フェルディナン・バック

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フェルディナン・バック(Ferdinand Bac、(フェルディナンド・ジギスモント・バッハ(Ferdinand de Sigismond Bach)、1859年 - 1952年)は、ドイツイラスト画家、兼作家。特にポスター画や愉快なイラスト風刺画で知られるが、一方で別荘開発を手がけ、「庭はそれ自身の中に宇宙全体を持つ」という言葉などとともに、そのデザイン思想性はルイス・バラガンに多大な影響を与えた。本名のほか「カブ」(Cab)の筆名がある。ドイツ・シュトゥットガルト生まれ。

略歴

父でナポレオンの甥にあたるジェローム・ボナパルトヴェストファーレン王、カール・フィリップ・ハインリヒ・バックの息子に生まれる。父が再婚してからの子ども。幼少期はオーストリアで過ごし、ドイツ語圏とフランス語圏の伝統の間の仲介役を務めた偉大な文化人となる。ベル・エポック時代のパリに渡りファッション関係の方面で活躍し、イヴェット・ギルベール、アルフレッド・モスらとも交流。その後アルベール・ロビダに師事し、ここから彼は風刺する方面に専念。パリの時代における風俗の描き手となって1880年頃を中心に、当時の絵入り娯楽雑誌などで多くの挿絵を寄稿した。 その後2巻に渡る「古きドイツ」(La Vieille Allemagne)といった著作を出したころからは文字や彼のドイツの幼年期とイタリア都市の物語についての物語に関する数多くの本を出版した。

しばらくして健康上の理由のため、その後1912年からマントンのコロンビエール(Colombières、avenue Blosco-Ibanez)・ヴィラCroissetを開発するために南フランスで過ごし始める。 そこで各フロアを地中海諸国に触発されて地中海の庭園の中央に豪華な住居に、この古い建物を改築させる。 彼は思考や自分の仕事、自分の欲望や計画を何冊かの本で記録している。 現在バックの仕事は、ほとんど何も現地に残っていない。1975年頃、建てられた3つの建物の一つによって敷地を占めている。

参考

  • 「エクスナレッジホーム/Vol.13」エクスナレッジ 2003年
  • 「5436 ルイス・バラガンのグアダラハラにおける初期住宅作品について : フェルディナン・バックのスケッチのとの相同性について(メディア分析,建築計画I)」