クリシュナ
インド哲学 - インド発祥の宗教 |
ヒンドゥー教 |
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クリシュナ(デーヴァナーガリー: कृष्ण Kṛṣṇa, 英語: Krishna)は、インド神話に登場する英雄で、ヒンドゥー教におけるヴィシュヌ神の第8の化身(アヴァターラ)である。
概要
ヴィシュヌに匹敵するほどの人気があり、ゴウディヤ・ヴァイシュナヴァ派では最高神に位置づけられ、他の全ての化身の起源とみなされている。
古来よりインド絵画、神像の題材となっており、その名はサンスクリットで意味は「すべてを魅了する方」「黒」を示し、青黒い肌の男性として描かれる。 クリシュナには別名があまたあり、広く知られている呼称はゴーパーラ(Gopala、牛飼い)、ゴーヴィンダ(Govinda、牛と喜びの保護者)、ハリ(Hari、奪う者)、ジャガンナータ(Jagannatha、宇宙の支配者)、マーダヴァ(Madhava、春を運ぶ者)、ダーモーダラ(Damodra、腹に紐をかけた者)、ウーペンドラ(Upendra、インドラ神の弟)などがある。
約16000人もの妃がいたことで知られる[1]が、聖典を詳しく読めば、クリシュナが分身して、それぞれの妃を満足させたと書かれている。[要検証 ]
クリシュナ(黒)と呼ばれるように肌の色が黒いことや、別名をダーサ(奴隷)ということから、非アーリアンの土着の神格であるのは明白であり、実際大方の意見として、紀元前に実在したヤーダヴァ族の指導者がその後神格化されたと見なされている。ヴィシュヌ教が現在の隆盛を得られたのは、クリシュナ派信者とラーマ派信者をそっくりそのまま取り込めたことによるのが大きい。明確に太陽神であり、後述するマハーバーラタに登場するのは違和感があるが、おそらくその威光を得たい筆者が自分たちの側の神格だと創作したものと思われる。
文学的起源
クリシュナの行動を記録する最も初期の媒体は叙事詩『マハーバーラタ』である。この中でクリシュナは、ヤドゥ族の長ヴァスディーヴァの息子。バララーマの弟。ヴィシュヌの化身として主要人物の一人として登場する。その中の『バガヴァッド・ギーター』では主人公アルジュナの導き手として登場する。また『バーガヴァタ・プラーナ』ではクリシュナ伝説が集成されている。有名な愛人ラーダーとの恋については詩集『サッタサイー』が初出であり、ジャヤデーヴァの『ギータ・ゴーヴィンダ』はインド文学史上特に有名である。
クリシュナにまつわる物語は数多い。幼児期や青春期の恋愛物語の主人公、英雄の導き手としてなどその立場は多種多様だが、根幹部分の設定は変わらない。インドでのクリシュナ人気は、非ヒンドゥー教の様々な逸話を吸収したことが大きい。
クリシュナ物語
ヤーダヴァ族の王カンサは多くの悪行を働いていた。神々は対策を協議し、ヴィシュヌがカンサの妹(姪とも)デーヴァキーの胎内に宿り、クリシュナとして誕生するよう定めた。ある時カンサはデーヴァキーとその夫のヴァスデーヴァを乗せた馬車の御者を務めていた。都への途上、どこからか「デーヴァキーの8番目の子がカンサを殺す」という声が聞こえた。恐れをなしたカンサはヴァスデーヴァとデーヴァキーを牢に閉じ込め、そこで生まれてくる息子たちを次々と殺した。デーヴァキーは7番目の子バララーマと8番目のクリシュナが生まれると直ちに、ヤムナー河のほとりに住む牛飼いのナンダの娘(同日に生まれた)とすり替え、2人をゴークラの町に逃がして牛飼いに預けた[2]。
クリシュナは幼い時からその腕白さと怪力を発揮し、ミルクの壷を割ったために継母のアショーダーに大きな石臼に縛られた際にはその臼を引きずって2本の大木(ナラクーバラとマニグリーヴァ)の間にすり寄り、その大木を倒した。また、ヤムナー河に住む竜王のカーリヤが悪事をなしたことからこれを追い払った。インドラの祭祀の準備をする牛飼いたちに家畜や山岳を祭ることを勧めた際は、これに怒ったインドラが大雨を降らせたが、クリシュナはゴーヴァルダナ山を引き抜いて1本の指に乗せ、牛飼いたちを雨から守った。成長したクリシュナは牛飼いの女性たちの人気を集めたが、彼はその1人ラーダーを愛した[2]。
一方カンサはクリシュナが生きていることを知り、すぐさま配下のアスラたちを刺客として送り込むが、悉く返り討ちにされた。そこでカンサはクリシュナとバララーマをマトゥラーの都へ呼び寄せて殺害を謀るもクリシュナに斃された[2]。クリシュナの武器はヴィシュヌ神のスダルシャ・チャクラ(円盤)である[3]また、相手の生命力を吸い取ったり、自在に体の大きさや重さを変えることも可能であった。
アルジュナとの友情
