ポリ塩化ビフェニル

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PCBの構造。ビフェニルの水素が、1 - 10個塩素に置換されている。

ポリ塩化ビフェニル(ポリえんかビフェニル、polychlorinated biphenyl)またはポリクロロビフェニル (polychlorobiphenyl) は、ビフェニル水素原子塩素原子で置換された化合物の総称で、一般式 C12H(10-n)Cln (1≦n≦10) で表される。置換塩素の数によりモノクロロビフェニルからデカクロロビフェニルまでの10種類の化学式があり、置換塩素の位置によって、計209種の異性体が存在する。

略してPCB(ピーシービー)とも呼ばれる。なお、英語ではプリント基板 (printed circuit board) との混同を避け「PCBs」と呼ばれる事もある[1][2]

に対して安定で、電気絶縁性が高く、耐薬品性に優れている。加熱や冷却熱媒体変圧器コンデンサといった電気機器の絶縁油可塑剤塗料ノンカーボン紙溶剤など、非常に幅広い分野に用いられた。

一方、に対する毒性が高く、脂肪組織に蓄積しやすい。発癌性があり、また皮膚障害、内臓障害、ホルモン異常を引き起こすことが分かっている。

歴史

1930年代に製造された柱上変圧器。PCB使用機器であることを示すシールが貼付されている。

1881年ドイツで初めて合成され、1929年米国工業生産が始まった。日本では、1954年昭和29年)に製造が始まったが、1968年(昭和43年)に起こった「カネミ油症事件」をきっかけに、1972年(昭和47年)の生産・使用の中止等の行政指導を経て、1975年(昭和50年)に製造および輸入が原則禁止された。

1979年台湾油症が発生した。

1999年1月、ベルギーダイオキシン汚染が起こった。動物飼料が汚染され、PCBに汚染された乳製品流通した。

しかしながら、以前に作られたものの対策はとられておらず、2000年頃から、世界でPCBを含む電機電気製品、特に老朽化した蛍光灯安定器コンデンサからPCBを含む絶縁油が漏れる事故が相次ぎ、社会問題となった。

ダイオキシン様PCB・コプラナーPCB

WHOによるダイオキシン様PCBの毒性[3]
種類 名称 IUPAC
No.
TEF
PCDD 2,3,7,8-テトラクロロパラジオキシン(参考) 1
PCDF 2,3,4,7,8-ペンタクロロジベンゾフラン(参考) 0.3
ノンオルト置換
(コプラナー)
PCB
3,3',4,4'-テトラクロロビフェニル 077 0.0001
3,4,4',5-テトラクロロビフェニル 081 0.0003
3,3',4,4',5-ペンタクロロビフェニル 126 0.1
3,3',4,4',5,5'-ヘキサクロロビフェニル 169 0.03
モノオルト置換
PCB
2,3,3',4,4'-ペンタクロロビフェニル 105 0.00003
2,3,4,4',5-ペンタクロロビフェニル 114 0.00003
2,3',4,4',5-ペンタクロロビフェニル 118 0.00003
2',3,4,4',5-ペンタクロロビフェニル 123 0.00003
2,3,3',4,4',5-ヘキサクロロビフェニル 156 0.00003
2,3,3',4,4',5'-ヘキサクロロビフェニル 157 0.00003
2,3,4,4',5,5'-ヘキサクロロビフェニル 167 0.00003
2,3,3',4,4',5,5'-ヘプタクロロビフェニル 189 0.00003

PCBの毒性の強さは、異性体により大きな差がある。右図はWHOによる毒性の評価をまとめたものであるが、「TEF」とは毒性等価係数といい、最も毒性が強いとされるダイオキシン類PCDD(厳密にはTCDD)を「1」とした場合の各異性体の相対的毒性評価である。

PCBの毒性のうち発癌性、催奇性ダイオキシン類ポリクロロジベンゾジオキシンポリクロロジベンゾフラン)に似ている。そのため、それらを示すPCBをダイオキシン様PCB (dioxin-like PCB, DL-PCB) と呼びダイオキシン類に加える。世界保健機構 (WHO) により、12種の異性体がDL-PCBに指定されている(毒性の強弱は数桁の差がある)。

