パン
パン(葡: pão、西: pan、仏: pain、伊: pane、アラビア語: خبز)とは、小麦粉やライ麦粉などに水、酵母、塩などを加えて作った生地を発酵させた後に焼いた食品(発酵パン)。変種として、蒸したり、揚げたりするものもある。また、レーズン、ナッツなどを生地に練り込んだり、別の食材を生地で包んだり、生地に乗せて焼くものもある。生地を薄くのばして焼くパンや、ベーキングパウダーや重曹を添加して焼くパンの中には、酵母を添加せずに作られるもの(無発酵パン)も多い。これらは、多くの国で主食となっている。
日本語および朝鮮語・中国語での漢字表記は麺麭(繁体字: 麵包、簡体字: 面包)。
歴史
テル・アブ・フレイラ遺跡で最古の小麦とライ麦が発見されている。麦は外皮が固いため炒ったり、石で挽いて粉状にしたものに水を加えて煮て粥状にして食べ始めたと発掘物から推定される。また、チャタル・ヒュユク遺跡の後期において、パン小麦(寒暖に強いため広範囲で栽培でき、グルテンが多いため膨らますことができる)が発見されている。なお、パン小麦の親が二粒小麦(野生種同士の一粒小麦とクサビ小麦の子)と野生種のタルホ小麦であることを発見したのは木原均である[1]。
トゥワン遺跡(スイス)の下層(紀元前3830-3760)からは「人為的に発酵させた粥」が発見され、中層(紀元前3700-3600)からは「灰の下で焼いたパン」と「パン窯状設備で焼いたパン」が発見されている[2]。粥状のものを数日放置すると、天然の酵母菌や乳酸菌がとりつき、自然発酵をはじめ、サワードウができる。当初これは腐ったものとして捨てられていたが、捨てずに焼いたものが食べられるだけでなく、軟らかくなることに気付いたことから、現代につながる発酵パンが発明されたと考えられている。
パンは当初、大麦から作られることが多かったが、しだいに小麦でつくられることのほうが多くなった。古代ローマ時代になると、パン屋も出現した。ポンペイから、当時のパン屋が発掘されている。すでに石でできた大型の碾臼(ひきうす)が使われていた。ポンペイで出土したパンとほぼ同一の製法・形のパンは現代でも近隣地方でつくられている。この時代から中世までは、パンの製法等には大きな変化はなかった。
その後、大型のオーブンの発明や製粉技術の発達により、大規模なパン製造業者が出現した。近代に入って酵母から出芽酵母を単一培養したイーストを使ったり、これらの代わりに重曹やベーキングパウダーで膨らませたパンも作られるようになったほか、現代では生地の発酵の管理にドゥコンディショナーを用いるなど発酵の技術の向上もみられる。
日本
日本では、古くは「蒸餅」、「麦餅」、「麦麺」、「麺包」とも表記したが、現代日本語ではポルトガル語のパン(pão)に由来する「パン」という語を用い、片仮名表記するのが一般的である。フランス語(pain)やスペイン語(pan)でもパンという。また日本語を経由する形で、韓国より少々長く日本による統治を受けた台湾でも、台湾語、客家語などでパンと呼び、また、韓国でも、韓国語でパン(빵)と呼んでいるが、これも日本統治時代に日本語を経由して借用されたと考える説がある。
ポルトガルの宣教師によって西洋のパンが日本へ伝来したのは安土桃山時代だが、江戸時代に日本人が主食として食べたという記録はほとんど無い。一説にはキリスト教と密着していたために製造が忌避されたともいわれ、また、当時の人々の口には合わなかったと思われる。江戸時代の料理書にパンの製法が著されているが、これは現在の中国におけるマントウに近い製法であった。徳川幕府を訪れたオランダからの使節団にもこの種のパンが提供されたとされる。
1718年発行の『御前菓子秘伝抄』には、酵母菌を使ったパンの製法が記載されている。酵母菌の種として甘酒を使うという本格的なものであるが、実際に製造されたという記録はない。 最初にパン(堅パン)を焼いた日本人は江戸時代の末の江川英龍とされ、彼を日本のパン祖と呼ぶ。日本人にパンが広く受け入れられるのは明治時代からで、あんパンの発明やテオドール・ホフマンが桂弥一(軍人)にパン食を勧めて脚気が治り評判となっていた。このあんぱんを皮切りとして、特に惣菜パンや菓子パンと呼ばれる具入りのパンが発達してきた。また日本海軍では1890年(明治23年)2月12日の「海軍糧食条例」の公布によっていち早くパン食が奨励されていた(日本の脚気史 参照)。
