ダフニスとクロエ (ラヴェル)
『ダフニスとクロエ』(Daphnis et Chloé)は、モーリス・ラヴェルが作曲したバレエ音楽および、それを基にした同名の管弦楽組曲。
バレエ音楽は、ロンゴスの『ダフニスとクロエ』をもとにした全3場から成る作品で、バレエ・リュス(ロシア・バレエ団)により1912年にパリのシャトレ座にて初演された。組曲は、ラヴェル自身がバレエ音楽から一部分を抜粋したものであり、第1組曲(1911年初演)と第2組曲(1913年初演)が作られた。
『ボレロ』『スペイン狂詩曲』と並んでラヴェルの管弦楽曲の主要なレパートリーとされ、演奏も多い。
概要
作曲の経緯
1909年、ディアギレフ率いるバレエ・リュスはパリで大きな成功をおさめていた。この成功を踏まえて、ディアギレフは新進の作曲家たちにバレエ音楽の作曲を依頼した。そうした作曲家のひとりがラヴェルであり、ラヴェル自身の書簡によれば、同年の6月には既に同バレエ団の振付師ミハイル・フォーキンと台本について話し合いが行われている。
初演
- 全曲 - 1912年6月8日、シャトレ座(パリ)。指揮はピエール・モントゥー。バレエはロシア・バレエ団で、フォーキン(振付)、レオン・バクスト(美術・衣装)、ヴァーツラフ・ニジンスキー(ダフニス)、タマーラ・カルサヴィナ(クロエ)ほか。
- 第1組曲 - 1911年4月3日、ガブリエル・ピエルネ指揮コロンヌ管弦楽団。
- 日本初演 - 第2組曲。1941年6月5日、ヨーゼフ・ローゼンシュトック指揮新交響楽団。
演奏時間
- 全曲 - 約50~55分
編成
- 管楽器
- フルート2、ピッコロ、アルトフルート、オーボエ2、コーラングレ、クラリネット2、小クラリネット、バスクラリネット、ファゴット3、コントラファゴット、ホルン4、トランペット4、トロンボーン3、チューバ
- 打楽器
- ティンパニ、バスドラム、スネアドラム、タンブリン、タムタム、ウィンドマシーン、チェレスタ、グロッケンシュピール、シロフォン、各1。トライアングル、カスタネット、クロタル、シンバル各1対。
- 弦楽器
- ハープ2、弦楽5部
- バンダ
- ピッコロと小クラリネット各1(舞台上)、ホルンとトランペット各1(舞台裏)
- 合唱
- 混声4部(舞台裏)(合唱は省略可能[1]。省略時の処置は譜面に記されている。)
- 歌詞のないヴォカリーズである。
出版
内容の異なる複数の楽譜が公刊されているが、すべてデュラン社(パリ)刊である。
楽曲について
ラヴェルにバレエの作曲を依頼したのはディアギレフであるが、ディアギレフはこの作品を気に入らなかった。理由は、台本も担当した名振付師フォーキンとの意思の疎通も欠き、バレエ的でない、曲の基盤がリズムよりもメロディーに置かれている、また合唱を使ったことも無駄な浪費で、バレエに必要ない、などによるものだ。ラヴェルは自伝においてこのバレエ音楽を3部からなる舞踏交響曲と形容している。「この作品は非常に厳格な音組織に基づき、ライトモティーフ(主題)からなる交響曲のような構成を持つ。それらの主題の展開が全曲を通して、様式の同質性をもたらしている」と自伝の中で述べている。ウラジミール・ジャンケレヴィッチらの分析によれば、この楽曲は、第1部の前半までに登場する5つの主題とその動機の展開が全体に統一性を与えている。すなわち、作曲者自身も解題するように、厳格な調性設計と少数の動機の展開により、統一性と均質性をもった、交響曲に擬されるべき構造を備えた音楽がここでは実現されているのである。交響曲的な作品に仕上げたことが、ディアギレフとぶつかり、今日バレエとしてよりは、コンサートで演奏されることが多くなっているともいえる。
物語は、古代ギリシアの神聖な森のはずれにある牧場、晴れた日の午後の情景から始まる。
第1部 パンの神とニンフの祭壇の前
- 序奏~宗教的な踊り
- 全員の踊り
- ダフニスの踊り~ドルコンのグロテスクな踊り
- 優美な踊り~ヴェールの踊り~海賊の来襲
