ジェネシス (バンド)
Genesis ジェネシス | |
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2007年7月9日、ピッツバーグでのライヴ | |
基本情報 | |
出身地 | イングランド サリー州 ゴドルミング |
ジャンル |
プログレッシブ・ロック シンフォニック・ロック アート・ロック ポップ・ロック |
活動期間 |
1967年 - 1999年 2006年 - |
レーベル |
ヴァージン・レコード カリスマ・レコード アトランティック・レコード アトコ・レコード デッカ・レコード ABCレコード インパルス!レコード ライノ・エンタテインメント |
共同作業者 |
GTR マイク・アンド・ザ・メカニックス バンクステートメント ブランドX スティルトスキン シックス・オブ・ザ・ベスト |
公式サイト | www.genesis-music.com |
メンバー |
フィル・コリンズ (Vocals, Drums) マイク・ラザフォード (Guitars, Bass, Backing Vocals) トニー・バンクス (Keyboards, Backing Vocals) チェスター・トンプソン (Drums, Percussion) (ツアーメンバー、1977-1996、2006-) ダリル・ステューマー (Guitars, Bass, Backing Vocals) (ツアーメンバー、1978-1996、2006-) |
旧メンバー |
ピーター・ガブリエル (Vocals, Flute, Oboe) スティーヴ・ハケット (Guitars) アンソニー・フィリップス (Guitars) ジョン・メイヒュー (Drums) ジョン・シルバー (Drums) クリス・スチュアート (Drums) ビル・ブルーフォード (Drums, Percussion) (ツアーメンバー、1976) レイ・ウイルソン (Vocals) ニック・ディバージリオ (Drums, Percussion) (アルバムゲストメンバー、1997) ニア・Z (Drums, Percussion) (アルバムゲストメンバー、ツアーメンバー、1997-1998) アンソニー・ドレナン (Bass, Guitars) (ツアーメンバー、1997-1998) |
ジェネシス(Genesis)は、イギリスのロックバンド。1967年に結成され、1970年代は叙情的・構築的なプログレッシブ・ロックバンドとして活動し、1980年代にはボーカルのフィル・コリンズの牽引によって世界的なポップバンドとして高い人気を誇った。
来歴
結成
1967年、イングランド南東部にあるサリー州のパブリックスクール「チャーターハウス・スクール」の同級生であったピーター・ガブリエル(ヴォーカル)、アンソニー・フィリップス(ギター)、トニー・バンクス(キーボード)、マイク・ラザフォード(ベース)、クリス・スチュアート(ドラムス)が在学中にバンドを結成する。
5人のメンバーがグループとして揃うまで、それぞれは様々なバンドに参加していた。1966年にピーター・ガブリエルはアンソニー・フィリップスと共に「The Spoken World」という校外のセミプロ・バンドに参加。このときガブリエルはドラマーとして参加しており、このバンドでレコード・デビューを飾っている。フィリップスは校内の「The Anon」というバンドにも参加しており、このバンドにはマイク・ラザフォードがいた。トニー・バンクスはガブリエルと個人的に親しく、よく2人で曲を作っていた。
プロデビューからピーター・ガブリエル脱退まで
ミュージシャン兼プロデューサー、ジョナサン・キングのプロデュースで1969年に『創世記』でデビュー(録音時に、ドラマーはチャーターハウスの級友だったジョン・シルバーに交代)。当時はアメリカに同名のバンドが存在したため、バンド名をアルバム・ジャケットにクレジットせずに発売したことや、ジョナサン・キングに気に入られようとビージーズを意識したサウンドだったため、評価は芳しくなかった。プロ意識の欠如を反省したメンバーは、アート・ロックの方向性を強く意識し、練りに練った作品をリリースするようになる。
1970年、大学進学のために脱退したジョン・シルバーに代わり、メロディーメーカー誌のメンバー募集広告に応募してきたジョン・メイヒューがドラムを担当し、2作目となるアルバム『侵入』をリリース。その後、アンソニー・フィリップスが健康上の理由で脱退(一説には、ステージ恐怖症だったとも言われている)。フィリップスの代わりにクワイエット・ワールド(Quiet World)のメンバーであったスティーヴ・ハケットが加入。さらに、力量に問題があったジョン・メイヒューの代わりにフレイミング・ユース(Flaming Youth)のメンバーだったフィル・コリンズが加入した。ともに公募によるオーディションで選ばれたメンバーであった。
