フォレスト・ガンプ/一期一会

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フォレスト・ガンプ/一期一会
Forrest Gump
監督 ロバート・ゼメキス
脚本 エリック・ロス
原作 ウィンストン・グルームフォレスト・ガンプ
製作 ウェンディ・フィネルマン
スティーヴ・ティッシュ
スティーヴ・スターキー
出演者 トム・ハンクス
サリー・フィールド
ロビン・ライト
ゲイリー・シニーズ
ミケルティ・ウィリアムソン
音楽 アラン・シルヴェストリ
撮影 ドン・バージェス
編集 アーサー・シュミット
配給 アメリカ合衆国の旗 パラマウント映画
日本の旗 UIP
公開 アメリカ合衆国の旗 1994年7月6日
日本の旗 1995年3月11日
上映時間 142分
製作国 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
言語 英語
製作費 $55,000,000[1]
興行収入 アメリカ合衆国の旗$330,252,182[1]
世界の旗677,945,399[1]
配給収入 日本の旗 38億7000万円
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フォレスト・ガンプ/一期一会』(フォレスト・ガンプ いちごいちえ、Forrest Gump)は、1994年公開のアメリカ映画。日本公開は1995年で、配給収入38億円のヒット作品[2]

タイトルの「フォレスト・ガンプ」は主人公の名前。「フォレスト」は白人至上主義団体であるクー・クラックス・クランの結成者として知られるネイサン・ベドフォード・フォレストから。「ガンプ」("gump") はアラバマ州方言で、「うすのろ」「間抜け」「愚か者」を意味する[3]

キャッチコピーは、劇中にセリフとしても登場する「人生はチョコレートの箱、開けてみるまで分からない[4]Life is like a box of chocolates. You never know what you're gonna get.」。このセリフは、『アメリカ映画の名セリフベスト100』において第40位となっている。

概要

1985年ウィンストン・グルームが発表した小説フォレスト・ガンプ』(邦訳は講談社より1994年12月出版。小川敏子訳)をエリック・ロスが脚色して製作された映画だが、原作からは大きく改変されている。監督はロバート・ゼメキス、主演はトム・ハンクス

人より知能指数は劣るが、純真な心を持ち、周囲の人々の協力を受けて数々の成功を収めていく"うすのろフォレスト"の半生を、アメリカの1950〜80年代の歴史を交えながら描いたヒューマンドラマ

第67回アカデミー賞作品賞ならびに第52回ゴールデングローブ賞 ドラマ部門作品賞受賞作品。

ストーリー

映画は、空中を漂う一本のがフォレストの足下に舞い降りるシーンから始まる。物語は、バス停のベンチに座るフォレストが、バスを待つ人々に話しかけながら過去を回想するという形で進行する。

