パイプ (たばこ)
パイプとは、主にアメリカやヨーロッパ等で使われる喫煙具である。刻みたばこに香料を加えたものを詰めて吸う。
概要
パイプ(筒状になった器具・この場合は専用のもの)の片方に乾燥などの加工を行ったタバコの葉を詰めて火をつけ、もう一方の端から吸い込んで行われる喫煙は、南アメリカの一部のインディオと、アメリカ合衆国の本土全域でインディアンが行っている先住民族の文化が、新大陸を求めヨーロッパから渡来した者たちに伝えられ、さらに彼らから世界各地に伝播していったものである。
この過程において世界各地には現地で発達した様々な喫煙具も登場したが、基本的には南北アメリカのインディアン民族が行っている「パイプによる喫煙」が原型となっており、今日筒状の喫煙具を使う喫煙手法は等しくパイプ喫煙とその変形とみなすことができる。
ただ後に、工業化と大量生産手法の確立によって、喫煙の主要な方法はその簡便さから紙巻きたばこに切り替わっていき、アメリカインディアンのパイプによる喫煙は儀式のためのものとして、ヨーロッパに渡り独特のスタイルとして確立されたものはその煩雑さから趣味性の高いものとしての性格がより強められている。本項概要では歴史的経緯からアメリカインディアンのパイプ喫煙と、ヨーロッパで喫煙方法として円熟した所謂「パイプ喫煙」とを平行して扱うが、それ以外の節で特に断りがない場合は、ヨーロッパで発達し世界各地で愛好されているスタイルのパイプ喫煙について述べる。
歴史
インディアンにとってのパイプ
この喫煙具の発掘物は紀元前にまでさかのぼり、おそらく喫煙方法の発生した最初期から利用されていた方法で、メソアメリカ地域や、現在でいうアメリカ合衆国内のインディアンたちの喫煙方法が、細長い筒状の喫煙具を使うものであった。1519年にエルナン・コルテスが接触したアステカ族がパイプによる喫煙を行っていたことが記録に残されている。
アメリカ合衆国のインディアンは、パイプにつめる煙草の葉に、黄ハゼの葉やクマコケモモ、柳の樹皮、「キニキニック」という薬草などを混ぜて香りをつける。パイプはパイプバッグと呼ばれる特別な包みで、大切に保管される。これらは現在も変わらない。
インディアンたちのパイプは宗教道具としての意味が強く、あらゆる儀式には必ずパイプの回し飲みが行われ、また重要な事柄に取り掛かる前にも、必ず準備段階としてパイプが使われる。パイプと煙を使って、天上の精霊と通信するためである。ことに平原のインディアンがティーピーの中でパイプをくゆらせ、その煙が上方へ立ち昇る様子は、宇宙と一体となる象徴性に満ちている。現在、土産物屋でインディアンのパイプが売られている現状に、20世紀スー族の呪い師、ヘンリー・クロウドッグは「インディアンのパイプは、白人にとっての聖書であるから、別にかまわない」と述べている。
インディアンがパイプを回し飲みして誓いを立てることは、キリスト教徒が聖書に宣誓することと同義である。シャイアン族は、カスター中佐が「リトルビッグホーンの戦い」で戦死したのは、その死の7年前に「和平のパイプの儀式」をカスターが拒否したための報いであると現在も言い伝えているほどである。アメリカ・インディアンの儀式のパイプは、呼び名は部族によって違うが、英語では「カルメット(Calumet)」と呼ばれている。
アメリカ合衆国のインディアンのパイプの火皿(ボウル)は、様々な石を掘って作られた。もっとも一般的なのは、ミネソタ州の「パイプストーン」特産の「カトリナイト」(画家のジョージ・カトリンの名から採られた)という赤い石を使って作られるものである。このカトリナイトはスー族が「先祖の血が固まったもの」と言い伝える神聖なもので、その採掘権は現在、インディアンのみが占有する。
コロラド州のユテ族は「サーモン・アラバスター」、ミシシッピ流域のクリーク族やチェロキー族は「ブルーストーン」や「クレイ(粘土)」で火皿を作った。火皿を彫るのは伝統的に男性の仕事で、動物やまさかりなど、様々な形に彫刻され、磨きあげられて使われた。パイプの柄は、西洋トネリコや柳、ハコヤナギの枝の芯の軟らかい部分を取り除いたもので作られた。