初期のサウンドはトラッド・フォーク的なアンソニー・フィリップスの資質によるところが大きかったが、新加入のメンバー2人の個性が、バンドのサウンドを大きく変貌させる。そして3作目にあたる『怪奇骨董音楽箱』(1971年)でプログレッシブ・ロック・バンドとしての評価を確立。ピーター・ガブリエルの演劇性を持った独特のステージ・パフォーマンスもあって、イタリアで大人気となる。1975年、ガブリエルが『眩惑のブロードウェイ』ツアーの後に、プライベートな問題を理由に脱退。以降はソロとして活動している。
フィル・コリンズ主導による第二黄金期
その後は、3作目以降のドラマーであったフィル・コリンズがリード・ボーカルも担当し、よりリズムを強調した新しいプログレ・サウンドに変化する(フィル・コリンズがボーカルをとることにより、ドラム担当としてビル・ブルーフォードが一時的に加入してライブ活動に加わったりしたが、それ以降はフランク・ザッパ・バンドなどで知られるチェスター・トンプソンが準レギュラーとしてコンサートに帯同している)。同時期にフィルはブランドXに参加、当該プロジェクトにおいてテクニカルなジャズ/フュージョンの可能性を追求したりもしている。
さらに、ギタリストのスティーヴ・ハケット脱退後は、ベーシストのマイク・ラザフォードがギターも担当するというトリオ編成となった(ステージではダリル・ステューマーが準レギュラー参加し、マイクと同様楽曲ごとにギターとベースを兼任)。3人でレコーディングした1978年発表の『そして3人が残った』では、それまでよりポップス色を深め、アメリカでの人気を不動のものとする。1978年11月、初来日コンサート。1986年の『インヴィジブル・タッチ』は世界的な大ヒットとなり、アルバムのタイトル曲「インヴィジブル・タッチ」は1986年7月19日付のビルボード・シングルチャートで全米NO.1となった[1]。なお、バンドにとってこれは最初で最後の全米No.1となった[2]。その翌週、ジェネシスを1位の座から下ろして全米No.1に輝いたのは、皮肉にもジェネシスを脱退したピーター・ガブリエルの「スレッジハンマー」だった[1]。また、『インヴィジブル・タッチ』からシングル・カットされた「混迷の地」のミュージック・ビデオは、グラミー賞で最優秀コンセプト・ミュージック・ビデオ賞を受賞[2]。
1980年代中盤からは、各メンバーのソロ活動が活発になる。特に、フィル・コリンズはソロ・アーティストとしてジェネシス以上の成功を収める。バンドとソロ活動に加え、映画出演やプロデュース業もこなし、「世界で最も忙しい男」と呼ばれた。
1991年、久々の新作となる『ウィ・キャント・ダンス』を発表、相変わらず世界的なヒットを記録する。その後、いくつかのライヴ・アルバムなどを発表している。
フィル・コリンズ脱退と活動停止
1996年、フィル・コリンズが脱退を表明。後任のボーカリストとして全くの無名だったレイ・ウイルソン(元スティルトスキン)を正式メンバーに、サポートメンバーにニック・ディバージリオ(スポックス・ベアード)とニア・Zを迎える。1997年に新生ジェネシスとして『コーリング・オール・ステーションズ』を発表する。ツアーサポートメンバーにニア・Zとアンソニー・ドレナンを加えてアルバムツアーを開始する。イギリス本国やヨーロッパでは好評だったが、アメリカでのセールスに恵まれず、1998年にバンドは活動を停止した。
フィル・コリンズ復帰〜現在
2006年11月7日、フィル・コリンズ、トニー・バンクス、マイク・ラザフォードの黄金期のメンバー3人による活動再開と欧州ツアーが発表された。2007年5月より「ターン・イット・オン・アゲイン・ツアー」を開始し、同年にはツアーの模様を収録したライヴ・アルバム『ライヴ・オーヴァー・ヨーロッパ 2007』を発表。しかし、2008年にフィルがレコーディング、ライブからの引退を表明。その後、脊髄手術の後遺症で手の動きに支障が出ていることから、黄金期メンバーでの活動の可能性は完全になくなった。
エンジニアのニック・デイヴィスによって過去のアルバムのSACD化が進められ、スタジオアルバムに関しては『創世記』を除く全てのマテリアルがリリースされた。
2010年、ロックの殿堂入りを果たした。3月15日の授賞式ではフィッシュのトレイ・アナスタシオがプレゼンターを務め、フィル・コリンズ、トニー・バンクス、マイク・ラザフォード、スティーヴ・ハケットが出席し[3]、ピーター・ガブリエルは自身の公演のリハーサルと重なったことから欠席した[4]。
メンバーと基本的な担当楽器
- 創世記 - From Genesis To Revelation (1969年)