非ダイオキシン様PCBも、甲状腺異常などの、PCB特有の非ダイオキシン様毒性は示す。しかし、PCBの健康被害や環境汚染で問題となっているのは、大半がダイオキシン様PCBである。

ダイオキシン様毒性が特に強いのが、コプラナーPCB (coplanar-PCB, Co-PCB) である。ビフェニルの2つのベンゼン環は回転可能だが、PCBのビフェニル構造は、置換する塩素の位置によっては共平面構造(コプラナリティ)を取る。このようなPCBがコプラナーPCBである。なお、コプラナーでないPCBはノンプラナーCB (nonplanar PCB) である。

PCBはオルト位 (2,2',6,6') の塩素の数で、ノンオルト置換PCB(0個)、モノオルト置換PCB(1個)、ジオルト置換PCB(2個)、… と分類するが、厳密には、ノンオルト置換PCBがコプラナーPCBとされる。オルト位の塩素は共平面構造を妨げるからである[4]。ただし、ダイオキシン様PCB全てをコプラナーPCBと呼ぶこともある。ダイオキシン様PCBにはノンオルト置換PCBとモノオルト置換PCBが含まれる。

廃棄物としてのPCB

日本の状況

日本では、1972年に行政指導という緊急避難的な措置として製造・輸入・使用を原則として中止させ、翌1973年には、化学物質の審査及び製造等の規制に関する法律を制定(発効は1975年)し、法的に禁止している。PCBを含む廃棄物は、国が具体的対策が決定するまで使用者が保管すると義務付けられたが、電気機器等については、耐用年数を迎えるまで使用が認められたことから、PCBを含む機器の所在や廃棄物の絶対量の把握が曖昧なものとなった。

1980年代以降になるとPCBの危険性に対する認識が風化し、保管されていた廃棄物が他の産業廃棄物と一緒に安易に処理されるなど、行方不明になる例が報告されるようになった。厚生省1992年1998年に保管状況の追跡調査を実施したが、調査を通じて大量のPCBを含む大型トランスやコンデンサが、わずか6年の間に台数比で4.1%もの機器が行方不明になる実態が明らかにされている。1972年からの紛失率を考えた場合には膨大な量になることは明らかであり、一刻も早い抜本的な処理体制の確立が急務となった。

一方で、処理体制の模索は絶えず続けられてきた。1976年には通商産業省の外郭団体として電機ピーシービー処理協会(現: 電気絶縁物処理協会)が設立され、高温焼却処理施設の設置が模索されてきたが、PCBの危険性を危惧する住民運動により全て頓挫。日本ではその後約30年にわたる長い間、PCBを含む廃棄物の具体的な処理基準や処理施設は公に定められないままであった。1990年代以降は、新たに安全な処理方法の検討が行われた結果、処理方法の多様化が認められ、2000年代に入ると一部の企業においては、商業的な処理技術の立証を視野に入れた実験的処理が行われるようになった。

2001年6月、日本はPOPs条約(後述)の調印を受けPCB処理特別措置法を制定し、併せて環境事業団法を改正して、2016年までに処理する制度を作った。

こうした対策は進んでいるものの、依然として日本国内ではPCBを使用した機器があふれており問題視されている。一例では1999年青森県の高校、東京都八王子の小学校にて、相次いで照明器具(蛍光灯)内のPCBを使用したコンデンサが老朽化のため爆発、生徒や児童に直接PCBが降りかかるといった事故が発生[5][6]。それらに続いて全国各地で同様の事故が発生し[7]、2001年(平成十三年)に閣議了解で同年末までに交換を終える決定が為されたにも関わらず、2013年に至っても北海道の中学校で同様の事故が発生するなど、公共施設をはじめ多くの場所で使用され続けている[8][9]1970年代以前のコンデンサー類の全てでPCBが用いられているとは限らないが、今となっては使用状況が正確に把握できないこともあり、眠る爆弾として衛生面、環境面から恐れられる存在となっている。

