フランチェスコ・ジャチント・ディ・サヴォイア(Francesco Giacinto di Savoia, 1632年9月14日トリノ - 1638年10月4日トリノ)は、サヴォイア公、サルッツォ侯、 ピエモンテ公、アオスタ伯、モーリエンヌ伯、ニース伯、キプロス王エルサレム王(在位:1637年 - 1638年)。フランス語名フランソワ・ヤサント・ド・サヴォワ(François Hyacinthe de Savoie)。
父ヴィットーリオ・アメデーオ1世が1637年に死去したため、母マリーア・クリスティーナの摂政の下に5歳で即位したが、1年後に夭逝した。
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