舞鶴第二高等女学校及び舞鶴市立中舞鶴高等女学校を廃止し、それぞれ京都府立東舞鶴高等学校、京都府立東舞鶴女子高等学校及び舞鶴市立中舞鶴女子高等学校を設置
  • 1948年(昭和23年)10月 - 京都府立東舞鶴高等学校、京都府立東舞鶴女子高等学校及び舞鶴市立中舞鶴女子高等学校を統合し、あらためて京都府立東舞鶴高等学校を設置

校歌[編集]

  • 葭田義勝作詞(本校第4回卒業生)昭和27年2月22日制定/石桁真礼生作曲

特色[編集]

  • 通称は「東舞」(とうまい)。舞鶴市内では「東高」(ひがしこう)と呼ばれることが多い。
  • 2012年度卒業生の大学進学率は30%となっている[1]
  • 文系国際文化コースでは2年次での研修旅行では海外研修を、3年次になると田植えと稲刈りなどを体験できる。
  • 全校生徒の約9割が自転車通学。隣接区域の福井県嶺南西部[注釈 1]や綾部市などから通学してくる生徒もいる。
  • ボート部は創部20年余りでインターハイ常連校のひとつになった。
  • 通学距離が10kmを超える生徒は2年次から通学に原動機付自転車の使用を許可される。
  • 1階に自転車置場がある校舎もあるため、本来なら3階建てのはずが4階建て状態になっている。
  • 普通自動車免許は就職内定後に、学校に申請し、許可が下りないと取得できない。
  • アルバイトは原則禁止。長期休業前に届け出れば許可される。学期中のアルバイトも事情によっては許可される。
  • 平成26年度より制服が刷新された。

最寄駅[編集]

  • 本校、分校ともにJR舞鶴線小浜線東舞鶴駅(ただし駅より自転車で10分程度)
  • 「東高口」というバス停はあるが近くを通る高浜行が1日に数本しかないため、雪が多い冬は学校から一番近いバス停から歩くしかない。

著名な卒業生[編集]

脚注[編集]

注釈
  1. ^ 特に夜間定時制は若狭高校が2017年より募集停止(昼間定時制へ移行のため)したため、隣県特例を活用せざるを得ない状況にある、
出典

関連項目[編集]

外部リンク[編集]