世界の状況

PCB使用機器であることを示すシールを貼る技術者

2001年5月、PCBを2028年までに全廃することを含む国際条約であるPOPs条約(残留性有機汚染物質に関するストックホルム条約)が調印された(POPsは persistent organic pollutants の略語で、残留性有機汚染物質を指す)。

PCBの無害化処理

PCBの処理方法には以下のようなものがある。

PCBそのものの処理
脱塩素化分解法
PCBの分子を構成している塩素とアルカリ剤等を反応させ、PCBの塩素を水素等に置換
水熱酸化分解法
超臨界水や亜臨界状態の水によってPCBを二酸化炭素に分解
還元熱化学分解法
還元雰囲気条件の熱化学反応によってPCBを塩、燃料ガスに分解
光分解法
紫外線でPCBを構成している塩素を取り外して分解
プラズマ分解法
アルゴンガス等のプラズマによってPCBを二酸化炭素、塩化水素等に分解
PCBによって汚染されたものの処理(PCBが染み込んだ布など)

食品に関する規制

食品に含まれるPCBの濃度については1972年に暫定規制値が定められた[10]

今日でも、時折検査が行なわれている[11]

PCBによる底質汚染

1975年にPCBの底質暫定除去基準が制定され、全国でPCBで汚染された底質浚渫が行われた。

なお、PCBのうち、コプラナーPCB(塩素原子が分子の外側を向き平面状分子となっているものであり、一般のPCBに比べて毒性が高い。)はダイオキシン類の一種であるが、かつてのPCB暫定除去基準に従って浚渫した海域において、ダイオキシン類の底質環境基準を超過する底質が検出される例が見られる。

また、PCBを含む絶縁油などの不適切な管理により河川や閉鎖水域に投棄されたPCB油による底質汚染も検出されている。汚染原因者特定のために、異性体パターンによるPCBの種類の特定や、ケミカルマスバランス法による負担割合の定量的な算定が行われている。

ポリ塩化ビフェニル廃棄物の保管・管理・処理

保管

PCBを含む電気機器等が廃棄物となった場合(これをポリ塩化ビフェニル廃棄物という)、事業者等はポリ塩化ビフェニル廃棄物を処理するまでの間、特別管理産業廃棄物保管基準に従って当該物を保管しなければならない(廃棄物の処理及び清掃に関する法律第12条の2第2項)。具体的な基準は次のとおりである。

  1. 保管場所の周囲に囲いが設けられていること(屋根付きが望ましい)。
  2. 保管場所の見やすい箇所に次の事項を記載した掲示板(60センチ四方以上の大きさ)が設けられていること。
    • 特別管理産業廃棄物の保管場所である旨
    • 保管する特別管理産業廃棄物の種類
    • 保管の場所の管理者の氏名又は名称及び連絡先
  3. 保管の場所から、当該特別管理産業廃棄物が飛散し、流出し、及び地下に浸透し、並びに悪臭が発散しないように必要な措置を講ずること(保管物が雨水等にさらされないこと・内容物が流出しないようトレイ等を敷くことが望ましい)。
  4. 保管場所には、ねずみが生息し、及び蚊、はえその他の害虫が発生しないようにすること。
  5. 特別管理産業廃棄物に他の物が混入するおそれのないように仕切を設けること等必要な措置を講ずること。
  6. 容器に入れ密閉すること等PCBの揮発の防止のために必要な措置及び当該廃棄物が高温にさらされないための措置を講ずること。
  7. PCB汚染物又はPCB処理物にあっては、当該廃棄物の腐食の防止のために必要な措置を講ずること。

