ハリアー II (航空機)

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AV-8B ハリアー II

AV-8B ハリアー II(AV-8B Harrier II)は、マクドネル・ダグラス(現ボーイング)社が短距離離陸垂直着陸機ホーカー・シドレー ハリアーを基にスーパークリティカル翼揚力強化装置を組み合わせて開発した攻撃機である。

すでにイギリス軍での運用は終了したが、軽空母強襲揚陸艦、小規模な飛行場といった他機の活動が制約される環境下で近接航空支援と戦場航空阻止をこなすことができる唯一の攻撃機として、現在もアメリカを始め、数ヶ国で運用されている。


開発経緯

パタクセント・リバー基地(メリーランド州)で試験を行う海兵隊のYAV-8B ハリアー

アメリカ海兵隊ではハリアー GR.1の改良型であるAV-8A ハリアー1971年より部隊配備し、ホーカー・シドレー(現BAEシステムズ)社とマクドネル・ダグラス社はハリアー第二世代の開発に向けてパートナー・シップを結んだ。しかし、イギリス軍アメリカ軍は、打撃・航空阻止の任務においてはF-4F/A-18トーネード IDSといった攻撃機が必要であると考えていた。ハリアーは亜音速機の上、航続距離が短く、視程外射程(BVR)ミサイルを搭載できない。そのため、敵戦闘機と渡り合うことが困難で、電子機器が貧弱であり昼間攻撃しか行えず、対地攻撃任務の投入もその危険性を指摘されていた。

イギリス政府の支持を得られなかったホーカー・シドレー社は脱落したが、アメリカ海兵隊の認識は異なっていた。世界中に部隊を展開する上で滑走路航空機用シェルターなどコンクリートで守りを固められた基地は数が限られており、兵器庫や燃料庫は攻撃目標として選定されやすい反面、攻撃に対して脆弱であった。また、上陸侵攻直後には滑走路の確保自体に問題が生じる可能性があった。垂直離着陸機は、規模が小さく設備の不十分な飛行場でも活動でき、そこが利点となる。

アメリカ海兵隊は、武装搭載量の増大など、より実用的な垂直離着陸攻撃機を求めており、1975年にマクドネル・ダグラス社から提出されたハリアー改良案を了承した。これにより、オリジナルのハリアーに複合材料の導入などの軽量化策を施し、実質的な兵装搭載量を増大させたAV-8B ハリアー II(ハリアー・ツー)を開発することとなった。ハリアー IIは、AV-8A改造の試作機YAV-8Bが1978年11月9日に初飛行を行っている。量産開始は1982年

この機種をイギリス軍はGR.5として逆輸入し、さらに改良を加えたGR.7、電子機器の更新と兵装の強化を行ったGR.9を、2010年11月24日退役まで使用した。こうした経緯のため、ハリアー IIの製造者はBAEシステムズ社とボーイング社の英米2社であるが、アメリカとイギリスのハリアーII自体の能力は異なる。

現在までに精密爆撃と夜間攻撃能力を備えたハリアー IIは、300機以上生産されている。

機体

空中給油を受けるハリアー II
整備中のハリアー II

ハリアーの発展型であり、基本的な機体形状はほぼ同等である。高翼配置の主翼を持ち、機首下部・左右主翼の端部・機体後部に、姿勢制御用のバルブ付の補助ノズルが取付けられているが、胴体幅が拡大されており、推力が20%向上しているロールス・ロイス ペガサスエンジンを搭載している。そのため、垂直離陸時の最大離陸重量が増加している。胴体脇の計4ヶ所の排気口の形状は、斜めにテーパーを付けて切られていた形状をゼロスカーフ・ノズルと呼ばれるダクト形状に変更され、排気口が下向きになった際に、排気が地面で拡散されず上向きの推力が効率よく得られるようになっている。また、エンジンの空気取入れ口の改善を行い、1%のリカバリー向上とエンジン巡航時での効率の改善がなされている。

コックピットの座席を30cm高い位置に移動し、キャノピーは水滴型に変更して大型化され、下方視界が拡大している。コックピットには、前方中央上部にHUD(ヘッドアップディスプレイ)があり、その下にはテンキーとコマンド・ボタンを組合わせて、無線周波数や航法モードの操作を行うUFC(アップ・フロント・コントロール)がある[1]。左側計器盤には、単色の多機能CRT表示装置があり、兵装状況やAN/ASB-19 ARBS英語版(Angle Rate Bombing System:角度率爆撃システム)[2]の情報などを選択して表示でき、右側計器盤にはエンジン回転数・排気温度・排気ノズルの排気口角度などのエンジンに関係する計器がまとめて取付けてある。また、操縦桿とエンジンの出力を制御するスロットル・レバーには、HOTAS概念を導入している。