アルジュナが兄弟との共通の妻であるドラウパディーとの結婚に際しての規定を破ったので、12年間の巡礼に出て、旅も終わりに近づいた頃、プラバーサでクリシュナと会う[4]。アルジュナの兄弟がドゥルヨーダナの兄弟と決戦を行う時、アルジュナは非戦闘員としてのクリシュナを選び、ドゥルヨーダナはクリシュナの強力な軍隊を選んだ[5]。そうして決戦は始まったがアルジュナは同族の戦いの意義について疑念を抱き、戦意を喪失した。この時、クリシュナがアルジュナを鼓舞するために説いたヨーガの秘説が『バガヴァッド・ギーター(神の歌)』である[6]。アルジュナは、神弓ガンディーヴァを用い、クリシュナの軍略も用いて勝利を収めた。
このバガヴァットを説くクリシュナの姿は大変有名で、キリスト教の世界でも広く知られているほどである。ただしマハーバーラタのバラタ族はクル族の一派であり、クル族は月信仰の代表であるから、明確な太陽神であるクリシュナと同じ側ではあり得ない。クルは「CR」と書くべきで、CRESCENT、CRASH、CRAZY、CRIMZON等はみなクル族に由来する。対してクリシュナはKRISHNAであり、つまりCとKは明確に違うはずである。キリスト教世界でバガヴァットが知られているのは、KRISHNAという語とCHRISTという語が似ているというのも理由の一つであるが、年代等を考慮しても、インドからイスラエルの方向へ伝播したと考えるべきであろう。
クリシュナの最期
無敵を誇ったクリシュナだが、この世を去ろうとヨガの体勢を取って瞑想していた際、ジャラという猟師が誤って射た矢に、急所である足の裏を撃たれて非業の最期をとげる[7]。クリシュナは鹿の姿になり森の中へ消えていくが、鹿はインドにおいて聖なる動物とみなされることもあり、シャカという語はシカと同じだという意見もある。
神の系統
一般にサンスクリットで神を表す語は「デーヴァ」とされているが、これはアーリア人にとっての神であるから、普遍的な意味での神を表す語ではない。クリシュナは土着由来の神であるから、アーリア人にとってはむしろ敵対する神格であり、よってデーヴァではない。デーヴァが仏教に取り入れられた際「~天」として表されるが(自在天、帝釈天等)、クリシュナは除外されたため~天という呼び名は与えられなかった。
脚注
- ^ 『インドの神話』100頁(クリシュナ物語)。
- ^ a b c 『インドの神話』96-99頁(クリシュナ物語)。
- ^ 山際(1991)第1巻、373頁。クリシュナはソーマ神から円盤を受け取っている(山際(1991)第1巻、283頁)。クリシュナは心の中で想起した円盤を手にして敵の首を切り落とす(山際(1991)第1巻、333頁)。
- ^ 上村(1993)10頁。
- ^ 上村(1993)14頁。
- ^ 上村(1993)15頁。
- ^ 上村(2003)325頁。なお、聖仙ドゥルヴァーサがクリシュナに不死性を授けた時、クリシュナ自らが願って足の裏だけを濡らさなかったのが遠因である(山際(1998)第9巻、143頁)。
参考文献
- 田中於菟彌『インドの神話 今も生きている神々』筑摩書房〈世界の神話6〉、1982年、ISBN 978-4-480-32906-6。
- 上村勝彦『バガヴァッド・ギーター 第3刷』 岩波書店、1993年、東京
- 上村勝彦『原典訳 マハーバーラタ1巻-8巻』筑摩書房、2002年-2005年、東京
- 上村勝彦『インド神話 マハーバーラタの神々』筑摩書房、2003年、東京
- 山際素男『マハーバーラタ 1巻-9巻』三一書房、1991年-1998年、東京
- 長谷川明『インド神話入門』とんぼの本、1987年
関連項目
クリシュナの名を持つ人物
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ワヤン・クリのクリシュナ
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絵画 若きクリシュナ
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絵画 クリシュナと少女たち
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クリシュナの彫像
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クリシュナと恋人ラーダーの彫像
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クリシュナを祀る寺院(ネパール・カトマンズ)
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クリシュナを祀る寺院(インド・カルナータカ州)
外部リンク
- クリシュナ (英語)