管理

特別管理産業廃棄物管理責任者
ポリ塩化ビフェニル廃棄物の保管には、その保管責任者として、特別管理産業廃棄物管理責任者の資格を修得した者の登録が必要である。この資格は、事業所(企業・法人)単位でなく事業場(処理場等)単位で置くものとされ、それぞれ担当する事業場における特別管理産業廃棄物の管理全般にわたって次の業務を適正に行う。
  1. 特別管理産業廃棄物の排出状況を把握すること。
  2. 特別管理産業廃棄物の処理計画を立案すること。
  3. 適正な処理の確保に関すること。
  4. 分別、保管状況の確認
  5. 適正な委託の実施
  6. 管理票の交付・保管
ポリ塩化ビフェニル廃棄物の保管及び処分状況等届出書
ポリ塩化ビフェニル廃棄物を保管又はPCBを含む電気機器等を使用している事業者等はポリ塩化ビフェニル廃棄物の保管及び処分の状況について「ポリ塩化ビフェニル廃棄物の保管及び処分状況等届出書」で毎年6月30日までに都道府県知事等に届け出なければならない(PCB処理特別措置法第8条)。

処理

ポリ塩化ビフェニル廃棄物を委託処理する方法は、廃棄物に含まれる絶縁油のPCB濃度や廃棄物の種類によって異なる。具体的な委託処理方法[12]は次のとおりである。

PCBを高濃度(コンデンサで100%、トランスで50% - 60%)で含む場合
中間貯蔵・環境安全事業株式会社で委託処理できる。しかし、次の3点は例外で処理できない。
  1. トランス・コンデンサの内、10kg未満の小型のもの(北九州事業所は可能)
  2. 安定器等の小型の電気機器が廃棄物となったもの(北九州事業所は登録可能。東京事業所は受入を停止中)
  3. 感圧複写紙、ウエス、汚泥、ビニール、プラスティック等のPCB廃棄物(北九州事業所は可能)
PCBを微量(0.5mg/kgを超える濃度)に含む場合及び上記3つの例外
国で処理方法、処理体制等を検討中で事業者等は保管を続けなければならない。

なお、日本環境安全事業で処分するには機器登録(予約)しなければならない。

呼称

テレビニュース等では、「PCB」「ポリ塩化ビフェニール」と呼ぶのが普通である。 なお、ポリ「塩化」ビフェニルの呼称は、有機化学の化合物命名規則上不正確であり、英語での呼称(Polychlorinated biphenyl=ポリ「塩素化」ビフェニル)にも対応していない。 日本の法律ではポリ「塩化」ビフェニルの呼称が用いられている一方で、所管官庁である環境省が作成した文書にも、ポリ「塩素化」ビフェニルの呼称が用いられているものがある。

脚注

  1. ^ TURI - Toxics Use Reduction Institute, List of Acronyms” (英語). University of Massachusetts Lowell. 2008年11月16日閲覧。
  2. ^ *HM-1 PCB Detoxification Facility” (英語). TOSHIBA REVIEW 2001. VOL.56 NO.8. 2008年11月16日閲覧。
  3. ^ Project for the re-evaluation of human and mammalian toxic equivalency factors (TEFs) of dioxins and dioxin-like compounds (WHO)
  4. ^ TEF値が与えられているPCB分子の平面性について本間善夫 ecosci.jp
  5. ^ 業務用・施設用蛍光灯等のPCB使用安定器の事故に関する対策について | 環境省
  6. ^ PCB暴露による健康対策等検討専門家会議 報告書 平成14年10月
  7. ^ PCB使用照明器具の点検・判別、取扱及び保管について | JLMA 一般社団法人日本照明工業会
  8. ^ 教室で照明器具破裂、生徒にPCBかかる : ニュース : 教育 : YOMIURI ONLINE(読売新聞)
  9. ^ 中学校におけるPCBが使用された蛍光灯安定器の破損事故について | 環境省大臣官房廃棄物・リサイクル対策部産業廃棄物課|
  10. ^ 食品中に残留するPCBの規制について(昭和47年08月24日環食第442号)環境省のサイトより。
  11. ^ たとえば 環境汚染物質等の検査・調査結果及び遺伝子組換え食品検査結果(平成15年度)、(名古屋市)、魚介類中の食品汚染物検査(2009年)、(横浜市)
  12. ^ 処理申し込みの手続きについて

関連項目

外部リンク