また、パイプは和平の象徴ともされ、部族間のパスポートの役目を果たす。現在でもインディアン社会ではパイプの役割は変わっていない。スー族など、「聖なるパイプ」を代々守り伝えている部族は多い。
西洋におけるパイプ
スペインから欧州に広がる過程では、当初こそ現地の喫煙具がそのまま利用されていたものが、次第に各地で独自の喫煙具が制作されるようになり、利用されていった。フランスの船主ジャン・ダンゴ (Jean d'Ango, 1480-1551) の記述によれば、1525年に船員の一人がクレイパイプを使用していたという。[1]
クレイパイプは中世の長い間、ヨーロッパのパイプ喫煙法の主流であったが、破損しやすく長期的な利用が困難という欠点があった。18世紀から19世紀に掛けて、オスマン帝国(現在のトルコ)領内でメシャム(セピオライト)の原石が産出されるようになると、ヨーロッパの貴族階級の間では美しい造型に加工されたメシャムパイプが流行し、「パイプの女王」と称されるようになった。今日、ブライヤパイプで「クラシックシェイプ」と呼ばれる造型のパイプは、クレイ・メシャム時代に作られたパイプの基本様式を下敷きとしている。
19世紀後半、仏領アルジェリアや英領ナイジェリア等のアフリカ大陸の植民地領内や、イタリア領コルシカ島などでブライヤが特産品として産出されるようになると、ブライヤパイプが急速に普及し始め、瞬く間にパイプ材の主流となっていき現在に至っている。
一服あたりの喫煙時間は、葉の銘柄や詰め方にもよるが、平均的には30分から1時間で、人によっては2時間を超え、パイプスモーキング大会など喫煙時間を競う国際大会も存在する。
欧州では19世紀ごろまでは労働者等の大衆の喫煙方法とされて(モンティ・パイソンのスケッチの中にも、炭鉱夫がパイプをふかしている場面がある)おり、上流階級は高価なケースに詰めた嗅ぎたばこや、加工に手間の掛かる(吸うときには簡単な)紙巻たばこを使用していた。日本のパイプ愛好家の中には、プロレタリアート文化に触発されてこれを好む者も少数ではあるが見られる。パイプは手を添えなくてもよいので、20世紀に入ると、作家や設計士など両手を使って机仕事をするホワイト・カラー層が愛好するようになった。1990年代以降のシガー(葉巻きたばこ)ブームに関連して、または近代ヨーロッパを扱う文学作品にも度々登場するなどその趣味性の高さから、近年では再び愛好者層が増えている。2000年代より、これらパイプ用の喫煙具を扱う通販サイトも増加傾向が見られる。また、煙草を入れずに咥えるだけという楽しみ方も存在する。
このように熱心な愛好者を持つパイプ喫煙だが、両切りたばこを除く紙巻き煙草と違ってアセテート繊維製のフィルターを備えていないパイプではヤニやタールなどが歯の裏など直接口腔内を汚す傾向もあったり、また器具を用いる事から手間が掛かるなど、好みの別れる喫煙方法である。喫煙に関する健康問題があり、また、癖の強い煙草も少なくないため、同じ喫煙者どうしでも喫煙場所を選ぶ傾向は葉巻き同様である。
日本でのパイプ
日本では、西欧文明が急速に流入した明治・大正期、敗戦と共に欧米文化が再解禁された戦後復興期(1945-1950年代初頭)、紙巻煙草と肺喫煙での健康問題が話題となり始めた高度成長期(1970年代)、そして2000年代以降のインターネットを通じた若者層への広がりなど、過去数度に渡りパイプ喫煙が広がりを見せた時期が存在し、現在のパイプ喫煙者人口は概ね上記の時期に青年期を過ごし喫煙を開始した世代が顧客群を形成している。
しかし、日本には一回の喫煙量が少ないものの類似する煙管がある事、紙巻煙草が普及した事などからパイプはあまり普及せず、趣味性の強い喫煙方法と見なされている。更に、昨今の禁煙・分煙化の影響から街中でパイプを咥える人はほとんど見られなくなった。
パイプメーカー