幼少期
アラバマ州グリーンボウに住むフォレスト・ガンプは普通の子供よりも知能指数の低い少年で、背骨が歪んでいるため脚装具を付けないとまともに歩けなかった。母親はそんな彼を、普通の子供と同じように育てたいと考え、女手一つで公立小学校への入学も勝ち取る(その為に校長に身を任せると想像されるシーンがある)。
入学初日、スクールバスに乗ることとなったフォレストは「知らない人の車に乗ってはいけない」という言いつけを思い出して戸惑うが、運転手と互いに自己紹介し合う事で乗り越える。バスの中では誰もフォレストを隣に座らせなかったが、ただ1人ジェニーという女の子だけは彼のために隣の席を空け、以後2人は自然と仲良くなる[5]
小学校でいじめの標的にされるフォレストだが、あるとき無我夢中で逃げているうちに走れるようになり、以後彼は脚装具を付けなくても歩けるようになり、むしろ自転車でも追いつけないほどの俊足を発揮し続けた。ある日、父親に怒鳴られるジェニーを見たフォレストは、その手を握って畑の中を逃げ回る。翌日、彼女の父親が性的虐待を行っていたことが発覚し、父親は警察に捕まり、ジェニーは親戚へ引き取られた。
高校時代
高校生になってもいじめられていたフォレストは、追いかけてくる同級生の車から逃げ切ったが、そのままアメフトの試合中のコート内へ進入してしまう。しかし、それを見たコーチにその俊足ぶりを見込まれ、1963年、アラバマ大学へ入学しフットボールチームに入る。試合ではいつも活躍し、全米代表選手に選ばれるまでになり、ホワイトハウスケネディ大統領に面会する機会をも得た[6]
軍隊時代
ベトナム戦争が始まった頃、無事に大学を卒業したフォレストは、特にする事も無かったのでスカウトを受け入れアメリカ陸軍に入隊した。志願者が集う新兵訓練所行きのバスに乗り込む際、スクールバスの時と同様に自己紹介をするフォレストだが、「お前の名前なんぞ知った事か!」と怒鳴られる。
バスの車内ではやはり誰もフォレストを隣に座らせなかったが、今回は同じアラバマ州出身のアフリカ系アメリカ人であるバッバことベンジャミン・ブルーが隣の席を空けた。彼の家族は代々エビ漁とエビ料理で生計を立てていて、自身も軍隊生活で得た資金でエビ漁師になることを夢見ている。意気投合し親友となった2人は、共に訓練に励む。
訓練では、上官からの命令に対して「はい」と答えるだけでよく、命令された事だけをこなせば良い軍隊の生活はフォレストに向いており、優秀な兵士となる。訓練後、ベトナムに出征する事となったフォレストは、落ちぶれてストリップ劇場で働いていたジェニーに出征する旨を打ち明け、暫しの別れを告げる。
戦地では河が入り組んだメコンデルタ地域を担当する第9師団英語版に送られ、軍人の家系である軍人ダン・テイラー中尉が指揮する小隊へ配属される。進撃を続けていた小隊だが、雨季が明けた日に敵の待ち伏せに遭い、窮地に追い込まれてしまう。フォレストは負傷した戦友達を探し出し安全な場所へと運び出すも、既に腹部に致命傷を負っていたバッバは「うちに帰りたい」と言い残して死んでしまった。
卓球全米チーム
最後の戦いで尻に被弾したフォレストは、両脚を失ったダン中尉と共に軍病院で手当てを受ける。療養中の暇潰しに卓球を始めたフォレストは、瞬く間に才能を発揮。卓球全米チームに入るべく帰国し、母親が見守る中、戦友を救った勇敢な行為に対しジョンソン大統領から議会栄誉勲章を贈られる。
その後、ブラックパンサー党の仲間として反戦活動を行うジェニーに再会。フォレストはジェニーに自分の想いを伝えるが、相反する立場のジェニーはフォレストの前から去っていった。
数年後、フォレストは「ピンポン外交」の主役となり、卓球で世界大会に出場。テレビのトーク番組でジョン・レノンと共演するまでになった。さらに、ニクソン大統領とも面会する栄誉を得たが、その夜にワシントンで宿泊した「ウォーターゲート・ホテル」の客室から道を挟んだ向かいのビルに侵入者がいるのを目撃して警察に通報する。その後まもなくしてフォレストは軍を除隊となる。
会社設立
除隊後、フォレストは卓球で得た資金で「バッバ・ガンプ・シュリンプ」を設立、亡き親友バッバとの「除隊後は2人でシュリンプボートに乗ってエビ漁を始めよう」という約束を叶える。設立後しばらくしてダンも加わるが、漁果は芳しくない。
ある夜、後に「カルメン」と名付けられるハリケーン英語版が発生し、港に留まっていた他のエビ漁船はすべて大破するが、たまたま沖へ出ていたフォレスト達の漁船だけは運良く無事戻って来られた。以後は大漁が続き、人生に絶望していたダンも希望を取り戻し、やがて「バッバ・ガンプ・シュリンプ」は知らぬ者はいないほど大きな会社へと成長する。
そこで得た資金を、ダンはフォレストの言う「果物の会社」(ベンチャー企業時代のアップル)へ投資し、後に同企業が上場したことで億万長者になった。あり余るほどのお金を手に入れたフォレストは、半分をバッバの遺族へ渡し、残りも様々な所に寄付した。しかし、たった1人の家族だった母親を癌で亡くしたため、フォレストは孤独な日々を過ごす。
ジェニーとの再会
ある日、家にジェニーが現れ、数年ぶりの再会を果たす。彼女が人生に挫折した事を知ってか知らでか、フォレストは不器用なりにジェニーを愛し続ける。いつしかジェニーもそれに応えるようになり、幸せな日々を過ごす2人。だが、人生の成功者となったフォレストと挫折続きの自分の人生に落差を感じたジェニーは、ある朝フォレストに黙って家を出ていった。
数日ほど放心した後、訳も無く走りたくなったフォレストは、同棲中にジェニーから贈られたナイキのスニーカーを履いて外へ飛び出し、ひたすら走り始める。何往復もアメリカ横断を繰り返す彼の姿を見て、大勢の人々がフォレストの後を追うように走り始め、いつしか彼は「平和を願って走る男」とアメリカ中の話題になる。
やがて、フォレストは「疲れたから家に帰りたい」と言い残して走るのを止めるが、テレビでそれを知ったジェニーから、彼の元へ手紙が届く。
現在