現在、日本においてパン食の割合が特に高いのは近畿地方である[3]。
原料
一般的に生地に用いられるものは次のようなものがある。
また、大規模工場での製造によくつかわれるものとして上記の他に下記がある。
生地以外に、ナッツ類、ドライフルーツ、ジャム、肉類、チーズ、生クリーム、豆類、野菜類、各種調味料などを用いる場合もある。
種類(地域別)
フランス
- パン (Le pain, 400 g のパン、バゲットとともに最も一般的)
- バゲット (La baguette, パンより細くて、250 g)
- ペティ・パン(プチパン)(petits pains, 12cmぐらいのミニバゲット)
- ブール (La boule, 玉の形)
- ミシュ (La miche, 1 kg)
- フィセル (La ficelle)
- バタール (Le bâtard, バゲットと同じ重さで、パンと同じ太さ)
- エピ (L'épi)
- パン・クーペ (Pain coupé)
- パン・ド・ドゥ・リーヴル (Pain de deux livres)
- パン・ド・ミー (Pain de mie, 食パン)
- パン・ド・カンパーニュ (Pain de campagne)
- パン・ド・セグル (Pain de seigle)
- パリジャン (Le Parisien)
- ファンデュ (Le fendu)
- リュスティク (Pain rustique)
- パン・オー・ルヴァン (Pain au levain)
- パン・オ・ヌワ (Pain aux noix, くるみパン)
- ヴィエノワズリ (Les viennoiseries, 菓子パン)
ドイツ
- ヴァイツェンブロート (Weizenbrot)
- キプフェル (Kipfel, Kipferl)
- ブレートヒェン/ゼメル (Brötchen/Semmel)
- ゾンタークスブロート (Sonntagsbrot)
- ツォプフ (Zopf, ツォプ)
- ブレーツェル (Brezel, プレッツェル)
- ロゲンブロード (Roggenbrot)
- プンパニケル (Pumpernickel)
- ホルン (Horn, Hörnchen)
- シュトレン (Stollen)
- ミシュブロート (Mischbrot)
- バウアーンブロート (Bauernbrot)
- 乾パン (Hartkeks)
- キューヘレ – 小麦粉・塩・バター・酵母を混ぜ平らにし一晩寝かせ低温で揚げシナモン・粉砂糖をかけ完成となるバイエルン料理。
イタリア
- グリッシーニ (Grissini)
- パネットーネ (Panettone)
- パニーニ (Panini)
- フォッカッチャ (Foccaccia)
- ロゼッタ (Rosetta)
- ピザ (Pizza)
- パーネ・カラザウ (Pane Carasau)
- パンドーロ (Pandoro)
- スフォリアテッレ (Sfogliatelle)
- チャバッタ (Ciabatta)
イギリス
- スコーン (Scone)
- イングリッシュ・マフィン (English muffin)
- ホットクロスバン (Hot cross bun)
- ウェルシュケーキ (Welsh cake)
- イングリッシュ・ブレッド (White bread, 食パン)
- クランペット (Crumpet)
その他のヨーロッパ地域
- デニッシュ(デンマーク)
- クリングル(デンマーク、Kringle)
- セムラ(スウェーデン)
- クリスプ・ブレッド(北ヨーロッパ)
- ババ(ロシア、ウクライナ、ポーランド)
- ピロシキ(ウクライナ、ベラルーシ、ロシア)
- チェブレキ(クリミア)
- ソーダブレッド(アイルランド)
- ツレキ(ギリシャ - ブリオッシュに似た生地で作る復活祭用のパン)
- チョレキ(トルコ - ブリオッシュに似た生地で作る復活祭用のパン)
- クック・ド・ディナン(ベルギー - 小麦粉と蜂蜜が原料の壁紙に使われる長期保存用のパン)
- ピサラディエール(モナコ–薄いパンに、ペースト状に炒めたたまねぎを乗せ、更にその上にアンチョビとブラックオリーブを乗せる)
北アメリカ
- ベーグル (bagel, 中欧起源)
