フランシス・ボーフォート

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フランシス・ボーフォート
生誕 1774年5月7日
アイルランド王国ミース州ナヴァン
死没 1857年12月17日
居住 イギリスの旗 イギリス
国籍 イギリスの旗 イギリス
研究分野 海洋学気象学水路学
主な業績 ビューフォート風力階級の考案
プロジェクト:人物伝
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フランシス・ボーフォート卿
ロンドンの聖ジョン・アット・ハックニー教会にあるボーフォートの墓

フランシス・ボーフォートFrancis Beaufort[1][2]1774年5月7日 - 1857年12月17日)は、アイルランド出身のイギリス海軍少将,当時水路学の第一人者であった。

経歴

最初、商船の船乗りになり、イギリス海軍に入ってからは海図作成に活躍し、イギリス周囲だけでなくトルコ・アナトリアや南米ラプラタ川まで調査した。 地理・海洋・天文・測地・気象の学会と政府の橋渡し役として、ビーグル号計画ではロバート・フィッツロイの相談を受けてダーウィン乗船を勧めた。またジェイムズ・クラーク・ロスの南極探検では地磁気測定を支援した。 ビューフォート風力階級は、ボーフォートが航海日誌に自身の定義で記したもので、1839年から正式に定義付けられ、広く使われるようになった。

1857年に死去した。墓所はロンドン聖ジョン・アット・ハックニー教会英語版

カナダ北極圏ボーフォート海と南極ボーフォート島にその名を残す。

脚注

関連項目