- ピーター・ガブリエル - Vocals/Flute/Perc.
- トニーバンクス - Key
- マイク・ラザフォード - Bass
- アンソニー・フィリップス - Guitar
- ジョン・シルバー - Drums
- 侵入 - Trespass (1970年)
- ピーター・ガブリエル - Vocals/Flute/Perc.
- トニーバンクス - Key
- マイク・ラザフォード - Bass
- アンソニー・フィリップス - Guitar
- ジョン・メイヒュー - Drums
- 怪奇骨董音楽箱 - Nursery Cryme (1971年)~眩惑のブロードウェイ - The Lamb Lies Down On Broadway (1974年)
- ピーター・ガブリエル - Vocals/Flute/Perc.
- トニーバンクス - Key
- マイク・ラザフォード - Bass
- スティーヴ・ハケット- Guitar
- フィル・コリンズ - Drums
- トリック・オブ・ザ・テイル - A Trick Of The Tail (1976年)~静寂の嵐 - Wind & Wuthering (1976年)
- トニーバンクス - Key
- マイク・ラザフォード - Bass
- スティーヴ・ハケット- Guitar
- フィル・コリンズ - Drums/Vocals
- そして3人が残った - And Then There Were Three (1978年)~ウィ・キャント・ダンス - We Can't Dance (1991年)
- トニーバンクス - Key
- マイク・ラザフォード - Bass/Guitar
- フィル・コリンズ - Drums/Vocals
- コーリング・オール・ステーションズ - Calling All Stations (1997年)
- トニーバンクス - Key
- マイク・ラザフォード - Bass/Guitar
- レイ・ウィルソン - Vocals
ディスコグラフィー
アルバム
シングル
年 | A-サイド | B-サイド | 最高順位(US) | 最高順位(UK) |
---|---|---|---|---|
1968 | The Silent Sun | That's Me | - | - |
1968 | A Winter’s Tale | One-Eyed Hound | - | - |
1969 | Where the Sour Turns to Sweet | In Hiding | - | - |
1971 | The Knife (Part 1) | The Knife (Part 2) | - | - |
1972 | Happy the Man | Seven Stones | - | - |
1974 | I Know What I Like (In Your Wardrobe) | Twilight Alehouse | - | 21 |
1974 | Counting Out Time | Riding the Scree | - | - |
1975 | The Carpet Crawlers | Evil Jam (The Waiting Room) (Live) | - | - |
1976 | A Trick of the Tail | Ripples | - | - |
1977 | Your Own Special Way | It's Yourself | 62 | 43 |
1977 | Match of the Day Pigeons | Inside and Out | - | 14 |
1978 | Follow You, Follow Me | Ballad of Big | 23 | 7 |
1978 | Many Too Many | The Day the Light Went Out Vancouver | - | 43 |
1978 | Go West Young Man (In the Motherlode) | Scenes from a Night's Dream | - | - |
1980 | Turn It on Again | Behind the Lines | 58 | 8 |
1980 | Duchess | Open Door | - | 46 |
1980 | Misunderstanding | Evidence of Autumn | 14 | 42 |
1981 | Abacab | Another Record | 26 | 9 |
1981 | No Reply at All | Dodo | 29 | - |
1981 | Keep It Dark | Naminanu | - | 33 |