日本での大量生産の喫煙パイプは国外輸入品を含め柘製作所が長年独占状態にあったが、近年では有田静生を始めとするパイプ作家が個性的な作品を発表している。なお柘製作所のブライアパイプは安定した品質を保っており、国際的にもスタンダードパイプとしての地位を獲得、喫煙時間競技にも正式採用されているほか、イケバナブランドを標榜する職人による一点もの高級パイプも手掛けている。国産パイプメーカーとしては、柘製作所の他に深代喫煙具製作所が量産するローランドブランドや、一点もの高級パイプのツトムブランドを手がけている。また、原木を少し加工したブライアを自ら加工して自分オリジナルのパイプを作る愛好家もおり、日本国内でもそういったキットが販売されている。
その他の有名なパイプメーカーとして、各国に以下のような様々なメーカーが存在する。(以下は国名ABC順)
- アンドレアス・バウアー(Andreas Bauer) - オーストリアの代表的なメシャムパイプブランド。現在は トルコにて製造。
- スタンウェル(Stanwell)・W.Ø ラールセン(W.Ø Larsen)-- デンマーク
- ブッショカン(Butz-Choquin)・シャコム(Chacom) - フランス
- ファウエン(Vauen) - ドイツ
- ピーターソン(Peterson Pipes) - アイルランド
- サヴィネリ(Savinelli)・ブレビア(Brebbia)・マストロ・デ・パヤ(Mastro De Paja) - イタリア
- 柘製作所・深代喫煙具製作所 - 日本
- ビッグベン(Big Ben Pipes) - オランダ
- ダンヒル(Alfred Dunhill)・パーカー・オブ・ロンドン(Parker of London)・ハードキャッスル(Hardcastle) - イギリス
- ミズーリ・メシャウム(Missouri Meerschaum) - アメリカ合衆国の代表的なコーンパイプブランド
なおピーターソンの製品は、後述する内部のジュース溜まりを防ぐ「ピーターソンシステム」や「ピーターソンリップ」と呼ばれる舌表面に濃厚な煙が留まらず舌が痺れない独特の構造を持つ。また全く違う方法だが、アメリカの「カーステン」もジュース溜まり対策をしたパイプを製作している。
構造と種類
フィルタが存在せず煙路が長いため煙温も低く、紙巻きに比べたばこを味わうのに向いている。また、落ち着いて吸わないと途中で火が消えてしまうので、喫煙という行為を時間を掛けて楽しむ喫煙具と言える。パイプの手入れと平行して吸わなければならない点や、継続的な火の管理などで熟練を必要とし、一部好事家の中には「所定のパイプで同量の煙草を如何に長く持たせるか」という競技も存在している。
材質
パイプの材質には、今日手に入るものとしてはパイプの王様と形容されるブライヤ(ブライア)のほかに、パイプの女王と称されるメシャム(ミアシャム、メアシャム、海泡石とも呼ばれる。鉱物セピオライトの原石)、素焼き陶器(クレイ)、瓢箪(キャラバッシュ)・コーンコブ(corncob=玉蜀黍の芯→コーンパイプ)、オリーブ、鉄、ステンレス、ガラスといった様々な物が存在する。
第二次世界大戦前後には国際流通網の麻痺によるブライヤ材の世界的な不足により、楓材や桜材、ビラン材やカシオシミなど、今日ではパイプ材として利用される事が無くなった様々な木材が代用ブライヤとして利用されていた事もある。
吸い口には今日では主に適度な硬さと柔らかさを兼ね備え耐久性もあるエボナイト(天然ゴムの高加硫素材)やアクリル樹脂が使われるが、両者には一長一短[2]がある。安価なコーンパイプでは安価なプラスチックであったり、クレイパイプに至っては素焼き陶器の表面に塗料が塗られている(それすら簡略化された製品もある)。高価な製品では、琥珀など天然の素材も使われる[3]。かつては象牙も使われたが、入手が難しくなってからは骨董にそういう製品が見られるくらいである。
スタイルと構造
パイプには様々な伝統的形状が存在し、中でも特にスタンダードなブライヤパイプは、その外見の違いが多数あるのも特徴的である。項目冒頭写真で見られるような吸い口から一旦落ちて煙道が伸び火皿に至る「ベント」のほか、ストレートで扱い易い万人向けの「ビリアード」、ストレートながら火皿が丸っこい「アップル」、ベント型の煙道にそろばんの玉のような形の火皿を持つ「ローデシアン」、ストレートに近いがやや無骨で寸詰まりな「ブルドッグ」、優美に長い煙道を持つ「チャーチワーデン」など、様々なタイプがある。