※ここから物語は現在進行に移る。

フォレストがバスを待ち続けていたのは、ジェニーに会いに行くためだった。最後の聞き手である老婦人から、目的地がバスに乗る必要が無いほど近くだと教えられたフォレストは急いで走り出し、ジェニーが待つアパートの一室へ辿り着く。そこにフォレストと同じ名前のジェニーの息子が帰宅し、ジェニーは彼がフォレストと自分の子供であると告げる。
その後、ジェニー本人から「原因不明の不治の病」に罹っていると告白されたフォレストは、改めて自分の想いを伝え、結婚を誓い合う。アラバマのフォレストの家に帰り、結婚式を挙げる2人。彼らを祝福するために訪ねてきたダンはチタン製の義足をつけ、アジア系の女性であるスーザンと婚約していた。
程無くしてジェニーは亡くなり、フォレストは幼少の頃一緒に過ごした木の下に彼女を埋葬する。そして嫌な思い出がつまった彼女の家も取り壊した。フォレストが子育てに奮闘した末、かつての自分のように息子をスクールバスで小学校へ送り出したところで、フォレストの足下にあった羽が再び空へと舞い上がり、映画は幕を閉じる。

キャスト

役名 俳優 日本語吹替
ソフト版 日本テレビ フジテレビ
フォレスト・ガンプ トム・ハンクス 江原正士 山寺宏一 江原正士
ミセス・ガンプ サリー・フィールド 土井美加 野沢由香里 鈴木弘子
ジェニー・カラン ロビン・ライト 佐々木優子 勝生真沙子 名越志保
ダン・テイラー ゲイリー・シニーズ 有本欽隆 樋浦勉 鈴置洋孝
バッバ・ブルー ミケルティ・ウィリアムソン 福田信昭 酒井敏也 屋良有作
フォレストJr. ハーレイ・ジョエル・オスメント 近藤玲子 大谷育江 矢島晶子
フォレスト(子供時代) マイケル・コナー・ハンフリーズ
ジェニー(子供時代) ハンナ・ホール 麻見順子 潘恵子 増田ゆき
ルイーズ マーゴ・ムーラー 喜田あゆ美 伊倉一恵
医者 ハロルド・G・ハーサム 宝亀克寿 稲垣隆史 富田耕生
校長 サム・アンダーソン 石波義人 水野龍司
ドロシー・ハリス シオバン・ファロン 佐藤しのぶ 堀越真己 佐藤しのぶ
アール カーク・ウォード 小野健一 平田広明
ジェニーの父 ケヴィン・マンガン 仲野裕 秋元羊介 小室正幸
ベンチの子連れの女性 デボラ・マクティーア 野沢由香里 湯屋敦子
ドリル軍曹 アフェモ・オミラミ 水野龍司
ベンチの太った男 ビル・ロバーソン 石波義人 塩屋浩三 後藤哲夫
アビー・ホフマン リチャード・ダレッサンドロ 仲野裕 納谷六朗 大川透
ウェスリー ジェフリー・ブレイク 小野健一 仲野裕 青山穣
ブラック・パンサー ケヴィン・デイヴィス 喜多川拓郎 坂東尚樹
カーラ ティファニー・セラーノ 野沢由香里 沢海陽子 小林優子
レノア マーラ・スカレッツァ 佐藤しのぶ 速見圭 佐藤しのぶ
バッバの母 マリーナ・スモールズ 佐藤しのぶ 水原リン 磯辺万沙子
タクシー運転手 マイケル・マティソン 伊藤栄次
いじめっ子 マーカス・バトン 津村まこと 小林優子
エルヴィス・プレスリー ピーター・ドブソン 小野健一 荒川太郎
ディック・カベット 天田益男 納谷六朗 千田光男
アーカイブ映像
ウォレス知事 宝亀克寿 沢木郁也
ケネディ大統領 石波義人 仲野裕 古田信幸
ジョンソン大統領 宝亀克寿 北村弘一 千田光男
ジョン・レノン 水野龍司 津田英三 大塚芳忠
ニクソン大統領 水野龍司 大川透