1982 | Man on the Corner | Submarine | 40 | 41 |
1982 | Paperlate | You Might Recall | 32 | 10 |
1983 | Mama | It's Gonna Get Better | 73 | 4 |
1983 | That's All | Second Home by the Sea | 6 | 16 |
1984 | Illegal Alien | Home By the Sea | 44 | 46 |
1984 | Taking It All Too Hard | Silver Rainbow | 50 | - |
1986 | Invisible Touch | The Last Domino | 1 | 15 |
1986 | Throwing It All Away | I'd Rather Be You | 4 | 22 |
1986 | Land of Confusion | Feeding the Fire | 4 | 14 |
1987 | In Too Deep | Do The Neurotic | 3 | 19 |
1987 | Tonight, Tonight, Tonight | In the Glow of the Night | 3 | 18 |
1991 | No Son of Mine | Living Forever | 12 | 6 |
1991 | I Can't Dance | On the Shoreline | 7 | 7 |
1992 | Hold on My Heart | Way of the World | 12 | 16 |
1992 | Jesus He Knows Me | Hearts on Fire | 23 | 20 |
1992 | Never a Time | Tonight, Tonight, Tonight [Live] | 21 | - |
1992 | Invisible Touch [Live] | - | 7 | |
1993 | Tell Me Why | - | 40 | |
1997 | Congo | Papa He Said | - | 29 |
1997 | Shipwrecked | Phret | - | 54 |
1998 | Not About Us | Anything Now | - | 66 |
1999 | The Carpet Crawlers 1999 | Follow You, Follow Me | - | - |
ビデオ(VHS、レーザーディスク、DVD、など)
主なライブ
国内でのライブ
国内でのライブ録音放送
国内でのライブ生放送
- 1992年8月3日 4:40-07:00(JST)に於いて、日本国内で「ジェネシス・スペシャル・ライブ」 として、JSB(現:WOWOW)での放送により、イギリスのロンドン、ネブワース・パークからの「We Can't Dance Tour(ウィ・キャント・ダンス・ツアー)」最終日(現地では、1992年8月2日)の模様が、衛星生中継された(世界16ヶ国同時生中継)。(JSB(現:WOWOW)での放送では、事前に知らされていた「曲目」などは字幕で表示されていた)。
- 後に、日本国内では、JSB(現:WOWOW)により、衛星生中継された時と同じものが、新たにMC部分や曲名などに、日本語訳の字幕を入れての放送がされた。(リピート放送あり)
- 1992年8月1日 16:30-17:30(JST)に於いて、JSB(現:WOWOW)で「ドキュメント・オブ・ジェネシス」という番組の放送があった。(衛星生中継放送の番組宣伝的な番組で、「We Can't Dance Tour(ウィ・キャント・ダンス・ツアー)」の、リハーサル風景(ツアーでの演奏選曲等のリハーサル風景や、ツアー機材のチェック等の模様も)、ジェネシスのメンバーによるツアーに対するインタビュー等、ワールド・ツアー初日の、アメリカ・ダラスの会場でのリハーサル、ライブ本番の模様等の一部も)
脚注
- ^ a b The Hot 100 - 1986 Archive | Billboard Charts Archive - 2015年1月14日閲覧
- ^ a b Genesis | Awards | AllMusic - 2015年1月14日閲覧
- ^ Rock and Roll Hall of Fame Inducts New Members - NYTimes.com - 2015年1月14日閲覧
- ^ Genesis Says Peter Gabriel Missing Rock Hall Induction Is No 'Snub' | Billboard - 2015年1月14日閲覧