その一方で、カーステンなどのパイプのように、近代的な工学思想に基づいて工夫されたものあり、伝統的なスタイルのパイプを好むユーザーもいれば、創意工夫が凝らされ便利な機能を持つパイプを好むユーザーもいる。
初心者がパイプ喫煙を始める場合、格好の良さから好まれるのは「ベント」であるが、煙道の掃除などメンテナンスのことを考えると「ビリアード」などのストレートタイプが最も楽である。またホームズシリーズ中『黄色い顔』には客の忘れたパイプから、その人の人相・風体を推理する描写もあるが、一般にパイプを選ぶ際には自身の体格に似たパイプを選ぶべきだとされている。[4]
実際に欧州の老舗のパイプ店にはパイプ選びの際に購入者が実際にパイプを銜えた様子を自分の目で確かめる為に三面鏡が用意されている店も存在する。また、極めて熟達したパイプ販売店員の中には、客の風体を一度観察しただけでその客に最も似合うパイプを選び出す技能を有している者も存在する。しかし、実際にはそうした店は極めて稀少である為、パイプを購入する際にはメーカーや仕上げ、価格などのみに囚われることなく、可能であればパイプを手に取り、銜えてみて自分にとって最も使いやすい形を確かめて購入する事が大事である。
具体的には、初心者が初めてのパイプを選ぶ際には次の2点に特に注意して選定を行う事が望ましい。
- 煙道の穴が火皿の中心に正確に出ているか否か。
- 煙道の穴が左右に偏っている場合、喫煙の終わり頃に片燃えして綺麗に燃え切らない事が多くなる為、避けた方がよい。
- 煙道の穴が火皿の底に正確に出ているか否か。
- 煙道の穴が火皿の底に出ていない物は中間煙道と呼ばれ、熟練者の中には余分な水分(ジュース)が溜まってくれるとしてこれを好む者も稀に見受けられるが、一般的には煙道の穴より下のたばこは非常に燃えにくくなる為、初心者は避けた方が無難である。
また、パイプは丁寧に扱えば非常に長期間(場合によっては数代に渡って)使用できるものの為、故人の遺品として残ったようなパイプでも専門店できちんとした再生工程(火皿のカーボン削りや吸い口のダボの再調整など)を施せば、再び使用する事も可能である。この為、海外では年月が経過したパイプでもエステートパイプとして再流通が行われる市場が存在している。
特殊な機能性を有したパイプ
一般的なパイプはボウルと吸い口の間には金属製のヤニ止めが設けられている程度の簡素な構造を持つものが大半であるが、システムパイプと呼ばれるパイプの場合、特殊なヤニ止めや煙道の中途にジュース溜まりと呼ばれる空間を設けて、喫煙により発生する水分を積極的に滞留させる構造が採られている。 また、通常ヤニ止めが設けられる吸い口の穴を大きく広げ、専用のチャコールフィルターを装着できるような構造となっているパイプも存在する。
システムパイプの場合には煙の水分が強制的に除去される為に、ジュースの滞留や逆流による火皿内部での燃え残りが起こりにくい反面、喫煙者の口腔に取り込まれる煙も水分が少ない状態となる為に、通常のパイプと同じ感覚で喫煙すると口腔を火傷しやすくなるデメリットが存在する。この為、システムパイプを使用する場合には一般のパイプよりも意識的にゆっくりと喫煙するように心がける事が大事である。
使用による変化と扱い
ブライヤやメシャムを素材としたパイプでは、使い込んで美しい模様が出たものが高値で取引される中古市場もあるという。ただ、コーンパイプなどは半年~2年程度で寿命を迎え、ブライヤパイプでも吸い切った後に十分乾燥させずに再度たばこを詰めて吸うなど扱いが悪いパイプは、湿り気が抜けずに火皿が割れるなど寿命が短くなる傾向がある。このため、パイプ愛好者にあっては、何本かのパイプをローテーションで使い分けることも行なわれる。また、文字通り「パイプを休める」ための「パイプレスト」と呼ばれる専用のパイプを置く台さえ広く流通している。
パイプは長期間使用するため、ゆっくりとパイプ全体にヤニの琥珀色が滲み込むことでも知られる。そのヤニによって風格をかもす度合いを早く変化する順に並べると、以下のようになる。