スタッフ

作品解説

監督候補はテリー・ギリアムバリー・ソネンフェルドの名前が挙がっていた。

配役

主人公であるフォレスト・ガンプは、実際に演じたトム・ハンクスの他にビル・マーレイチェビー・チェイスなどにも出演依頼がなされていた。また、バッバ・ブルー役にはデイヴィッド・アラン・グリアジョン・トラヴォルタが予定されていた。

演出

フォレストがウォーターゲート事件の端緒となるウォーターゲート・ビルへの侵入事件を目撃したり、自宅[7]に無名時代のエルビス・プレスリーが下宿した事があったりと、当時の事件や著名人が多数登場する。

本作の重要なモチーフとなっている羽が舞うシーンだが、この撮影には巨額の費用がかかったことで知られる。映画監督の北野武の弁では、「あれ(羽が舞うシーンにかけた費用)だけで自分の映画が一本撮れる」ほどの金額だという[要出典]

フォレストがただひたすら走り続けるシーンでは、頻繁にハンクスの弟がボディダブル(吹替え)として兄の代役を務めた[要出典]

VFX

ILMが担当したVFXは、主演のトム・ハンクスをジョン・レノンジョン・F・ケネディリチャード・ニクソンといった故人と共演させ話題になった。

ゲイリー・シニーズ演じるダン・テイラーが足を失った後のシーンは、撮影時にシニーズの両足へ青い特殊な縫い物を充て、編集段階でコンピュータにより当該箇所の削除が行われた。