- 夜想曲~3人のニンフの神秘的な踊り
- 間奏曲
冒頭6小節で低音イの上に5度上の音が積み重ねられてゆく中から、全曲にわたって展開される動機が登場する。まず登場するホルンによる主題、フルートによる主題、さらにジャンケレヴィッチがダフニスの主題と指摘する主題が次々と演奏される。序奏から切れ目なしに、祭壇に捧げられる宗教的な踊りがある。続いてダフニスとクロエが登場し、娘たちがダフニスを、若者たちがクロエを囲んで踊り、やがて全員の踊りに発展する。続くシーンでは牛飼いのドルコンとダフニスが、クロエの口づけを巡って舞踏を競い合い(ダフニスの踊り、ドルコンのグロテスクな踊り)、ダフニスが勝利を得る。クロエにすっかり心を奪われたダフニスを後に、クロエは立ち去る。そこへ突如、海賊が現れクロエを拉致する(海賊の来襲)。クロエが拉致されたことを知って絶望するダフニスの前に3人のニンフが現れ(3人のニンフの神秘的な踊り)、パンの神に祈らせる。やがてパンの神がその姿を現す。夜の訪れと共に、ア・カペラの合唱が間奏曲を導入し、それに管弦楽が加わって、第1部が閉じられる。
第2部 海賊ブリュアクシスの陣営
- 戦いの踊り
- やさしい踊り
- 森の神の登場
海辺にある海賊たちの本拠地の情景。第1部から切れ目なく続く、海賊たちの荒々しい戦いの踊りで開始される。そこへ引き出されたクロエはやさしい踊りを踊る一方、脱出の機をうかがうが果たせない。するとそこへパンの神の巨大な幻影が出現し(森の神の登場)、海賊たちはたちまち退散してしまう。
第3部 第1部と同じ祭壇の前
- 夜明け
- 無言劇
- 全員の踊り
フルートの分散和音とハープのグリッサンドにのせて、せせらぎの囁く音ほか何も聞こえない夜明けの静けさが描かれる(夜明け)。次第に空は明るみ、小鳥のさえずりが聞こえてくる。再会に感激する2人に、老羊飼ラモンは、パンの神が自身のかつての愛の思い出の故にクロエを救い出したのだ、と教える。フルート・ソロによる愛の踊り(無言劇)はやがて全員の踊りに発展する。クラリネットの奏でる機敏な主題が全管弦楽によって拡張され、爆発的な歓喜の中でクライマックスが訪れる。
組曲について
組曲と言われてはいるものの、バレエ音楽から、1つの連なった部分をそのまま取り出したものであり、それ以上のカットや編曲、曲の分割などを行っているものではない。
「第1組曲」は、第1部「夜想曲」「間奏曲」から第2部「戦いの踊り」までが、切れ目無く演奏される。
「第2組曲」は、第3部の音楽ほぼそのままである(第2部から接続される最初の10小節が組曲に含まれないだけの相違である)。これも、切れ目無く演奏される。
映像資料
- 全曲版:シドニー・ダンス・カンパニー(1982年?)(ビデオ)
- 組曲版:モンテカルロ・バレエ団(2010年)
参考文献
CD ラヴェル作曲バレエ音楽「ダフニスとクロエ」(全曲)/ ドビュッシー作曲バレエ音楽「カンマ」リッカルド・シャイー指揮 ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団POCL-1637の菅野由弘が書いたブックレット。
脚注
- ^ ディアギレフが採算面から混声合唱の導入に反対し、合唱が音楽上必要不可欠であると主張したラヴェルと対立したため、主要都市での公演はオリジナル通り合唱入りで行い、あまり重要でない都市での公演は合唱抜きで行うという形で妥協案がとられた。このためにラヴェルによって合唱だけで演奏される部分の管弦楽編曲が作られた(アービー・オレンシュタイン、井上さつき訳『ラヴェル 生涯と作品』音楽之友社、2006年、第3章)。
関連項目
- ダフニスとクロエ (冨田勲のアルバム) - 冨田勲がシンセサイザーによって第3部(第2組曲)をアレンジしたアルバム。
外部リンク
Daphnis et Chloé (Ravel, Maurice) - International Music Score Library Project内。