- クレイ(陶器)
- メシャム(石材)
- オリーブ
- キャラバッシュ
- ブライヤ
クレイパイプは比較的すぐに表面にヤニが滲み出すが、メシャムに至っては長年丁寧に使われたパイプは琥珀色の美しさを醸し出し、その過程も愛好家の楽しみの一つである。なおこういった使い込まれたパイプの売買も見られ、老舗喫煙具店の中には中古パイプの売買を手掛ける所も見られ、ことメシャム製パイプでは長年に亘って使い込まれた褐色の風合いが美しいものに高値がつくこともある。ブライヤなど木質のものでは、その木目に沿ってヤニが滲むこととなるが、これを磨き込むことで更に風格がかもされる。なおコーンパイプの場合は煙道(シャンク)にヤニが滲むことがあるが、ボウル部分に風合いある変化を与えるほど長持ちさせるには、扱いに細心の注意を必要とする。
木目
木材の一種であるブライヤパイプには特徴的な木目が浮かぶことで知られているが、その表面仕上げは大きく分けて3種類に分類される。
ひとつは表面が平滑に仕上げられた「スムース」と呼ばれるタイプで、ブライヤ表面に浮き出た木目を楽しむのに適している。スムース仕上げのものには表面がラッカーなどで厚く塗装されているものと、染料を木に染みこませた後にオイルフィニッシュで仕上げられているものに大別できる。前者は比較的安価なパイプに用いられ、様々な色合いの仕上げが出来る[5]反面、使用の経過によっては熱でラッカーが剥がれ落ちて見た目が醜くなってしまう事[6]も稀に見られる。また、木の表面が完全に密封されてしまう為に、喫煙によってボウルの木材に吸収された水分が放散されにくくなるとも言われている[7]。
もうひとつはブライヤ表面を加熱した後サンドブラストによって切削し、木目に沿った文様を浮かび上がらせた物で、「サンドブラスト」(あるいは単に「サンド」とも呼ばれる)と称されている。これは一般的にはブライヤの加工段階で傷[8]が発生した物を有効に再利用する為に用いられる仕上げの手法であるとされているが、欧州においては「加熱して打撃を与え、木を引き締める」作業工程が追加された物として、スムース仕上げよりも喫味 (きつみ:喫煙時の香り・風味などの煙の味わい)が良いパイプとして取り扱われている。サンドブラストは一般的に濃色や黒色のラッカーで塗装される事が一般的で、使用に従ってスムースと同様にラッカーがまだらに剥がれてくる事が多い。しかしスムースと異なり、この剥がれが「使い込まれた風合い」として肯定的に見られる事が多いとされる。
最後にパイプ作家本人の手により、何らかの手法でブライヤ表面に模様を刻んだ物で、これは「ラスティック」と呼ばれている。どちらかといえば、作家本人の個性や仕上げ技術を楽しむタイプともいえる。
なお、スムース仕上げにおいては「たばこの喫味の良し悪し自体には特に関係しない」とされているものの、縦方向に綺麗な柾目が出ている物を「ストレートグレイン」、一定方向に鳥目状の木目が大量に出ている物を「バーズアイ」、揺らぐような柾目が出ている物を「フレイムグレイン」、円周方向に柾目が出ている物は「リンググレイン」と称され、特に木理が細かく詰まった物は高級品として新品でも高値で取引される事がある。[9]
他の木材のパイプでもそれら木の性質が木目に影響し、更には木が自然に生長する生物であることから、それを使って作られた製品であるパイプにも、個体差と呼べるような違いとなって現れる。好事家によっては、店頭で好みの木目を同じデザインのパイプから選って購入することも行なわれる。また、高価なパイプほど材質を吟味していることから木目によって耐久性に影響が出ることも少なくなるが、安価なパイプでは使用条件にもよって耐久性に顕著な差[10]が出ることもある。
扱い
葉の分量は概ね、紙巻きたばこ3~4本程度である。ただし紙巻きたばこと違って、吸った煙は飲み込まず、口腔内でふかすようにして喫煙する。
