レジナ・マリア・ピア級装甲艦

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レジナ・マリア・ピア級装甲艦
写真はレジナ・マリア・ピア
写真はレジナ・マリア・ピア
基本情報
艦種 装甲艦
命名基準 人名
前級 レ・ディタリア級
次級 アフォンダトーレ
要目
排水量 常備:4,268トン
(カステルフィダルト、アンコーナ:4,224トン)
満載:4,600トン
全長 81.2m
(カステルフィダルト、アンコーナ:81.2m)
垂線長:75.7m
(カステルフィダルト、アンコーナ:76.0m)
最大幅 15.2m(最大幅)
(カステルフィダルト、アンコーナ:14.6m)
吃水 6.3m
機関方式 形式不明石炭専焼角缶6基
(カステルフィダルト、アンコーナは8基)
+横置型単気筒直動レシプロ機関1基1軸推進
出力 2,500hp
最大速力 13.0ノット(機関航行のみ)
航続距離 12ノット/2,600海里
燃料 485トン(石炭)
乗員 484名
兵装 20.3cm(72ポンド)鉄製ライフル式単装砲4基
16.4cm鉄製滑腔砲22基(カステルフィダルト、アンコーナは23基)
装甲 舷側:120mm
砲郭:110mm
司令塔:-mm
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レジナ・マリア・ピア級装甲艦 (Pirofregate corazzate della classe Regina Maria Pia) とはイタリア海軍が1860年代に建造した装甲艦の艦級である。イタリア海軍では二等装甲蒸気フリゲートと分類していた。

概要[編集]

まだ国内の工業力が未発達であったイタリアは宿敵オーストリア=ハンガリー帝国海軍に対抗すべく、フランス(フォルミダービレ級)やアメリカ(「レ・ディタリア級」)に次々と装甲艦を発注しており、1862年にフランスに一挙4隻も発注したのが本級である。

艦形[編集]

本級の武装・装甲配置を示した図。
1870年の「アンコーナ」。
「カステルフィダルド」。

本級の基本構造は製で3本のマストと一本煙突と水線下に突出した衝角を持つ装甲スクーナーとしてフランスで設計・建造された。船体側面部に120mm装甲板が張られた砲廓(ケースメート)を持ち、20.3cm(76ポンド)鉄製滑膅砲を単装砲架で片舷2基ずつ計4基と16.4cm鉄製ライフル式単装砲を片舷11ずつ計22基(後期型のカステルフィダルドとアンコーナは23基)を配置した。

竣工時には左右方向にしか火力を指向出来なかったが、リッサ海戦以降は戦訓により艦首尾方向に指向できるよう舷側の一部を凹ませて射界を広げたり、艦尾に砲門を開けて砲を配置した。本級は船として出来が良く、そのため本級は1888年から1890年にかけて艦容を一新する規模の近代化改装を受けることができた。旧式の鉄製砲はアームストロング式 15.2cm(33口径)単装速射砲6基、12cm(40口径)単装砲6基に更新されたほか、外見上の特徴として船体中央部のマストが撤去され、前後のマストはミリタリー・マストへと改装された。

同型艦[編集]

1862年7月22日にラ・セーヌメディテラネ造船所にて起工、1863年4月28日進水、1864年4月17日竣工、1904年5月22日解体。

1862年7月22日にラ・セーヌメディテラネ造船所にて起工、1863年9月12日進水、1864年11月9日竣工、1903年8月30日解体。

1862年7月27日にグーアン造船所にて起工、1863年8月1日進水、1864年5月竣工、1910年12月4日解体。

1862年8月11日にグーアン造船所にて起工、1863年10月17日進水、1866年4月竣工、1903年8月30日解体。

関連項目[編集]

参考文献[編集]

  • 「世界の艦船増刊第41集 イタリア戦艦史」(海人社)
  • 「Conway All The World's Fightingships 1860-1905」(Conway)

外部リンク[編集]