主翼にはスーパークリティカル翼を採用して、翼幅が増加して翼面積も14%拡大しており、翼厚を厚くして翼内の燃料の搭載量が増加している。また、主翼付け根前縁にはLERXと呼ばれる小さな延長部が取付けられている。これは、空戦での機動性を向上させるもので、イギリス空軍のGR.5に装着されていたのだが、後に本機にも装着された。機体重量の軽量化を図るため、主翼・水平安定板・機首部には炭素繊維強化プラスチック(CFRP)複合材料を使用しており、本機の機体構造重量におけるCFRPの使用比率は26%を占めている、主翼のハードポイントも2ヶ所増設され、翼端にあった補助車輪が内側に移動している。また、ハリアーまたはAV-8とシーハリアーで使用されていたフェリー用翼端は使用されていない。

胴体下のガンポッドストレーキが設けられ、VTOL時の揚力向上に寄与している。また、ガンポッドを使わない時は代わりに2枚のフェンスを装着し、胴体下部の中央に装備されている引き込み式のフェンスを組み合わせて囲い部分を構成する。左右のフェンスは、地面に当たって跳ね返ったエンジン噴流を効率良く反射して機体の揚力に変換し、引き込み式のフェンスは、排気がエンジンの空気取入れ口に入り込まないようにする[3]、LIDSと呼ばれる胴体揚力増強装置に取り替えることができる。そのため、垂直離陸での揚力が増加している。

実戦経験と評価

強襲揚陸艦「バターン」の甲板に並べられているハリアー。イラク戦争での輸送中の様子

湾岸戦争では5機が撃墜され、2名が戦死し、1,000ソーティあたりの被撃墜は1.5機となっている。これは、同戦争に参加したA-10攻撃機の3倍、F-16多用途戦闘機の7倍の損耗率である。アフガニスタン侵攻イラク戦争では湾岸戦争での経験を生かし、高高度からのレーザー誘導爆弾による爆撃に戦術を切り替えたため、損失が格段に少なくなっている。

初期に開発されたハリアーはレーダーを装備しておらず、空対空ミサイル赤外線誘導の短射程ミサイルのみだったが、AN/APG-65を搭載したAV-8B+ ハリアー II プラス(Harrier II Plus)は、AIM-7 スパローならびにAIM-120 AMRAAM中距離空対空ミサイルの搭載が可能であり、イタリア海軍スペイン海軍は、本機を艦隊防空戦闘機としても運用している。

垂直離着陸機の実用性を示したという点で、ハリアーは一時代を築いた航空機だが、構造上、エンジンによって性能が確定してしまうにも関わらず、現実にはVTO時の余剰推力に乏しく、搭載量を向上させるために離陸時に後方斜め下にノズルを向けて滑走するSTO方式が併用されるようになった。また、陸上基地から運用される空軍型や、大型の強襲揚陸艦から運用するアメリカ海兵隊に比べて、滑走距離をとれない艦艇でのSTO運用時の効率を高める方法としてイギリス海軍においてスキージャンプ方式が開発され、他のハリアーユーザーであるイタリア海軍、スペイン海軍の軽空母にも採用されている。

また、通常のターボファン機とは異なり、熱排気が低温のバイパス流と混和冷却されずに純ジェット同様に直接排出されることから、赤外線誘導ミサイルの追尾を受けやすいと言われるなどの生残性の問題や、性能向上にはエンジンの改良が必須でありながらその開発費が莫大であることから(そもそもハリアーのペイロードレンジを2倍にするAV-16計画から、エンジン推力を2割強化するエンジン開発を費用の問題から断念して翼型などの要素研究をフィッティングしたものがハリアーIIである)、ハリアーを運用する各国もこれ以上の改良型の計画を持っていない。

ただ、垂直離着陸機ないし短距離離着陸機のもつ運用上の利点は十分に認識されているため、ハリアーの占めてきたポジションの後継には統合打撃戦闘機(JSF)計画に基づくF-35B ライトニング IIが占める予定であり[4]アメリカを中心とした国際共同による開発が行われている。