パイプは紙巻たばこのように唇に軽く咥えるのではなく、「リップ」と呼ばれる部分を上下の歯で噛んで喫煙する。パイプ喫煙をすると、葉が盛り上がったり、灰が燃焼を妨げたりするので「タンバー」という専用の道具で、軽く押し付けてやらなければならない。途中で吸うのを止めるとパイプの中の火は酸欠で勝手に消えてしまうため、時間を空けて後で再点火して吸うことも可能である。ただし、中で汁が出るほど葉が極端に湿っている時は、パイプが傷む原因になるのでパイプレスト(パイプ用のスタンド)に立てかけて、余熱で程好く乾燥させた方が良いとされる。
更に、煙道にヤニが溜まるので「モール」という専用の道具で定期的に清掃する必要がある。また、吸い続けていると「カーボン」と呼ばれる炭素の塊が「チャンバー」(パイプの丸い煙草を入れる部分・火皿)内部にこびり付くので、「リーマー」という専用の道具で適度に削ると長持ちする。
また、タンパーやリーマーを合わせた道具である「コンパニオン」という道具もあり、一つ持つと便利な道具となる。
なお点火であるが、紙巻き煙草に比べると火が付き難く、臭気の強いオイルライターは向かない傾向がある。マッチでの点火は比較的用具が安価で入手しやすい。ガスライターは火皿に向けて火を噴出す専用のものが見られるが、一般的なガスライターよりやや高めである。なおターボガスライターは火皿が傷むので避けた方が良い。
このほか、パイプとタバコの葉・その他用具を携帯するための専用のポーチがある一方で、葉が過度に乾燥しないよう「ジャー」と呼ばれる密閉容器も見られる。特にジャーはブレンドして香料を馴染ませる際の必需品であるが、密閉できるなら食品向けの広口瓶やタッパーでも代用できないものではない。
ブレイクイン
初めてパイプを使用する場合は、「ブレイクイン」と呼ばれる、自動車のエンジンで言うところの慣らし運転のような期間を必要とする。このブレイクインでは、風味を楽しむことは重視されず、火皿内部に「カーボン」(「カーボンケーキ」とも)と呼ばれる炭化した層を形成することに主眼が置かれる。
ブレイクインでは、良好な炭化した層を形成させるために、最初は数回程度は控えめ(一般には1/2から1/3程度)に葉を詰めて吸う。これを吸い切るまで吸ったら、灰を取り除いて、パイプが自然に乾くまで置いて再び同様に吸うことを繰り返す。そこから徐々に葉を増やして吸うことを更に行っていく過程で、内部に炭化しさらにヤニや灰が固まった層が出来上がり、これがパイプ本体に過剰な熱が伝わらないようにする断熱材として機能し、パイプを保護すると共に内部の燃焼を助ける。この間は過剰にパイプを熱しないためにも、息を吹き込むなど吹かしたりはしない。
ただし、製品によっては予め擬似的にこのカーボン層を火皿内部に作ってある製品も見られ、またこのカーボン層形成を行うためのブレイクイン作業の内容も、諸説見られる。
なおこのカーボン層だが、過剰に付着すると火皿の内径を狭めるだけではなく、たばこの風味も損なう。このため前述したリーマーで過剰なカーボンを削り落とす。しかしリーマーで過剰に削ればやはり不都合もあるため、この扱いは熟練を要する部分でもある。
パイプ用の葉
パイプ煙草の場合、幾つもの葉をブレンドすることで銘柄毎の特徴があり、また加えられる香料によっても特徴が生まれ、愛好家に至っては自らブレンドを楽しんだり、ダビドフのような専門煙草メーカーにブレンドを依頼する場合がある。JTをはじめ世界各地の煙草メーカーはブレンド原料用のパッケージも販売している。
パイプ用の葉のブレンドには、呼び方にやや揺らぎがあるものの、概ね英国風(イギリスタイプ)・欧州風(ヨーロピアンタイプ)・米国風(アメリカンタイプ)の3種類があるが、その各々にはそれぞれ特徴がある。
- 英国風
- 水分が多くて香料は使わないか極めて少なく、ただし葉の方は銘柄によって癖の強いラタキア葉やペリック葉を使うなど、タバコ本来の香りを重視している。
- 欧州風
- やや乾燥しており、癖の強い葉は余り使われないが、香料に工夫が見られ香りが特徴的な銘柄が多い。
- 米国風
- 乾燥しており香料も様々で、軽めの風味のものから強い風味のものまでバリエーションが広い。欧州風に比べると香料はそれほど強くない。
また使われている葉のブレンドも様々であるため、これらは様々な銘柄を試すしかない。なお原産国が英国ないし米国だからといって、必ずしもブレンドがその通りとは限らず、例えば比較的何処でも販売されている「キャプテンブラック」は米国原産だが、英国風のブレンドである。
