ジャック・ブルームフィールド
基本情報 | |
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国籍 | アメリカ合衆国 |
出身地 | テキサス州 |
生年月日 | 1930年8月7日(93歳) |
身長 体重 |
184 cm 78 kg |
選手情報 | |
投球・打席 | 右投左打 |
ポジション | 二塁手 |
プロ入り | 1955年 アマチュアFA |
初出場 | NPB / 1960年7月3日 |
最終出場 | NPB / 1966年 |
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度) | |
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この表について
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ジャック・ブルームフィールド(Gordon Leigh "Jack" Bloomfield, 1930年8月7日 - )は、アメリカ合衆国テキサス州出身の元プロ野球選手(内野手)。公称上の生年は1932年だったが、後に2歳鯖読みしていたことが伊東一雄より本人の発言として明らかにされている[1]。
来歴
1955年から1960年にかけてマイナーリーグでプレー。だが、一回もメジャーリーグに昇格することはなく、3Aに上がるのがやっとだった。1960年に知人とロン・ボトラの紹介で日本へ渡り、近鉄バファローズに入団。1962年に打率.374をマークし、首位打者を獲得する。なお、これは近鉄に所属した選手中のシーズン最高打率である。1963年には.335の打率で2年連続の首位打者に輝き、最高出塁率のタイトルも獲得。1965年には南海ホークスへ移籍。南海の優勝に貢献した。1966年限りで南海を退団。
人物・プレースタイル
1961年6月3日、西宮球場での対阪急ブレーブス戦中、「ヤンキー・ゴー・ホーム!」とヤジを飛ばした観客に激怒し、スタンドに乗り込んでその観客を蹴っ飛ばし、制裁金5万円・出場停止7日間という処分を受けた。これは日本で唯一となるプロ野球選手の観客への暴行事件である(ただし、刑事処分に発展することはなかった)。
ブルームの外角打ちの上手さに目をつけた張本勲は、ある日ブルームに外角打ちの極意を尋ねた。それに対してブルームは「外角を打つには内角を打つのが上手でないといけない。それは、外角に意識が向いている時に内角に直球が来ると手が出ないからである。こちらが内角を打つのが上手だと、投手が内角に投げるのを嫌がって外角に投げることが増える。そこで、相手の配球を読んで投手が外角に投げてくるのを狙い打つのだ(すなわち相手が外角に投げてくるとわかるので上手に外角が打てる)」と説明をした。これを聞いた張本は「なるほど、バッティングとは奥が深い」と感心したという。
ブルームが外角を打つのが上手なのは内角を打つのが上手いからだと考えた野村克也は、ブルームに内角打ちの極意を尋ねた。それに対してブルームは、「腕をたたみ、バットを立てるようにして最短距離でボールを打つのだ」と答えたという。ブルームのアドバイスが功を奏したのかは不明だが、野村は現役時代内角ギリギリの球を上手に打ってレフトポール際にホームランを打つのが得意であった。
ドラッグバントで内野安打を稼ぐのが得意であった。張本はセーフティバントのコツについてもブルームに教えを請い、「バックスイングをしてバントなんてしないように見せろ」という答を得たという[2]。
詳細情報
年度別打撃成績
年 度 |
球 団 |
試 合 |
打 席 |
打 数 |
得 点 |
安 打 |
二 塁 打 |
三 塁 打 |
本 塁 打 |
塁 打 |
打 点 |
盗 塁 |
盗 塁 死 |
犠 打 |
犠 飛 |
四 球 |
敬 遠 |
死 球 |
三 振 |
併 殺 打 |
打 率 |
出 塁 率 |
長 打 率 |
O P S |
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1960 | 近鉄 | 58 | 207 | 183 | 22 | 51 | 11 | 1 | 5 | 79 | 17 | 5 | 5 | 0 | 2 | 20 | 0 | 2 | 27 | 2 | .279 | .353 | .432 | .784 |
1961 | 108 | 391 | 354 | 44 | 105 | 27 | 4 | 7 | 161 | 32 | 7 | 4 | 2 | 2 | 30 | 3 | 3 | 41 | 4 | .297 | .355 | .455 | .810 | |
1962 | 112 | 446 | 401 | 56 | 150 | 26 | 8 | 12 | 228 | 74 | 6 | 7 | 2 | 4 | 32 | 7 | 7 | 35 | 10 | .374 | .426 | .569 | .994 | |
1963 | 121 | 486 | 439 | 62 | 147 | 31 | 6 | 9 | 217 | 62 | 3 | 3 | 1 | 1 | 38 | 7 | 7 | 50 | 5 | .335 | .396 | .494 | .890 | |
1964 | 124 | 481 | 429 | 55 | 126 | 26 | 4 | 13 | 199 | 69 | 4 | 0 | 4 | 4 | 37 | 2 | 7 | 37 | 8 | .294 | .356 | .464 | .820 | |
1965 | 南海 | 74 | 274 | 248 | 39 | 75 | 8 | 0 | 9 | 110 | 36 | 0 | 0 | 1 | 4 | 19 | 1 | 2 | 28 | 2 | .302 | .352 | .444 | .795 |
1966 | 113 | 408 | 350 | 50 | 103 | 16 | 2 | 6 | 141 | 33 | 2 | 1 | 6 | 4 | 43 | 0 | 5 | 49 | 10 | .294 | .376 | .403 | .778 | |
通算:7年 | 710 | 2693 | 2404 | 328 | 757 | 145 | 25 | 61 | 1135 | 323 | 27 | 20 | 16 | 21 | 219 | 20 | 33 | 267 | 41 | .315 | .377 | .472 | .849 |
- 各年度の太字はリーグ最高
タイトル
表彰
記録
- NPB
- 初出場:1960年7月3日、対阪急ブレーブス14回戦(阪急西宮球場)、6回裏に小玉明利に代わり三塁手で出場
- 初先発出場:1960年7月11日、対南海ホークス11回戦(日生球場)、1番・二塁手として先発出場
- 初安打・初本塁打・初打点:同上、1回裏にジョー・スタンカから右越先頭打者本塁打
- オールスターゲーム出場:5回 (1961年 - 1964年、1966年)
背番号
- 26 (1960年 - 1966年)
登録名
- ブルーム (1960年 - 1966年)
参考文献
- 『スポーツ20世紀 Vol.2 プロ野球スーパーヒーロー伝説』(2000年、ベースボール・マガジン社)ISBN 4583610882
- 高橋安幸『伝説のプロ野球選手に会いに行く2』(2009年、白夜書房)ISBN 9784861915260
脚注
関連項目
外部リンク
- 選手の各国通算成績 Baseball-Reference (Japan)