- ハッラー (challah, 中欧起源)
- ビアリ (bialy, 中欧起源)
- シナモンロール (Cinnamon Roll, 中・北欧起源)
- ビスケット (biscuit, 英国起源)
- スコーン (scone, 英国起源)
- ピザ (pizza, イタリア起源)
- コーンブレッド (cornbread)
- トルティーヤ (tortilla)
- マッツォ (matzo, 中欧起源)
- フライブレッド (frybread)
- マフィン (Muffin, 英国起源)
アメリカ合衆国とカナダでは、イーストの代わりに重曹とベーキングパウダーで膨らませた、発酵いらずのパン(クイックブレッド)の種類が豊富である。
南アメリカ
- ポン・デ・ケイジョ Pão de Queijo(ブラジル)
- クニャペ Cuñape(ボリビア)
- サルテーニャ Salteña(ボリビア)
- アレパ Arepa(コロンビア、ベネズエラ)
- エンパナーダ empanada(ブラジルなど)
インド・中近東
- ナーン Naan(インド、イラン、中央アジア)
- チャパティ Chapati(インド、パキスタン、アフガニスタン)
- プーリー Puri(インド)
- ロティ Roti(インド、マレーシア、シンガポール、トリニダード・トバゴ)
- ピタパン Pita(中近東)
- ホブズ Khubz(中近東)
- チョレギ choreg(アルメニア - ブリオッシュに似た生地で作る復活祭用のパン)
- チョレキ çörek(トルコ - ブリオッシュに似た生地で作る復活祭用のパン)
- ハッラー Challah(イスラエル)
- マッツァー Matzah(イスラエル)
アフリカ
日本
中国
- パイナップルパン(ポーローパーウ)
台湾
韓国
東南アジア
パンを利用した料理、再加工品
- トースト
- フレンチトースト Le pain perdu(パン・ペルデュ)(固くなったパンを利用して、卵、牛乳と砂糖を追加して、フライパンで焼く)
- ハニートースト
- ブレッドプディング
- ラスク
- ハンバーガー
- チビート
- ホットドッグ
- 惣菜パン
- サンドイッチ
- パニーニ
- ハトシ
- カナッペ
- ギロピタ
- タコス
- ブリート
- ガスパチョ
- チーズフォンデュ
- エッグベネディクト
- ミガス
- パン粉
ホームベイク
ホームベーカリーがなくても家で簡単に焼きたての味が味わえるパン、パート・ベイクド・ブレッド(part-baked bread)などもあり、半焼き状態で売っていて、オーブンでさらに焼いて食べる。
日本におけるパン製品の表示
農林物資の規格化及び品質表示の適正化に関する法律(JAS法)および「包装食パンの表示に関する公正競争規約」に基づき、表示が決められている。
JAS法では、原材料や製造方法に応じて「食パン」「菓子パン」「パン」の3つに区分される。さらに市販食パンについては、上記公正競争規約による表示内容が決められている。
関連項目
- 菓子パン
- 惣菜パン
- 保存パン
- 小麦粉
- バター
- マーガリン
- ジャム
- 食物アレルギー
- ケーキ
- 饅頭
- 製パン(製パン業者一覧を含む)
- 米粉パン
- トレンチャー (食器) - 中世に使われた、固くなったパンでできた食器。
- 焼きたて!!ジャぱん - パンを題材とする漫画。
- それいけ! アンパンマン - 多数のパン(多くは菓子パン・惣菜パンの類である)のキャラクターが登場する絵本。
- こげぱん - 焦げたパンが主人公の絵本。
- 消しパン - かつて鉛筆で書かれた文字を消すのにパンが用いられていた。また美術デッサンでは消しゴムは紙を痛めるためパンを使用することがある。
- バヌトン
脚注
参考文献
- スティーヴン・L・カプラン 吉田春美 訳『パンの歴史』河手書房新社 ISBN 4-309-22420-2
- フィリップ・ビゴ 『フィリップ・ビゴのパンリンク』柴田書店 ビゴの店HPはこちら
- 足立巖 『パンの明治百年史』 パンの明治百年史刊行会 昭和45年9月1日
外部リンク
- 社団法人日本パン工業会
- 全日本パン協同組合連合会
- 社団法人日本パン技術研究所
- おいしいパン.net(パン食普及協議会)
- パン類品質表示基準