このパイプタバコの葉は種類によって異なるが、やや「しっとりと湿っている」ものが主である。このためパイプ喫煙をしていると、「ジュース」と言われるタバコの中の水分や唾液が「チャンバー」下部に溜まることがあり、喫煙を非常に不愉快にさせる。
銘柄によってタバコ本来の葉の味から、お菓子のような甘い風味まで味わえる物まであり、その喫煙スタイルは他の喫煙方法にはない非常に幅広い選択肢を持つ。初めは道具を揃えるのに投資が必要となる(パイプ自体は千円程度から数十万円まである)が、良質なパイプ数本を揃えてローテーションさせることで、一本のパイプは数年から数十年は使える。また紙巻煙草と比べて吸殻(=ゴミ)の少量化にも繋がる。
たばこの形状
パイプたばこはブレンド、製法により様々な形状を持つことが特徴である。それぞれの形状は葉の厚さ、燃焼性、保湿状況などを考慮して製品化されている。喫煙時には細かくカットされたものはそのままパイプに詰め、板状のものは揉み解してから喫煙するのが一般的である。以下に形状の種類を述べる。
- リボンカット
- 最も一般的なカット方法。刻み幅が2~3mm、長さが数センチのリボン状。
- ファインカット
- 紙巻たばこと同様の細かい刻み。小ぶりのパイプでのショートスモーキングに向く。
- ロングカット
- リボンカットやファインカットで刻みが長いもの。
- コースカット
- (またはラフ・カット、ブロードカットとも)不規則な荒いカット。
- フレイクカット
- ブロック状に圧縮して熟成させたケーキと呼ばれるたばこを2mm程度の厚さにスライスした形状。板状で喫煙前には良く揉み解すのが一般的。
- キューブカット
- 2ミリ前後の立方体にカットされたもの。フレイクカットをさらに刻んだものである。同様に喫煙前には揉み解すのが一般的。
- グラニュレイテッドカット
- キューブカットをあらかじめある程度ほぐしてあるもの。
- クランブルケーキ
- フレイクカット前のケーキ形状そのもの。ブロック状のたばこをほぐして喫煙する。
- ロープたばこ/ツイストたばこ
- タバコをロープ状に丸めて熟成させたもの。ナイフで切り取り揉みほぐして喫煙する。
たばこの種類
通常パイプたばこは複数の種類のタバコ葉のブレンドである。主要な種類を以下に示す。
この節の加筆が望まれています。 |
- バーレー
- ヴァージニア
- ケンタッキー
- オリエント
- キャヴェンディッシュ
- ブラックキャヴェンディッシュ
- ラタキア
よく知られたパイプ喫煙愛好者
日本ではダグラス・マッカーサーがコーンパイプを愛用していたことがよく知られており、日本のGHQ統治下における彼の写真には特徴的な丈の高いコーンパイプを咥えた姿が数多く残されている。アルベルト・アインシュタイン、ヨシフ・スターリンもパイプの愛好家として知られている。また、チェ・ゲバラは葉巻のイメージが一般的だが、私生活ではパイプを愛用していた。指揮者オットー・クレンペラーはパイプを銜えたまま寝てしまい火が燃え移り大火傷を負い、復帰に1年を要した。
日本人では作家の開高健、漫画家の藤子・F・不二雄、政治評論家の竹村健一、作曲家の團伊玖磨等が著名なパイプスモーカーとして知られている。
架空の人物としてはシャーロック・ホームズがキャラバッシュのベント型パイプを咥えている図が有名だが、これは元々舞台俳優のウィリアム・ジレットや英国放送協会(BBC)制作のテレビドラマシリーズの影響によるもので、原作にはキャラバッシュ・パイプは登場しない。原作でのホームズは、「陶製のパイプ」(クレイ・パイプ)、「ブライヤー・パイプ」を愛用しつつ、紙巻き煙草も賞賛しながら「お替り」するなど、別にパイプに拘っている訳ではない描写も登場する。なおジレットは、長丁場の台詞回しの間、ベント型で軽いキャラバッシュが咥え続け易いとして選んだという。