派生型

アメリカ海兵隊のAV-8B(ナイトアタック型)
イタリア海軍のTAV-8B
イギリス最終型のハリアー GR.9
AV-8B ハリアー II
基本型。後期型は機首にFLIRを装備し、夜間攻撃能力を得たナイトアタック型となった。一部はプラス仕様へ改修。
AV-8B+ ハリアー II プラス
機首を改良し、AN/APG-65 レーダーを搭載。AMRAAM運用能力を獲得。
TAV-8B ハリアー II
複座練習機型。主翼下ハードポイントは片側1箇所に減らされている。
ハリアー GR.5
1976年から開発が始まったイギリス空軍向け初の第二世代ハリアー。1985年4月30日に初飛行を行い、1987年に配備された。
ハリアー GR.5A
GR.7への繋ぎのため小改良されたモデル。
ハリアー GR.7
イギリス向けのナイトアタック型で、1990年初飛行。1995年コソボ空爆へ参加した結果、天候などに影響されない精密爆撃能力を求められ、AGM-65 マーベリック空対地ミサイルレーザー誘導ペイブウェイを搭載できるよう改修された。
イギリス海軍で配備されたシーハリアーの退役に備えて、1997年からGR.7がインヴィンシブル級軽空母と陸上基地の双方で運用されるようになり、2000年には運用部隊として空軍にハリアー統合部隊(Joint Force Harrier)が設置された。
2010年11月24日、国防予算縮減によりGR.7/9退役が決定。イギリス軍におけるハリアー運用が終了。
ハリアー GR.9
GR.7の電子機器の更新と兵装の強化を行ったモデル。
2010年11月24日、国防予算縮減によりGR.7/9退役が決定。イギリス軍におけるハリアー運用が終了。
ハリアー T.10
GR.7向けの練習機にT.4の改修が検討されたが、耐用年数と修正の規模を考慮してTAV-8Bを参考に設計された。
EAV-8B マタドールII
スペイン海軍向けAV-8B。後にプラス仕様へ改修。なお、スペイン海軍では複座型を採用しておらず、パイロットの教育はシミュレーターを使って行っている。

導入計画があった国

日本の旗 日本

海上自衛隊 - AV-8B ハリアー II、AV-8B+ ハリアー II プラス、TAV-8B ハリアー II
導入を検討したことがあり、搭載艦艇(DDV)の構想もあったが、政治的理由で頓挫している。

大韓民国の旗 韓国

韓国海軍 - AV-8B ハリアー II
導入を検討したことがあり、韓国航空母艦(KCVX)計画の艦載機とするプランもあったが構想のみ。

中華民国の旗 中華民国台湾

台湾空軍 - AV-8B ハリアー II
滑走路が破壊された場合の戦力として導入が検討されるも、新造の機体が入手不能で、中国の動向を考慮した米政府の輸出許可が下りない可能性が高いため見送られている。2016年にF-35Bの導入によって米海兵隊で退役した中古のAV-8Bを余剰国攻防装備(Excess Defense Articles:EDA)として国防安全保障協力庁を通して、台湾へ販売する許可が出る可能性があると報じられるが、台湾空軍では寿命が短く、改修・維持にコストがかかる割に、対空戦闘力の低い、時代遅れの本機の導入に否定的である。

スペック(AV-8B+ ハリアー II プラス)

出典: Aerospaceweb.org[5]

諸元

性能

  • 最大速度: M0.89 (1,085km/h, 675mph)
  • フェリー飛行時航続距離: 3,300km (1,800nm)
  • 航続距離: 2,250km (1,400mi, 1,200nm)
  • 上昇率: 4,485m/min (14,700ft/min)
  • 翼面荷重: 460.4kg/m2 (94.29lb/ft2
  • 推力重量比: 0.95

武装

お知らせ。 使用されている単位の解説はウィキプロジェクト 航空/物理単位をご覧ください。

脚注

  1. ^ 個別に配置されていた操作パネルをひとまとめにしたもので、操作性が格段に向上している
  2. ^ アメリカのヒューズ社が開発したもので、地上の移動目標の追跡能力があり、テレビ・センサーとレーザー・センサーを収めたものを機首部に装備しており、コックピット内に装備された拡大テレビ映像でパイロットが目標を識別することができ、これらにより、目標の補足、誘導兵器の標準と誘導を行うことができる
  3. ^ エンジン排気は温度が高く、エンジンがそれを吸い込むとエンジンの推力が低下するのを防止するもので、上昇して飛行状態になると、空気抵抗を作り出してしまうため、引き込み式となっている
  4. ^ http://www.lockheedmartin.com/products/f35/index.html
  5. ^ AV-8B Harrier II”. Aerospaceweb.org Aircraft Museum. 2006年10月29日閲覧。

登場作品

関連項目