撮影

フォレストらがベトナム戦争に赴いた際のベトナムシーンは、実際はサウスカロライナ州ゴルフコースで撮影された。

音楽

この映画は、背景の時代に合わせて、その時代に流行した音楽が登場することでも有名である。またこの映画のサウンドトラックは約1,800万枚という大ヒットを記録した。

エピソード

  • 本作では、映画の舞台であるアラバマ州の訛りの強い方言や、2012年現在では使用されていない英語が頻繁に用いられているため、殊に英語に耳慣れない日本人に字幕無しでの台詞の解釈は困難なものであった。一方吹替え版では、ビデオ版の江原、日本テレビ版の山寺ともスローな崩した発音でガンプの訛りに対応した。山寺の演技は真に迫り過ぎ、日本テレビに苦情が寄せられるほどであった(WOWOW「シネマ・ポチョムキン」による)。最後発のフジテレビ版では江原のしゃべり方は至って健常で、ガンプの訛りは全く意識されていない。
  • アメリカンフットボールの試合で一直線に走り抜けるシーンの撮影中に、ハンクスはインフルエンザに侵された。
  • サリー・フィールドはハンクス演じるフォレストの母親役として出演しているが、ハンクスとの年齢差は10歳しかない。
  • 少年時代のフォレストがスクールバスで少年の隣に座ろうとするが拒否される。その拒否した少年は監督であるロバート・ゼメキスの息子である。また、同じバスの中の赤い髪の毛をした少女はハンクスの娘である。
  • トム・ハンクスとゲイリー・シニーズは、次作『アポロ13』でも競演することになるが、1971年大晦日のニュー・イヤー・カウントダウン・パーティー会場におけるガンプとダン小隊長の会話に、「おまえがシュリンプボートのキャプテンになれるなら、オレは宇宙飛行士だ」という、次作の予告もしくは伏線とも思える台詞がある。
  • ハリウッド・ナイトメア』のゼメキス監督の回『You, Murderer』のオープニングでは、『フォレスト・ガンプ』の“鳥の羽根”と“チョコレートの箱”との同じシーンが出て来る。また、この回の“主演”のハンフリー・ボガートの本名は、Humphrey DeForest Bogartである。この回では、『フォレスト・ガンプ』のような過去のボガートの映像と現在の俳優との合成シーンが見られる。
  • 映画は原作とは異なるところがかなり多い。バッバ・ブルーは映画ではフォレスト同様に少し知能が足りない黒人だが、原作では知能に問題がない白人である。ガンプ家は映画では南部の比較的裕福な家庭だが、原作ではどちらかと言えば貧しい家庭である。映画でのジェニーは自由奔放な生活を送ってきたツケとしてエイズにかかって死ぬが、原作ではフォレストがマリファナを使うことに憤るタイプの常識人で、エイズにもかかっていない。ワシントンDCでの反戦集会に迷い込んだフォレストがスピーチをさせられたシーンでは、フォレストが話し始めた途端にマイクの音声が途切れ、話し終わったときに音声が戻っており、劇中の聴衆にも映画の観客にもフォレストが何を話したのかわからないが、原作ではフォレストは反戦集会でも陸軍勧誘のスピーチでも「戦争なんてろくでもないことです」とはっきり言っている。以上のような諸要素から、本映画は保守的な作品として批判されることがある[8]
  • 同時代に全米各地で起こっていたアフリカ系アメリカ人を中心とする公民権運動については、映画のなかではほとんど語られない。要素としてはわずかにブラックパンサー党が登場するくらいである。リー・ダニエルズ監督による『大統領の執事の涙』は本作と同じような語り口を用いて公民権運動を中心的な題材としている。
  • ジェニーが憧れるジョーン・バエズは、実際に公民権運動や反戦運動に積極的に参加していたフォーク歌手で、ボブ・ディランとの共演などでも知られる。ジェニーにストリップ小屋で裸でギターを弾かせるシーンでは、制作スタッフがDVDのオーディオ・コメンタリーで「ジョーン・バエズが彼女の理想像だ」とコメントしている。
  • 作品中でジョン・レノンがフォレストと対談するシーンがあるが、DVDのオーディオ・コメンタリーで「フォレストから『イマジン』の作曲のインスピレーションを得た(という架空のエピソード)」と説明されている。
  • DVDのオーディオ・コメンタリーの中でゼメキスは、反戦運動に身を投じるジェニーを「セックスドラッグロックンロール」に喩え、何も知らずにベトナム戦争に参加するフォレストを「古き良きアメリカ」と表現している。

受賞/ノミネート

パロディ

リメイク

ババ・ガンプ・シュリンプ(テーマレストラン)

外観
店内の様子

1996年、劇中に登場する「ババ・ガンプ・シュリンプ」をモチーフにしたシーフードレストランババ・ガンプ・シュリンプ・カンパニー」が設立された。2012年現在アメリカを中心に世界で20店舗を展開。

日本の支店は、東京後楽園ラクーア内「ババ・ガンプ・シュリンプ東京」と、大阪ユニバーサル・スタジオ・ジャパンに隣接したユニバーサル・シティウォーク大阪内「ババ・ガンプ・シュリンプ大阪」と、東京・江東区豊洲ららぽーと豊洲内の3店舗である。株式会社WDIにより運営されている。

脚注

  1. ^ a b c Forrest Gump (1995)”. Box Office Mojo. 2009年12月1日閲覧。
  2. ^ 日本映画製作者連盟1995統計
  3. ^ ゆえに原題の「Forrest Gump」は、主人公の姓名という以外に「うすのろフォレスト」「間抜けフォレスト」の意にも取れる。
  4. ^ 意訳であり、直訳は「人生は箱に入ったチョコレートみたいである。食べなければ知ることは出来ない。」である。なお原作でのフォレストのセリフは「人生はチョコレート箱じゃない」という全く逆の言葉である。
  5. ^ フォレストはこの様子を「豆とニンジンのようにいつも一緒にいた」と回想している。
  6. ^ このフットボールチームのモデルは大学フットボールの名門クリムゾンタイドで、当時のアラバマ大学フットボール部の監督はポール・“ベア”・ブライアントである。
  7. ^ フォレストの母が民宿を営んでいた。
  8. ^ [file:///C:/Users/owner/Downloads/gk0142_11%20(1).pdf 『フォレスト・ガンプ一期一会』に見る アメリカ保守主義]

外部リンク