『ホビットの冒険』や『指輪物語』ではホビットやガンダルフなど主要登場人物にパイプ煙草を吹かす描写がしばしば登場しており、この中では陶器製パイプと思われる「割れていなければ」などとする表現も見られる。ちなみに物語では度々このパイプ喫煙が登場、ストーリーの伏線に用いられたりもしている。なお映画『ロード・オブ・ザ・リング』では、作中のパイプとして陶器製パイプが描かれた(ちなみに煙草はパイプ草と呼ばれている)。
脚注
- ^ このほか、古くからのタバコの利用方法としては大型の葉をそのまま巻いた葉巻のほか、噛みたばこや嗅ぎたばこ(スナッフ・snuff)があるが、こちらは火を点けて煙を吸引する喫煙とは異なる。喫煙方法として16世紀以降にヨーロッパから世界各地に広まったため、世界各地で様々な様式の喫煙用パイプが利用されており、シガレット(紙巻き煙草)の普及する19世紀までは一般的であった。アメリカで煙草を商業化させたのはジョン・ロルフである。一方の葉巻は、たばこの生産地ではその場で乾燥した葉を単純に巻いた素朴なものも利用されていたが、保存性や携帯性の上では、あまり一般向けではなかった。
- ^ エボナイトは熱を加えると変形させやすくなる為、加工しやすい利点があるが、紫外線や水滴などの影響で茶色に変色する欠点がある。色も、基本的に黒または焦茶色系に限定される。エボナイトの高級品に木目調の模様を持つカンバーランドが存在する。アクリルは変色が起きず、無色透明や琥珀調など様々な色調を出せる利点があるが、硬度が固い為加工しにくく折れやすい。
- ^ 但し琥珀は経年劣化により風化するように崩れる事が多く、ビンテージのメシャムパイプなどでは吸い口が欠損している場合などがまま見られる為、琥珀風アクリル製吸い口が普及した現在では一部の超高級品を除いては使われる事は少なくなっている。
- ^ たとえばずっしり猪首の者はブルドッグ、細身長身の者はビリヤード…などなど。ただ、喫煙用パイプは世に遍いているため、あまり約束事にばかり囚われず、いろいろ試すのも好事家の好むところである。
- ^ 場合によってはパテで埋めた箇所も分からないように仕上げる事が出来る。
- ^ 特にクリアラッカーによる表面保護策ではなく、カラーラッカーで直接色付けが行われた製品に顕著である。
- ^ その為、喫煙者によっては自らラッカー層をサンドペーパーなどで剥がしてしまう事例も見受けられる。
- ^ ブライヤの根瘤が成長する際、砂や石を抱え込む事で空洞が出来る。切削を行うとこの空洞が表に現れ、傷となるのである。通常、こうした傷はパテで埋められて最終仕上げが行われるが、全く無傷だった物は高級品としての仕上げが施される。
- ^ この傾向は特に安価な量産パイプを生産するメーカーから輩出されたものに顕著である。パイプ材の木取りから造型、仕上げに至るまで一貫して一人の職人が行う「ハンドメードパイプ」においては、ある程度以上の技量を持つ作者であれば木取りの段階から原木の木目を読み、ストレートやバーズアイを意図的に出す事を狙ってパイプを製作する事も可能である。しかし、量産パイプの場合は流れ作業で複数の職人が製造に関わり、パイプの形に整形された段階で初めて木目や傷の有無などからグレード選別と最終仕上げが行われる為、無傷の物で且つ完全なグレインが出る事は極めて稀であるとされる為である。
- ^ 具体的には、安いパイプには比較的樹齢が若いブライヤーや、時にはリアルブライヤーと呼ばれる根瘤ではなく茎や幹に近い部分が用いられる事もある為、吸湿を繰り返すと木材が当初整形された形から大きく変形してしまう事がある。丁寧に扱えば喫煙には問題なく、長く使用する事でそれなりの喫味に育て上げる事も不可能ではない為、実用本位でパイプを揃えるならばそれ程神経質になる必要は無い。
関連項目
外部リンク
- 日本パイプクラブ連盟(PCJ) - 日本各地のパイプクラブの連盟団体
- 国際パイプクラブ委員会(CIPC) - 世界各地のパイプクラブの連盟団体
- 株式会社 柘製作所 - パイプを中心とする喫煙具類を製作している会社
- ミネソタ州パイプストーン公園(英語)
- JPSC例会・第1回懇話会資料 内藤幸太郎氏講話 (PDF) - 東京・銀座の喫煙具店『菊水』社長の視点から見た戦後日本のパイプ史